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ハーレムは寝て待て  作者: 紗夢猫
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第三十話 恐るべきクロノスの支配~後編

 屋上へと伸びる手摺を間隔的に掴みながらレオは階段を上って……はいない、今の流星を支配しているのはクロノスの方である。通常であれば、目にしたくないものがあれば、反射的に瞼を閉じるか、顔を背ける事でその苦痛から逃れる事等、容易に出来るだろう。


 だがもし、その行動が強制的に奪われ、とても耐え難い「物」を目の前に晒されたらどうだろうか、恐らくそれは自身にとって大きなダメージを受けるに違いない。 そしてその苦痛は今、レオの目の前にあった。


『くっそお! あのくまさんから目を反らすことが出来ねえ! クロノス、お前本当に嫌な奴だな!』


――クク、嫌な奴ですか……それは私にとっては最高の誉め言葉。 こうして「また」貴方に苦渋を味わせる事が出来るなんて、夢のようです。


 レオにとってとても耐え難い物。それは地面に転がる動物の死骸でも無く同胞の骸でもない。 元々レオは屈強のつわものなのだからそんな物はこれまでに嫌と言う程目にしている、そう、本来レオは「堅物」なのである。故に異性――女性への免疫力という物が皆無であり、戦の装備は持ち合わせていても、異性に対しての装備等持ち合わせていない。


 そんなレオが過去に何度も渡り、数々の異性から免疫力を得られる場面――言い寄られたり、体を触られたり、寝こみを襲われたり、が幾度かあったが、これ等全て聞かないふり、反射的に仰け反る、パンツ一丁で逃げ出すといった情けない回避行動をとっていた。


『クロノス! お前勝手に女の下着を覗き見るとか、反則だろ!』


――何のことでしょう? これは全て貴方が全てやっている事ではないですか。


『――な!? た、確かに俺だけどよ、俺だけど……俺じゃねえ!』


――ふ……情けない。 たかが、おぱんてぃの一枚や二枚程度でこの狼狽え振り。 とても我が国の英雄とは思えないですねえ……ククク。 


『お、おぱんてぃって言うな!』


 叫んだ瞬間、顔中が真っ赤に染まる。 下手をすればヤカンが沸騰した音まで聞こえてくるのではなかろうか? この間にもレオの両目にはくっきりと熊さんマークが映り込んでいる。 桃子が一段、また一段と階段を上る都度、スカートが軽やかに揺れ、クマさんが笑顔を振りまく。 一般ではこういった場面を眼福と表現する筈だが、堅物のレオにとっては真逆であった。 「ふんぬ! ふんぬ!」 と、なんとか桃子のクマから視線を外そうと試みるものの、全くの無駄。 クロノスの圧倒的な支配に屈するしか出来なかった。


『い、いい加減にしろクロノス! さっさと俺を自由にしろ!』 


――はぁ……レオ、貴方も相変わらずですね。 何故か、あの「宴の夜」の事を思い出してしまいましたよ。 いや、懐かしい……クク。 


『宴の夜……だと?』


 宴の夜――クロノス言った言葉は、敵対国との戦に勝利した打ち上げ の事である。 この戦いでレオは優秀な戦果を納め、打ち上では主役的存在であったのだが、こういったイベント事は苦手だった為、部下に勢いで飲まされた酒が程よく回った所で、輪の中心から水平移動で人知れず脱出すると、石畳の廊下を鼻歌交じりで踏みしめながら自室に戻る。 


 幾日も戦で酷使した肉体に勝利の美酒は正に格好の睡眠薬と化し、レオはすぐさま高鼾と共に深い眠りに落ちた。 そして、このまま清々しい朝を迎え――てはいない。 ここからレオは地獄、いや、他の者にとっては天国だったのかも知れない。 暗がりの中、静かに錠の外された音がして何者かが、息を殺しながらレオの寝ているベットへそろりそろりと近付いていく。 当のレオは未だ下着一枚ベットの上で両手、両足を豪快に開いて夢の中だ。


