第二十一話 女達の戦い~前編
『……出ていけ……は全て私の物だ』
暗闇の中で何者かがレオに悍ましい声で囁く。
――お前は誰だ? 何を言ってやがる?。
『……もうすぐ……が満足されるその時――』
刹那、足元から何本もの白い手が伸びて、体中に纏わりついた。
――う、動けねえ……く、苦しい……こ、このっ!。
ぱち。
ベットの上で目が覚めたレオだが、相変わらず視界は真っ暗であった。
――な、何だ!? 何故視界が閉ざされたままなんだ? それにこの息苦しさは一体!? もしかして、さっきの声の奴の仕業か!?。
もにゅん。
――もにゅん……だと!?。
何とか酸素を得ようと顔を横に背けた時だ、レオの顔にマシュマロの様に柔らかでかつ、重量感のある物が圧力を掛けている事に気付いた。
「何だ、これは!?」
なんとか動かせそうな右手を必死に伸ばし、それが一体何なのか確認しようとするレオ。やがて大きく広げた掌はその謎な物体と接触する事に成功する。
もにゅ、もにゅ、もにゅ。
「あう……あ……あ」
――!?。
ここで聞こえる筈の無い声がしたレオは、自分を落ち着かせる為、軽く深呼吸をした後、右手の指先に全神経を集中させて、再び慎重に動かした。
もにゅ、もにゅ、もにゅ、もにゅ。
「あ、あ、あ、あん!」
――何だ、俺が推測した通りメリッサだったのか、ふっ、驚かせやがって、こいつめ。
「……じゃねえよ! め、メリッサ! おっ、お前、何でここで寝てるんだ!」
「ん……ふ、ふぁああ。はふ。あ、おはようございます。レオ様(音符マーク付きで)」
「い、いいから、俺を抱き枕と勘違いしているこの手を今直ぐ解放しろ!」
「んふう。良いでは無いですか、レオさまだって私の豊満な胸を堪能していたではないですかぁ。しかも、パジャマの上からでは無く、ほら、ほらご覧ください、ご丁寧に中からのダイレクトですよぉ(音符マーク付きで)」
メリッサに指摘され、自分の右手を確認したレオはみるみる内に顔が唐辛子の様に赤くなった。こともあろうかその右手は奇跡的にメリッサのパジャマの中に潜り込んでしまっていたのだった。
「こっ、これは不可抗だあっ! いいから早く俺から離れろ、こんな所を美月にでも見られて見ろ! 大変な事に――」
がちゃ。
「流兄、そろそろ起きないとおおおおおおおっ!?」
「『あ』」
「ふ、二人共、朝っぱらから、ベットの上で何やってんのよおおお!」
美月は悲鳴にも似た声を上げ、レオは瞬時に頭中で必死に対処方法を模索し始める。今俺はベットの上で起き上がっている状態。しかも右手はメリッサのパジャマの中にすっぽりと納まって、右のオパーイを覆ったミラクル状態だ。この一大ピンチを俺が乗り切る最良の一手とは……レオの両目の中で何故か二進数の0と1が目まぐるしく回転した後――。
「おはよう、美月。いい朝だな」
言いながら、パジャマの中から右手を引き抜くと、何事も無かったかの様に立ち上がり美月の横を擦り抜けて部屋を出ていこうとする。
「――ちょっと待て、流兄!」
当然後ろの裾を掴まれ、脱出を阻まれた。
「おはよう、美月。いい朝だな」
再度足に力を入れて強引に脱出しようとするも、やはり裾を掴まれて脱出は叶わず、この後美月にメリッサ共々その場で正座させられ、天野川家における共同生活の為の規則について、あーだこーだとたっぷり説教を食らった。
「いいですか、メリッサさん! これからはちゃんと規則を守ってくださいね!」
登校しながら美月が未だメリッサに説教を続けていた。
「うーん。気付いたら何故か流星様のベットの中にいたんですよねえ。何といっても私、夢遊病が酷いですから」
顎に人差し指を置き、天を仰ぎながら白々しくメリッサが答えた。
「ピンポイントで流兄のベットの中に辿り着く、そんな特殊な夢遊病なんてありません! って、メリッサさん、隙を見て流兄にそうやって直ぐ引っ付かないでください!」
