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ハーレムは寝て待て  作者: 紗夢猫
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第二十九話 恐るべきクロノスの支配~中編

 ――学校教室内。何時もの席で静に座っている流星が今、別人――クロノスである事実は誰も知らない。そのクロノスは見慣れない筆記用具や教材などを興味そうに眺めている。


 そんな教室では只ならぬ雰囲気が漂っており、周りの視線が何故か流星に注がれている。クロノスもこれには気付き、「ククク……この私を物欲しそうに見る女共の視線はどうだ。どうやら私のハーレム計画も順調のようだな」等と、満足そうに頷く。


だが、実は昨日加奈と行動を共にしていた事が、何者かによる目撃者からの報告により、あっという間に校内に広められていた事が真相であった。


 その当人でもある加奈は、自分が従えている取り巻き達に執拗に問われるも、特に答えもせず、ただ嬉しそうに「微笑み返し」をしている。朝からご機嫌な加奈の後方では、その何倍もどす黒い炎を立ち登らせている二人の女――桃子とメリッサがいた。


――ふむ。この長く透明で規則正しく線引きされている道具が「定規」というものか……。


 クロノスはそれを何気に手にとり目を近付けると、透明な部分で双眼鏡を覗き込むようにして辺りを一周見回す。すると、後ろの席に座っている加奈と目が合った。


「おはよう流星、それと……昨日は本当に有難う」


 顔を赤らめ、少し恥じらいながら微笑み掛ける加奈。クロノスがその理由も理解せぬまま、愛想笑いを返すと二つの黒い炎が一瞬にして更に燃え上がった。


 そして何処からともなく「面白くない……」という言葉が聞こえた気がしたクロノスが声のした方向へと顔を向けると、今度は桃子と目が合った。クロノスが先程と同じ様に愛想笑いをすると、一瞬驚いた顔を見せた桃子だったが、次第に眉が歪むと「ふん!」と顔を背けてしまった。


 解せぬ顔をしながらクロノスが正面を抜いた刹那、何やら横顔に軽い衝撃を覚えた。気になってその方向へ顔を向けると、何故か、頬を膨らませたメリッサが先程の定規を弓の様にしならせ、小さく丸めた消しゴムのカスを砲弾の如く浴びさせてきている。


――レオ、これは一体どういう事なのですか?。


 永遠と放たれてくる消しゴム弾を横顔に受けながら頭の中でレオに問う。


『……クロノスよ、残念だがその答えは俺にも分からない。そもそも俺は、女心が全く分からないからな』


――クク、なんとも情けないですね。そもそもこの様な事態を招いたのは昨日の自分にあるのでは?。


『知るか、俺はたまたま加奈を助けた――っていうか、お前も昨日一部始終を見てたんじゃないのか?』


――ククク。残念な事に昨日は少し所要がありましてね、見ていなかったのです。それに多量の魔力を消費するが故、常時見る事は叶わないのですよ。


『そんなお前の都合等、知った事か。というより、躊躇無く弱点を暴露するとか、お前どれだけ真面目なんだよ』


――いいのですか? そんな真面目な私に貴方は手も足も出せないまま、これから恐ろしい地獄を見せられるのですよ……ククク。


『いや……俺にはお前がこれから地獄を見そうな気がしてならないんだが。ちなみにお前、昼休憩は覗いた事があるか?』


――昼休憩? 残念ながらありませんね。


『……そうか、ならいいんだ。今聞いた事は忘れてくれ』


――?。


 地獄とは程遠そうな展開で学校の一日が始まった教室の廊下側、取っ手に手を掛けるも、開く事を躊躇う一人の男が居た。


「ああ……入りたくない」


 今の心境を表すかの様に、その男の光沢のある額から、じわじわと汗が滲み出る。


 国語の担任――長塚栄三郎(五二歳)。彼は過去穏やかに授業していた様を思い浮かべ瞼を閉じる。


「あの頃は……平和で楽しかった。私の授業に皆が集中し、正に優秀と言っても過言では無い良いクラスだった。それなのに、それなのに――」


 栄三郎は目をくわっと見開くや否や、教本を力強く握りしめ小刻みに震えた。


「『魔のトライアングル』等という訳の分からん物がこのクラスに存在し始め、しかもこれが学校長の指示で『いや、何の問題もないっしょ』と、簡単に公認されてしまい……これまで真面目一筋で生きて来たこの私が、神聖な学び舎の中だというのに、何故あの様ないちゃこらした状態を目のあたりにせねばならぬのか……」