「はう、レオ隊長の無邪気な寝顔、我慢出来ないっ」


 暗がりに漏れた一人女の声。 気のせいなのかその声は少し興奮気味でもあった。 暫くして絹の擦れる音がしてそれらが全て床に脱ぎ捨てられる。 そしてベットが一瞬沈むと女の細い手――窓側からうっすら差し込む光がそれを見せた が、ゆっくりとレオの上半身をなぞり始めた。 もはや非常事態、レオ程の実力者であればその腕を掴んで「そこまでだ」とチェックメイトという流れであるが、駄目だ。 全く起きる気配が感じられない。 そればかりかこそばゆいのだろう「うひひっ」等と笑いを漏らしている有様だ。 やがてその手が逞しい胸板を通過した後、程よい形の双丘が胸板と軽いスキンシップを交えながら通過していった。


「はぁ、はぁ、れ、レオ隊長、やっと、やっとその気になってくれたんでしゅねえ!」


 呂律の回らない口調で、女の荒い吐息がレオの鼻先を擽る。 妖艶な表情を浮かべた女の唇がぬめりと光ってそのままレオの唇と接触しようとしたその瞬間、流石に気付いたのだろう、眠気眼でゆっくりとレオの両目が開いて――一人しかいない筈の自室に女の顔が飛び込む、情けない悲鳴が上がった。


「なっ! なっ、 なんだ!? お、お前、こ、、ここここ、ここで何してやがる!?」


「またぁ、レオ隊長ったらあ、『私を部屋で待ってる』って言ってたそうじゃないでしゅかあ、ぷはぁ」


「は? な? お、俺が!?」  


「もう、私もぉ、恥ずかしいんですからねえ、だからちょこおっとお酒の力をですねえ……って、そんな事はどぉでもいいんです! さぁ、お互いにくんずほぐれつといきましょううう」


「くんずほぐ――? ま、待て待て! こっ、これは何かの間違いだ! お、俺は何も言っていないっ!」


「おやぁ? 我が隊長ともあろうお方が、この期に及んで敵前逃亡でしゅかあ? 隊長、何時も私に仰ってましたよねええ? 敵に背中を見せるなああって」


 刹那、柔らかな双丘が顔全体を埋め尽くす。


「むがあああああああ!(ひいいいいいっ!)」


 勢いよく女を跳ね除けたレオは、暗闇の中であちこち何かにぶつかりながら自室から飛び出した。 数時間前はあれ程心地よく石畳の廊下を歩いていたというのに、今度は下着一枚で慌てふためきながら走っている。 そんな無様な姿のレオが途中で、何故がグラス片手に一人、廊下で佇んでいるクロノスとすれ違った。 薄暗いかったためか、はっきりとは確認できなかったが、その時のクロノスは何処となく愉快そうな笑みを浮かべていたのかも知れない。  

  

『……あ、あ! あーっ! あの晩確か、何故かお前一人で廊下に居たな! ま、まさか、あれはお前の仕業か! よ、よくもやってくれたな!』


――クク、礼には呼びません。 あの宴の後、貴方の部下が私に相談を持ち掛けてきましてね、 私はその答えを教えて差し上げたまでです。


『ふざけんな! お前、俺が女にからっきし駄目だって知ってる癖にわざと嗾けたんだろ!?』


――当然です。あの時の貴方の慌てぶりといったら……それはとてもとても滑稽で、とても美味しくお酒を頂きました……ククク。


『お、お前えええええ!』


 レオの怒りが頂点に達した時、ようやく「くまさん地獄」から解放される。屋上に辿り着いたのだ。桃子は何時もの場所に行くと、クロノス――流星に背中を向けたまま、風に任せ何も言わず黒髪を靡かせている。


