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ハーレムは寝て待て  作者: 紗夢猫
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第四話 夢空間

 タブは今、自身が作り出した空間部屋の中に居る。全ての生物は睡眠に至るとその魂が肉体から離脱し、三次元から零次元へと移行する。それは普段「夢」を見ている状態がこれに該当するものである。


 その際、肉体の移行は出来ないが、己の魂は移行する。故にその夢の世界で、誰しもが喜怒哀楽を表現する事が可能となる。


 タブには元々、次元を操る力があり、自分が認識した相手を自身の空間に呼び出す事も出来た。本来これはタブの世界では、高い魔力を持つ者が「敵」の容姿を直に捉え、零次元に「決闘空間」を設けた後に、「果たし状」を相手に送り付け、その空間で「一騎打ち」を行う際に用いる方法であった。   


 但し、零次元からの復帰は通常目覚める事で、瞬時に自身の肉体に戻って来れるのだが、これに関しては別物だ。互いに決められた武器を使用し、そこで敗れた者は二度と自身の肉体には戻れない。つまり実質の「死」を意味する。


 当初、タブは流星との意思疎通が叶わない状態である事を理解した後、この方法を利用し、流星を自分の空間に引き寄せようとしたが、待てど暮らせど肝心の流星が一向に姿を見せない。石の様にその場に座り込み、根気よく待つもやはり現れない。


 どれ程の時間が経過したのだろうか、とうとうしびれを切らし、大声で「何故だあっ!?」と、喚き散らしながら床に寝ころがって、ごろごろと反復動作をしたところで、突如肝心な事に気付く。


 そう、流星には感情が「無い」のだ。普段、流星が人との会話に用いる言葉は喜怒哀楽等は一切存在せず、ただ幼少の頃に本能で覚えた対応がそのままデータとして脳に刻みこまれているに過ぎず、それを場面場面で引き出しては、口から言葉に変換して発しているだけなのである。


 それは実質、抜け殻の魂――死んでいると言っても過言ではない。


 故に流星は「夢を見ない」。瞼を閉じて、睡眠状態になったとしても感情の無い流星の魂は肉体に止まったまま、「零次元に移行する事は無い」のだ。


 この事実をタブは失念しており、それに気付いた時、絶望感に叩きのめされ、機械仕掛けの人形と化した流星が周りの者に疎外される姿を、苦しそうに目を細め、ただ傍で見守っている他、無かったのだった。


 だが今は違う。


 タブは己の体と魂を機械の中にタブレットに移行し、そこに零次元を実現させ、流星の「視覚」を利用して、その魂を強引に引きずり込む事に成功。更に流星の魂に己の魂をフュージョンさせ、流星覚醒への希望の光も見え始めた。


 その流星と化したタブが今、「ターゲット」と認識してきた者達をこの「夢空間」へ「強制的」に呼び寄せている。


 そのターゲット達は何者でああっても、この術から逃れる事は出来ない。この空間は完全にタブの支配下にあった。そして、そのターゲットの一人目に選ばれたのが――。


「ば、馬鹿兄貴……何でこんな所に居るの?」


 美月は信じられないといった様な表情を見せながら、明らかに流星――タブの目の前で動揺している。夢の中でも流星に会いたく無い様で、タブを見る美月の視線はとても冷ややかだ。  


――なる程……人間の女は本当、面倒臭い。


「よう、美月。良く来たな。待っていたぜ」


 タブはにっこりと微笑みながら、美月の元へゆっくりと近付いていく。すると、美月の表情が更に険しくなり、動揺しながら後ずさりを始めた。これは先程の様な敵対感情では無く、普段流星が絶対に取る事のない反応に、秘めたる感情が思わず表に出てしまったものだった。


「な、な、ほ、本当に馬鹿兄貴なの?」


「おいおい、まさか自分の兄貴を忘れたとは言わないよな? 何処から見ても美月の『流兄りゅうにい』だろ?」


「う、嘘! 流に……ば、馬鹿兄貴がこんな態度を、と、とる筈なんか無いじゃない! そ、そうよ! こっ、これは夢なんでしょ! きっとそうだわ!」

 

「夢……ねえ」


 タブは互いの吐息が伝わりそうな位、美月に顔を近付けると、優しく美月の頭を撫で始める。


「は、はわわわわっ!」


 美月は抗う事も無く奇声を漏らしながら、直立不動のままされるがままの状態だ。


「夢とかそんなのどうでもいいだろ? 俺はお前が望む事を叶えてやってるだけだぜ?」


「――っ!」


 我に返った美月は慌ててその手を払いのけ、右手で胸の中心を抑えながら距離を取った。


「み、美月は別にこんな事なんて、ぜっ、全然、の、望んでなんかないもん!」


 その様を見たタブは一瞬だけ目を見開いて美月を捉えた後、不敵に笑い始める。


「……くく。美月、これは『夢』なんだぜ? そんなに動揺する事ないだろ? 夢の中で偶然『お前が望んでる』流兄が現れただけの事さ」


 タブは両手を大きく開いて「さぁ来い」といった格好を取って見せる。檻の隅で震えている子うさぎが餌を与えて貰う為に、恐る恐る近づくの様な仕草で、美月はタブとの距離を徐々に縮め始めた。  


