第二十四話 刻まれた刻印
流星の体が安定したレオは、幾度か手足を動かして問題が無い事を確認した後、安堵したのだろうか、ベットに潜り込むと、直ぐに深い眠りの中へと落ちていった。
どれ位眠ったのだろう、レオは暗闇の中で一人立ちつくしている夢を見ていた。それは何の目的も結末も無い、只の夢であると、レオもそう感じていた。
だがその夢は、遠くから聞えてくる歌声によって、レオの心境を大きく揺るがす物となる。
『――真っ赤に燃える太陽が俺の心を熱くする』
『夜空に輝くお月さまが、正義の道を優しく照らす』
「あ?」
『悪い奴等を倒せと、風を切る音が激しく叫ぶ』
「確かこれは彗星仮面トライダーの……それに、歌ってる奴のこの声は……まさか!?」
これを夢と言って良いのだろうか、否。暗闇の中で聞こえて来るその懐かしい歌声が、はっきりとそれをレオに告げているのだ。
『もし、君が助けを求めるなら、何時でも何処でも、俺は現れる――』
「流星!?」
レオが声を頼りにその方向に足を向けた時、突如歌声が止み、悍ましい声に変わった。
『ククク……助け? 助けですか? そんな物が未来永劫訪れる事は有りません』
「誰だ!?」
『私? 私ですか……私は、いずれその体を貰い受ける者です』
「お前――クロノスか!? 流星の魂を何処にやった!?」
『魂? 魂ですか? ああ、消えかけ寸前の塵の事ですね……それならば自分の体を見て見る事です』
「何だと!?」
『その体に私の物となる「印」を刻ませて貰いました』
「印だ? 何を馬鹿な――!?」
レオは自分の胸を見て言葉を失った。炎の刻印が浮かび上がっており、全体の半分以上が黒く染まっていたのだ。
『その印が全て黒く染まり、黒炎と変わった時、この者の魂は完全に消滅し、無限の力とその体は私の物となるのです。レオ、お前はその印がじわじわと染まっていく恐怖を感じながら、何も出来ない自分を呪うがいい……』
その時、クロノスの声と重なって再び流星がトライダーの歌を歌う声が聞こえて来た。
『おや? 貴方にまだそんな力が残っていたのですか。と、言ってもそれはもう、時間の問題ですが……』
「おい! ふざけるなクロノス! 今直ぐ俺とデュエルをしろ! さっさと姿を現せ! 流星を、流星を返しやがれええっ――!」
――むぐううっ!?。
そこでレオは目覚めた。何時も通りメリッサの柔らかな胸の弾力に圧迫されながら。
「ていいっ!」
そして、これまた何時も通りメリッサを壁に向けて放り投げる。
「夢……いや、あんな現実的な夢があるものか!」
慌ててシャツを捲り自分の胸を確認すると、夢は「現実」であった事を物語る様に、胸の中心に炎の刻印が刻まれていた。
「やはり、あの夢は本当の事だったのか……!」
「うー……おや? 何故かレオ様が逆さまになって見えますねえ」
メリッサが目覚めた事に気付いたレオは、何事も無かった様にシャッを素早く元に戻した。
「メリッサ……貴様、俺の忠告は完全に無視か? 毎度毎度、俺のベッドに潜り込んできやがって!」
「だってレオ様が私の胸に挟まっていないとどうも寝心地がいまいちで……」
「俺は、お前の抱き枕じゃねえっ!」
突っ込みを返したその刹那、携帯が激しく振動した。
「こんな朝っぱらから、メール? 一体誰からだ?」
メールの相手。それは桃子からであった。
『おはよう流星。朝早くから御免。いきなりでなんだけどあいつは今どうしてるんだ? 最近連絡も指南も音沙汰無しでちょっと気になってるんだけど。何か知ってたら教えてくれよな』
――桃子。俺の事を心配してくれてるのか……ふふ。
携帯の画面を見るレオの目元が一瞬、少しだけ緩んだ瞬間をメリッサは見逃していなかった。
「レオ様、何てだらしない顔をしてるんですか? まさかそのメールの相手に心を躍らせているとでも?」
目を線の様にして、訝し気な顔をして見せる。
「ば、馬鹿か! これは何でも無い! 只の悪戯メールだ!」
「へえ……悪戯メールと仰る割には、この私を随分と苛々させるお顔をされたものですねえ――ていっ!」
携帯を奪おうと手を差し伸ばすが、レオはこれを簡単にかわした。
「ほほう……そうきますか」
襲い掛かる様な姿勢で、じりじりと間合を詰めるメリッサ。
