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ハーレムは寝て待て  作者: 紗夢猫
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第六話 復讐と調教

「流兄……遅い。 一体何処に寄り道してるの? 何時もならとっくに学科校から帰ってきてる筈なのに……」


 廊下をいったりきたりした後、時折美月は、玄関の方へ目を向ける。何往復位しただろうか、やがて玄関の扉が静かに開くと、まるで幽霊の様に流星が中に入ってきた。


 気にかけない素振りを見せながらしっかり兄の事をチェックしている美月が、流星の身体の異変に気付かない筈は無い。美月の視線は服装の乱れから始まり、顔周辺の擦り傷、口から流れ出た血の周辺等と瞬時に流れていった。


「りゅ……ば、馬鹿兄貴、どうしたの! その顔の怪我っ!?」


「美月、大丈夫だよ。何でもないから――あ」


「流兄っ!」


 ふら付いて今にも崩れ落ちそうな流星に美月は慌てて駆け寄り、懸命に支えた。


「こんなボロボロな状態で、何が全然大丈夫なのよ! 一体誰にやられたの!?」


 心配して声を掛ける美月の手をゆっくりと払いながら、流星はそのまま歩き出した。自分に目を止めない流星に苛立ちを覚えた美月は、つい本音を口走ってしまった。


「昨日からおかしいよ! 急に美月に優しくしてくれたり、そうかと思えば傷だらけになって学校から帰ってきたり――!」


 「しまった!」と、いう仕草で美月は口を塞ぐ。そう、美月は昨晩、夢の中に現れた流星を、今の流星に重ねてしまったのだ。


「ば、馬鹿兄貴……、い、今のは……!」


 動揺しながら、流星の反応を伺う美月。丁度その頃、タブは彰という人間の男に無抵抗の流星が良い様に痛めつけられた事に腸を煮えくり返していた。


 無表情のまま、流星が自室に入ろうとする様を見た美月は、やはり気のせいだったのかな、と視線を戻そうとした瞬間、今度はタブが本心を吐き出してしまった。


『あのゴミ虫野郎が! このお礼は今夜きっちりとさせてもらうぜ!』


 その言葉は音声――言葉として伝わり、そのまま流星の口から発せられる事になる。


「――え!? い、今の声、り、流兄なのっ!?」


 再度、視線を向けた時、流星の部屋の扉が閉まった後であった。それから着替えを済ませて再び部屋から出て来た流星は、家族と食卓を囲む際も、普段と何ら変わらず、顔や口の周りの傷について両親から何度も問われたが「何でもない」と無表情で答えるだけであった。





  



『さて、流星始めるか。しっかり画面の中心を見ていろ』


「分かった」


 言われた通りにすると、眩い光の渦が画面の中心で渦巻き始め、それを見ていた流星は両瞼の急な重量感を感じ取った時、一瞬にして、闇の中へと引きずり込まれていった。


 再び目を覚ました流星の目に広がった景色は、前回の様な部屋では無く、一言で言い表すと「闘技場」であった。


『来たか、流星。今回も上手くいったようだな。これで今後は問題無い事が証明出来たって訳だ』


 満足そうに呟いたタブは軽快な足取りで、流星の右肩に駆け上がる。


「タブ、今回は僕が最初に見た場所と違うんだね」


『……ああ。俺の作る次元部屋は様々だからな。そして、今回はこの部屋ではないと駄目だ』


「僕の知る部屋の表現と違うんだが」


『流星、何言ってやがる? 良く見て見ろ、あそこにちゃあんと扉があるだろ?』


 タブが説明した通り、壁がある訳でも無いのに、不自然に扉が存在している。


『まぁ、細かい事は気にするな流星。早速ヒュージョンだ。でないと、何も始まらないからな!』


「分かった」


 流星の了承の後、タブが流星とヒュージョンし、生気の無い流星の瞳にぎらぎらと鋭い光が宿った。


「……よし。今回の経験は男のお前にとって非常に大事だからな。しっかり感情に刻み込んでやるぜ」


 言いながら、首を左右に傾けながら骨の音を鳴らした。


「…………」


 暫くの沈黙の後、流星――タブは体型を見直す。歩くためだけにしか必要としないか細い下半身、それに参考書位は持てそうであろう二の腕。


「ふむ」


 その場で軽くジャンプして、素早くパンチを繰り出した後に、片足を軸にして旋回、そのまま上段蹴りの型を取る。そしてその後――。


「ぜえ、ぜえ、ぜえいっ!」


 思いっきり疲れてしまった。


「ま、まさかこれほど使えない体だったとは! これは大きな誤算……」


「……ま、なんとかするさ」


 深く深呼吸して自分を落ち着かせながら、腕を組んで扉が開くのをじっと待つ。どれくらい時間が経過したのだろうか、そろそろ開いてもいいであろう扉が一向に開く気配が無い。タブは苛立ちながら愚痴を漏らし始めた。