 やがて遠慮がちに伸ばした美月の指先が、タブの指先に少しだけ触れると、慌ててそれを引っ込める。


「やだ! これ絶対夢じゃないっ! だって、こんなに手の感触がある訳ないもん!」   


「ほう? 感触があるって? それなら美月には尚更好都合だろ? 此処は夢の中なんだ。今なら俺に触りたい放題だぜ?」


「う――っ」


 今度は子犬が敬遠の唸り声を漏らす様な仕草を見せる。ちなみにまだ尻尾は振っていない。


「そんなに怖がるなよ。ほら、お手だ、お手」


 タブは右手を美月の目の前に差し出して悪戯ぽく微笑む。美月はその手を睨み、唸り声を上げていたが、やがてゆっくりと自分の右手をタブの掌に添えた。


「よしよし。いい娘だ。どうだ? 理想の兄貴を目の前にしての感想は?」


「うー。り、流兄の手……あ、暖かい」


「そうか。それは、良かったな」

  

 タブはその手を掴かむとぐっと自分の懐の中に抱き寄た。


「はわわわっ!」


 驚きの声の後、一瞬の静寂が訪れる。


「こ、これって、ゆ、夢なんだよね! も、物凄く存在感を感じるんですけどっ!」


「……いいから黙ってじっとしてろ。これは俺からの『命令』だ」


「う、うん……分かったよ」


 美月は恥ずかしそうに慌てて瞼と口を閉じると、自身の両腕をタブの背中に回した。


「ねえ? ……何で流兄からこんなにいい匂いがするの? 本当に本当にこれは夢? でも、ちょっとラッキーかな?」


「そうだな。俺も夢で会えて嬉しいぞ、前からずっとお前にこうしてやりたかったからな」


 優しく頭を撫でる。


「そんなの美月だって同じだよ! それなのに流兄、突然電池がきれた人形の様に無表情になちゃってさ! 周りから良い様にからかわれて。見ているこっちの方も、何も出来なくて毎日辛いんだよ! そこんところ、分かってくれてる?」


「さてねえ。だってお前、何時も俺に冷たく当たるからなあ」


「あっ、当たり前でしょ! 毎日何の反応も無い流兄にどんな顔をみせればいいのよっ!?」


「はは。そんな子犬みたいに尻尾を振って吠えるな。ああ、成程。子犬の様だから、お前は鼻が利くんだな?」


「え?」


「いや、いや、それとも俺の匂いを『嗅ぎなれてる』から……と言った方がいいのか?」


「――なっ!?」


 タブはぱっと美月から離れると、部屋の中にあるソファーに腰掛け、怪しく口元を歪めた。


「……美月、俺はお前の秘密を知っているんだぜ?」


「ひ、秘密って――?」


 明らかに動揺する美月。タブは両手を組みながら身体を前に乗り出すと、にっこりと微笑んだ。


「何時からかだっけなあ? 俺のシャツが一枚無くなってるんだ。お前さぁ、何処に有るか……知らない?」


「――はうっ!?」


 心当たりがあるのだろうか、一瞬にして顔が真っ赤に染まった。


「そ、そんなの、美月が知る訳が、な、ないじゃんっ!」


「あっ、そう? おかしいなあ? 俺にはお前が今、身に着けている服、どう見ても俺のシャツにしか見えないんだがねえ?」


「り、流兄いっ! なっ、何を馬鹿な事を――ひえええっ!」


 驚くのも無理は無い。美月がこの部屋に入った時、身に着けていた服は普段来ているパジャマだ。だが、今の美月の姿は下着姿の上に流星のシャツを羽織っている状態だったのだ。今度は顔どころか、一瞬にして身体全体がピンク色に染まった。


「いっ、いやああああっ! み、見ないでえっ!」


「おいおい。俺達は血の繋がった兄妹なんだぜ? そんなに恥ずかしがる仲でもないだろう? それに、俺にとってもお前が俺の事をそーんなに強烈な行為、ん? 違った。好意だな。持ってくれてるなんて、お前の兄貴冥利に尽きるぜ?」