 やがて少し強めの風が吹き抜けた時、それに便乗するかの様に桃子が「今から私、変な事言うけど、気にしないでね」と、言った。まるでその言葉を自分に言い聞かせているかの様な、明らかに戸惑いが感じられる口振りだった。


 ゆっくりと踵を返し、風で乱れた髪を整えながらきまずそうにはにかむ桃子の顔は、背後に優しい光を放つ夕日が影響しているだろうか、少し赤みを帯びている様にも感じられる。


「えーとだな……ここにお前を連れてきたのはだな……大事な話をだな……」


 普段、おおざっぱで、大胆な行動に出る桃子が、人差し指同士を突き合わせる仕草等を見せて実に女らしい。そんな桃子を見てレオは何処か複雑な気持ちを覚えた。


「あのさ、流星、お前の師匠……確かメリッサはレオって言ってたよな? そいつは今何処に居るんだ? あの機械直ってるんだろ? 会わせてくれよ?」


 桃子の言っている機械――タブレットは流星の鞄の中にある。そしてそれは既に抜け殻であり、レオは二度とその機械に戻れない事を理解していた。また、仮にタブレットを桃子に見せたとしても、高度な腹話術でも用いらない限り、会話さえ成立しない。


「……レオは……まだ――」


 だとすれば答えは一つだとレオが答えようとした刹那、桃子が直ぐに言葉を重ねた。


「あのさ……最近のお前、何か全然雰囲気が違うんだよ……何ていうか、そのまるで『別人』と入れ変わっている気がしてさ」


――おやおや? 貴方の正体に彼女気付いてしまったんじゃないですか?


『……黙れ!』


 レオはこの場を濁して直ぐにでも立ち去りたかったが、行動の主導権はクロノスにある。故に、自身ではどうする事も出来ない。この後続く桃子の言葉を嫌が応でも聞き入れるしか無かった。


「レオって奴さ、初めて夢の中で会った時、何時かで見た様な縫いぐるみと一緒の姿してて……現実に会ってみればあの機械の中みたいだったし」


「理由は良く分からないけど、あれからずっとお前、あの機械見せないし、夢の中でもぷっつりとレオに会えず終いになってしまったから何か寂しく思っていたのだけど――」


 この時点でレオは「まずい!」そう思った。何故なら桃子の口にした「思っていたのだけど」に続く言葉が、その原因を示す言葉に繋がる事を直ぐに察知したからだ。


「――メリッサが此処に初めて現れた時……何でお前の事を『レオ様』って言いながら抱き付いたんだろうな……? だってあの時、お前、あの機械に入ってたのにさ……」


『姫さん……あんた、転入早々、何て重大なポカをしてくれたんだっ!』


――ああ。成程、そういう事だったのですか。貴方も本当に馬鹿ですねえ。


『ああ、本当に姫様は馬鹿な――って、何で俺なんだよ!?』


――ククク。分からないのですか? 流石「堅物」の異名を持つだけの事はありますね。これは面白い、私は暫し静観させて貰います。


『は? お前何を――?』


 レオはクロノスがこの展開に及んだ原因がメリッサでは無く、自分にあるという意味が理解出来ないまま、その場に立ち尽くしていた。否、立たされていた。桃子はその答えをレオから直接言わせたいのだろう、黙ったまま、じっと見つめるだけだ。


 三分程度沈黙が続いたが、互いが未だ何も言わない。と、いってもレオの方は「本当に分からない」のだが。遂にしびれを切らしたのだろう、意を決し、口をきゅっと結んだ桃子が遂に沈黙を破った。


「流星……何で私がメリッサに負けじと、クラスの皆に彼女宣言とか、馬鹿な事したと思ってるの?」


 それは……流星の感情を引きだす為にした――ではない、それは以前デートという物で試した筈。であれば、あの場面での桃子の行動は理解出来ない。もしかして……あのデートやらを切っ掛けに流星に好意を抱き始めたとか――等と考えた時、一瞬嫌なノイズがレオの中を走り抜けた。