「何で、とうっ! 見せて、はいっ! くれないんですかっ! りゃあっ!」
幾度も携帯を奪おうと果敢に攻めるメリッサだが、レオはこれを全てかわす。
「うう……怪しい。その態度は怪し過ぎますよ、レオ様っ!」
「煩い、いちいち俺に干渉してくるんじゃねえよ」
威嚇しつつ、レオは机に置かれた卓上カレンダーを横目で確認した。
――今日は日曜か。
そして、早々に運動しやすそうな服に着替えると、いそいそと出掛ける準備を始める。
「悪戯メールを見た直後に直ぐお出かけの準備をされるなんて……明らかに怪しさが爆発しているのですが?」
レオは扉の手前で一旦足を止め、踵を返しメリッサを指差す。
「いいかメリッサ、俺の後を付いてこよう等と考えるなよ? 絶対にだ!」
扉を勢い良く開け放ったレオが、そのまま飛び出して行く。扉はその反動でゆっくり閉まり始めると、
「――来るなと頑なに拒否されると、行きたくなるのが人の性というものでしょう……ねえ。レオ様?」
普段、穏やかな表情をしていたメリッサの表情が、悪女の様な悍ましい表情に一変した。
「あ、流星!」
木製のベンチから立ち上がり、ジャージ姿で嬉しそうに大きく手を振る桃子。そこはレオが流星の魔力を放出させていた等、修行するには格好の場所で、そこにレオが桃子のメールを見た後直ぐに呼び出していたのだった。
「ごめんな。強引に付き合わせてしまって。でも、あいつが言ってた事は本当か? あいつの代わりにお前が私を指南をするって話」
無言のまま頷くレオ。
「何か文面で『流星の力は俺に匹敵すると考えてくれもていい』なんて太鼓判押してるしさ、だいたい温厚なお前が戦う姿なんて私、とても想像出来ないんだけど……」
すると、少し距離を取ったレオが何処かの香港映画の主人公の様に、手の甲を桃子に向けて「かかってこい」という仕草をみせた。
「ほ、本当にやるのか? 怪我しても知らないぞ!」
そう言った矢先、一気に距離を縮めた桃子は、小手調べにレオの右足を狙って払い、転倒させてやろうと目論んでいた。どうせ口から出まかせ、転ばせて土まみれにすれば直ぐに嘘を付いている事が分かるだろう。そう考えていたのだ。
「その右足、貰った!」
滑り込む様に態勢を低くした桃子は、横に真っ直ぐ伸ばした左足でレオの右足を弧を描く様にして華麗に払――えなかった、その攻撃をレオは体一つ分後ろに移動し、簡単に交わしていたからだ。勢いの付きすぎた桃子はそのまま一回転してしまった。
「おっ、とっ、とと!」
バツが悪そうな顔を見せながら桃子が体勢を立て直す。レオは再び「かかってこい」の仕草をして見せる。
「い、今のは、ほんの挨拶替わり! ここからが本番だからな!」
その本番とやらは延々と繰り返される事になる。桃子の素早く繰り出した突きや蹴りはレオに簡単に交わされ、一撃も入れる事が出来ないまま、桃子は遂に息が上がってしまった。
「う、嘘だろ! その動き、本当にあの場所にいたあいつそのものじゃんか!」
「こくこく」と、今度は大きくレオは頷いた。
「……今度は僕の方から行く」
言うや否や、レオの足元で軽く土煙が巻き起こると、突然桃子の目の前に現れたレオがすかさず右正拳を入れ、それを桃子が左肘で受けた瞬間、左腕が電撃を受けた様に激しく痺れた。
「――っう! 今のは危なかったあ!」
容赦無いレオの攻撃に、何故か目を輝かせ、嬉しそうな表情を桃子は見せた。男女の「付き合い」という物は通常一緒に食事をしたり、映画を見たりと、そういった行為の中で、双方の感情が高ぶり自然に笑顔を見せるといったものであろう。だがこの二人は「突き合う」という行為の中で、それを実現しているのだ。
桃子は自分の攻撃がかわされる度、全てを受け入れてくれる目の前の人物が何時しか流星から別の者へと変化し、拳を繰り出す度、楽しくてしょうがないという感情に包まれていたが、レオの方は一生懸命攻撃してくる桃子を愛しく思うも、思わず緩みそうになる顔を必死に堪えるので精一杯だ。
時を忘れ、夢中になって稽古を続けていた二人は、やがて限界に達し、汗だくになりながらベンチに座ると、タオルで汗を拭いつつ、水分補給をする。
「暑いい……!」