「くっそ! あんのクソ野郎、これだけ時間が経ってもまだ寝てやがらねえ! もう一人の方はもうとっくに寝てるのに!」


 苛立ちが頂点に達した時だった。タブの表情に変化が現れた。 


「良し、やっと繋がったか! それじゃあまずは――」


 言ってから直ぐに扉のレバーが下がった。やがてそれはゆっくりと開き始め、其処に一人の女――加奈が現れた。


「な、何なの此処は?」


「いらっしゃいお客様。どうぞ其処にお掛けください。間もなくもう一人のお客様が来ますので」


「は? あなた誰? 何を言って――!」


 自分の周りに何もない事を確認した加奈だったが、座り心地の良さそうな椅子がいきなり現れて、驚きの表情を見せる。


「も、もしかして貴方、天野川なの? 何なのこの夢は?」


 加奈は、其処でタブの姿を見て更に動揺した。


「ああ。そうだ、俺は天野川流星さ。今宵は何時もこの俺に飽きもせず付き合ってくれている加奈にお礼を言いたくて此処に招待してやったんだぜ?」


「は? 意味が分からないんだけど? って、いうか貴方本当に天野川? 違うでしょ? だって何時もの天野川は――」


「良く喋るねえお前。見た目は可愛いんだから、少し黙って其処の椅子に座ってろ」


「え、かわ……今、貴方私の事、かわい……」


「黙って其処に座ってろ」


「わ、分かったわ……」


 男らしいタブの口調と態度に見せられた加奈は、頬を赤らめ、高鳴る鼓動を押さえながらタブの指示に素直に従ってしまう。


「加奈、一つ言っておいてやるが、学校でとっているの俺の態度はわざとだからな」


「え? わざと……?」


「そうだ。だから本当の俺の姿を今から『お前だけ』に見せてやる」


「わっ、私だけに!?」


 特別扱いされ、少し顔が緩む加奈。


「そうだ。その目に良く焼き付けとけ。それが理解出来たら、明日から学校で騒いでいるだけのクソ餓鬼供とこの俺を一緒にするのは辞めろ」


「ま、まさかあの素っ気ない態度はわざとだとでも言うの? そんな事、急にこんな夢の中で言われても信じられる訳ないじゃない!」


 必死に反論する加奈だが、タブの言いつけ通り、ちゃんと椅子に座ったままだ。


「そうか。あれ程俺が懲らしめてやったというのにまだ懲りてない様だな」


「え? 懲らしめる――って、まさか! 何であの事を貴方が知ってるの!?」


 自分の頭の上に消臭スプレーを乗せられた場面が加奈の頭の中に一瞬で浮かび上がった。


「いい加減理解しろ。見た目可愛いんだからさ。学校の俺も、此の俺も全部本物なんだぜ、ま、それは後で嫌という程、実感するさ」


 何やら不敵な笑みをタブが浮かべる。


「あ、あ、また躊躇なく、かわ、可愛いって……言った」


 どうやら加奈の脳内では「見た目」の言葉が破棄されているようだ。








「さて、やっとお出ましのようだ」


 タブが嬉しそうに扉の方へ目を向けると、扉のレバーが雑に下がると、力任せに開け放たれ、一人の男――彰がずかずかと入り込んできた。


「な、なんだあ? 此処は?」


「は? 彰!? ちょっと、何であんたまで私の夢に出てくるのよ!?」


「お、お前、加奈じゃねえか! お前こそ俺の夢に――」


「ブー。お前等二人とも不正解。此処は俺の夢の中。そして彰、お前には座る椅子は用意されていない」


「ああ!? 何だとてめえ――!?」


 淡々と自分に話掛ける男に目を向けた彰が、その者が流星である事に気付いた瞬間、急に吹き出し、笑い始めた。


「こりゃ傑作だ! 何だよてめえ、ボコられた恨みでこの俺様の夢にまで現れてくるなんてなあ!」


