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ハーレムは寝て待て  作者: 紗夢猫
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第三十六話 信義と裏切り

――艇内。 メリッサはレオに言われた通り、パネルを操作し、使われていない生命維持装置のカプセルを開けている。レオの方は背筋を伸ばしたり、屈伸をしたりと、何やらウオーミングアップを始めた。


「レオ様、何故に体を動かしているのですか?」


 不思議そうに問うメリッサにレオは「まぁ、なんとなくだ」と答え、二人の間で「『…………』」と、微妙な空気が漂った。


「お、お待たせしましたレオ様、準備完了です」


「良し! こっちも完了だ! いつでも行けるぜ!」


 室内に入ったレオは突如足を止め、隣で静かに眠っている自身の顔を無言で見つめている。何かを思うレオの心中を察したメリッサは、針で刺されたかの様な痛みを胸に感じた。


「レオ様……そろそろ部屋の扉をロックします。カプセルにお入りください」


「……分かった」


 機械音と共にカプセルの蓋が上に開き始める。レオは着ている衣服を全部脱ぎ捨て、中に入って定位置に付くと、正面を向いた。


「――蓋を閉めます」


 ゆっくりと蓋が下がり始め、完全に閉じた瞬間、少しだけ開いていた隙間の部分が互いに結合し始めた。密閉状態を確認したメリッサは「液体の注入を開始します」と、マニュアル口調で操作を始めたが、胸の位置まで液体が達した時、突如操作を止めた。


「――? どうした、姫様? 何かのトラブルが発生したのか?」


 不思議に思ったレオが問うと、「やれやれ」という表情を見せたメリッサが先程のマニュアル口調から一変し、何処か不機嫌そうな口調へと変わった。


「……レオ様、このまま液体の注入を続行すると、クロノスと闘う前に、溺れ死にしますよ?」


「え? ――あ!」


 そう。当然レオも生命維持装置内での手順は心得ている。だがこの時レオは自分の体内へ酸素を送り込むユニットを接続していなかったのだ。


「す、すまん! 今直ぐ接続する――」


「レオ様、ちょっと待ってください!」


 メリッサが不満を爆発させる様にレオを制止した。


「ど、どうした姫様? な、何で急に怒りだすんだ?」


「どうしてって――まだお分かりにならないのですか!? 普段ならこんな初歩的なミスをレオ様は絶対にしません! つまり、心の何処かにまだ何か引っ掛かる物があるという事です!」


「俺の心に……まだ何か――」


 刹那、レオの脳裏に桃子の屈託ない笑顔が過った。 


「レオ様……このま行ってしまって本当に宜しいのですか? 此処に戻ってきた時、今までの記憶が全て消えてしまうのですよ!?」


「無事に戻って来れればの話……だけどな」


「ば、馬鹿な事を言わないでください! 本当にらしくもない、その様な弱音を吐くなんて!」


「……だな。 今の発言は俺らしくない」


 普段見せないレオの辛そうな表情を見たメリッサは、レオの心に居るであろう桃子の事を思い浮かべると、切なさなのからだろうか、急に胸の内が熱くなっていくのを感じた。 


 レオは少しだけ瞼を閉じ脳裏に桃子と過ごしたこれまでのありとあらゆる場面を思い浮かべてみた。 出会った時から何かと騒がしい女だった。 ――だった。 終止符を打つ思考がふと過った時、戻れないかも知れないという己の弱さに思わず動揺する。 


 不思議だ。 戦となれば先陣を切り、真っ先に敵に突っ込んでいく恐い者知らずの自分がにこの様な一面を持っていたとは。 だが本当に今の考えは己に対してだったのだろうか、そもそも俺は自分の身の安全など考える性格ではない。 ならば……俺が恐れている事は何か。 無論、クロノス等、恐れるに足りぬ奴だ。 であれば、俺は戻れない事を恐れているのではない。 ……ああ、成程。 そういう事か、俺が恐れている事、それは――。


 静かに瞼を開くと、レオは苦笑した。

  

「言い残す事は……何も無い」


「そうですか……分かりました。 では、これより通信を遮断して装置を起動しますね」


「ああ、やってくれ」


「……レオ様、どうかご無事で――」


 メリッサの心苦しそうな言葉を最後に、通信が遮断された。 レオは大きく深呼吸をした後、何かの詠唱を始めた。


「……これでいい。 これで俺が桃子の事を忘れたとしても――」


 装置の中で再び眠りについたレオの表情は何処か優しそうであった。


 装置の起動を終え、レオを送り出したメリッサだったが、ポツリと、「……馬鹿」と最後に付け加えていたのがレオに届いたかどうかは定かではない。

 