「し、知らない! 知らない、知らないっ! たっ、たまたま夢の中で、たっ、たまたま流兄のシャツを着ているだけだもんっ!」


 頭を両手で抑え、体を捩りながら、思わずその場にしゃがみ込む。


「たまたまねえ……ふーん、そうか、そうか」


 タブが指を鳴らすと、天井から大きなテレビ画面が降りてくる。やがてその画面に何かの映像が映れ始め、美月がその方向に恐る恐る目を向けた時、頭から一気に湯気が吹きあがった。何故ならそこに映っていたものは――。


「良し。そろそろ『日課』をしないとね!」


 美月が自分の部屋でクローゼットに隠していた流星のシャツをおもむろに取り出した。


「これこれ! 朝晩は欠かさず、養分補給しないと!」


 そのままシャツを自分の鼻に当て、物凄い勢いで吸引を始め出す。


「くうーっ! 流兄、いい匂いっ!」


 その画像の前、湯煙を上げたまま、全身真っ白に燃え尽きた美月の姿があった。


「いやあ、お兄ちゃん参ちゃったなあ。だってこんなにも美月に好かれているんだからねえ、そっかぁ、養分補給かあ。照れちゃうぜえ!」


 悪魔的な口調で美月を追い込む。否、この者、情けというものを知らない正真正銘の悪魔野郎である。ヒーローの面影等、微塵も感じられない。 今直ぐ彗星仮面トライダーに土下座して詫びるべきであろう。


「うう……いっそ、ここから消えて無くなりたいい……」


 絶望の言葉を美月が口から漏らす。タブはそっと美月の肩に手を差し伸べると、その耳元で優しく囁いた。


「美月。心配するな、これは全部『夢』の事なんだから、本当の俺が知っている訳がないだろ? 馬鹿な奴だな」


 一瞬だけ美月の両肩が震え、ゆっくりと顔を上げた美月の表情は、花が咲いた様にぱあっと明るくなった。


「そ、そうだ! こっ、これは夢だったんだっ! ああ! 本当に、本当に良かったよおっ!」


 タブの前でくるくると小躍りを始める美月。割り切ったのだろうか、自身の下着が見え隠れしても、そんな物はもはやお構い無しだ。


「さて……美月。そろそろ夜が明ける頃だ。今日の所はこれで御終いだな」


「え? そうなの……何かあっという間だった気がするよ。でも、いい夢が見れて本当に良かった……」


 満足そうに扉に足を向ける美月。たが、急に立ち止まる。


「……また流兄に会いたいなぁ」


「――直ぐに会えるさ」


「またぁ。そんな簡単に嘘言わないでよ」 


「……嘘じゃない、約束してやる」


「ほ、本当?」


挿絵(By みてみん)


 踵を返した美月が目を潤ませ、再びタブの懐に飛び込んできた。


「ああ……嘘だったら、カジキマグロを一気飲みしてやるよ」


「し、信じてもいいのかな?」


「ああ。俺も美月に会いたいからな。何度も――」


「り、流兄……美月、嬉しいよ」


――そうさ。俺は此処で何度も、これからお前を調教せねばならんのだからなあ。くくくっ!。


 何度も言うが、この者ヒーローなどでは決して無い。流星の魂を乗っ取った、人の道を外れた外道野郎である。そんな事も露知らず、満面の笑みを浮かべ、美月はこの部屋を出て行ってしまう。扉が閉まるのを確認したタブは頭を垂れ、苦笑しながら両肩を震わせた。


「……上出来、上出来だ。これなら流星の覚醒も近いぜ」


 その瞬間、流星とタブのフュージョンが解除され、透明な流星の姿が現れた後、すうっと部屋から消えて行った。


「ん……」


 ゆっくりと流星が目覚め、そしてまた、画面に文字が表示され始める。


『お早う、流星。今、どんな気分だ? 最高か?』


「……どうなのかな? 胸の奥がどんより曇っている感覚があるような、無いような」


『そうか、そんなに簡単にはいかないようだな。まぁ、仕方が無いか。それから流星、今日からこの機械――俺を持ち歩け。そして会話の時、「※」で囲んだ文字を口に出して相手に言うんだ。わかったな?』


「……分かったよ」


 支度を済ませ、階段を降りた時、先に学校へ行こうとする美月とすれ違う。この時、美月の表情は見えなかったが、恐らく美月の顔は真っ赤に染まっていた事であろう。その美月が玄関を開けて外に出る瞬間、独り言の様に呟いた。


「――お早う。流兄……昨日は、有難う」


 それは何の期待もしていない、「まさか……」、そんな感覚で思わず口に漏らした他愛もない言葉。だが、その返事は一瞬にして画面に表示され、タブと約束した流星はそれを片言で口に出す。


「※気にするな美月。車には気を付けて行けよ※」 


 それは扉が閉まり始めた時に返された流星からの返事だった。


「え? い、今の――流兄からの返事!?」


 慌てて振り返った美月が、半分位閉まった扉の向こう側で見た流星の顔は、相変わらず、無表情のままであった。


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