美月が説教をしている間に、メリッサはレオの腕をちゃっかりと掴んでいる。
「そうですね。私もなるべく節度を守って流星様に接したいと心得ているのはいるのですけど……其方に居る方々がどうもそうはさせてくれそうには無さそうですしねえ」
「え?」
メリッサが怪訝そうに目を向ける方向に目をやると、校門の前で腕組をし、不機嫌そうにメリッサを睨み付けている加奈と桃子が居た。
「お、おはよう流星、ま、待ってたぜ」
桃子は右手を上げ、ぎこちない様子で声を掛けてきたが、レオはこれから繰り広げられるであろう悍ましい女達の戦いを想像した結果、「良し、俺は何も見なかった事にしよう」という結論に達し、心を無にする事にした。
「な、何で桃子先輩が流兄を待つ必要があるんですか?」
――無心だ無心。
「え? あ、そ、それはだな……」
どうやら、桃子がカミングアウトした事は校内に知れ渡っていないらしく、美月はこの意図を分かって居ない様だ。
「ふん! 私は桃子が流星と付き合ってるだなんてぜーったい認めませんからねっ!」
桃子に向けて不満を吐き出す加奈。
「え? あ、あれ? も、もしかして桃子先輩、流兄と、つ、付き合ってるんですか……?」
体を震わせて、顔を強張らせる美月。
「み、美月ちゃんには黙ってて悪かったけど、実は……そうだったり! じゃじゃーん!」
――無心だ、無、つ、付き合ってねえし!。
「う、嘘……!?」
何か事件の真相を明かすBGM付で桃子が答えた刹那、美月は石像化してしまった。 メリッサも桃子の爆弾発言に一瞬だけ動揺したが、直ぐに冷めた瞳で桃子を見据えると、牽制を開始した。
「やれやれ……貴方も諦めの悪い方ですねえ、一番有利なのは流星様と寝食を共にしているこの私だというのに」
――こいつ、速攻で桃子達にばらしやがった! 正気に戻ってくれた後にちゃんと念を押したのに!。
メリッサが鼻で笑いないがら、二人を牽制した。メリッサが繰り出した「寝食を共にしている」パンチは二人の顔面に見事ヒットする。
「『ぐふっ!』」
よろよろふらつきながら二人が後退し、正気に戻す為激しく顔を振った二人はなんとか復活した後で、直ぐメリッサに詰め寄った。
「い、今の発言はどういう事ですの!? 貴方が流星様と一つ屋根の下で暮らしてる……と、そう申しましたの!?」
加奈が激しく動揺しながらメリッサを問い詰める。
「はい、その通りですが何か問題でも? 流星様も私との同居が凄く嬉しかったご様子で、今日の朝もベットの上で私の胸を激しくお揉まれに……きゃっ(音符マーク付きで)」
その場面を二人は好き勝手なイメージで妄想した後、ボディに鋭いパンチが突き刺さった。
「『ごふっ!』」
――ごふっ!。
ふらつき、力弱く崩れ落ちる二人(と、レオ)。するとどこからともなく蝶ネクタイをしたレフェリーが登場し、「ワン!」、「ツー!」、「スリー!」とカウントし始める。
「まぁ、せいぜい私達を引き立てる事ですねえ」
鋭い八重歯を光らせて、高笑いをしながらメリッサは、両目が死んだ魚の様になったレオの腕を掴んだまま校内へと消えて行った。ダウンした二人は「テン!」と言われる前になんとか立ち上がり、ファイティングポーズを取った後、レフェリーに「ファイッ!」と言われ、土煙を上げながら疾風の如くメリッサの後を追い掛けていった。
結局の所、無心を貫こうとしたレオだったが「無心だ」と考えている時点で無心では無く、冗談だと思っていた桃子の彼氏発言も継続され、朝の事をメリッサに暴露され、むしろ口から魂か何かが出てきそうな感じでメリッサに引きずられて行く、今のレオの姿の方がより無心に近いと言っても良いだろう。
美月の方だが、無情にも始業のチャイムが鳴り終え、正門が閉まった瞬間に石化が溶けたらしく、登校する生徒をチェックしていた先生に「天野川美月、お前遅刻なー」と言われ、「あう!」と、涙目で唸っていた。




