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ハーレムは寝て待て  作者: 紗夢猫
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第五十六話(最終話) 重なる影

レオ達の乗った車は、既にベルム王国から迎えに来ている飛行艇が停泊している山中へと向かっていた。 道中、レオと桃子の事が気掛かりだった加奈は、レオに幾度か話し掛けようとするも、その度メリッサに話題をすり替えられ、ブロックされてしまう。


「メリッサ、貴方いい加減に――」


 あきれ果てた加奈が釘を刺そうと口を開き掛けたが、すぐに閉じてしまった。 その答えは後部座席に座っているメリッサの姿にあった。 

 レオの服の端を縋る様に掴み、その手は時折震えている。 「早くこの世界から離れたい」 と、心の声が聞えてきたからだ。


 やがて車は山中に張リ巡らせてる人避けの結界を抜けると、ガラス超しにベルム王国からの迎えの飛行艇が何隻も停泊してる様が映った。

 ドアが開かれると同時、どうやって敷いたのか? と思わせる様な赤い絨毯が地面に敷かれて、それがメリッサ達が乗り込むであろう周りの飛行艇とは明らかに違う雰囲気を放つ本船の乗り口までと伸びている。


 絨毯の両端では、部下達が乱れる事無く等間隔に立ち、ある者は剣、またある者は国旗を掲げていた。


「従者達、此処までメリッサ姫の道案内、誠にご苦労であった。 この先は我らが引き継ぐ故、此処から早々に立ち去るが良い」


 大層艶やかな軍服を着た一人の男――タルキアが加奈に向かって言い放った。 当然この発言を加奈達の車を護衛していた部下達が聞き逃す筈も無い。

 怪訝そうに眉を歪めた男達が銃器の重い音を響かせながら次から次へと車から降りて来た。 


「お嬢様を従者呼ばわりするとは、いい度胸だ……」


 一瞬にして周りの雰囲気が険悪な状況に陥る。 こうなるのも致し方の無い事だろう、現状の人間関係を知る者は本人達だけなのだ。 後の者は初めてこの場で顔を突き合わす全くの他人同士であるが故、親しくする理由等何処にも存在しないのである。


「『お止めなさい!』」


 刹那、凛とした声が殺伐とした空気を一瞬にして浄化させる。 一人はメリッサ、もう一人は加奈の声だ。 周りが静かになった理由はそれだけでは無い、加奈の部下、それにベルム王国の兵達の視線は上部へと向けられている。 その目に映っているのは、レオに胸倉を掴まれそのまま高々と掲げられてしまった哀れな男に注目していたからだ。


「タルキア、お前な……加奈や十蔵、今ここには居ないが、流星にはこの世界にいる間、随分世話になったんだ……出会って早々、そういう態度を取るとは、全く成長してねえな」  


「ぐっ! レオ隊長、も、申し訳ありません! 配慮が欠けており……そうだ! お、お世話になった者共に、そっ、直ぐにそれ相当の対価を、対価を用意じますぅ……ぐるじい……っ!」


「そんな気遣いは無用よ、レオ」


「――そうか」


 胸倉を掴んでいた手を一気に緩めると、糸が切れた操り人形の様にタルキアは無様に落下した。 レオから解放され、しゃがみこんだ態勢のまま、息苦しそうに肩を上下させているタルキアに近寄ったメリッサが厳しい口調で命令する。


「タルキア、直ちに帰還の準備に入りなさい! 一刻も早く此処から離れるのです!」


「あら、メリッサ。 何もそんなに慌てて国に帰らなくてもいいんじゃなくて? ――それとも、何か急ぐ理由でもあるというのかしら?」


 二人の間に割って入った加奈が、にっこりと微笑む。 だが、この微笑み程、怖いものは無い。 加奈は全てを理解した上でメリッサに微笑んでいた。 何気ない一つの微笑みが、「レオから桃子を完全に引き離したいのでしょう?」 と、そう告げているのだ。


「わ、私は、母国で山積みになった仕事を早く片付けたいと思っているだけです! それでなくとも、本来の帰還日程を先送りにしていたのですからね! さぁタルキア、直ぐに出航するのです!」


「メリッサ姫、そっ、それがですね……飛行艇の方は準備万端なのですが、現在吹き荒れている磁場嵐によって、次元転送網の方が未だ確率出来ておらず……母国への航路がその……どうか、今暫くの猶予を頂きたく……」