 高笑いする彰を無視し、その場で屈伸運動を始めるタブ。


「てめえ……何してやがる?」


「見ての通り準備体操に決まってるだろ?」


「――準備体操だぁ?」


「何だ、まだ分からないのか? 『お前をぶっ飛ばす』為の準備体操だよ」


「は? てめえ今、何てほざきやがった? もう一度言ってみろ」


 戦闘態勢の構えを見せる彰に、両手首をぷらぷらさせながら、対峙するタブ。


「二度も言わせんじゃねえ……俺は今からお前をぶっ飛ばすって言ったんだよ……」


「へえ? リアルじゃ俺に良いようにボコられてた奴が、夢の中じゃあ大層な口聞くじゃねえの……それじゃあ此処でも同じ様に、ぼろ雑巾にしてやる……あ、折角の夢だし、殺してやるよ。ついでに学校じゃあ、てめえをみる度にボコってやるよ! これ、グッドアイデ――ぐふっ!」


挿絵(By みてみん)


 彰の表情が苦痛に歪み、悶絶の声を上げた。それもその筈、がら空きの態勢の所へ、タブが一気に踏み込み、拳を鳩尾にお見舞いしたからだ。


「てめええ! き、汚ねええええっ!!」


「ふむ。この貧相な身体じゃあ、相当スピードに乗せないと威力が出ないな。やはり肉体改造も視野にいれるとするか……」


「ふっ、ふ、ざけんなよ! てめええっ!」


 大柄な身体で強引な右パンチをタブに繰り出すが、タブはそれを後方に下がって交わすと逆手で右腕を下から掴んで思いっきり右方向に捻った。


「あがあああっ!」


 そのまま下方向に向けて、弓の様に撓らせると、その反動で態勢を崩した彰の体が無様に右腕を残したまま前のめりに沈む。タブは、素早く体を右に捻りながら自身の懐に引き込むと、露わになった彰の右肘の関節の真上に自身の右肘を乗せ、その反動を利用したまま、思いっきり体を沈めた。


 その瞬間、この空間で無残に骨の折れる鈍い音と断末魔の声が響いた。


「うあああああ! み、右腕が! お、俺の右腕が折れ、折れたあああああっ! いっ、いてえええええっ! ゆ、夢なのに、本当にいてええええ!!」


 その場でだんご虫の様に体を丸め、右腕を握ったまま転げまわる彰。土埃を払いながら、立ち上がったタブは這いつくばったままの彰に向けて冷ややかに声を掛ける。


「お前らの夢の中ってのは、蹴っても殴られても、完全に本体と離れているから痛くも何ともないのが当たり前だろうが、俺らの『決闘』ではそうは行かない。何といっても此処では己の魂と感情が繋がったままなんだからな」


「ってえええ! てめえ、何言って、いってえ! い、言ってる事が滅茶苦茶じゃねえか! い、痛い痛い痛いっ! 分けわかんねえ、いってえええあああ!」


「いや、お前が今感じてる痛みが何よりの証拠。だから、そんな状態でこのまま俺に痛め付けられると――」


 彰の髪を掴んだまま、目線を合わせ冷酷な表情で静かに口を開く。


「本当に……死ぬぞ。まぁ、お前が死んだら流星が困るかだろうから、今回は生かしておいてやる」


「いいてええ! り、流星はてめえだろがあっ! って、くそっ! 痛いいいっ!」


「お。そうだったな。でだ、お前は殺さないが、今から半殺しにはしてやる。そして、その足りない頭に良く刻んどけ。今から嫌程味わう地獄の苦しみと本物の流星の恐ろしさを」


「ひ、ひいいっ! たす、 痛ぎいいっ! たすけ!」


「いいか、この俺は『ヒーロー』だ。ヒーローである俺は、学校では普段息を潜め、ただお前等を黙って静観してるだけだ。そしてお前みたいな『悪』を見つけると、『変身』を成し遂げて、必ずぶっとばす。良く覚えておけ」


