第三十三話 闇の中に差し込む光
母国ベルム王国から持ち去った神器――魔喰の力をクロノスは今正に、完全な物としようとしている。その膨大な力は艇内、否、周り一体を震撼させ、飛行艇へ近付こうとする手練れ達さえも、力の波動が容赦なく襲い掛かる。
「な、何だ? この重圧は!? 思うように動けない!」
「くそっ! 何で思う様に前に進めないんだっ!」
周辺にいる部下達は、一斉に驚きと戸惑いの声を上げ始めた。それでも各エリアの隊長達は己のプライドを賭け、「行け! 前に出ろ!」と執拗に声を張り上げている。
そして一人の部下が、続いて突入をしようとした時、急に「ちょっと待て!」と呼び止められる。
「おい、そこのお前! その無線機から流れて来る音は何だ!?」
指摘された部下が足を止めた刹那、二人の間で何やら楽しそうな声が聞えた。やがて己の犯した失敗に気付いた部下は「しまった……」という顔をし、慌てて無線機の周波数を変更しようとする。
「その手を動かすな……貴様、今まで何をしていた?」
「す、すみません。真っ暗な山中、一人物寂しかったので……その、民法の電波を受信していました」
「…………そうか」
隊長はそのまま無言で部下の無線機を取り外すと、一言「これは、お前にはもう必要の無い物だ」と、力一杯遠くへ投げ捨てた。
――艇内。鎖の呪縛を引き千切ったクロノスは、悍ましい笑みをメリッサ達に向けていた。
「ククク……このまま貴方達を飛行艇毎、吹き飛ばして差し上げましょうか?」
『この野郎、いい加減にしやがれ!』
必死に流星の中でもがくレオ。だが、今の力の差の前ではとても主導権を取り戻せそうも無い。
「――そ、そんな事は、させませんっ!」
メリッサは素早い手付きで、制御パネルを操作し、飛行艇の座標軸を変更する。
「レオ様には一切、貴方に触れさせない!」
力強い声と共に、艇内全体が歪み始めた。
「クク、無駄な足掻きを……!」
飛行艇は一瞬、姿を消し、メリッサ達の少し後方に再び現れた。護衛達は飛行艇を庇う様にしながら直ぐに前に出て、クロノスと対峙する。
「全く……諦めの悪い方達ですね。ですが、その愚かな行動は、更に貴方達の首を締め上げてしまった事にまだ気付かないのですか?」
「『――何を!?』」
護衛達が詠唱を始め、クロノスに向かって、攻撃せんと再び手を翳したその時――。
「照明っ!」
一人男の叫び声と同時に、護衛達が居る場所に向け、四方から強力な光が差し込むと、護衛達は堪らず掌を額に翳して詠唱を止めた。浮かび上がった光でクロノスが不敵な笑みを覗かせた刹那、メリッサは先程までクロノスが放っていた魔力が急に消えている事に気付くと、次に男の口から発せられる「構え!」の声の後に、「あ……」と小さく声を漏らした。
愕然としながらメリッサは光の元を視線で辿り始める。其処には地面に腹這いに伏せ、息を殺した者達が皆、銃を構えている。闇の中から一直線に伸びたレーザー光が、自分の眉間に当てられている事から、今此処にいる「敵」が自分達である事を痛感した。
「きゃあああっ!」
闇の中で黄色い声を張り上げたのは、やっとこの場所に辿り着いた加奈だった。クロノス――流星の右目から赤い血が滴り落ちているのを目の当たりにした加奈は、「お嬢様! 危険です!」の周りの声も耳に止めず、慌ててクロノスの方へと向かって走り出した。桃子も「う、嘘でしょ……レオ!」と、直ぐにその後を追う。
「加奈、桃子! こ、これは、ち、違うのです! 今の流星は――」と、その場を動こうとするが、「動くな!」の声で、悔しそうに唇を噛みしめ、肩を震わせながら拳を握りしめた。
「やっと来てくれたか……遅すぎだぜ、加奈、桃子」
顔を伏せて、右目を押さえたクロノスが、わざとらしくふらふらと二人の元に辿り着いたその時――。
「撃てえっ!」
理不尽な叫び声と同時に、連続的に放たれた弾丸と火花がメリッサを襲った。
「『メリッサ姫っ!』」
メリッサの前に躍り出た護衛達は、翳した手の平から防御壁を出現させ、それらを全て弾き返す。白煙と火薬の匂いが風に巻かれ通り過ぎた時、加奈がずいっと前に出て来るや否や、メリッサを指差し、怒りを露わにした。
