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ハーレムは寝て待て  作者: 紗夢猫
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第二十六話 加奈の長い一日~前編

「どうしてこうなった……」


 レオはがっくりと頭を項垂れながら、先日加奈に言われた約束――命令を果たす為、メリッサ、美月という二重の防御壁を回避して、指定の場所に向かっていた。


「大体、加奈が何であんな場所にいきなり現れるんだよ、そもそも――」


 不満を口から漏らしている刹那、黒塗りで縦長の高級車がレオの前で停車し、後部座席の窓が静かに下がり始める。


「ちゃんと約束は守ったみたいですわね、では早速乗って貰えるかしら?」


 半分程度開いた窓の隙間から聞き覚えのある声がした。


「これに乗れ? ……分かったよ」


 ちなみにレオは通学のバスに乗った事はあるが、この様な自家用車に乗るのは初めてだ。


「……レオ、貴方何をしていますの?」


「いや、お前がこれに乗れっていうから……」


 レオはそのまま車の天井によじ登ろうとしていた。


「おうふっ!」


 急にドアが開いた反動で、レオは無様に地面に押し飛ばされた。その有様を薄青のドレスを着込んだ加奈が哀れそうな目で見ている。


「は……はははっ! いや! 今のは軽い冗談だ! 言っておくが、決して乗り方が分からないとかそういうんじゃないからな!」


 加奈が更に哀れそうな目で見た後に大きな溜息を吐いた。


「はいはい、分かりましたから、さっさとお乗りなさい」


 レオは乗りなれない車に所々頭をぶつけ、警戒心を撒き散らしながら恐る恐る乗り込もうとする。


「むぎゅう!」


 ドアが急に閉まり、今度はその勢いで加奈の膝元に押し付けられる。


「――出して頂戴」


 車は静かに走り始め、レオは体を仰向けにして辺りを見回した。照明は高価そうなシャンデリアに備え付けのテーブル、運転席側は黒い板状の物で仕切られており、大型のテレビが埋め込まれている。一般の目でみれば正に高級車なのだが――。


「狭い。何だこの狭苦しい乗り物は、まだあの『バス』という乗り物の方がよっぽどマシだぞ」


 加奈はレオの言葉を聞いて最初は「え?」という表情を見せたが、直ぐに山中で見たあの飛行艇の規模を思い出して苦笑する。


「そうですわね、レオにはとても窮屈な乗り物かもしれませんわね。まぁ、目的地までそんなに時間は掛かりませんから少し我慢をしてくださいな」


 膝枕状態で加奈はレオの顔を両手で優しく撫でた。


「――だ、だからそういう事を俺にすんじゃねえ! あと、俺を軽々しくレオと呼ぶな! 流星と呼べ! 流星と!」


 慌てて体を起こし、加奈から距離を取る。と、いっても車内なので二人分程度の幅であるが。


「あら、何だかとっても新鮮な反応ですわね」


 悪戯っぽい笑みを見せ、じりじりと距離を詰める。


「止めろ! それ以上俺に近寄るな! でなければ俺は此処から今直ぐ飛び降りてやる!」


「ば、馬鹿な事はお止めになって――!」


 構造を理解したのか、レオはドアノブに手を掛けて少しだけ開いた刹那、いきなり車内に入り込んで来た空気に気圧で外に押し出されそうになり、更に眼下で途切れた白線が物凄い速さで過ぎ去るのを見て、何事も無かった様に力尽くでドアを閉めた。


 そして体を小刻みに震わせながら振り返り、青ざめた顔をして加奈の方を見る。


「怖かったのなら、最初からそんな馬鹿な真似をしないで頂戴!」


 くしゃくしゃになったドレスを整えながら激怒する。


「ふふふ……この自動車とかいう乗り物、静かすぎて分からなかったが、地を這うだけの癖に中々の速度を持っているな」


「――今度同じ事をしたら、本当に此処から放りだしますわよ?」


「……俺が悪かった」


 その後直ぐにレオの扉側で自動ロックする音がした。


「最初からそのような事では先が思いやられますわ」


 深い溜息を吐いた加奈は添え付けられた電話機を取ると、何か指示をしていたが、やがて思い出した様にレオの方を見ると、


「レオ――、ああ、流星でしたわね。何か飲物でも?」


 レオは適当に「渋い日本茶」と答えると、程なくして全面のパネルが開き始め、ソーサに乗ったカフェラテ、そして茶托に乗った恐らくは日本茶であろう飲物が程よい湯気を立てながら出て来た。