「分からない? じゃあ、何で私が毎回昼休みにあんな恥ずかしい真似をしていると思う?」


 恥ずかしい真似――昼食で繰り広げられる恐怖の餌付けタイム。レオはそう理解している。特に桃子の場合は単なる嫌がらせか、拷問としか思えない。そこで思考が止まった。まぁ、これは仕方が無い事だが。


「じゃあさ、少し前に流星委の感情を戻す様に頼まれて、デートみたいな事した時、私が言った事覚えてる?」


 それは覚えている。その日は桃子が常識を逸脱した服装で……いや、それはいい。それよりも桃子が言った事とは? そう必死に記憶を手繰り寄せていた時だった、目の前の桃子が今にも泣き出しそうな顔をしている事に気付いたレオが激しく動揺した刹那、あの時の桃子が言った事を思い出した。それは流星にでは無くレオ自身に向けられていた言葉――。




「私実は今此処にいるのが、夢の中のあいつだったら良かったのに――なあんて少し思ってしまったんだ」




『――な、何を馬鹿な事を思い出してるんだ、俺は!? こ、これは違うだろ? もっと他に――』


「本当に馬鹿なのか……お前? いい加減、気付け! 例え本当の姿が見えなくても、言葉や仕草で伝え続ければ、『好きだ』って気持ちが嫌でも伝わるだろ!?」 


『――桃子? お前何を言って――まさか!?』


「自分でもやってる事が汚い事だって分かってるよ! 流星を窓口にして、お前をずっと口説いたんだからな! でも、しょうがないだろ!? その気持ちに気付いた時にはお前の周りにうじゃじゃ恋敵が現れてくるんだから! もう回り道なんかしてる余裕ないんだよ、今の私にはな! ええ、悪うござんしたよ!」


 なりふり構わず目の前で、顔をくしゃくしゃにした桃子の瞳から大粒の涙が溢れだし、冷たいコンクリートへと零れ落ちていく。


「……桃子、お、俺は……」


 桃子だけではない。レオもまた流星を通し、桃子に惹かれていたのだ。最初は流星の感情を引き出す為、そう考えていたのだろう。だがそれを繰り返す度、レオは流星を通して桃子から不思議な安堵感、そして満ち溢れる幸福感を感じ取った。それはレオが今まで接した異性の誰からも得られない物であった。


 だが、それ故に自分が許せなかった。当の本人が何時消え去ってもおかしくない状況で、流星を器としている自分が、桃子にだけ何故か不思議に沸き起こる感情に執着する事等論外だと、そう今まで自分に言い聞かせてきたのだ。


 だが、目の前で子供のように泣きじゃくる桃子を見たレオはそんな柵等、どうでも良くなってしまった。自分がこれから口にする事が例え大きな過ちだと分かっていても、沸き上がる気持ちは止める事など出来ない。


「……お前、馬鹿だろ? 相手の顔も見た事がない癖に、そんな奴をどうして好きになれる? いい奴かも、悪い奴かも分からないんだぜ?」


「そんなの、お前に付き添ってて直ぐに良い奴だって分かったよ……じゃなきゃ好きにならないよ……」


『――桃子』


「ふん、もしかしたら俺はお前が想像もつかない、ひげもじゃのおっさんかも知れないんだぜ? それでも俺が好きって言えるのかよ?」


 お前は本当の俺の姿を見ていない。それでもお前は――。確かめたい。聞きたい。言って欲しい。複雑な思いがレオの中を駆け巡る。


「……姿、形なんてどうでもいいんだ、私が惹かれたのはお前の中身――心なんだから」


 涙を拭いながら、自分の気持ちを素直にぶつける桃子。


『――!』


「……桃子。もし、もしもだ、お前の前に突如、見知らぬ男がふらりと現れ……そいつが仮に俺だとして、お前の事を全部忘れてしまっていたらどうするんだ? 全部水の泡だぜ?」