「貴方! ここに現れた時から怪しい輩と思っておりましたが、まさか流星の命を狙ってたなんて!」
「か、加奈! ち、違うの! 今の流星はクロノスという悪人が――」
「見苦しい言い訳等、聞きたくもありませんわ!」
『待てよ! 姫様の言ってる事は全部本当なんだって! 信じてやれ!』
レオが叫ぶ擁護の声は当然加奈に届く筈も無い。
――最高の展開になってきましたねえ。クククク。この状況で、貴方が気に入っている女性はどう思ってるのでしょうかねえ?。
「レオ! これは一体どういう事か、私に分かる様に説明してくれ!」
事態が飲み込めない桃子が戸惑の顔を見せると、クロノスは一瞬、愉快そうに口元を歪めて、ゆっくりと口を開いた。
「何て事だ……メリッサが俺を愛するあまり、ここまでするとは思ってもなかったぜ……まさか俺を「本体」に戻したいばかりに流星を『殺そう』とするなんてな……」
「――え!?」
『――っ!?』
「な、何で流星がメリッサに殺されなきゃいけないんだ!?」
「ああ。桃子には言ってなかったか? 仮の器を失った魂は本体へ強制送還させらるんだよ。だからメリッサは流星を殺して、俺を元に戻そうとしやがったんだ」
『嘘だ! そんなのでたらめに決まってるだろ! 早く気付けよ、桃子!』
――無駄ですよ。貴方の心の声は彼女に届く筈もありません。ククク。
クロノスの話を聞き終えた桃子は、少し寂しそうに目を伏せた後、メリッサを見つめた。
「メリッサ……お前とはいいライバル――友達になれると思ったんだけどな。凄く残念だ」
「……桃子」
『くそっ! くそっ! この大馬鹿桃子っ!』
「もう沢山ですわ! 流星を連れてさっさと戻りますわよ桃子!」
怒りで我を見失った加奈は完全にメリッサを敵と認識している。桃子はメリッサから視点を外すと、クロノスに優しく「行こう……」と、微笑み掛けた。
「貴方、右目は大丈夫ですの? 直ぐに医療班を呼びましょうか?」
加奈が心配そうに右目を確認しようとするが、クロノスは「いや、それには及ばん。大した怪我ではないから先に行ってくれ」と、右目を押さえたまま、左手をひらひらさせた。
三人が踵を返し、戻り始めた時、再びメリッサにレーザー光が向けられる。メリッサは離れていく三人が次第に泪で滲んでいくのを感じながら、謝罪の言葉を呟く。
「ああ……レオ様、クロノスをここまで追い詰めながら、捉えず事も叶わず、そればかりかレオ様も流星も、誰一人として、救えなかったこの私を許してください……」
嗚咽を漏らし、その場で崩れ落ちるメリッサ。心中を察したのだろうか、辛そうな表情をしながら、護衛達は庇う様に前にたちはだかる。その様を見届けたクロノスは、前を行く桃子の背中を見ながら気味の悪い笑い声を漏らし始めた。
――如何です!? この素晴らしい展開は!?。 貴方に思いを寄せていた愚かな姫は、この地で力尽き、朽ち果てていくのです!。
『分かったから、もう止めてくれ! 俺はどうなってもいい、頼む、クロノス! 姫様をなんとか見逃してやってくれ!』
――おやおや? こんな状況で、他人の命乞いですか? あり得ません、あり得ないのです。 だって――最後の仕上げを今から私がするのですからねえ! クククク!。
ゆっくりと、押さえていた右手を放したクロノスは、悍ましい赤眼を桃子の背中へと合わせた。
『お、おい! まさか……てめえ! 止めろ! 止めてくれえええっ!』
――誰も気付かないでしょうねえ。もうすぐ響き渡る銃声の中で、これまで貴方が一番大事にしていた者が目の前で塵と化すのですからねえ! クープププ!。
同時に一斉射撃を示す総隊長の手が翳される。レオが目にしたくない無い惨劇は既にそこまで迫っている。クロノスの右目の魔法陣がその終わりを成し遂げようと、無情にも回転をし始め、闇で模られた鋭利な剣が何も無い空間から姿を現した。
「さあ! レオ! 見届けるのです! この美しい結末を!」
「ん? 何だよ、今何か私に言ったのか? レオ――」
