第三十一話 忍び寄る死神
流星をレオと思い込み、メリッサはクロノスを魔法陣に乗せ、結界を張って飛行艇を隠している山奥へと向かって行ってしまった。一方レオの方だが、成す術も無く、主導権をクロノスに全て取られたまま、流星の視点から次第に小さくなっていく街並みを見下ろす事しか出来なかった。
その刹那、校舎の正門から信じられない速度で、自転車に乗った桃子が飛び出してきた。まさか俺達の後を追い掛けて来るつもりじゃないだろうな? と、思ったの束の間、どうやら予想は的中した様で、桃子の自転車は離されまいと確実に追跡してきているではないか。
クロノスもその異変に気付いたが、特に気にも留めず「愚かな女だ」と、苦笑するだけであった。
――おやおや、貴方に何かを感じ取ったのですかねえ? こちらをしきりに追ってきてますよ?。
『桃子の奴、なんて無茶な事を!』
――ククク、よっぽど貴方が心配なのですねえ。と、言っても、ほら、御覧なさい。もう豆粒になって見えなくなってしまいましたけど。
『まぁ、そうなるよな……』
レオは「なにやってんだよ」と、呆れた様子で嘆いた。
「ああーっ! くっそう、やっぱり無理かあっ!」
自転車のグリップを右手拳で悔しそうに叩きながら、激しく呼吸を乱し、レオ達が消えた方向を仰ぎながら桃子は叫んだ。
「メリッサって普通の奴とは何処か違う物を感じてたけど、まさか『空飛ぶ宇宙人』だったなんてな……ん? ちょっと待て。 って事はレオも同類の宇宙人って事になるのか……って、今はそれどころじゃない! あいつ等一体何処に向かって行ったんだ?」
その時だった、呆然としている桃子の横で、高級車が急ブレーキを掛けて止まり、後部座席のウインドウがゆっくりと下がった。
「桃子、貴方が空を見上げながら、慌てて自転車で何かを追って行く姿を捉えたものですから、私、じいやに車を回させて後を追ってきましたの! 一体、何事ですの!?」
「加奈……どうしよう? 私、とんでもない物を見てしまった……それより、流星が、レオが向こうの山奥の方へ向かって行ってしまって――」
加奈は桃子が口から漏らした「レオ」という言葉を聞き逃さなかった。
「――桃子、貴方……とにかく車にお乗りなさい」
走り始めた車の車内で加奈は、レオが桃子に自分の事を全て打ち明けた事を知る。
「……そう。あいつは全てを貴方に話したのね」
「加奈、こんな突拍子も無い話を聞かされて、何でそんなに落ち着いていられるんだ? って、まさか、お前最初からレオの事を全部知っていたんじゃあ――」
「――ええ。レオの事は早くから存じ上げていましたわ、無論、彼が異世界の住人である事も」
「な、何でもっと早く私に教えてくれなかったんだ!? それだったら――」
「それだったら……何ですの? 今の流星をレオに見立てて、猛アタックするつもりだったとでも仰りたいの?」
「ち、違う! 誰もそんな事言ってない! それより、さっきのあいつは明らかに変だったんだ! 一人芝居でもしてるように物々何か言い合ってたかと思えば、いきなり屋上からジャンプして、あのメリッサと二人で何か変な輪っかに乗ってどっか飛んで行くし! もう、何が何だか、訳わかんないよ!」
「――桃子、貴方、先程レオが『山奥の方へ向かった』と言いましたわよね? と、なれば流星に関わる何らかの動きがあって、二人が謎の飛行物体がある場所へ向かった可能性がありますわ」
「謎の飛行物体? 何だそれ?」
「……実物を目にしたら、貴方も衝撃を受けざる得ないでしょうね。ま、ご安心なさい。あの二人が向かった先は私も把握してますから」
「加奈、お、お前、あいつらが向かった場所が分かるのか!?」
「ま、その時は偶然だったのですけどね。あの日は靴も服もぼろ雑巾みたいになってしまって、本当、酷い目に合いましたわ……」
電話機で運転席側に何かを伝えた加奈は、座席全面のパネルから自分が指示した物を手に取る。
「山のふもとに着きましたら、そこから少し、ハードになりましてよ?」
と、自慢気にカジュアルな服と運動靴を桃子に見せた。
「――レオ様、到着しました」
メリッサはゆっくりと魔法陣を地面に着陸させる。魔法陣が地面と接触した瞬間、空気中に溶け込む様に消滅した。
「……此処か。ありがとう、メリッサ」
「――いえいえ……では、早速結界を解きますね」
メリッサが結界を解除している背後で、クロノスは不気味に口元を歪めた。
『くっそ、姫様! 気付けよ! この野郎はクロノスなんだって!』
――ククク、諦めてください。それよりも、そろそろ覚悟をしておいてください。あなたの命はもう直ぐ尽きるのですから。
『――っ!』
そして、無情にも結界が解除され、大型の飛行艇が姿を晒す。メリッサが手を翳し、空中に突如現れたパネルを操作すると、飛行艇の中心部分から搭乗口が現れた。
「ささ、行きましょうか」
「……ああ」
