第四十九話 悲しみの道標
一日の終わり。大勢の生徒達が正門を通ってそれぞれ自宅へと足を向けていく。暫くすると校庭のグランドからは威勢の良い声が聞こえ始め、授業で溜まりにたまったストレスを発生させんとばかり、クラブ活動に精を注ぎだす。
「どうした!? もう息が上がったのか? 情けねえな、桃子!」
「――っ! まだまだ、これからだっ!」
張りのある打撃音が周囲に響き、ぶつかり合う振動は互いの汗を弾き飛ばす。上空を見上げ苦しそうに酸素を取り込んだ桃子は、体を折って両手を膝を掴むと、畜生! と悔しそうに言葉を吐いた。
「ほうら、言わんこっちゃねえ。やっぱり体力切れしてるじゃねえか。それとさっきの蹴だが、こうするんだ!」
疲れた様子も見せ無いレオは、桃子の目の前で風を切り、右足で綺麗な横一閃を描いた。実戦で積み重ねたレオの鋭い蹴りは型を基本とした桃子の蹴りなど足元にも及ばない。その事が嫌という程分かっている桃子は、確実に獲物を刈るレオの蹴りを見ながら悔しそうに眉を歪めた。
「おいおい。しっかりろよ。そんな事じゃあ、お前の言う優勝とやらは夢のまた夢だぜ?」
「だあっ! そんな事、レオに言われなくても分かってるよ! っていうか、お前は疲れという物を知らないのか? この化け物めっ!」
「化け物? まぁ、今は隠しちゃあいるが俺には耳も尻尾もあるし、この世界では一応化け物になるやもしれんがな」
一瞬レオは寂しそうに目を伏せた。
「……あ。いや、そういう事を言いたかった訳じゃなくて! ……え、ええっと、ああっと。そ、それよりレオ、別に私の練習に付き合う必要は無かったんだぞ?」
気まずい表情を見せながら桃子はちらちらとレオの反応を伺う。
「いや。それは『以前』の俺が決めた事だからな。であれば、最後までやり通さねばならん」
「……以前のレオか……うん、そうだね」
今度は桃子がレオに寂しそうな表情を見せた。
「あ、今のはだな――!」
取り繕う言葉を探しながらレオは心の中で自問自答する。俺は……本当に義理を通す為に桃子に付き合っているのか? 違うのではないか? ならば何の為に? 桃子と離れれば心の中に風穴が空いたように冷たい風が吹き抜け、近くにいれば尻の穴がむず痒くなる感覚に捉われてしまう。 これが一体何なのか知りたいからではないか? と。
「いや、とにかくそんな事をいちいち気にするな……って、俺は……言いたかったんだ」
「……うん。本当にありがとな……」
「『………………』」
そんな気まずい空気が漂う光景を、流星は二人が練習を始めた時から、少し距離を置いた場所から見守っていた。自分の感情を取り戻してくれたレオと桃子をこのままにしておくのが嫌だったのだ。
「どうにかならないかな……このままだとレオは、何も分からないまま、ベルム王国に帰ってしまう」
校舎の一角に体を預けながら、顎に手を当て再び練習を始め出した二人をぼんやりと眺めながら考察を始め出す。
「今度は僕が何とかしてレオを助けなきゃ……レオが記憶を取り戻す方法を……考えるんだ。だって二人はあんなにも――」
幾年も無感情だった流星の特性だったのだろう、幾度も交錯する二人を見てていた流星はそれが互いに「私を思い出して欲しい」、「俺は全てを思い出したいんだ」 と、聞えない言葉がはっきりと聞こえていたのだった。
「レオは僕と一緒にクロノスを倒したその帰りから、だんだん桃子さんの事を忘れていったんだよな……行きは良いよい、帰りは……」
懐かしいフレーズが自然と口から零れだす。
「――! も、もしかしたら、もう一度あの場所に行けば……やってみる価値はあるかも!」