 止まらない。止める事等出来ようか。聞きたい。その先の答えを――もしその壁を乗り越える事が術があるのであれば。レオがその言葉を口にした時、夢から覚めた様に絶望感がレオの心を埋め尽くし始める。


 それは叶わない事。そんな方法等見つかる訳が無い。そう、最初からそんなもの等何処にも無いのだと、心の扉を閉じようとしたその刹那――。

 

「そんな事考えるまでもないよ、だってお前が私の事を忘れる訳がないからな。 そうだろ、レオ?」


 はっきりとした口調でにっこりと微笑み掛けてくる桃子を見たレオの中で何かが弾けた。


「はは……俺は必死にその答えを探しているというのに、お前ときたらそんな問題等最初っから眼中に無いって感じで言いやがって……そうか、俺が忘れる訳がないか、そうだな……」


 少し間を開けたレオは遂に自分の気持ちを桃子に伝え始める。


「俺は……流星を器にしてしまっている間、どんな理由があろうが、全部片付くまで自分を隠し通すつもりでいたんだ。何故なら借り物の姿じゃ、互いの想いなんて伝わる筈ないじゃねえか――ってな。ところがどうだ、お前の存在が図太く俺の中にどかどかと入ってきやがるし、俺も不思議とそれが嫌とは思わなくてな」


「それからその訳のわからねえ気持ちと格闘していたんだが、今日のお前を見てはっきりと分かってしまった。流星を通して伝えるのは本当に理不尽なんだが――」


「――桃子、どうやら俺はお前に好意を抱いているらしい、だから、つまりだな、あーっと、す、す、す――」


 その言葉を口に出そうとした刹那、桃子が顔を真っ赤にして走り寄ってくるや否や口元を塞いだ。


「ま、待って! その言葉の続きは、本当のレオに戻ってから直接聞かせて!」


「むがむご……(分かった)」


 ゆっくりと塞いでいた手を下に解放した桃子は、「両想いで私、本当に嬉しいよ」と言い、瞳を潤ませながら流星の中のレオに無言で語り掛ける。流石のレオもこれには察したようだ。


「桃子……今の俺が、お前を抱きしめる事等、許されない。理由はお前にも伝わってる筈だ」


「そうだね……でも、言ってる事とやってる事が間違ってるよ……でも、別にいいけどさ……」


「え? 何――!?」


挿絵(By みてみん)


 レオは既に桃子を自身の胸の中で包み込んでいる事に気付いた。主犯は無論――。


――何をやってるのですか、貴方は? ここはしっかり女性の思いを抱きとめてあげる場面でしょう?


『く、クロノス、何人の忠告を無視ってるんだ!?』


――ククク、エクセレント。共に思いが結ばれて良かったですねえ、あとは私に任せて頂きましょうか。


『馬鹿野郎! てめえ、余計な事すんじゃねえ!』


 レオの制止などお構い無しで、クロノスは桃子の顎をくいっと持ち上げた。


「止めろ、止めろ、止めろ! 桃子、これは違うんだ。これは俺じゃなくて、クロノスって奴が――」


 そこで口が堅く閉ざされた。言動の主導権はあっても、口の動作についてはクロノスの許容範囲でしかない。閉じられればそれで終いなのである。だが待て、桃子の方はどうだ? 本来の俺じゃない流星に唇をそう易々と差し出す筈が――レオの考えは大きく裏切られる。甘い雰囲気に流された桃子は既に瞳を閉じ始めているではないか。


『いいのかよっ! っていうか、なんかスゲーむかつくんだが!』


――ククク、恋する乙女は盲目。なんとも可愛いではないですか。この唇は貴方に向けられているのです。なんの問題も無いでしょう?


