第三十四話 繋がり合う運命
人知れぬ山中で眩い光同士が火花を散らす様に激しく激突し合う。外見は既に還暦を超えたであろう十蔵が両腕に装着している籠手を見つめながら、クロノスは眼を細めて忌々しそうに口元を歪めた。
「まさかその『骨董品』を目にする事になろうとは想定外でしたね」
『う、嘘だろ!? じいさんが付けているあれは――!』
「――この私が見忘れる筈もありません」
刹那、クロノスの脳裏に浮かんだ幼少の頃の記憶。それは闘技場で尊敬していた父親が膝を地に付け、一人の男が高々と拳を上げて周りから歓声と祝福を受けている姿だった。その男は両腕に籠手を付けたまま、クロノスと同年齢の男の子を片手で軽々抱き抱えると自分の肩にぽんと乗せた。
目を輝かせ、父親と同じ様に観客へ向け、両手が千切れんとばかり嬉しそうに手を振る男の子を見ながら、クロノスは血が滴り落ちる程唇を噛みしめ、「力が……圧倒的な力が欲しい……っ!」と泪を地面に滲ませ小さく呟いた。
一方、十蔵は小さく肩で息を整えながら、久々に装着した籠手の感触を確かめながら、これを自分に託した男の事を思い出していた。それは裏の仕事で両手に血の付いたナイフを握り敵に追い込みを掛けている最中、茂みの中から、頭から血を流し、片腕を押さえて傷を負った一人の男がいきなり現れるや否や、「よう、そこの色男。お急ぎの所悪いけど、少しだけ俺に『魔力』を分けてくれない?」と声を掛けてきた最初に出会った頃の一部分だった。
「あいつめ……何が『これを付ければヒーローに必ず成れる』じゃ。訳の分からない事を言いおってからに。まぁ、これのお蔭で大切な物だけは無くさなくても済みそうじゃがな」
後方で、頭からすっぽりと可愛いうさぎの被り物で覆われ、両手をわたわたと振って「ちょっと! 誰でもいいから直ぐにこれを外しなさい!」と怒りの声を上げている加奈を見ながら安堵の溜息を吐いた。
「――とは、言うものの今のあやつを生け捕りにするのはちと難しいのう」
と十蔵が手を顎に当ててどうしたものかと、思考錯誤している時、背後のメリッサが驚きの声を上げた事に気付いた。
「クロノスの攻撃を相殺する程の力を秘めている貴方のその籠手、今は亡きレオ様のお父様がお使いになられてた物です。それを何故貴方が!?」
「――そうじゃったのか、随分見ないと思っていたら、あいつめ、俺より先にくたばりおったか……それよりも今、体の中で自由を奪われているレオ殿があいつの息子だっとはのう、これはいよいよ運命的な物を感じるわい。まあ、あいつがこれをわしに譲った理由じゃが――」
「――この先、良からぬ事を企てる悪党とピンチの時に何も出来ない不出来の息子が目の前に現れるだろうからこいつで『思う存分ぶん殴ってくれ』って事じゃな!」
『いやいや! それは違うだろ、じいさん!』
レオの突っ込みなど到底聞こえる筈も無い。嫌な記憶を見せられたクロノスは一瞬動揺するも、十蔵から素早く距離を置いた。
「貴方が装備しているそれは、今の私にとっては恐れるに足りない物です。そもそもあの時、私の父が敗れた敗因は魔力の差では無く、俊敏さで劣り悔しくも敗れただけの事。昔ならともかく肉体的に衰えた今の貴方では到底私に近づく事等不可能――」
地面から土の塊が弾け飛び、周りの雑草が一斉にクロノスの方へと倒れ込んだ時、既に十蔵の姿はそこに無かった。その刹那、愉快そうに笑っていたクロノスの表情が一瞬にして凍り付いた。
「油断大敵じゃ! 小童ああっ!」
魔法陣に覆われた拳がクロノスの視界を覆った刹那、物凄い衝撃音と光が交錯した後、十蔵が放った渾身の一撃は見事、クロノスの顔面にヒット――しなかった。十蔵は舌打ちをし、後方に吹き飛んだクロノスの方を恨めしそうに睨んでいる。