「あと、どの位で出航できるのですか?」


「はっ、一時間もあれば……!」


「そうですか、であれば三十分で完了しなさい。 実現出来ないと言うのであれば、レオ様が先程なさった様に今度は私が貴方を上空に高々と晒してあげます」


「――ひっ! たっ、直ちに!」


 目が笑っていない、どうやら本気のようだ。 本能的に感じ取ったタルキアは途中絨毯に何度も足を取られて転倒しつつ、本船へと戻っていく。 その後からメリッサが側近を伴い、ゆっくりと本船へと向かっていたが突如踵を返すと、


「レオ様、間もなく出航しますから、レオ様も……お早く」


 と、にっこりと微笑み、再び踵を返して本船へと向かって行った。 だが今度はその対象がレオであるが故、水面下で発せられたメリッサの見えない言葉は伝わってはいなかった。         


「何やら姫さん出航を急いでいるようだが、まだ時間もあるようだし……そうだ加奈、せっかくだ、艇内でも案内してやろうか?」


「お構いなく。 出航したらここで十蔵と一緒に大きく手でも振らせて頂くわ」


「そうか……じゃあ、姫さんも待ってる様だし、俺もそろそろ行くぜ」


「そう。 じゃあここでお別れかしら、桃子もここに来れれば良かったのに、本当に残念ですわね」


 一瞬、レオの片耳が反応した。


「そうだな……」


 吹き抜ける風の先に、今も戦っている桃子を思い浮かべながら、レオは澄み切った上空を仰いだ。










 会場内に大歓声が轟く中、高々と赤の旗が一斉に上がる。 勝利者として赤帯を巻いた桃子は一礼をした後、少し離れた所で息を荒くしながら、壁に掲示されているトーナメント表を見つめる。 自分の名前のある所から上へ上へと向っていくマジックの軌跡を辿り、右側の上段に達した事を確認すると「よし!」と、眉を歪めながら小さくガッツポーズをした。


「先輩、あいつ、強いっすねえ……」


 その反対側、低い声で桃子を称賛する声を漏らす女がいる。 その傍らでもう一人の女が「そうだな」と不敵に笑った。


「でも、それもここまでっす、さっきの試合であの女、『爆弾』抱えちゃいましたもんねえ」


 「爆弾」と言った女の視線は桃子の右足を眼で追っている。 見た目は何ともなさそうに見える桃子の右足だったが、くるぶし辺りが異常に腫れ上がっていたのだった。


「それにしても、蛇川先輩も酷い事をするっすねえ。 試合が不利になったからといって偶然を装い、禁断の右足を潰しに掛かっていましたもん」


「そう言うな、全てはこの私に優勝を託しての事だろうさ、私の役目は動けなくなった獲物を狩って終わり。 ただそれだけの事」


 ゆらり椅子から立ち上がった女――長瀬川亮子は獲物を見つめる豹の様に鋭い視線を桃子に向けながら、反対側のコートへ立った。 主審が各審判の場所、涼子と桃子の立ち位置の確認を終えると「勝負始め!」の声が大きく発せられた。


 歓声に負けない位、互いに気合が入った声と声がぶつかり合う。 桃子が負傷している事を知っている亮子が上段、中段への連続技を仕掛けて、体勢が崩れた所を狙っていたが、実戦とも言えるレオとの組手を日々積み重ねていた桃子にとって何の弊害にもなっていなかった。


『くそ! こいつ、何でこんなに動けるんだ!? このままでは、時間切れで判定負けになってしまう! 負けだ!』


 焦りの声が脳内に響いた時、悪魔の囁きと同時に亮子の体勢が崩れた。 危険を察知した桃子は直ぐに距離を置こうとしたが亮子が縺れ込む様に覆い被さってきたその時、右足から脳天へ激痛が駆け抜け、二人はそのまま倒れ込んでしまう。 何とも無い様子で先に立ち上がったのは無論亮子の方だ。 軽くウォーミングアップしながら自分の立ち位置へと戻っていく。


