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ハーレムは寝て待て  作者: 紗夢猫
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第三十五話 伝わる想い

「『これは酷い! 直ぐに治癒魔法を!』」。


 闇の中にいる加奈の直ぐ近くで、二人の男の声がした刹那、先程まで繋がれていた手を引き離される。心の支えを失った加奈は一気に憤りを沸き上がらせた。


「ちょ、ちょっと貴方方! 一体、じいやをどうする気ですの!?」


 少し間が開き、「『何だこの奇妙な被り物をした変な女は? いや、ともかくこちらの男を治癒する方が先だ!』」と、今の自分を奇妙な目で見ているであろう男達に更に怒りを覚えた加奈は、遂に堪忍袋の緒が切れた。


「私だってねえ……好きでこんな状態になっている訳では無いですのよ……」


 今まで自分の視界を遮られ、怒りが溜まりに溜まっていた加奈は体を震わせながら、被り物を無造作に掴んだ。


「いくら、温厚な私といえど、見えない所で勝手に好き放題やられたとあっては……」


 これまで入れた事の無い最大限の力を両手へ一気に込める。


「ふんぬぅうううう!」


 すぽん! と、心地の良い音を残して、被り物が外れ、「ぷはあっ! どうです! 私が本気を出せば、こんな物――」と、どや顔を見せた加奈だったが、言葉を途切らすと、一瞬で凍り付いた。

 

「え…………?」


 辺りに負傷した部下達が倒れている。恐る恐る視線をずらすと、悍ましい光景が目に飛び込んで来た。所々地面に転がっている黒焦げの「何か」。更に其処等に転々と転がっている足――手――腕――そして生首。「あ……ああ……」言葉にもない音を漏らした加奈がゆっくりと視線を下げると、地面は赤い絨毯を敷いたかの様に真っ赤に染まっている。


 その先を目にしたくは無い。だが、本能がそれを許してはくれない。自然と視線が赤い絨毯の上をなぞっていく。やがて視界はまるで無造作に脱ぎ捨てられたかの様に転がっている、片方だけの戦闘靴を捉え――そして、己の分身を失い血を流し倒れ込んでいる十蔵の姿を捉えた。


「ああ、じいや、何という事! ……嘘でしょ!? い、嫌よ! ……いやっ! いやああっ!」


 自分の衣服がその血で染まる事など気にも留めず、加奈は髪を振り乱し、顔面蒼白となっている十蔵の傍らへと走り寄る。


「じ、じいや……じいやっ! あ、足がっ! ああっ! なんで、こんな事――!?」


「『そこの女! 治癒中故、触れてはならぬ!』」


 突如、その傍らにいた二人の男に呼び止められ、加奈は十蔵に伸ばそうした手を止める。瀕死の十蔵を見てしまった加奈は気が動転し、周りが見えなくなっていた。ようやく我に返った加奈は、その傍らで両手を翳し、十蔵の右足に不思議な光を浴びさせている二人の男――メリッサの護衛達が居る事に気付いたのだった。


「ねえ……? ……じいやは、じいやは助かるのでしょうね?」


 涙目で黒装束を纏った護衛達を睨む加奈。


「『……予測不能』」


「ちょっと! 予測不能って何なの!? じいやを絶対に助けなさいっ!!」


 護衛一人の胸倉を掴んで顔をずいっと引き寄せた。


「うお! まだ治療中故――!」  


『あ、兄者!』


 何時もの強気な加奈に戻り、命令口調で護衛達に詰め寄っているその時だった、加奈の怒鳴り声が黄泉の国まで届いたのだろう、乱心中の加奈を宥める様に「お嬢様……?」と十蔵がゆっくりと瞼を開いた。


「じ、じいや……? き、気が付いたの!? じいや!」


 護衛(兄)の胸倉を解放した加奈は、慌てて十蔵の傍に駆け寄ると、泪ながらに声を掛ける。今から感動の再会の場面という背後で、膝を地に付け、苦しそうに首を押さえながら咳き込んでいる護衛(兄)の背中を必死に摩る護衛(弟)の姿があった。


「ほっ、ほっ。長い眠りに就こうとしたのですが、遠くの方で何やらお嬢様の元気な声が聞こえてきたものですから、ついつい気になって、あの世から舞い戻って参りました」


「もう! 何でそんな状態で馬鹿な事を言えるの!? じいやの足が――」


 言葉を止め、ようやく傷口が塞がった右足を見ながら苦しそうな表情を見せる加奈。だが、十蔵は何事もなかったかの様に笑い飛ばす。


「少々お痛が過ぎましたな……ほっ! ほっ! ほっ!」


「馬鹿! そんな変な恰好をして、呑気に笑ってる場合じゃないでしょ!」


「どうかお許しください。私はこうやって再びお嬢様のお顔を見れた事がとても嬉しいのです」


 少しだけ目を閉じる。――あの時、闇の手は鋭い刃と化し確実に加奈の首を狙っていた。その一瞬、鬼の形相で加奈の前に出た十蔵は、自身の右足を犠牲にし、刃に食らいつかせたま籠手で闇の手を粉砕したのだった。お嬢様の窮地を凌ぐ事が出来たのだから、手足の一本や二本安い物だと、十蔵は心から喜んで再び目を開けたのだが……お嬢様をこれ以上誤魔化す事は不可能と、大きな溜息を吐いて、重たい口をゆっくりと開き始めた。