「……歳はとりたくないのう、あと一歩、いや、あと半歩及ばんかったか」
土煙の中から、悍ましい魔法陣を回転させたクロノスが姿を現した。
「ククク、今のは本当に危なかったですねえ。あの様な魔力を一転集中させた拳で殴られれば流石の私も気絶させられていたかもしれません」
「――ふん。わしを侮ると踏んでこの一撃に賭けたんじゃがのう――っ!」
十蔵は苦しそうに胸を押さえながら片膝を付いた。
「今です! お前達!」
「『――おおおおっ!』」
十蔵がクロノスと闘っている間、メリッサ達は拘束呪文を唱え、全ての魔力を集結し、クロノスの頭上に素早く魔法陣を出現させると、そこから幾多にも及ぶ鎖を放った。
「更に強化したつもりなのでしょうが、それは無駄! 全てが無駄な事なのです! ククククッ!」
クロノスが右手を高々と翳した掌から魔法陣が現れ、闇の手が伸びると、鎖を巻き取りながら簡単に引き千切ってしまった。
「クハハハハ! 自由自在! 如何なる場所からでも簡単に魔法が使える! これこそが魔喰の力!」
自身の周りに幾つもの魔法陣を出現させ、クロノスは高笑いする。
「そ、そんな……最大の魔力を込めたのに……」
一瞬にして掻き消えていく鎖を呆然と見つめるメリッサ。
「ククク! さぁ、御覧あれ! これからもっと楽しくなるのですから!」
「た、総隊長を守れ! あいつを撃ち殺せ!」
一斉に鳴り響く銃声――だが、その弾丸全てて無残にもクロノスの手前でぼろぼろと零れ落ちた。
「だぁかぁらぁ、先程からそんな攻撃等、意味が無いと教えてあげているでしょう? 愚かな人達ですねえ……」
冷ややかな表情を一瞬見せたクロノスは魔法陣から無数の闇の手を一斉に放つと、手当たり次第周りの者を掴み始めた。
「やめろ! 離せ! 離してくれ! た、助けて!」
捕まった一人が大声で叫び声を上げた。
「そうですねえ……貴方は……」
その言葉の刹那、捕まった者が一瞬にして業火に包まれた。
「ひぎゃあああ! あづい! あづうう!」
それを目にしたもう一人が慌てて背を向けるが、直ぐに闇の手に捕まり、高々と掲げられた。
「や、止めろ! 止めてくれ!」
クロノスの非道な振る舞いにレオが必死に「馬鹿野郎! 止めろっ!」と呼びかけるがクロノスは何かに憑りつかれたように笑い声を上げるだけだった。
「クフフ! じゃあ……貴方は……」
その言葉が終わると同時、激しい雷光が闇の手を螺旋状に伝いながら、その者へと襲い掛かっていく。
「こ、こっちに来るな! 来ないでく――あばばばばばああ!」
その者は口から黒煙を上げた後、消し炭の様に崩れ散った。無抵抗のレオは目の前で今、何が始まったのかを受け入れる事が出来なかった。逃げ惑う者を闇の手で拘束し、火、雷、水、風、土。ありとあらゆる方法を用いての惨殺が始まった事を。メリッサ達は逃げ惑う者達を助けようと必死に抗うも、魔法陣から無尽蔵に出現する闇の手を裁ききれずにいた。
やがて大きく開いた闇の手は、周りに悲鳴だけが聞こえ、一体何が起こっているのか分からない加奈を狙う。直ぐに気付いた十蔵は、血を吐き出しながら、最後の力を振り絞って懸命に地を蹴った。
「な、何ですの? 皆、どうなさったの?」
被り物の中から漏れる不安の声を十蔵の声が優しく包む。
「お嬢様……心配ご無用です。貴方にはこのじいやがちゃんと傍についておりますぞ……」
「あ、じいや! 良かったそこにいたのね。今何が起こってるの? お願いだからこの暑苦しい物を取って頂戴」
「……なりません。今暫くお待ちください。その変わりほら、この通りですぞ」
十蔵は加奈の手をそっと優しく握った。安心したのだろうか加奈は被り物の中で苦笑する。
「ありがとう、じいや」
「…………」