「君、大丈夫か? 立てれるか?」


 苦痛の表情は表には出せれない。 出せば即座にドクターストップが掛かってしまうからだ。 主審の背後で亮子が不気味な笑いを見せる。


「ごめんさい。 体勢が崩れて立て直す事が出来なくて……あの、大丈夫ですか?」


 騒然とする会場に唯一人、その場でうずくまったまま動けない桃子に視線が一斉に集まる。


『勝った! これで私の勝だ!』


 優勝の二文字を確信し、壇上に飾られている優勝トロフィーに視線を移したその時だ、突如会場内が大歓声に包まれた。 嫌な予感がした涼子は恐る恐る視線を戻すと、その光景を見て思わず息を呑んでしまった。


『そ、そんな馬鹿な事が!!』


 ここで少しでも、不審な動作をすればこの試合は中止になる筈だった。 だが、そうはならない。 主審や周りに居る審判達には、桃子から沸き上がる不屈の闘志が見えており、その立ち姿は文句の付けどころが無かったからだ。


 再び主審から始めの合図が告げられ、残り時間が少ない事を知った涼子は必死に桃子へ技を仕掛けるが、混乱しているせいもあり、どれも有効打に繋がらない。 追い込まれた亮子は遂に本音を漏らしてしまう。


「いい加減倒れろよ! どうなってんだ、お前のその右足は!」


 技を巧みに返しながら、眦を上げた桃子が真っ直ぐと視線を向ける。


「負けられない! 約束を! 私は約束をしたんだレオと!」


 もはや床に右足がちゃんと着いているかどうかも分からない。 それでも桃子は最後の力を振り絞って体を捻る。


『レオ、お願い! 私に力を貸して!』 


「――ちいっ!!」










「メリッサ姫、出航の準備が整いました」


 タルキアが安堵の表情を浮かべながら、メリッサ達が居るデッキに姿を現した。 どうやら命令された時間通り準備を終えたらしい。


「そうですか、良くやりましたタルキア」


「勿体無いお言葉、誠に痛み入ります。 私はこれより他の飛行艇に出航の通達をして参ります」


「分かりました。 ささ、レオ様、私達も中に入りましょう」


「ん? ああ……そう……だな」


 外の景色を呆然と眺めるレオを見たメリッサの心中は穏やかではない。 次第に口調が僻みを含み始める。


「レオ様! レオ様にはこれからもっと部隊の育成に力を注いで貰わないといけません! 終わってしまった事は忘れて、早く元の生活リズムを取り戻してください!」


「……おう、分かった」


「――っ!」


 素っ気ない返事が返ってくると、メリッサは一層不機嫌そうにして中に入ってしまった。 暫くするとデッキに軽い振動が伝わってくる。 レオはこれが本船の船底にあるタービンが始動――間も無く出航する事が分かった。 レオは最後まで自分を見送ってくれる眼下の加奈に軽く手を上げると、その意図を理解したのだろう、加奈も軽く手を振り、その横で十蔵が深々とお辞儀をした。 その後加奈達が車に乗り込むと、直ぐに本船から距離を取った。


「次元転送網クリア。 航路固定完了、本船浮上開始」


 船内に機械染みたオペレータの声が流れたと同時、タービンの回転が一気に跳ね上がると、轟音を立てながら本船がゆっくりと浮上し始める。 艇内からは旋回する為の翼片がゆっくりと上に可動しているのが見えた。


 やがて本船が下に居る加奈達の車が豆粒程度にしか見えない位上昇し、大型パネルに上空の景色が映し出されると、メリッサは「これで全てが終わった」と、大きな溜息を吐いて、静かに瞼を閉じた。 そしてこれまでの出来事を思い返す。 すぐ傍に居るレオが微笑んでいる様が一瞬過るが、その笑顔の先にいる人物は自分では無い――何時も桃子だった。 


 急に胸の奥が熱く焦げ落ちていくのを感じたが、レオはベルム王国の隊長であり、桃子は地球という名の世界に住む何の力も持っていない只の人間。 その二人が特別な関係になる事等まずあり得ない。 だから、私が案ずる必要は皆無なのだと言い聞かせる。


 大型パネルに濁りの無い白雲が広がり、青く美しい大海を思わせる光景が映し出されていても、メリッサは、素直に受け入れる事が出来ない。 それよりも早く目的の転送ゲートまで到着して欲しい。 と、そう思っていたのだ。