溜まらず豪快にシャツを捲り、タオルで体の汗を拭く桃子。だがその度、隙間からちらほらと垣間見える可愛らしいピンクのブラがレオは気になってしょうがない。
――桃子、早く気付け! 見えてる、見えてるから!。
すると、「ん?」という顔を見せた桃子がレオの視線に気付くと今度は「あ……」と顔を真っ赤に染め、最高速で解放されていたシャツが閉じた。
「――み、見たのか?」
大きく首を横に振るレオだが、その回答が認められる筈も無い。恥ずかしさと怒りをまぜこぜにしながら桃子が「もう! エッチ!」と、レオに襲いかかってきた。激しい特訓をしたレオの足は流石に疲れたのだろう、それを受け止める事が出来ずそのまま倒れ込んでしまった。
手放したペットボトルは宙を舞った後、地面に転々と転がり、流れ出てきた液体は、喉を潤さない代わりに渇き切った地面を潤した。
レオは桃子から急いで離れようと、慌てて体を起こそうとしたが、何故なのだろう、桃子がそれを許してはくれない。 上から力でレオを押さえ付け、じっとレオを見つめている。
刹那、時間が停止した。 優しい風が二人を包み込む様に駆け抜け、二人は見つめ合ったまま、互いに視線を外す事が出来なくなる。 その中でレオは一つの考えを思い浮かべていた。
――桃子に本当の事を話すべきか、否か。 何れにしてもタイムリミットは刻々と迫ってきている。ならば桃子に自分がランフォリン・レオである事を打ち明けてしまうか……で、それからどうするんだ、俺……。
ええい! 駄目だ! 駄目だ! 今の俺は流星なんだと、首を激しく横に振ったレオは、落ち着きを取り戻し、強引に桃子を引き離そうとしたその時――。
「なあ……お前、本当は――」
桃子が体をレオに預けたまま、右手で優しく頬を撫でたのだ。 その行動は、レオを混乱させ、脳内に数多くのクエスチョンマークをぐるぐると駆け巡らせられるといった事態に巻き込んでしまった。
体を起こし掛けたまま、硬直しているレオを桃子は優しい瞳で見つめている。 成程。 良く見れば少し頬が赤らんでいるようにも見える。 どうやらこれは激しい運動をしたからというものではなさそうだ。
桃子は今、目の前に居る者が流星であると理解しているにも関わらず、瞳を通し、流星の向こう側にいる何者――レオの存在を感じられずにはいられなかった。 しかも、一度も見た事も無いというのに、レオに強く惹かれてしまっている。
気付けば桃子は自分の息遣いが伝わる程に自身の顔をレオの目の前に近付けていた。 このままでは……! と、脳内で警報を鳴らしあげる桃子だが、止める事が出来ない。 知りたい、見たいという強い想いが更に顔を、否、唇を近付けている。
刹那、その想いが通じたのだろうか、桃子の瞳に獣の様な耳がうっすらと見え始める。 一瞬驚いた桃子だが、直ぐにその者が自分をこんな気持にさせた超本人であると直感付け、その幻覚をあっさりと受け入れた。
お願い、もっと……もっと見せて……! 更に距離が縮まり、いよいよ互いの唇が重なり合うであろうかと思われたその時――茂みの方から物音が聞えた。
「だっ、誰だ!?」
桃色一色の背景が一瞬にして白紙に戻り、レオに預けていた体を慌てて引き離した桃子は、急いで物音のした方向に走って行く。
「き、気のせいか? 誰も居なかったよ、びっくりしたなあ、もう! あは、あははは!」
先程の時間を無かった事にしようと慌てて取り繕うとする桃子。その少し離れた場所で、大木に背を預け、通信機を握った一人の女が、感情を押し殺しながら口を開く。
「――そう。レオ様の本体を発見したのですか。ご苦労様でした、追って詳細を報告してください」
通信を終え、口元に通信機を当てた女――メリッサは、
「例えレオ様の方から微笑み掛けた異性であろうとも、それは決して許される物ではありません……その相手はこの私――ディモル・メリッサであって然るべきなのです」
「……レオ様、直ぐに元の体に戻して差し上げますね……そうすれば、私の事を嫌でも思い出す筈です」
「そして……忘れてください。今までの全ての記憶と共に――あの女を」
銀髪をかき上げ、不敵な笑みを浮かべながら、メリッサはその場から立ち去って行った。