己を犠牲にし、右足を潰された十蔵はまるで加奈を壁で覆う様にその場に崩れ落ちた。
「どうですレオ! これほど愉快な物は無いでしょう? 絶大な力の前に無力な者が尽く消え去る様は!」
『ふざけるな! お前がやっている事は只の無差別殺人だ! 己の力を奮いたい! それだけの為に罪の無い者を苦しめているだけじゃねえか!』
「――そうですが、何か問題でも? 断っておきますが、これは始まりに過ぎないのですよ? 貴方には根元から心を折って貰わないと困りますからねえ」
『ま、まさか、お前!』
闇の手がある方向に向かって容赦無く伸びていく。その先に居る者達――ナイフを握り、桃子を遠くへ逃がそうとする数人の男達だった。闇の手は男達を簡単に捕まえると、悲鳴を交えながら、次から次へと肉塊に変えてしまった。
「ククク……!」
『てめええっ! 殺す! ぶっ殺してやるっ!』
「やれやれ……威勢が良いのも何ですが、今の自分の立場を理解しているのですか?」
『――なっ!?』
愉快そうに笑いながらクロノスは闇の手に次の獲物――加奈の部下に守られている桃子を命じる。 闇の手の一つが急に方向転換すると、大きく掌を開きながら、真っ直ぐに桃子のいる場所へ向かって行く。
「まずい! 桃子様! 急いで我々から離れてください! そして加奈様と一刻も早く合流してください! さぁ、行って!! 」
一人の部下が暗闇の中でマシンガンを構え、火花を散らして空薬莢を弾き飛ばす。 もう一人の部下も直ぐに片膝を付き、火花を散らした。 桃子は言われた通り駆け出したが、暫くして背中越しに蛙が車に引き殺された時の様な破裂音と、低い鳴き声が聞こえてきた。
地面を削りながら闇の手が容赦なく桃子の足を掴むと、物でも扱う様に地面を引きずり回す。 一瞬にして桃子の衣服が敗れ、体中が傷だらけになっていく。
「ああああああああぐううっ!」
その中で聞こえる桃子の叫び声。
『や、やめろ! 頼む! やめてくれええええええええっ!』
気が狂った様に絶叫するレオ。 否、本当に狂ったのかも知れない。 大切な者が無残に傷つけられる様を目の前で見せられるのだ。 それは自分が拷問を受けるよりも何倍も苦しい事であり、更に手を差し伸べる事も出来ない。 それはレオにとって、どてっ腹に剣を突き刺される事よりも、何十倍も痛く、苦しい事だった。
だがそんな願いが聞き入られる筈も無く、闇の手は桃子を捕まえると、首を絞め上げたまま、クロノス目の前に掲げられてしまった。
「ああ、レオ! なんて悲しい事なのでしょうか! 今正に貴方の目の前で、最愛の者の命が儚くも消えて行こうとしている!」
わざと悲しそうな声を出し、クロノスがゆっくりと魔法陣を向けた刹那、桃子が息も途切れ途切れに、レオに笑い掛けた。
「レオ……情けないぞ……お前、何負けて……だ? しっかり……しろよ……な」
「……ああ……桃子の言う通りだよ! 俺、何でこんな奴に負けてしまったんだろうな、くそっ! 自分が情けないぜ!」
返事を返したのは――レオでは無い。
「――なあんてね! 貴方が話しかけている愚かなレオは、悲しいかな、何も出来ないのです! 故に貴方を助けられない! 残念! クププププ!」
『うおおおおおお! 桃子っ! 桃子おおおおおっ!』
「では、永遠にさようなら……」
魔法陣から出現した矢先が鈍く光る。最後の力を振り絞り桃子は弱弱しくも口を幾度か開く「負けないで」と。そして静かに閉じた瞼から一滴の泪が零れ落ちた。
「見事、『的』に命中した暁には、拍手喝采の程を――!」
『うがああああああああああああああ!』
放たれた闇の矢は無情にも桃子の胸を貫い――かない。矢は桃子の耳を霞めて大きく逸れた。
「――外した? この私が?」
