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ハーレムは寝て待て  作者: 紗夢猫
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第三話 無敵ヒーロー誕生

「…………ん」


 ゆっくりと瞼を開いた流星が額に手をやり、髪をかき上げながら周りをぼんやりと眺める。だがそこは今まで自分が見た事も無い部屋の中でだった。


「此処は……何処なんだ?」


 やがて扉がある事に気付いた流星は、そこに向かい、レバーを引こうとしたが外側から鍵をかけられているのだろうか、一向に開く気配がない。


『残念。流星、そこはお客様専用だぜ?』


「え?」


 流星が後ろを振り向くも、声の持ち主は見えない。


『ばーか。何処を見てるんだ? 俺は此処だ! 此処!』


 不満そうな声の方へ視線を向けた流星は、ようやく自分の足元で両手を上げ尻尾を大きく左右に振っているタブに気付いた。


『流星、待たせたな!』


 タブは、言いながら、直ぐ近くにあるテーブルの上に大きくジャンプする。


「……君がさっき僕に文字を見せて呼び掛けていた奴なのか?」


『さっき? ああ、此処に引き込む前の事か。そうだ、アレは全部俺がした事だ。そして、この俺こそがタブだ! こんな形で悪いが、会えて嬉しいぜ、流星!』


 テンションの高いタブと名乗る者は、一見癒し系の真っ白な縫いぐるみと見間違えそうな、まん丸顔に円らな眼、かわいい尻尾に加えて頭の上にはおしゃれのつもりなのだろうか、ゴーグルらしき物をちょこんと乗せている。


 タブを見た流星は、明らかにこの地球上に存在しない者である事を理解した。


「タブ、ごめんよ。何もかもが不思議だらけで驚きを隠せないんだ」


 言葉では「驚く」と言っている流星だが、その表情に変化は無い。その様を見たタブは少し辛そうな目をして自らの可愛い両手を丸めてぎゅっと握った。


『流星。今まで随分つまんねえ人生を送らせてしまったな。本当にすまない。俺も大誤算だった。お前から力を貰ったまでは良かったが、まさかこんな事になってるなんてな』


「つまんねえ人生って……もしかして、僕の事?」


『そうだ。いいか流星、昔、お前はなあ――』


 タブは流星がまだ幼い頃、タブは自身の国を守る為、侵略して来た敵と交戦中、乗っていた戦闘機が被弾して、絶体絶命の淵で最後の力を振り絞り、時空の狭間に穴を開け飛び込んだ事、流れ着いた場所が、流星と出会った川土手であった事、また、流星が持っていた桁外れの魔力について、そして最後に今の流星は本来の流星で無い旨を説明した。


「……そうか。周りから僕は『病気』と言われていたから、そうなんだろうと納得していたけどそうではなかったのか」


『うむ。本来ならお前の内なる魔力は、お前がある程度成長していれば、上手くトータルバランスを保ち、この様な事態に陥る事は無かったのだろうが、それを俺が見誤り、成長段階のお前から膨大な魔力を貰ってしまったが為、お前の感情を欠落させてしまったのだろう』


『流星、本当に済まない事をした。俺はそれに気付いた後、何とか戻そうとして、お前に近付いたんだが、その時はもうお前は俺が見えて無くなってて……何も出来ない俺は、手詰まりのまま、ただお前をずっと見ていたんだ』