「本船は間もなく転送ゲートに到着します」


 転送ゲートとは空中が歪んで割れ、突如出現する巨大な円形――次元転送網への入口の事である。 ごく稀に民間機や戦闘機が忽然と姿を消してしまう現象だが、恐らくこの転送ゲートに巻き込まれてしまっていたのかも知れない。 また、ゲート内からある目的地に向かう場合だが、一度確立した航路は二度と使えない。 次元は一定時間が経過すると不規則に入れ替わる為、目的地への航路を都度、割り出さなければならないのだ。 故に一度巻き込まれた者はその術を知らない場合、元の世界へ二度と戻る事が出来ないと、いう事になる。


 やがて遂にメリッサの目の前に本船をも軽く飲み込んでしまいそうな大きな転送ゲートが現れた。 この中に一度入ってしまえば……この世界から離れられる。 全てが元通りになるのだ。 逸る気持ちを抑え、船首が転送ゲートに入り込む瞬間を待つ。


 何気なく側方のパネルに目を向けるメリッサ。 航路はベルム王国まで五つの地点を指し示していた。 つまり五つの次元を通過する必要がある。 更に三つ目の地点に表示されている通過時間を確認する。 これにはメリッサにとって重要な事だった。 三つの次元を通過した時、確実に一つ目、二つ目の次元が別の次元と入れ替わり始める――元居た世界の門が閉まる――レオは桃子の居た世界に戻れなくなる。 無論、再度航路を確立すれば戻る事も可能なのだが、メリッサはそれを許す気等毛頭無かった。


 一方レオの方だが、特にやる事も無く、ただ茫然と本船が次元を通過していく様子を眺めている。 今丁度、一つ目の次元を通過した所だった。 ふと桃子の姿が頭を過ったレオは、試合の結果がどうなったのか気になり始める。 くっそ、帰還の日程を強引にあと一日伸ばせば良かった等と後悔するが既に時遅し。 気付いた時には本船を示す印は二つ目の地点に差し掛かっていた。


 進めば進む程、顔の表情に安堵が見え始めるメリッサ、逆に進めば進む程、顔付が険しくなっていくレオ。 真逆の二人を乗せた本船が二つめの地点を通過した時、何処からともなく鼻歌が聞こえ始めた。 その出先はメリッサだ。 どうやら何らかの勝利を確信したらしい。


 これで良かったのか? 元に戻る事が本当に正しい答えだったのか? 自問自答を始めるレオ。 姫さんの言う通り、俺にはやらなければいけない事が沢山ある筈だ。 立場があり、責任もある。 だから俺は決意した。


 これでいい、これで全てを断ち切れる。 強く意志を固めたその時、間もなく三つ目の地点に差し掛かる迄を告げられる。 と、その時何処からともなくカウントダウンが聞えてきた。 その出先はそう、メリッサからであった。


『ふん……今更だが桃子にはこっ恥ずかしくて最後の最後まで言えなかった言葉があったな、もし本人が目の前に居たら今度こそちゃんと言ってやる……』


「愛してるぜ……桃子」


 刹那、レオの頭上で魔法陣が出現し、回転しながら青い線が波を打ち始めると同時、聞きなれた声が艇内に響き渡った。


*どうせ今頃、帰りの途中で塞ぎこんでいるんだろ? ったく、そんな事だろうと思ったぜ*


「は? な、何で突然流星の声が?」


 レオだけでは無い、その周りに居た者達も魔方陣から聞こえてくる声に騒然とし始める、無論メリッサも例外では無い。


*良く聞け俺、俺は今から流星の魂を取り戻す為にちょっくらクロノスの所まで行ってぶっ飛ばしてくる訳だが、その前にお前に言っておかなきゃならない事がある*


*今の俺は流星であって流星では無い。 レオ、つまりこの俺様だ。 理解出来たか? 理解出来たのならそろそろ水位がやばい事になってきたんで手短に言っておく*


*今回の任務は流星の魂を救出し、感情を取りもどす訳だが、成功の代償としてそれまでの記憶がぶっ飛ぶ訳だ。 つまり、桃子への想い出も消えるって事だ*


*だがな、これだけは言える。 お前は一度惚れた女を忘れる奴なんかじゃねえ、俺には分かるなんといっても俺自身なんだからな*


*任務に失敗するかも知れないから、此処で思いっきり叫んでおいてやる*


*俺は桃子が好きだ! 初めて会ってぶん投げられたあの時から一目惚れしたといっても過言ではない! 好きだ! 好きだ! 大好きだああっ!*


「うおおお! 止めろ! 俺えええええ!」


 慌てて頭上の魔方陣を掻き消そうとするが、そう簡単に消える筈も無い。


*でだ、そんなお前は、愛の言葉を桃子に告げる事も出来ないまま帰りの船に乗り込むだろうよ。 だから俺はそれを発動条件としてお前に引っ付けておいてやる。 恐らく俺の考えはドンピシャだ。 何といっても俺――やべ、水位が口まできやがった*