ぱあっと頭の上に豆球の光が点灯した流星は、預けていた体を壁から勢い良く取り戻すと足早に駆けて行った。
「……おい流星、俺をこんな所に呼び出すとは、一体何を考えていやがる?」
レオは顔を引きつらせながら、じりじりと流星から距離を置く。
「やあ、待ってたよ。 僕がレオをこの夢空間に呼び出したのは――」
「ちよっ! よ、寄るんじゃねえ! お、お前にはこの俺がとても魅力的な奴に見えるのだろ? ああ、それは理解してやる! してやるとも! だっ、だがな流星、よおく考える事だ、そういう思いはだな、胸の奥にしまいこんでだな、決して実行に移すもんじゃねえと、俺は思う訳だ!」
「……ん? レオはさっきから何を訳の分からない事を言ってるんだい?」
「お、お前、クロノスがハーレム要員――女を増やすが為にここを作った空間へ男の俺をわざわざ呼びつけ二人っきりになろうとするって事は――!!」
「――は?」
「こっ、この俺の逞しい体が目当てなんだろおっ! ひいっ!」
「な! ちっ、違うよ!!」
「僕がレオをここに呼んだのは――って、そうやって身構えるのやめてくれないかな! それはレオの大きな勘違いだから!」
「そ、そうか、脅かすなよ流星、マジで焦ったぜ!」
己の身を守っていたレオが、安堵の溜息を吐きながら警戒を解く。
「いいかいレオ、僕が君をここに呼び出した理由は、此処にくれば桃子さんの事何か思い出すんじゃないかって思っからだよ!」
「俺が桃子を……思い出す事が……出来る……だと!?」
「と、言ってもこの場所じゃなくて、レオがどんどん桃子さんの事を忘れていったあの場所だけどね」
先程レオが開けて入ってきた扉を指差す。レオはその勢いにつられて一瞬扉の方へ目を移したが、直ぐに元に戻すと今度は呆れた、という様な溜息を吐いた。
「流星、まさかとは思うがお前、以前俺達が辿ったあの道を再び通るつもりか?」
「そうだよ。そこでまたあの階段を登れば……レオは桃子さんの事を全部思い出すんじゃないか?」
「ほう。それは涙が出る位、ナイスアイデアだ。俺としてもこのふわふわと中に浮いた何とも言えない感情は何とかしたいと思っていた所だぜ。良く考え付いた、褒めてやる。でだ、もしその階段まで行けたとして上りながら俺が桃子との以前の記憶を取り戻したとしよう、ではその後は? 下るしかないよな? となれば俺はまたまた桃子の事を忘れてしまう訳だ!」
「――っ、そ、そんな事行ってみないと、わ、分からないじゃないか!」
「そうだな! ここでくだぐだ言っていても解決しねえ! じゃあ、お前の言う通り行ってみようじゃねえか、その場所によ!」
流星の腕を強引に掴みながら、扉の前に立たせると、力任せに開け放った。
「俺を連れってくれよ、『行けるもの』ならなあっ!」
刹那、力強い向かい風が流星の髪を靡かせ、一瞬目を閉じ再び開いた視界の先に途方も無い数の階段が飛び込んできた。前回はレオと流星の二人に共通しするトライダーの『主題歌』を繋げ合わす事で、クロノスの場所に辿り着くことが叶った。だが今度は相手側もいない、繋ぎ合わす物が何も無い、例えいまここで流星がトライダーの主題歌を歌ったとしても、それはただ巨大な空間で空しく響く歌声だけだと、レオには目に見えて分かっていたのであった。
「なあ、流星。これで分かっただろ? お前の考えは不可能なんだ。今光って見えているのは俺が来た道だけだ、間違って別の道を通った魂は二度と戻って来れない。ここはそういう場所なんだよ……」
現実を見せられた流星は何も答える事が出来ず、レオはただ、自分が通ってきた道標を示す光を寂しそうに見つめるだけであった。