その刹那、四方八方伸びていた闇の手が電池が切れた様に、次から次へと崩れ落ちていく。
「ば、馬鹿な!? 魔法陣の制御が――効かないだと!? レオ、これは貴方の仕業だとでもいうのですか!?」
レオは何も答えない。その代わり、言葉にもならない怒りの咆哮を上げ続ける。それはやがて地を共鳴させ、人からでは無い、周り全ての草木達から魔力が溢れ始める。
「こ、この濁りの無い、純粋な魔力が、私の力を奪っている――!?」
その刹那、溢れた魔力が地面に転がっていた無線機を覆い始め、そのスピーカーから大音量で音が流れ始めた。
<さぁ! 最後のリクエスト、行ってみましょう! これは懐かしいですね! 知る人ぞ知るあのヒーローの主題歌です!>
それは彗星仮面トライダーの主題歌だった。その力強い歌声が周辺に木霊すると同時にクロノスの表情が一変する。
「ぐうう! こ、この音! あ、頭が割れそうだ! なんという不協和音!」
頭を抱え、その場でふらつき始めたクロノスは、やがてその音が外からでは無く、自身の中から聞こえてくる事に気付く。今にも途絶えそうだが、確かに聞こえる。そうだ、この声はあの者――流星本人からだと。
「な、何という事だ。もはや魔喰に取り込まれ、虫の息だというのに、あの男はまだ諦めていないというのですか……!」
急激に魔力を失っていくクロノスをメリッサ達が見逃す筈も無い。危険を感じ、頭上を見上げたクロノスの瞳孔が大きく開かれたその時、激しい鎖の音と共に縛り上げられた。
「こ、ここまで来たというのに! い、良いでしょう! 一端、此処は退く事にします! で、ですが、直ぐに完全体となって再び地獄を、今度こそ完璧な地獄を貴方方に見せてあげましょう! そ、その時が全ての終わり――」
そこで言葉は途中で途絶えた。そしてその場所ではまるで何事も無かったように静まり返り、少し冷たい風が吹き抜けた。
「う、うう……っ!」
呻き声を上げ、主導権を奪い返したレオが目を開けると、直ぐに「桃子! 桃子は何処だ!?」とおろおろと辺りを見回し始めた。
「……レオ様、なんですか情けない。心配せずとも桃子は其処で治癒魔法を受けてますよ」
少し寂しそうに桃子の無事をレオに伝える。
「姫様! 今直ぐこの鎖を解いてくれ! 早く!」
鎖を解かれたレオは滑り込む様に桃子の元まで駆け寄ると、治癒魔法で安らかな寝顔をしている桃子の顔を見るや否や、機関銃の如く謝罪し始めた。
「桃子、お前をこんな危険な事に巻き込んで本当にすまない! 怖い目に合わせて本当にすまない! 肝心な時に、守ってやれなくて本当にすまない!」
その言葉を耳にしながらメリッサは何かを諦めた、そんな小さい溜息を一つ吐いた。レオは、思いつく全ての謝罪の言葉を桃子に伝えた後、静かに立ち上がりメリッサの方へ踵を返す。
「姫様……俺は今からクロノスをぶっとばしてくる。だが時間も無い、今直ぐ飛行艇まで付き合ってくれ!」
「レオ様? もしかしてクロノスを捉える方法を思いついたんですか?」
「ああ……確証は無いがやってみる価値はある。俺は怒りで我を失っていたが、あの時、確かに聞こえてきたんだ! きっと上手くいく筈だ!」
駆け出したレオの背を見つめながら、何を根拠にしてレオが言っているのか理解出来なかったが、レオの「ぶっとばす」という言葉が何故なのだろう、心の中で頼もしい程、力強く響いた。
「レオ様、何やら凄く自信がありそうですね! 分かりました、このメリッサ、お供いたします!」
「ああ! 『今』なら、きっと流星が俺を『導いて』くれる!」
「流星が……レオ様を導く? って、レオ様、走るのが早すぎます! ちょっと、待ってください!」
メリッサは息を弾ませながら、必死にレオの後を追っていくのであった。