『問題ありありだーっ!』


 互いの顔が次第に近付いていく。そして――忽然と気配が消えた事に気付いた桃子が「んん?」と、再び瞼を開けた時、柵を軽々と飛び越え、屋上から無謀にも飛び下りていく流星の背中を捉えた。


「ちょ、ちょっと、う、嘘でしょーっ!?」


 慌てて柵に駆け寄り、下を覗き込んだがその時にはもう、流星の姿は無かった。









『貴方も本当に諦めの悪い人ですねえ。土壇場で私から行動を奪い取るとは……』


「当たり前だ! あんなの桃子が認めても俺は絶対認めねえ!」


 屋上から見事なハイジャンプをしたレオは、動物的な動きで木をクッションにして速度を落とし、何とか無事に地面へ着地したが、両足はがくがくと震え、ずっと痺れっぱなしのままだった。


「さあ、お前の魔力も尽きる事だろうし、今日の所はお開きにして、もう帰れ」


『魔力が尽きる……そうですね。ではお言葉に甘えて……』


「茶番を終わらせましょうか。ククク」 


――行動が奪われた!? それに言動もだと!?。


「貴方……私の魔力を侮り過ぎです。そもそも私の目的は『貴方をここから追い出す』事なのですから」


――俺を追い出すって、それは一体どういう事だ!?。


「別に……単にこの世界から消えて貰うだけですよ。今から『本体を殺しに』行きますからねえ」


 ダメージを受けた両足にヒーリングを掛けながら、クロノスは淡々と言葉を重ねる。


「ククク、いやあ、本当に良い物が見られた。互いの気持ちを求める様に手探りで必死に手を伸ばし、やっと今日掴み合い、晴れて堅物と言われた貴方が異世界の女性と結ばれようとしている」 


「そんな貴方を今から消し去る事が出来るのですからねええ! こんなに愉快な事はありませんねえええ! クカカカ!」


 右手を額に当てたまま、狂った様に笑い続けるクロノス。やがて、その笑いが止まると


「まぁ……貴方はあの世、天国かまたは地獄か私には見当も付きませんが、どちらでも良いです。私に成り代わった流星を暖かく見守っていてください」


――くそっ! クロノス! てめえ、初めからこれが狙いだったのか!。


「私を雑魚扱いしたのが、そもそもの間違いだったのです。これもあの世で後悔してください……クク」


 クロノスは直ぐに目的の人物の背中を捉えると、レオの口真似をしながら、背後から呼び止める。


「メリッサ、こんな所にいたのか。やっと見つけたぜ。ちょっとお前に頼みごとがあるんだがいいか?」


 踵を返し、振り返ったメリッサは呼び止めた相手がレオだと理解すると、警戒していた表情を一気に緩ませた。


「レオ様、そんなに慌てて如何しました? 私に出来る事なら人殺し以外、何だってやりますよ?」


「ありがてえ。ちょっと俺の本体に用事があってな。悪いが、飛行艇まで一緒に付き合ってくれねえか?」


「何の問題もありません。そもそも帰る所も一緒ですし、要は一緒に寄り道してくれって事ですね! 嬉しいです!」


 言いながら、まんまとクロノスに抱き付いてくるメリッサ。


「頼れる部下を持って俺はとても心強いぜ、ありがとな!」


 嬉しそうにメリッサを抱きしめながら、怪しい笑みを浮かべるクロノス。レオはその中で必死に警報を鳴らす。


――姫様! そいつの言う事を聞くんじゃねえ! 今の流星はクロノスなんだ! 頼む! 気付いてくれ!。


 だが、メリッサはレオがそんな危険な状況に陥っている事に気付いていない。上機嫌で飛翔用の魔法陣を地面に描き始める。


「さあレオ様、この中にお立ち下さい。これで一気に飛行艇まで向かいましょう!」


 メリッサが飛翔の詠唱を終えると、二人を乗せた魔法陣が回転しながら地面から浮かび上がる。


「では。れっつ、ごー!」


――れっつ、ごーじゃねえって!。


 レオの心の叫びが、ご機嫌なメリッサに届く筈も無く、無情にも魔法陣は二人をのせたまま飛行艇が隠されている山の方へと向かっていくのであった。


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