「ああ……それで僕の肩が時々重たくなっていたのか。気にはなってたんだけど、納得したよ」


 無表情のまま、相槌を打つ。


『ま、この世界に俺が居たのは確かだからな。重量感は少なからず感じ取っていたか』


「それで……タブの国はどうなった? 僕の力は……役に立ったのか?」


『――ああ。バッチリだったぜ。ありがとな』


 ここでタブの脳裏に、力を貰った後の記憶が蘇ってきた――。


『な、何だ!? この力!? 今にも暴走して、俺自身が暴走してしまいそうだ!!』


 劣勢になっている自分の隊の後方から一気に勢い良く先頭に踊り出たタブに同士から歓喜の声が一斉に上がった。


「隊長だ! 隊長が戻って来たぞ!」


「おお……隊長っ! 良くぞご無事で!」


 その時、敵艦から悍ましい声が、その期待の声を一瞬にして打ち消す。


「この死に損ないが! おめおめとやられに再び此処へ戻って来るとは何と愚かな奴よ! 良かろう、今度こそ息の根を止めてやる!」


 全敵艦の砲塔が旋回し、タブの戦闘機に向けられた。 


『……これより我が名、――の名を以て、己の力を示さん! 我の目の前で災いを為す愚かな者達に、正義の鉄槌を下せ!』


『テラ・リグレイザ!』


 本来のタブが持つ全力の魔力であれば、数艦の敵艦を戦闘不能する程度であっただろう。タブ自身もそれをイメージしながら発動したつもりであった。だが、タブから放たれた眩い閃光は、全敵艦に大打撃を与え、一瞬にして戦闘不能にしてしまったのだった。


「艦長! 我が艦隊はほぼ壊滅状態です! このままでは、こっ、この艦も直に墜ちます! 直ぐに退避命令を!」

 

 敵艦の隊員が、激しく艦内で警告しているブザーが鳴り響く中、必死に叫んだ。


「……何だ!?、い、今、何が起きたのだ?」


 事態が飲み込めず、自分の後方で友軍の艦が、激しく被弾の煙と炎を上げている様を見て艦長は呆然としてしまった。 


「館長、何を呆けてるんですか! 早くしないと、逃げ遅れてしまいます!」


「くっ、て、撤退、撤退だあああっ!」


 舵がままならず、側面に居た艦同士が接触し合いながら、慌てて撤退を始める。その光景を大きな口を開けたまま、見つめるタブ。 


『え……な、何だこれ? 嘘だろ?』


 ゴーグルを上げて、目の前の敵側の大惨事を呆然と見ている中、後方から同士の咆哮が一斉に上がる。


「うおおおお! すっげえ! まさか隊長にこんな隠された力があったなんて! さすが我らの隊長だあっ!」


『え……あ、まぁ、うん、そうだね。ちょっと、す、凄かったかな……あは、あははは』


 現実に戻って来たタブは、武者震いをしながらその記憶を振り払った。タブの口から感謝の言葉を聞いた流星はゆっくりと口を開く。


「そうか……役に立ったんだ。それは良かった」


『お、お前、自分がそんな目あっているのに、良かったなんて……どれだけ正義感に溢れた熱い奴なんだ!』


「あ、でも一言言わせてもらと、そんな愛苦しい姿で、激しい戦いとか、全く想像出来ないな」


『――ほっとけ。見かけで判断していると大怪我するぞ? こう見えても俺は向こうの世界で「鬼隊長」と部下に恐れられているんだからな』


 鋭い目で流星に凄んでみるものの、どう見ても可愛い縫いぐるみがじゃれている様にしか見えない。体を一瞬フリーズさせたタブは、やりきれない沈黙の後に、咳払いを一つした。


『まぁ、それは置いといて本題に入るぜ。いいか、一つづつ説明してやる。まず一つ目、流星、お前は俺達が持つ魔力と同等の物を持っている。しかもその力は比べ物にならない位、計り知れない物だ』


『何故それをお前が最初から持っていたのかは不明で、俺にも分からん。これについては調査中だ。そして二つ目、その魔力は今もお前の中で増大しつつある』


『本来のお前だったのなら適度に放出出来るだろうから、何の問題も無い。だがな、今のお前では駄目だ。言わば放出源でもある感情に魔力が流れて来ない為、逆流してしまってる状況だ』