「――はっ! いかんいかん、弱音を吐くな栄三郎! 私はこれまで数々の困難をこの身ひとつで乗り越えて来たではないか! 奮い立つのだ! 若い雀共のじゃれ合い等、この栄三郎、一歩足りとも動ぜぬっ!」


 勢い良く扉を開き、「諸君、お早う! 今日も頑張ろう!」と右手を翳して、力強い挨拶をした栄三郎。そんな彼が余裕の素振りであの魔のトライアングルに目を向けた時だった――。


「――なっ!?」


 その魔のトライアングルの両サイドから悍ましい黒い炎が燃え上がり、何やら不満を呟く声が呪文の様に聞こえてくる。更に流星の隣の席のメリッサが消しゴム弾を永遠と流星に横顔に浴びさせているではないか。


 自分の予想を大きく外された栄三郎。教壇の前で力弱く両手を付き、がっくりと頭を垂れる。


「や、やりずれええ……」 


 長塚栄三郎(五二歳)。勇猛果敢に魔のトライアングルへ挑んだ男の心が折れる瞬間であった。  









 ――昼休憩。何時通り食堂で流星を囲む四人。だが、今日の雰囲気は少し違う。


「私達の仲も更に『深まった』事だし、今日は私を最初に選びますわよね? はい、あーんしてくださいな流星」


 加奈の意味ありげなキーワードを聞いた瞬間、三人の頭に「100kg」と刻まれた金槌が打ち付けられる。


「べ、別に言わなくてもいいけど、昨日何をしてたか、流兄の口から直接話してくれてもいいかなぁ……なんて」


 探る様に問う美月。


「そ、そうだな。ま、まあ、私も別に興味は無いけど、一応聞いてやらん事もないぞ、うん」

 

 顔を引きつらせながら美月の言葉を押す桃子。


「そうですね。別に聞いたとして何も問題は無いでしょう」


 あくまでも平静を装おうとするメリッサ。


「残念ですけど、昨日の事は話せませんわ。だって『二人だけの秘密』ですもの。ねえ? 流星」


『待て。俺はただお前の面倒事を片付けただけじゃねえか!』


 ――とは、言えない。今の流星を制御する主導権はクロノスにあるからだ。


 三人から鋭い目で睨まれるクロノスだが、事態を飲み込めていないので当然答えられない。


「ほら。流星も貴方方には仰りたくは無いと語ってますわ。そうですわね? 流星」


 その刹那、加奈が見せつける様に、流星に抱き付いた。


「『「――ああっ!』」」


 加奈の取った行動に非難の声が一斉に重なる。一方、クロノスの方だが、加奈から微かに香る香水の甘い匂いと柔らかな感触に思わず表情を緩ませてしまっている。


『おい! クロノス、だらしねえ顔をするんじゃねえ! 気を付けろ、ここではお前の一挙動が命取りとなるんだぜ?』


 レオが慌てて忠告したが、時すでに遅しで、どうやらその表情が先程から苛ついている桃子の心を逆撫でしたようだ。


「何だよ……その満更でもないって顔は! 何か無茶苦茶腹が立ってきた! こうなったら意地でもこれをお前の口に放り込んでやる! さぁ、さっさと口を開けろ、流星!」


 桃子が勢いよく箸で掴んだ長い食べ物をクロノスは初めて目にしたが、その食べ物はかなりの高熱を帯びている事を理解した。それは桃子が得意とする熱々のうどんであった。


――レオ、何ですか、あのあからさまに危険そうな食べ物は?。


『ふっ。あれはなぁ、食い物の中でも俺が、否、極限の猫舌でもある我らベルム族が最も最強と恐れられるであろう、「うどん」いうものだ』


――ククク、成程、うどんですか。それはなんとも恐ろしい。私はこの世界の食べ物は敬遠してましてね。今まで一切口にしていないのですよ。


『それは良かったな。もうすぐあれが無理矢理この口の中にねじ込まれるぜ?』


――ククク、何を馬鹿な事を。私が「要らない」と、そう一言言えばそれで終わりです。


『ほう。お前はまだ気付いていないみたいだな?』


――気付く? 一体何を気付――なっ!?。


 クロノスは桃子が口に押し込もうとしているうどんを拒否しようとしたが、体の自由が利かない。


『レオ!? あ、貴方、まさか――!?』


――魔力を大量に消費するって話はどうやら本当だったみたいだな? 昼飯時を確認していないかったのはお前の大きな誤算だ。クロノス、俺が毎日味わっている地獄をとくと存分に味わうがいい!。  