*最後に言っておくが、自分の立場とか責任とか何とかいろいろクソ真面目に考えているだろ? 止めとけ、そんなのは柄じゃないだろ? 思い出せ、俺はそんなに利口な奴だったか? 答えは否だ! 分かったらとっとと実行しろ、いいか今直ぐにがぼがぼ……*


 ぷしゅん! 煙と共に魔法陣が消滅した。


「ったく、言いたい事をずけずけと言いやがって……流石俺だ。 おい、俺の小型艇を何処に格納した、今すぐ教えろ!」


「で、ですがレオ隊長、それは何かとまず事になるかと……それにもうすぐ三つ目の地点に到達します」


「その通りですレオ様! 今任務を放棄するというのであれば、命令違反で軍法会議ものですよ! 分かっているのですか!?」


「それにもう元の転送ゲートには戻れません! 危険過ぎます! これは命令ですよ! そんな馬鹿な行動は止めなさい!」


 メリッサの厳しい言葉の剣が背中に突き刺さる。 だが、覚悟を決めたレオには全く効果が無い。 振り返り豪快に笑うと、


「悪いが姫様、俺は行くぜ。 絶対に戻れる自信があるからな!」


「――なっ!?」


 と、足早に船内から飛び出して行く。


「もうっ! レオ様の大馬鹿者おおおおおっ!」


 暫くして本船から急速に一隻の飛行艇が急旋回して離脱して行くのが見えた。 メリッサはその場で座り込むと小さい声で、


「あーあ……あともう少しだったのになぁ……」


 と、寂しく呟いた時、第三地点を通過した迄のオペレーターの声が船内に響いた。










 時は夕刻。 他の選手は既に試合会場を後にしている。 桃子は誰も居ないベンチに一人腰掛け、その傍らで優勝トロフィーの先端が黄金の光を放っている。 水を打った様に静まり返った場所で、桃子は最後の場面を思い出していた。


 桃子が放った渾身の一撃は、試合終了の合図よりも一瞬早く決まり、その結果、ポイントで大差を付け亮子に勝利し、見事に優勝を決めていた。

 優勝が決まって喜んだのは桃子自身では無く、むしろ周りにいた先輩達であった。 桃子は優勝という肩書よりも、レオとの約束を果たせた事に喜びと、深い安堵感を感じていた。


「あたた……今頃になって右足が痛くなってきた、とほほほほ」


 桃子の怪我を気に掛けた先輩達は一緒に帰宅する様、促したが桃子は大丈夫だからと笑って答え、先に帰って貰った。 


「レオの奴、もう国に着いちゃったかな……本当ならこのトロフィー見せて上げたかったけど……出来なかったな」


 刹那、視界がぼやけ始める。 


「試合は終わったのに、なんでこんなに汗が目に入っちゃうんだろ……?」


 汗等では無い、桃子はそれが何かを理解している。 だが認めたくは無かった。 もし認めてしまえば、その後はきっと歯止めが利かなくなる事が分かっていたからだ。


「辛いな……会いたいよレオ。 何で私を置いてさっさと国に帰ったんだよ……私こんなに頑張ったのに、あんまりだよ」


 足の痛みと、疲労が重なったのか、急に意識が朦朧とし始める。 そして遂に錯覚まで起こしてしまったのか、桃子の目の前に大きな黒い影が見えた。


 やがてその黒い影が動き、足音を立てながら桃子の方へと向かって来る。 何だろう? 桃子が疑問を感じたその時、自身の体が風船の様に宙に浮いた事に気付いた。 否、浮いたのでは無い、何者かに抱き抱えられているのだ。 それは優しく力強く、そして何処となく懐かく感じられた。