「ひ、ヒーローって、 痛いっ! な、何の、いだいっ、いだいっ!」


「……彗星仮面トライダーを見とけ」


「は、はあっ? いでえええっ!」


「じゃ、覚悟はいいな……?」


「ま、待ってくれ!」


 このやりとり事態、タブの方がどうみても「悪」に見えているのはきっと気のせいなのであろう。この後、数回彰の断末魔の悲鳴が上がった後、「お客様のお帰りだ」とタブが彰を扉まで引きずって行き、背後から蹴って追い出した。








「と、いう事で、これが本当の俺だ」


 埃を払う様に両手を鳴らし、振り返ったタブは、口をだらしなく開けたまま、事の一面を全て見せられた加奈の方を見ながら笑い掛ける。我に返った加奈は信じられないといった顔を見せながら、言葉を漏らし始めた。


「これは夢なの? それとも現実なの? だって彰は学校で誰もが恐れる程狂暴な奴なのに……それを天野川君が一瞬で倒しちゃうなんて……そんなの信じられないわ」


「まあ、学校に行けば全て納得するだろうさ。それより、その天野川って呼び方止めてくれ。今からは流星って呼べよ」


「え? 夢の中で? それとも現実で? ああ。私、訳が分からなくなってきたわ」


 椅子に座ったまま、頭を抱えて混乱している加奈。


「やれやれ。仕方の無いお嬢様だな」


 タブは加奈の方に近付いて、そのまま後ろに回り込み両手を回すと、ぎゅっと抱きしめながら加奈の顔に自分の顔を当てて囁いた。


「どうだ? 加奈にも分かるだろ? この俺の温もりが。これでも夢だと思うのか?」


「ひゃあっ! は、はいいっ! と、とっても、暖かい気がしますっ! もうなんだか、夢でも現実でもどちらでもいい気がしてきました!」


 何故かタブに対して丁寧語で答え始める加奈。


「気がする? どうやらまだ足りていない様だな」


 更に腕に力を込めるタブ。


「ああああっ! 流星君の匂いがっ、温もりがっ、私の中にどんどん伝わってきましたわ!」


「で、そうだ? 俺は臭いんだろ? 素直に言ってみろ?」


「い、いいえっ! そ、そんな事は全然無いです! 凄くいい匂いです! それい、あっ、あれはそのほんの出来心で!」


「そうか。では、もう二度と馬鹿な真似はするなよ。これは俺からの『命令』だ。 いいな?」


「は、はい、……分かりました! 今まで、本当の流星君を知らなかったとは言え、本当にごっ、ごめんなさい!」


「気にするな。俺はとても器がデカい男だからな」


「流星君……」


 背後から抱き付かれ、優しく囁かれた加奈は既存既に頭が桃色で一杯になってしまっていた。


「俺は流星君じゃない、流星だ。もう一度呼んでみろ」


「は、はいっ! ええっと、り、流星……」


「声が少し小さい気もするが、まあいいだろう。及第点にしておいてやる」


「あっ、ありがとうございます!」


 そのまま加奈を立たせたタブが肩を抱いたまま、扉の前まで連れて行く。


「さてと、本当の俺を理解してくれた所で、残念だが時間切れだ」


「あっ、あの、また会えますか!?」


「何を言ってる? 学校で何時でも俺に会えるだろ? まあ、あんまり加奈に構ってやれないが、お前は俺に優しくしてくれよ? これも命令だ。 いいな?」


「も、勿論です!」


「それと、俺に敬語は使うな。これも命令。 俺が此処で言った事、目が覚めたらちゃんと復習しとけ」


「……は、う、うん」


 扉の外側へに向けて加奈の背中を軽く押してやると、扉が静かに閉まり始める。


「あ……」


 名残り惜しそうに、タブの顔を見つめる加奈。そして、扉は完全に閉まり、踵を返したタブは大きく息を吐いた。


「やっと終わった……」


 そのまま右腕を抑えたまま、その場に崩れ落ちた。


「だ、駄目だ! 体中の彼方此方から悲鳴を上げてやがる。 流星にはちょっと気の毒だったが、ま、また『一つ』問題を解決できたのだから良しとしてくれ」


 ちなみに彰の事は計画外であり、タブは鼻から問題視していなかった。ただタブの目の前で彰が無抵抗の流星を痛め付けた理由から、倍にして報復したに過ぎない。


「さて……やる事が山積みだな。これから忙しくなるぜ」


 地面に寝転がったまま、楽しそうに口元を歪めるタブなのであった。   

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