『待て! レオ、馬鹿な真似は止めっ――!』


 レオは熱々のうどんが口の中に放り込まれた瞬間を見計らって、主導権をクロノスに戻した。


「ぐおおおおおおっ!」


 膨大な魔力を自分の物とし、この平和な世界を破滅の道に誘おうとするクロノスが、恐ろしい地獄を垣間見た瞬間であった。









――よくもやってくれましたね。貴方のせいでまだ口の中がヒリヒリしますよ。


 ――下校時。主導権は若干クロノスの方が強く、そのクロノスは校内で標的としている女――桃子を探していた。


『何を企んでいるか知らねえが、これでお前も良く分かっただろ? もう諦めて、とっとと帰れ』


「ククク……何を戯言を。 昼の件も含め、今こそ貴方に倍以上の地獄を見せてあげましょう」


『いや、ホントロクな目に合わないから止めとけって』


「クク、どうせこの世界は我が手に落ちるのです。もう私は止まりませんよ」


(おい、流星の奴、さっきからこの世界がどうとか一人で痛い事呟いてるぜ?)


(最近あいつ何かおかしいからな……君子危うきに近寄らずだ、無視だ無視)


 周りから見れば引く様な独り言を先程からクロノスが一人で呟いていた時、探していた桃子が突如目の前に現れた。


「よぉ……流星。丁度良かった、お前に聞いておきたい事があるんだ。ちょっと屋上に付き合ってくれよ」


 クロノスは普通に返事を返そうとしたが、それは叶わなかった。レオがそれを強引に拒んだのだ。


――またですか。貴方もしつこい人ですね……。


『当たり前だ。桃子とは絶対に話をさせねえ』


――ククク、そこまでして自分を隠し通したいのですか? 健気ですねえ貴方……。


『何とでも言え。俺は全部片付いてから全てを桃子に話すと決めているからな』


――片付ける? この私を倒すと? ククク、未だ私の所在が分からない貴方にそれが出来ますかねえ?。 


 この時互いの魔力は拮抗しており、言動と行動、これら何方かの主導権を握る状態となっていた。レオはこの時、自分の事を桃子に知られないよう、言動の方を押さえていた。


 屋上へと階段を上っていく桃子のすぐ後ろにクロノスが続いて登っていたが、次第にその間隔が開いていく。


『お、おい……ク、クロノス、お前、一体何を考えてやがる?』


――ククク、貴方のお気に入りが中々良い太ももをされていますのでね。つい……。


『つい……じゃねえよ! このままだと……ホラ、アレが見えちまうだろ! さっさと階段上れ! 馬鹿が!』 


――クク、アレとはおぱんてぃの事ですか……貴方のご推察の通りですが、何か問題でも?。


『大ありだ! くだらない事をやってんじゃねえ!』


――私は先程貴方に宣告した筈です。昼間見せられた地獄を倍以上にして返すと……この行為こそ貴方にとってとても恐ろしい地獄でしょう? 良いのですよ? 言動を解放し、この行為を阻止しても。 その場合、私は直ぐにでも貴方の事を目の前の女性に伝えますけどねえ、ククク。


『て、てめえ……!』


――とくと味わってください。どうです? ほら、あと一段程度距離を開けると……ククク、ほら、何かが見えてませんか? さぁレオ、良く見るのです。


 クロノスの言う通り、桃子が階段を上る度、ひらひらとスカートが舞い上がり――そして、遂にあの「くまさん」が登場する。そしてレオは気付いてしまった。そのくまさんの絵の下に可愛らしい文字で「もりのくまさん」と記されている事を。

 

――もりのくまさん……クククク。


『くっそおお! クロノス、てめえこの! お前、馬鹿! 本当に馬鹿! マジで大馬鹿っ!』


 「ベルム王国一の堅物」として知られているレオが、クロノスの非道な行為によって見せられた地獄の瞬間であった。


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