第二十三話 クロノスの目的
――次元に漂う空間部屋。レオはそこで来る筈も無い流星を扉の前でずっと待ち続けていた。
「やはり駄目か……以前の様にあの機械――器を通して、流星の感情にも干渉出来なくなっちまったし、八方塞がりだな」
「何か別の方法で、流星を見つけ出す事が出来れば……」
全く開く気配の無い扉をぼうっと眺めている。
「そう言えばこの扉って、強制的に自分が知っている奴を召喚する扉だったよな……」
「召喚する扉……相手側と繋がる扉――って、そうだ、この手があるじゃねえか!」
レオは開かない扉のレバーに手を掛けた。
「流星が来ないのなら俺の方から出向けば良い!」
期待を胸に意気揚々と扉を開け放ったレオだったが、目の前の絶望的な光景に言葉を失ってしまった。
「な、何だ……これは!?」
扉を開け一歩踏み出したレオの目の前には、数えきれない多種多様の階段が上下左右に伸び、その途中は黒い闇に覆われて、その先がどうなっているかさえも分からなかった。
「おいおい、確か俺がデュエルをした帰りは簡単な一本道だった筈だが……どうするよ? この状況」
幾つもの階段を見ながらレオは暫く唖然としていたが、
「ここで、悩んでいてもしょうがねえ。 とりあえずしらみつぶしに当たってみるか」
そう言って目の前の階段に一歩足を掛け――られなかった。その可愛らしい足が見事に空を切ったのだ。
「あ、あれ? もしかして俺、浮いてる? って事は……強制的に誰かが俺を起こそうとしている!? ちょ、ちょっと待て! 俺がせっかく今から流星を探し出す方法を――!!」
「――むぐうっ!」
レオは柔らかな胸に顔を覆われながら目覚めた。そのぐ傍で「ああん、レオ様ぁ」等と甘えた声が聞こえてくる。
「俺を強引に起こした原因はこいつか……」
更に寝ぼけたメリッサが唇を蛸の様にして「んー」と、口づけしようとしている。レオはそれに応えるかの様にそっと両肩を掴み――。
「ていいいっ!」
そのままベットから壁に向かって放り投げた後、部屋の電気を点けた。
「んーむにゃむにゃ。あ、お早うございますレオ様ぁ」
メリッサは下向きになった雨蛙が、張り付いたガラス窓からずるずると這いずり落ちてくる様な格好でレオに朝の挨拶をする。
「メリッサお前、俺の部屋にはあれ程無断で入ってくるなと言った筈だ。それに何を勘違いしているか知らないが、まだ朝は明けてない。せっかく俺が階段を登る決心をした所だったのに……」
「……階段?」
「そうだ。俺は次元空間の扉を逆に辿って流星を探し出そうとしてたんだよ」
レオは名案とばかりの口調で事情を話すが、話を聞き終えたメリッサは口を塞ぎながら笑い出した。
「レオ様、それは無謀ってものです。次元空間の階段とは、ここの世界で言う無限に張り巡らされた電話回線の様な物。繋がっても無い相手を探し出すという事は、その相手の電話番号を勘で言い当てる事と同じです」
「くそ……デュエルの時は簡単だった筈なのに!」
「デュエル――ああ。決闘空間ですか。それは最初から主催者側が用意した直通回線だから行きも帰りも楽ちんだったって訳です。あ、敗北した場合は帰りもくそもないですけど……レオ様には全く関係の無い事ですね」
「じゃあ……召喚された奴は何でちゃんと帰れたんだ?」
「……成程。レオ様は忘れてらっしゃるのですね。本来召喚された者は、自分が使って来た階段が明るく光って迷わない様になってるのです」
「ほう……それは随分と親切設計だな」
「です。あ、それとは別に何らかの原因で目が覚めてしまった時は、有無を言わさず引き戻されますね」
「……お前が無理矢理俺を叩き起こした様にか?」
「このメリッサ、一生の不覚でした」
メリッサはその悔しさを、右手の親指と人差し指を擦り合わせて音を出す事で表現した。