「で、この状況から察するに、事は終結したように見えるのじゃが、あの男――クロノスは何処に行きおった?」


 護衛達から全てを聞き終えたその時、十蔵の横で話を聞いていた加奈が呆然とする。


「まさか……そんな事になっていたなんて。そ、それで桃子は? 桃子は今何処に――?」


「――加奈っ!」


 背後から大声で呼び掛けられた加奈が慌てて踵を返すと、桃子が走り寄って来る姿が目に飛び込んできた。


「加奈、お前、今まで、一体何処にいたんだよ!?」


 肩で息を切りながら桃子が掴み掛かってきた。


「わ、私はずっとここにいたわよ!」


「嘘だ! 逃げながら加奈を探したけど、たまに変なうさぎが見え隠れするだけで、加奈の姿は一向に見えなかったよ!」


「だから、それが私――」


 ――ここで言葉が詰まった。それも当然の事、そのうさぎは自分だった等と言える筈も無い。


「ま、まあ、それよりも桃子、貴方、耳を怪我しているのでしょう? 大丈夫なの?」


 何事もなかった様にはぐらかす加奈。桃子はそれなら大丈夫と、小さな絆創膏を貼っている左耳を数回軽く叩いて見せていたが、「あっ!」と、突如何かを思い出した様に目を見開いた。


「そ、そうだ! レオは? レオがクロノスに勝って、居なくなったんだろ? だったらあいつは今何処にいるんだ?」


 桃子は自分が気を失う寸前に口に出した台詞をふと思い出すと、頭から湯気を吹き出し、一瞬にして顔が真っ赤になった。


「『それは――』」


 護衛達は、まだ勝負がついていない事、メリッサとレオが飛行艇の方に走って向かって行った迄を桃子に話すと、隣で聞いていた加奈が「まずい!」という顔をするや否や、いきなり桃子の腕を掴んだ。


「え? 加奈? 何なの?」


「桃子! 今直ぐレオを追いなさい!」


「な、何だ、何で加奈がそんなに慌てるんだ?」


「桃子、レオが飛行艇とやらに向かった理由ですけど、多分クロノスを倒す為ですわ!」


「うん? だったら何の問題もないよね?」


「大ありですわ! もし、レオがクロノスを倒してしまったら、レオは自分の体に戻ってしまうのよ!」


「……レオも流星も帰ってきて、一石二鳥だろ?」


 その後、桃子はまだ顔も知らないレオと並木道を互いに微笑みながら歩いている姿を想像し、少し嬉しそうな顔をするも、それを慌てて掻き消す様に首をぶんぶんと振った。だが、レオと一緒にいる妄想は、次から次へと浮かび上がってきて首を振るだけでは収まり切れない程になっていた。


 自然と顔がほころんでしまう桃子だったが、加奈の次の一言で、その妄想は一瞬にして消え去る事になる。


「レオは、きっと桃子の事を――忘れてしまいますわ」


「――え?」


「貴方との思い出を全部忘れると言ってるのよ、桃子」


「は? レオが私との思い出を忘れる……? な、何を言い出すかと思えば、こ、こんな時に、ば、馬鹿な事を言うな――」


「――っ!?」


 桃子は加奈の真剣な目を見て、それが真実であるという事を理解した。


「……どうなさいますの?」


「うう……それが本当の事だとしても、今更あいつの所に私が行ったって、どうしようも……ない……よ」


「それで桃子は、良いと言うのですね? レオに伝える事はもう何も無いと?」


「だっ、だって、もうどうする事も出来ないし……私の事を忘れるんだから、あいつに何を言っても無駄……」


 うじうじと弱音を吐く桃子の前で、静かに目を閉じた加奈は大きく息を吸い込んだ。


「うるさああああい! 今直ぐレオの所に行って、さっさとあいつに自分の気持を伝えて来いいいっ!!」


 腰に手を当て、飛行艇の方向を指差した加奈は、「ふん!」と鼻息を荒くし、桃子を睨み付けた。


「う、うう……わああああっ! レオおおっ!」


――桃子、何故私達は、未だ顔も姿も見た事が無い異星人に惹かれてしまったのでしょう……?。


 踵を返し、飛行艇に向かって猛ダッシュしていく桃子の背中を見送りながら、加奈が「やれやれ」と、溜息を吐き腰に手を当てたその時、背後から小さな拍手が聞こえてきた。


「お見事……お見事でございましたぞ! お嬢様!」


「『ぱちぱちぱち』」


 何故か十蔵に続いて拍手を送る護衛達。


「ふん! 桃子はあそこまで追い詰めてあげないと動きませんから!」


「このじいや、お嬢様のお考えがしっかりと伝わってきますぞ。お嬢様は信じておるのでしょう? レオ殿が記憶を失わず、あのお二人がきっと幸せになるという事を――」


 そして加奈が密かにレオに好意を抱いていた事も、十蔵に痛い程伝わっていた。それ故に一回り成長した加奈を十蔵は誇らしく思った。


「……ふん。そうなって貰わないと私が困ります。だって――」


――この完璧な私を振った馬鹿な男に直接会って、その鼻を思いっきり捻ってやらないと私の気が済みませんもの!。


 少し寂しそうに、そして、少し嬉しそうに、加奈は星空を見上げるのであった。


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