「やるじゃねえか桃子、俺と約束、ちゃんと守って優勝したんだな」


「え……!?」


 レオの声が桃子の耳に届いた時、先程まで朦朧としていた意識が、疲れが、足の痛みが、一瞬にして消し飛んだ。 正常を取り戻した桃子の目には、黒い軍服を着たレオが飛び込んできた。


「レオ!? 嘘でしょ!? な、何でこんな所にいるの!? だ、だってレオはもう自分の国に帰った筈……だよ!?」


「ところがどっこい! 俺様は今、ここにいる訳だ!」


「そ、それはとても嬉しいんだけど、ちょっと下に降ろしてよ……恥ずかしいから」


「それは駄目だ……俺は二度とお前を手放さねえ」


挿絵(By みてみん)


 レオの口調は相変わらずだったが、表情は真逆だった。 唇を噛みしめながらレオは苦痛の表情を浮かべ、これまでの事を思い返す。 それは何度も桃子を助けられなかった場面の全て。 一度目は流星に乗り移ったクロノスが肉体を支配し、桃子を締め上げた時、二度目はブラキオの魔法陣に桃子が取り込まれてしまった時、一度掴んだ手を引き離された時に沸き上がった恐怖心、そして桃子を助けられなかった時の絶望感。どれもこれもレオが知った初めての感情であった。


 だが今はその桃子が自身の腕中に有る。 ほのかに伝わってくる温もり、そして耳元で聞こえる桃子の息づかい。 これ以上の幸せが何処にあろうか。 その想いはレオの口から再び零れた。


「ああ……そうだ、俺は手放さねえよ、絶にな」


「うんうん。 分かった、分かったからお願い下ろして。 せめて何処かで着替えさせて、私まだ道着のまんまだよ?」


「ほう、それはむしろ好都合じゃねえか。 この世界で言う、あれだ、こす、こすぷれとかなんとかだ」


「そんなの絶対に嫌だからね! レオは慣れているからいいけど、私は凄く困る!」


「ああ? 道着だって同じ様なもんじゃねえか、いちいち気にしてんじゃねえよ」


「そうじゃない! そうじゃないって! 私が言っているのはね――いいから早く下ろして!」


「嫌だね。 このまま連れて帰る」   


「嘘でしょ!? 馬鹿なの!?」


  夕暮れに二人が一つとなった影が映っている。 やがてその影は大層賑やかな音を奏でながら次第に小さくなっていった。









 ――その後の話。 華麗に任務放棄をかましたレオの行動が素直に認められる筈も無く、数日後に直ぐ舞い戻ってきたメリッサに鬼の形相で耳を掴まれて強制送還さられた模様。 また、風の噂では何日か独房で過ごしたらしい。   


 その際、ちゃっかり桃子にプロポーズを決めたレオ――本当は見るに堪えないしどろもどろ状態だった、は桃子が卒業すると同時に桃子両親を説得し、母国で式を挙げるとの事。 当然これをメリッサが見逃す筈も無く、何やら権力を行使して一夫多妻制度を適用する算段を水面下で目論んでいるようだ。 


 再び母国に戻ったレオであるが、真面目に剣や魔術の指導をしながら、剣の腕が落ちない様、日々鍛錬を続けている――。


「まぁ……何だ、ああいう奥手の奴には何事も場数を踏ませばいいと思う訳だ、俺はな」


 レオの意味深な呟きは次元を超え、流星の世界で今、現実となっていた。 流星は今、にじり寄る女生徒達から顔を引きつらせながら後ずさりをしている所だ。


「流星君、お願いだから逃げないで。 どうせ夢なんだし、減るものでは無いでしょ? ね?」


「いやいや減るんだよ……確実に僕の中の何かが、って何で学校の娘達が毎晩次々と夢空間に現れるんだ? 僕は誰も呼んでないのに!」


 必死に逃げ惑う流星を後目にレオは、「流星の奴、今頃はさぞかし俺の置き土産に感謝していることだろう」等と、呑気に不敵な笑みを浮かべている。


「くっそお! これ絶対レオの仕業だ! 今度会ったら思いっきり文句を言ってやる!」


 毎夜、涙目で女生徒達の魔の手を掻い潜る流星の長い夜は、どうやら暫く続きそうである。


                           ハーレムは寝て待て(完)

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