「一生の不覚とか言うな。で、メリッサは俺を召喚した事はあるのか?」
「当然です。それはもう何度も……それなのにレオ様ったら一度も応じてくださらないなんて、余りにも酷すぎます!」
「着信音が延々と鳴ってるのに、全く出ないっていう奴だな、これは笑える」
「もう! そこは笑うところじゃありませんよ!」
床に転がっていたクッションを抱き抱え、その隙間から顔をちょこんと覗かせて怒りを露わにするメリッサが突如「おや?」と目を横に長し何やら合点のいかない顔を見せた。
「……レオ様ちょっと待ってください。レオ様は先程『扉を逆に辿って』そう仰いましたよね?」
「ああ。確かにそう言ったが、それが何だ?」
メリッサは枕をそのまま抱き抱え、振り子の様に体を前後させながら言葉を重ねる。
「流星様は無感情なのですから、次元空間での召喚は不可能ですよね?」
「そうだ。だから俺が作った次元空間に流星は一度も現れる事はなかった」
「……いえ、私が言いたいのはそういう事では無く、そもそも次元空間の扉が現れる条件は、『相手の魂が肉体から離れている事』が必修だと、言いたかったのです」
「メリッサ、お前はさっきから俺に何が言いたい――」
回りくどいメリッサの説明に少し苛立ったその時、レオはある事実に気付いた。
「おい……じ、冗談だろ。お前の考え方だと、俺が出会った時から流星は既に『抜け殻』って事になるじゃねえか……!」
「はい。それがまず、二つある答えの中で導き出された答えの一つです」
「はは、そんなの誰が信じるかっていうんだ」
混乱の中、レオが機械を器として、流星と初めて会話した時の事や、流星の体を鍛える為に日々トレーニングを重ねた時の光景等が次から次へとレオの頭の中をよぎっていった。
「いや……おかしいだろ、だって流星は居なくなる直前まで、俺の言う事をちゃんと聞いてたんだぜ? それが全部他の奴の『演技』だっていうのかよ!?」
「レオ様、次元空間に現れた扉こそが、全ての真実を物語っているのです」
「そんな事、とても信じられねえ……」
「さて、もう一つの答えですが、ここがとても重要です……流星様の魂が本体から離れているという事、それはつまり……」
クッションを抱きしめたまま、ごろんと一回転したメリッサはレオのすぐ目の前まで顔を近づけ、レオの口から出てくる答えを待つ。
「――流星の感情が何処かに存在している……そう言いたいのか?」
「その通りです」
「はは……何を馬鹿な事を……じゃあ、俺が器に入り込んだ時、いやそれよりもずっと前から俺が見守っていた頃の流星を別の誰かが操っていたとでも言うのか?」
「別の魂が流星様に宿っていない場合、コールドスリープ状態でも無い限り、肉体は既に滅んでいるでしょうから、恐らくはその通りかと」
「何で、わざわざそんな事をする必要があるって言うんだ――」
疑問を感じたその時、桃子が以前、自分に話した時の事を思い出した。
「……そうだ。確か桃子が死に掛けの小鳥を魔法で救った流星を見掛けた事があると言っていた」
「流星様が魔法を? 詠唱も唱えられない筈なのに、そんな事等絶対出来る訳がありません」
「もし、可能性があるとするならば、その魔法を使える者がこの世界でただ一人だけ存在している、いえ、存在していたと言い換えま……そしてその者の名前は――」
――ティラノ・クロノス!。
メリッサはレオが頭の中で導き出していた答えを、激しく動揺するその表情から読み取る。
「恐らく奴は、自身の肉体を仮死状態にしたまま、次元空間の何処かに流星様の魂を拘束しているものと推測します。そして流星様の魔力は逆流していたのでは無く、今もずっと吸われ続けているのですよ。我が国から奴が持ち去った神器――魔喰に」
「奴は……魔喰を使って、この世の神にでもなるつもりか?」