「ほう……便利だな。これって何でも出てるのか?」


「そうですわね、ある程度の物なら出来るのでは? 車中には専属のシェフが同乗していますから」


「成程。じゃあカレーを」


「――正気ですの? 作るのは可能かもしれないけど、そんな匂いの強い物を車中で食べるのは遠慮してくださらない? せっかくのドレスにカレーの匂いが付いてしまいますわ」


 レオは直ぐ「冗談だ」と日本茶を手に取りながら訂正したが、残念そうな口振りから本心は食べたかった様だ。


「――渋ううっ!」


 そして口にした日本茶はレオの注文通りにとても渋いものであり、からかい半分で口にした事を後悔した。加奈がソーサに添えつけられたスプーンを手に取り、静かにかき混ぜている時、レオはふと何時か本人に直接言ってやろうと思っていた事を思い出した。


「いい機会だから聞いておいてやる」


「――何をかしら?」


「何故今まで流星を虐める様な態度を『わざと』とっていたんだ?」


 レオの言葉に加奈がカフェラテを掻き混ぜていた途中で手を止めた。


「あら……気付きましたの?」


「ああ。毎日毎日流星に嫌がらせをするお前を見ていた時、何か別の物に執着している事が分かったからな」


「そう……」


 泡状になった部分をスプーンで掬い、それを逆さに返してまた元に戻すという意味の無い仕草をしていた加奈が、突如重たい口を開き始めた。


「私……実は流星と同じ学校に通う予定ではありませんでしたの。でもある時、車中からぜんまいの切れた人形の様に立ち尽くしている流星を見た時――」


「背筋が凍り付きましたわ。この世の中で完全に『生気』を失った人間が存在していたのですから。その瞬間私は思いましたの――こんな事が許されて良い筈が無いと」


「それから流星に関して身元調査をさせましたの……」


 少し加奈の声が震えている。今度はレオが全てを見透かす様に話を繋ぐ。


「で、上手い具合に同じクラスになると……流星をいたぶり始めたって訳か、その目的は恐らく――お前の『辛い過去』を秤に掛けての事だろ? 最初の頃は只のいじめだと思っていたが、回を重ねる毎に愉快そうにしているお前を通して、俺には『苦しそうにしているお前』が見えたからな」


 核心に触れたその時、レオの話を黙って聞いていた加奈の表情が一変すると同時に口調が変化した。


「……何故、私が苦しそうだと……そう思ったの?」


「それはお前が、流星の感情、「怒りと憎しみ」を必死になって引っ張り出そうとしていたのが分かったからだ。それは――」


 刹那、心中を爆発させる勢いで、加奈が言葉を重ねた。


「……それは、私と……私と同じ思いを流星に味合わせてあげたかったから……だってあれだけ嫌な事をされたら普通怒るでしょ? 恨むでしょ? それなのに、流星は『自分は関係ない』、違う、そんなのじゃない! 全く反応しなかったのよ? そんな態度をされて、この私が……過去にどれだけ嫌な思いをさせられ、追い込まれていたかも分からない癖に……それなのに流星は何とも無いなんて!」


 「それは逆恨みだ」と、言いたかったが、レオは口に出さない。


「だから、どんな事をしてでも流星から怒りや憎しみを吐き出せさせてやりたかった。そして初めて流星が私に反撃してきた時――どれだけ喜んだか、ほら見なさい、こいつもやはり只の人間なんだって……でもそれを全部やっていたのが――」


「レオ――貴方だったなんて、流石に思いもよらなかったわ」


「藪をつついて俺様登場ってとこだ。で、そろそろ目的地に到着するみたいだな?」


「……どうして分かるの?」


「ふん、では逆に聞いてやる。何故今お前は何かに怯えている? それに何故自分が今、震えている事に気付かないんだ?」


 レオが指摘した通り、加奈の両手はまるで自分の身を守る様に抱き組まれ、更に小刻みに震えていた。


「成程。その様子だと、どうやら只のデートって訳ではなさそうだ。むしろお前の言う『辛い過去』って奴と関係ありそうだな」


 その言葉に反応した加奈は、怯える様にして、レオの方を見た。


「――その通りよ、レオ……だからお願い、私を……私を助けて!」


 震えながら加奈が擦り寄り、レオにしがみ付く。


「……どうしてこうなった?」


 さっさと終わらせようとした只のデートが、何やら暗雲立ち込める厄介事になってしまった事に、腕の中で震える加奈を見ながら「長い一日になりそうだ」と、レオは思うのであった。


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