「そうなのか? で、僕はどうなってしまうんだ?」


『うむ……身体が耐え切れず、破裂してしまうだろうな』


「破裂? それは流石に嫌だな」


『破裂はともかくとして、そうなった後の事を考えると――』


「後って何だ?」


『……お前の居る世界が一瞬にして消滅する』


「それは、何ともスケールのでかい話だな」


 タブは再び自分が放った流星の力が、一瞬にして敵艦を宇宙の藻屑にした場面を思い出し、険しい表情を見せた。


『茶化すな。俺の話を真面目に聞け。そこでだ。最後の三つ目、この空間で俺が特訓を施して、徐々にその感情を取り戻す』


「特訓って……どうやって?」 


 今度はタブが不敵な笑みを見せた。


『何を今さら。思い出せ流星、お前の大好きだったヒーロー、何ていう奴だったか――』


「好きなヒーローとは、もしかして彗星仮面、トライダーの事を言っているのか?」


 何気無く何時も見ていたアニメを流星はふと思い出す。


『おお、それだ! で、そいつは元々空気の様なひ弱な奴だったが、どうやってトライダーに変身した?』


「それは、相棒で、言葉を喋る不思議な黒猫とシンクロしてヒュージョン――」  


『それよ!』


 卓上を激しく叩く音が部屋の中で鳴り響いた。


『流星、俺が作り出した夢の空間でお前とヒュージョンし、今のお前の悲惨な人間関係を清算してやる』


「悲惨なのか?」


『ああ、今のお前の状況は大も大、大大大悲惨だな』


「それは酷い」


『だが、それも全て解決する。俺に全て任せればいい。お前は実際寝てるだけで、自身の感情の加え更に人間関係さえも取り戻していく算段だ。特に異性に関してはハーレム状態って奴にしてやろう』


「異性が僕の周りを取り囲むのか? それは何だか怖いな」


『何を言ってるんだ流星。女はいいぞ! 女は! 女無くして何とする? 俺も向こうの世界に戻ればそりゃもう、凄いぜ?』


 タブが抱きしめる様な仕草をして「くーっ」と声を漏らす。 


「何だろう? タブを見ているとその可愛い姿からはとても考えられない様な言葉が次から次へと飛び出してくるな」


『だぁからぁ、見た目で判断するなと、さっきから何度も言ってるだろ? こう見えても俺達の種族は戦闘タイプ、肉食系なんだぞ?』


 怪訝そうな顔をしながら、タブは話を続け出す。


『――と、いう訳で結果、お前の魔力が正常に放出される様になって、この世界も無事。人間関係も全て修復。俺も力と名前を取り戻し、此処から脱出して万々歳って寸法さ』


「成程、それは凄い」


『相変わらずの無表情ぶりだな。驚きが全く俺に伝わってこねえ。まぁ、感情そのものが今のお前をこの空間で作り出してるんだから、仕方ないと言えば仕方が無いがな』


「感情が今の僕を作り出している?」


『ああ、そうだ。今のお前の姿は「感情そのもの」だ。というか、お前自身が感情なんだよ。それに俺が直接手を加え、中から刺激を与えれば、何時か必ず感情が目覚める筈だ』


「良く分からないな」


『まあ、気にするな。要は感情=お前という事さ。さて、善は急げだ。間もなく此処に第一号の「おターゲット」がやってくる。さっさとヒュージョンするぞ』


 軽快な動きで、タブは流星の肩に登っていく。


「タブ、ヒュージョンの時って二人一緒に声を出すのか?」


 流星が足を開いて、右手を真っ直ぐ伸ばしながら、黒猫とトライダーがヒュージョンする時のポーズをし始める。


『そ、そんな無駄な動きはしなくていい! 俺が勝手にやる! お前はただ、目を瞑って、そのまま突っ立っていろ!』


「ああ。分かった」


 夢の空間の中で一瞬沈黙が流れたその時、扉の向こう側で誰かが遠慮気味に数回叩く音が聞えてきた。


 扉のレバーが下がると、此方の気配を探るかの様に静かに開き始める。今正にこの部屋に入ってくる者をタブは当然理解している。それは全てタブが仕組んでいた事だったからだ。


 ゆっくりと両瞼を開いたタブ――流星は小さい声で呟く。


『……ヒュージョン完了。喜べ流星。無敵ヒーロー様の誕生だ』


 部屋の中に入ってきた美月を見据えながら、流星は満足そうに口元を歪めるのであった。

     

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