二人が足元に伸びて来たタラップに、足を掛けると吸い込まれる様に飛行艇の中へと消えて行った。
それから遅れる事、数十分。二つの影が夕日に映し出されながら揺らぎ、飛行艇がある方へと近付いて来ている。
「桃子、今から私が様子を伺ってきますから、ちょっとお待ちになって」
「ああ、分かった、ってお前、何か辛そうだけど、大丈夫か?」
帰宅部お嬢様の加奈は、杖を片手に息も途切れ途切れだったが、主導権は私に有るみたいな感じで、胸を張って「心配ご無用」と言いながら、ふらふらと飛行艇のある場所へ向かっていく。
「あった! ありましたわ! 間違いない、あの謎の飛行物体ですわ!」
声を殺しながら満足そうに呟く加奈。飛行艇は不気味な機械音を響かせながら、眩い光を地面に向け放っている。飛行艇を確認した加奈は、踵を返すと急いで桃子の元へ戻っていった。
そして桃子の手を掴むや否や、意気揚々と飛行艇を確認した場所まで、桃子を引っ張ってくる。
「着きましてよ、桃子! さぁ、御覧なさい! 貴方が未だかって目にした事も無い、謎の飛行物体を!」
自信満々に手を翳し、どや顔で桃子を見据える加奈。
「御覧なさい……って、何も無いじゃん」
「そう! 何も無い――って、えええ!? そ、そんな筈は!?」
加奈が手を翳した方向は只の原っぱで、気持ちよさそうに雑草が風で揺れているだけだった。
「う、嘘!? 先程まで確かにありましたのに! また以前の様に忽然と消えてしまって――おお! まいがっ! 今回は忘れずに携帯をちゃんと持ってきましたのに、自慢する事の方が先行して、証拠写真を撮るのを失念してしまいましたわ!」
「わざわざこんな所まで登ってきて、どうすんだよ?」
目を皿にして、訝しそうに加奈を見つめる。
「お、お待ちなさい! あ、慌てないで、まずは、お、落ち着きましょう! 恐らく時間が経てば、また謎の飛行物体が姿を現すかもしれませんわ!」
「…………だといいな」
桃子に思いっきり疑われ、プライドをへし折られた加奈は肩を震わせ、顔を真っ赤にしながら、携帯を取り出すと、直ぐに何処へ電話をし始める。
「じいや、『今直ぐに』此処で野営が出来る様、手配しなさい! 一度ならず二度も私の前から姿を消すなんて、本当良い度胸をしていますわ! そちらがその気なのでしたら、こちら側も引く訳にはいきません!」
「桃子! 貴方にもこの真実を知って貰う為に、無論私に付き合ってもらいますからね!」
その刹那、何処からともなくヘリのローター音が響いてくるや否や、野営で使うであろう物資が次から次へとパラシュート付きで降下してくる。それを背後に加奈は自信満々に腕を組みながら、「ふふん!」と桃子を見据えて不敵に笑った。
「『お帰りなさいませ、メリッサ姫』」
黒装束を纏った二人の部下が深々と頭を下げた。
「二人共、頭をお上げなさい――それより、あいつの居場所は分かったの?」
「不規則な魔力を発している場所の特定までは出来たのですが、何分、多岐に分かれていまして、恐らくはフェイクの可能性も有るかと……」
「そうですか……もはや一刻の猶予もありません。増員してでも、全ての場所を探るのです。さぁ、今直ぐ向かいなさい」
「『ですが我等は、国王よりメリッサ姫の護衛を――』」
「――心配には及びません。自分の身は自分で守れます。……それとも貴方は、この私の実力を知らないとでも仰りたいのですか?」
「『……滅相もございません』」
「では行きなさい」
「『――御意』」
声と共に瞬く間に姿を消す護衛達。艇内では様々な電波を傍受しているのか、時折、何等かの音声がノイズを交えながら聞えてくる。メリッサは護衛達の気配が完全に遠ざかった事を確認すると、先程まで凛としていた一国の姫の表情から一変して何時ものメリッサの表情に戻った。
「さぁ、レオ様! これで邪魔物は消えました。やっと二人きりになれましたね!」
『なれましたね! って、呑気に顔を赤らめてる場合かっ! 姫様も俺も、今、大ピンチなんだっつーの!』
――ククク、何を訴えても無駄ですよ。私の魔力はまだ十分残ってますし、依然、貴方は何も出来ない。残り少ない時間をせいぜい大切にする事ですね。
「メリッサ……俺も、二人きりになれて嬉しいぜ……」
メリッサの手を掴み、自分の方に引き寄せたクロノスは強くメリッサを抱きしめた。
「――ああ……レオ様!」
『や、止めろっ! 姫様に手を出すんじゃねえ!』
――あの幼かったメリッサ姫が、貴方を思う一途な乙女となって、今、この私の腕の中に収まっている。ククク、これは愉快、愉快ですねえ。
『畜生! 何で口や指の一本も動かせないんだ!? この! 動け! 動けよっ!』
――無駄な足掻きは止める事です。さぁ、最後に自分の姿を良く焼き付けておいてください。もう二度と戻れないその体をねえ! クククク!。
クロノスは直ぐ傍らにある生命維持装置の中で、静かに眠るレオの顔を見ながら不気味に笑った。