あどけない表情で振り返った桃子の瞳孔が一瞬広がった。容赦なく桃子に放たれた無数の剣、レオは今まで生きた中で、これ以上出した事の無い悲しみの咆哮を上げた。
――絶望。その言葉が重く圧し掛かる。何も出来なかった。初めて桃子に抱いた感情も、姫様も異世界の銃弾を浴び蜂の巣と化す。流星も救えなかった。全てを失った俺に生きる資格も気力も無い。終わりだ、俺の全てが今ここで終わったのだと、レオが心を闇に閉ざそうとしたその時――。
「諦めるには、ちと早計では無いですかな?」
「な、何だ お前は!?」
思わず驚きの声を上げたのはクロノスだった。放たれるべき銃弾の音もせず、そればかりか白髭を生やした見知らぬ老兵が、風の様に自分と桃子の間に割ってくるや否や、全ての剣を破壊していたからだ。
『じ、じいさん!』
老兵――十蔵は、皺の寄った目ではあるが、その鋭い眼光を中に巣食うクロノスに向けた。一方、桃子と加奈は今此処で何が起きたのか、全く分かっておらず、呆然とした顔で対峙する二人を見ていた。
少し間を置き、何かを思い出した十蔵は、踵を返してポケットからアイマスクと耳栓を取り出すと、素早く加奈の背後に回り込んで装着し、「え? 何? 何事? 私、急に何も見えなくなったのですけど?」と驚きの声を上げる加奈をそのまま部下に託し、桃子には「お嬢様には内緒での」という可愛らしい仕草を見せた後、首の骨を鳴らしながら再びクロノスの方に向き直った。
「いやはや……最初はまんまとお主の姿に騙されてしまったが、最後の最後で尻尾を出してくれたお蔭で、自分が犯した過ちに気付く事が出来たわい。長年裏で『掃除仕事』なんぞやっておると自然と見えてくる物があっての――」
「――お主がお嬢様のご学友に向けた悍ましい『殺意』が嫌と言う程、このわしに伝わってきたんじゃ。それにお嬢様から聞いておったが、そこに一緒に居るレオ殿は一度わしと会ってあるでのう、ほっほっほ!」
「――っ! たがが人間の分際で何故、私の矢を破壊――!?」
動揺したクロノスはそこで言葉を止めた。否、止めざる得なかった。十蔵が両腕に装着している籠手は紛れも無くこの世に存在しない代物だったからだ。
「貴様、それを何処で手に入れた!? 一体何者なのだ?」
「ほっ、ほっほっ、なあに、昔、偶然知り合った『飲み友達』に貰い受けただけじゃ。そいつが強引に『何時か役に立つ日がくるから貰っとけ』と。まさかこんな日が本当来るとは……奴には感謝しないとのう」
「成程……貴様もこの世で魔力を持つ者の一人だったのですか……これはこれは予想外でしたね」
十蔵から少し距離を取り始めるクロノス。
「――で、この私と闘うと? 良く御覧なさい。今の私は流星でもあるのですよ? 如何に其方に戦力があろうとも、この体を傷付ける事が出来るのですか?」
両手を広げて、瞼を閉じ、満足そうに笑みを浮かべたクロノスだったが、再び瞼を開いた時、当の十蔵はメリッサの方を向いて謝罪の言葉を述べていた。思わずクロノスは「聞かんかーい!」とツッコミを入れてしまう。
「いやはや、歳は重ねたくないものですな。危うく可憐な乙女に手を掛けてしまうとこじゃった。どうか一度でも貴方達に矛先を向けたこのボケ老人を許してくれ」
両手を合わせて深々と頭を垂れる十蔵。無論、この窮地を救ってくれた恩人にメリッサが怒りの感情を持つ事等あり得ない。
「と、とんでもありません! 此方の方こそ助けて頂いて……なんとお礼を申し上げたら良いのか」
「『感謝する!』」
逆にお礼を言われ、逆に照れてしまった十蔵。無言のまま、指先で白髭の片方を伸ばしつつ、再びクロノスの方へ踵を返すと今度はぼやき始めた。
「情けない……いいようにその体を乗っ取られるとは。あの時、少しは骨のある男だと思っておったが、やれやれ、とんだわしの思い違いじゃったかのう」
『――ぐふっ!』
この言葉はクロノスではない、レオ自身に向けられたものであった。
「まぁ……レオ殿はそこで少し休憩でもするが良かろう。悪党はこのわしの『拳』で直接叩き出してやるわい」
両拳を突き合わした十蔵は、白髭をピンと立たせながら、にかっと笑った。