 そして、メリッサが両目に滲んだ涙を拭った時であった、この艇内に何者かが侵入した事を知らす警告音が突如鳴り始める。


「…………やっと来ましたか」


 だが、メリッサはその音に慌てる素振りも見せず、今から入って来る人物を迎えるかの様に泪を拭うと、身だしなみを整える。 メリッサは理解していたのだ、この警告音を鳴らした人物が誰であるかを。


「め、メリッサ! れ、レオは!?」


 息せき切って艇内に入って来る人物が桃子である事を予め予想していたメリッサは踵を返すと、眦を上げて、真っ直ぐに視線を桃子に向けた。


「残念でしたね、桃子。 レオ様は貴方とすれ違う様にたった今、クロノスの所へ向かいましたよ?」


 せめてもの悔しまぎれの反抗なのだろう、この後の展開を考えると桃子は間違いなくレオと対面するのは間違いない。 それが意識の無いレオだとしてもメリッサはそれが気に入らなかったのだ。 そしてレオが無事帰還して桃子の記憶を失っていたとしてもだ。 


「な、何だって!? うう、あいつ、もう行ってしまったのか……!?」


「そうです。 貴方は最後の機会チャンスを逃してしまったのです」


 最後の機会――レオと桃子が男女の関係になる事を含んでの言葉。 特にメリッサは「逃した」の所で声のトーンを上げる。 その意図は「諦めろ、貴方にレオ様は相応しくない」で、言葉には口に出していないメリッサだったが、その変わり悪態を付く態度で示していた。 その様はもはや一国の姫としての気品などとても見受けられない、闘争本能を剥き出しにした一人の女であった。


「な、なあメリッサ、あいつは何処――」


 刹那、言葉が止まる。 桃子の視界がガラスを隔てた向こう側で静かに眠っているレオを捉えたからだ。 


「……あ、あれがレオ……?」


 桃子はガラスに手を添えたまま、今まで機械や、他人の体でしか会話が出来なかったレオの姿をじっと見つめる。 背丈は百八十センチ程はあろうか、長身で髪は短めのブラウン系だ。体格は桃子が予想していた通り逞しかった。顔の方は大雑把な口調を表す様に太目の眉毛が斜めに真っ直ぐ伸び、閉じている瞼の大きさから、開いた時の目は、とても凄みのある眼力が予想出来る。 それに加え、きりっとした口元。普段メリッサが自慢している通り、男のランクとしては高上位に位置しているであろう。だが、桃子が注目したのはそれらの部分では無かった。


「はは……レオ、お前、耳がとてもチャーミングだね!」


 レオの頭部の両側で、髪の毛の間から猫耳らしきものが、ぴょこっと頭部の側面から覗かせている。「うんうん。中々の男前だ!」等と嬉しそうに表情を浮かべた桃子は、ガラス越しで懸命にレオを見ようとしている。 


「メリッサ、どうやったら中に入れるの? どこにも入口が無いんだけど?」


 どうしてもレオの顔を間近で見たくなった桃子は隣の部屋に続く壁の付近で何やらごそごそと入口を探し始める。 最初はその行動を訝しそうに見ていたメリッサだったが、桃子が壁の周辺を乱暴に叩きだした所で、両肩を震わせながら眉間に皺を寄せると、桃子に向かって激しい口調で言い放つ。


「馬っ鹿じゃないですか、そんな事をしても扉が開く筈ないでしょ! ちゃんとパネルにパスコードを入力しない――あ!」


 瞬時に「しまった!」という顔を見せるメリッサ。 当然そのキーワードを桃子が聞き漏らす筈は無い。 パネルらしきものを見つけた桃子は仕切りにパスコードの入力をするよう、メリッサに促すがメリッサの方も簡単に首を縦に振らない。 やがて言い合いになり、終いには取っ組み合いの喧嘩にまで発展してしまった。


「何だよ! 私、さっきから何で駄目かって聞いてるよね!?」


「貴方も諦めが悪い人ですね! 駄目なものは駄目なんです!」


「だから何で――!」


 ――この繰り返しが暫く延々と続く。 やがてぜぇぜぇと息を荒げ、遂に追い込まれたメリッサは半ばやけくそ気味になりながら、怒りをぶつける様にパネルへパスコードの入力を始める。


「ふん! 本当にしつこい人ですね! 良いでしょう! 無事に戻られたレオ様は、どうせ貴方の事なんか微塵も覚えていないでしょうから、お別れの意味を込めて扉を開けてあげます!」


 嫌味の言葉と同時に只の壁だった部分にぽっかりと穴が開いた瞬間、レオの近くまで行こうと、勢いよく穴に飛び込んだ桃子だったが、中はもう一つの小部屋で仕切られていた為、扉で思い切りおでこを打ち付けた。


「いったぁい! 何だよもう! この扉っ!」


 打ち付けた部分を右手で摩りながら、その場に蹲る。


「貴方が私の説明も聞かずに、勝手に中に入るからです。 まずその汚い服を脱いで足元にあるボックスに入れてください。 その醜い体を綺麗に殺菌しないといけませんから。 その後そこに置いてある衣を纏ってください」   