「いえ、正確には膨大な魔力を持つ事の出来る流星様の体を乗っ取る事が本来の目的でしょう。魔喰に加え、無限とも言える魔力を持つ流星様の体、この二つが揃えば向かう所敵無しですから」
「そんな自分の魂を他の肉体に固定する事なんか不可能だ、出来る訳がねえ!」
「ええ。本来であればレオ様の仰せの通り、他人の肉体に己の魂を中に長く留ませる事は出来ません。ですが、覚醒した魔喰の力なら、その不可能を可能にしてしまいます……何れにせよ、流星様をクロノスに乗っ取られた場合、残念ですが、私達に出来る事はもう何もありません。ただ――」
口から出そうになった言葉を、気まずそうな顔を見せたメリッサは、慌てて押し殺した。
「じゃあ……俺は、俺はどうなるんだ?」
「そうですね、時間切れもしくは魔喰の力を得たクロノスの力によって、流星様から強制排除される事になるでしょう。そのタイムリミットは不明で、数時間後……もしくは数分後、いえ、もしかしたらもう直ぐかも……何時何処で爆発するか分からない爆弾状態と例えてもいいでしょう」
「くそ、何て事だ……俺がこのからくりにもっと早く気付いていれば……!」
絡まっていた紐がゆっくりと解かれる様に真実が明白になろうとした刹那、レオの体が急激に脈を打ち始め、制御を失ったままメリッサを押し倒す。
「……レオ様ったら、今の話を聞いてそんな野獣に変身される程、物凄く興奮されたのですか? ま、まぁ、私は全然構わないですけど(音符マーク付きで)」
「ち、違う! これは俺じゃねえ! い、今のは、体が勝手に動いたんだ!」
「またまた。先程の話を上手く使われるなんて、何と優秀なレオ様なんでしょう」
「馬鹿野郎! 冗談でもこんな事するか!」
両手が次第にメリッサの胸元へと移動し始め、嬉しそうにメリッサは両目を閉じた。
「や、優しくしてくださいね(音符マーク付きで)」
だが、その両手は胸元を超え、徐々に首元へと方向を変えた。
――お、俺は何をしようとしてるんだ!? 止めろ! 止まれ! 俺の両手ええっ!。
「……レオ様。お早く……メリッサは覚悟完了済ですよ……」
既に両手はメリッサの首を締め付けようと、大きく開き始めている。レオはそれを外そうと必死に抵抗しているが、そんな状況は顔を赤らめ、両目を閉じているメリッサには当然分かる筈も無い。
「ぐ、ぐっ! このっ!」
支配されかけた右手の制御を取り戻したレオは、自身の左手を必死で押さえた。
「メリッサ……いけ!」
「……レオ様、まだですか?」
――ふざけんな! クロノス!。
怒りが頂点に達した刹那、レオは完全に両手の制御を取り戻した。荒い息遣いをするレオを両目を再び開けたメリッサが、自分に欲情した物と大きく勘違いして辛抱溜まらんという感じで抱き付こうとするが、レオはそれを見事に交すと、そのままメリッサの首根っこを野良猫を摘まむ様にして、慌てて部屋の扉を開いた。
「いいから、とっととこの部屋から出て行けえっ!」
「あらあっ?」
急いで扉を閉めたレオは一瞬自由の効かなくなった両手を震わせながら、ずるずるとその場で崩れた。
「貴様だったのかクロノス! 今までずっと流星の感情を奪っていたのは! 今直ぐ流星を返しやがれ!」
――クロノスは何も答えない。レオは徐々に流星の体を支配されていく恐怖を、悍ましい病魔が体をじわじわと浸食していく様な感覚に捉われた。流星の魂を取り戻す機会があったとすれば、それはまだ自分が器を通して感情を具現化出来ていた時だったのだ。
あの時、激しく感情を揺り起こし、覚醒させる事が出来ていれば……レオは唇を強く噛みしめながら何度も自身を呪った。
「させねえ……絶対に俺は流星を救ってやる……!」
何時また襲ってくるか分からない恐怖と戦いながら、レオは扉に縋ったまま小さく呟いた