「み、醜い体で悪うございましたね! どうせ私はぼん、きゅっ、ぼんじゃございませんよ! それになあ――」


 桃子が一言物申そうとして扉から顔を覗かせようとした時、「はい、消毒開始しまーす」という声と同時に急に入り口が消えて無くなり、目の前が一面真っ白になる。 やがて白い霧が消えて無くなると背後の扉のロックが外れる音が聞こえてきた。

 

 逸る鼓動を抑えながら、衣を纏った桃子は今度は慎重に生命装置へと近付いていく。 中には二つの生命維持装置があり、片方は流星が眠っていた。 だが桃子の視点はもう片方の生命維持装置――レオの方に注目している。


 紛れもないこれが本当のレオの姿。 密かに想っていた、ずっと会いたいと願っていた男が今、目の前にいる。 それは先程、窓越しで見ていた時よりも各段に溜息が出る程、良い面構えに見えた。


挿絵(By みてみん)


「……お前が……レオか。 はは、レオ、やっと……やっと会えたね。 私、とっても嬉しいよ」 


 頬を赤らめながらレオを潤んだ瞳で見つめる姿は、もはや男気のある桃子では無い。 強化ガラスに縋りつく桃子は正に恋する一人の女だった。 だがその感動の対面は直ぐに遮られてしまう。 恐らくヘ部屋の中での会話をメリッサが聞いていたのだろう、突如天井の方から悲痛な声が響いた。


「い、今更レオ様の本当の姿を知ったからってどうする事も出来ませんよ!? だって、戻ってきた時には、貴方の事なんかすっかり忘れているのですからね!!」


 目の前で聞かされたレオに対する桃子の言葉はメリッサにとってもはや愛の言葉――告白にしか聞こえなかった。 一時の感情で桃子を中に入れてしまった自分の愚かさをメリッサは心底悔やんだ。


「……貴方の言葉はもうレオ様の耳には届きません!」


「それでも……それでも私はレオを信じる。 きっと、きっとレオは私の事を――」


「――無理ですね! 今まで再転送後に以前の記憶を思い出した者など皆無! 奇跡でも起こらない限り百パーセント無理です! さあ、もう十分でしょ!? 此処に居ても無駄なだけですから、早々に出て来た方が賢明では!?」


「メリッサが何を言おうが、私は此処でレオが戻ってくるのを待つよ!」


「は!? 後で後悔するのが目に見えているというのに!? それが無駄な努力だと私が忠告しているというのに!?」


「それでも構わない! 私は待つと決めたんだから!」


 一切迷いの無い桃子の口調に圧倒され、一瞬目を伏せたメリッサだったが、桃子に負けじと再び顔を上げる。


「そう! じゃあ好きにしなさい! でも今までの長い間、レオ様と共に居たのはこの私だという事をお忘れなきよう! それからレオ様をどうしても待つと言うのであればその部屋から出てからにしてください! 万が一にも貴方がお二人に何か影響を及ぼす事があっては堪りませんからね!」


「……分かった。 今そっちに戻る」


 メリッサの指示通り再び着替え、扉から出て来た桃子が、先程のメリッサの言葉が気に入らなかったのか皮肉交じりに言葉を返す。 


「メリッサが今までどれ位レオと長い時間を過ごしていたか知らないけれど、私は時間と想いの深さが相対しているなんて、微塵も思わないけどね!」


「――なっ!」


 二人が睨み合う姿勢で激しい火花を飛ばし合うも、先程の様に此処でまた取っ組み合いの喧嘩を始めても何の特にもならないと理解していた二人は「『ふん!』」とだけ言い放った後、視線を背けながら勢いよく傍の椅子に腰掛ける。 そして暫く沈黙の時間が続いたが、重い空気に耐え切れなくなったのか、桃子の方から話し掛けてきた。


「……ところでレオの奴、何か言ってなかった?」


「――何かとは?」


「ほ、ほら、例えばあれだ、最後の最後でさ、今まで言えなかった事を伝えるとか……さ」 


 しどろもどろで問い掛けてくる桃子に、メリッサの表情が瞬時に曇る。 


「…………桃子、貴方テレビとやらの見過ぎではないですか?」


「そ……そうか、そう……だよな。 あいつがそんなこっ恥ずかしい真似なんかする訳ないか! あは、あははは!」


「そう……ですよ」


 赤面している桃子を横目で見つめていたその時、ふと先程のレオとの会話を思い出し、もしレオ様が無事に帰還し、それでも桃子の事を覚えていたとしたら? もし目の前で二人がが抱き合う様を間近で見せられる事になったとしたら? 否、そんな可能性はある筈無いのだと自分に言い聞かせながらも、何度も湧き出てくる不安に戸惑いを隠せないメリッサなのであった。 


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