第二十話 メリッサのターン~後編
「レオ様、お寛ぎ中、お邪魔しますね!」
風呂イベントも終わり、メリッサが流星の部屋に入ってきた。レオはあからさまに不機嫌そうな顔を見せ、ベットの上であぐらを掻いている。
「……初日早々色々とやってくれるじゃねえかメリッサ」
「はて? 何の事やら、メリッサには分かりませんねえ」
嬉しそうに微笑みながらそのまま部屋の鍵を掛ける。
「おい……何で鍵を掛ける必要があるんだ?」
「どうかお気になさらずに! それよりもレオ様は私に聞きたい事が沢山あるんですよね?」
「――ちっ、まぁいい、ちょっとそこに座れ」
「はい。レオ様! さぁ、このメリッサになんでも聞いてください!」
「……おい。誰が俺の隣に座れと言った? 俺が座れと言ったのは、その机の椅子の事だっ!」
「どうかお気になさらずに!」
「気にするわっ! つか、思いっきり話難いわっ!」
何とかメリッサを椅子に座らせる事に成功したレオは気を取り直して話を進めた。
「ふう。さて……メリッサ、今俺の体が何処にあるのか分かったか?」
「申訳ありません、レオ様。クロノスの強力な固有結界魔法に邪魔をされ、今現在も明確な場所が特定出来てなくて……」
「そうか。ではそのクロノスって男の話をしてくれ」
「はい。ティラノ・クロノス、奴めはレオ様と同じ部隊に所属している者でして、隙あらば隊長の座を狙っていた腐れ外道ですよ!」
「で、奴の消息も今不明なのか?」
「そうなんです。強制的に次元空間に呼び出そうとしても、接続不可能な状態でして……あの野郎め、一体何処に雲隠れしたのか」
「――奴の写真は持っているか? あるなら今、見せてくれ」
「持ってますよ、非常に不愉快ですけど。って、今はこの格好なので持っていませんよぉ」
立ち上がったメリッサはパジャマ姿を見せながら嬉しそうにくるくる回った。
「分かった。じゃあ後で見せてくれ」
「そこ、何でスルーなんですかっ!」
「いや、つい焦って自分の事や、周りの状況を早く把握したくてな。そこまで気を回している余裕が無い」
「別にいいですよーだ……ああ、そう言えば、最近我が国の地下宝物庫で厳重に管理されていた神器の一つ、『魔喰』が随分前に何者かの手によって持ち出されていた事とか分かりましたけどね……」
膨れっ面のまま、メリッサは背もたれの方に向いて正座すると、両手で背もたれを掴み、大きく体を前後する事でその不満を表現した。
「魔喰? 何だそれは?」
「国家機密として扱われていて、特別な者しか知らない情報です。当然私やレオ様は知っていたんですけど、どうやらその記憶も奴に消されてしまってる様ですね」
「魔喰は呼び名の通り、無作為に魔力を吸収するとても恐ろしい杯です。その杯が一杯になった時、その真価を発揮するとか何とか、ただそんな膨大な魔力が存在するなんてあり得ませんけど……ってさっきから……何でそんな事ばかり……」
「膨大な魔力……? 待て……今俺は何か重大な事を思い――」
ふと、レオが顔を上げたその時、両目に涙を貯めて懸命に歯を食いしばっているメリッサが見えた。
「メリッサ……お前何で泣いて――」
その刹那、驚きと同時にレオをベットに押し倒されてメリッサに馬乗り状態にされてしまった。泣き止まないメリッサの涙が頬を伝って、雨漏りの水滴の様にレオの顔の上へ次から次へと零れ落ちた。
「レオ様……は……誰よりもレオ様の傍にいて、何時もレオ様の戦う姿を見ていたこの私――ディモル・メリッサの事を何も聞いてはくれないのですね?」
「――え?」
「突然消息不明になってしまったレオ様の身を案じ、私がどれ程心を痛めていたと思ってるんですか!? だだっ広い街中で、レオ様と奇跡的に出会えた時、私がどれだけ嬉しかったか、分かりますか!?」
「……う」
「しまった」そうレオは思ったのだろう、険しい表情が一瞬にして緩む。その表情は、メリッサに対して謝罪の意を表していた。
「お、俺が悪かった。許してくれ」
「……いいえ! 許してあげませんっ!」
涙を拭ったメリッサはレオの両腕を押さえると不敵な笑みを浮かべた。
「な、何をしやがる!?」
「ふふふ、知れた事。私の事を何も聞いてくれないのですから、その体に叩き込んで、私の事を思い出して貰いますっ!」
言いながら、豪快にパジャマの上を脱いだ。
「待て! 落ち着け! 早まるんじゃない! この体は俺の物じゃねえ、流星の物だ! 本人の許可も無に勝手に男の純情を奪うのはどうかと思うぞ!」
「何を戯言を! 外見が何者であれ、中身はレオ様そのもの。私には何の抵抗もありませんね!」
息を荒げ、顔をぐっと近付けるメリッサ。
「くそ! こいつ、目が尋常じゃねえ! こうなったら……こ、これより我が名、ランフォリン・レオの名を以て、己の力を示さん、汝、我の声を聞き――」
「遅いっ! これより我が名、ディモル・メリッサの名を以て、己の力を示さん、汝我の声を聞き、己の血肉を以て、その忠誠を誓え!」
――は、速えええっ!?。
「があああっ!?」
詠唱を先に唱え終えたメリッサが俎板の鯉状態になったレオを眼下に悍ましい顔で覗き込んだ。
「や、やめろ! お前、さっきの美しい涙はどこにやった!?」
「美しい涙ぁ? そんな物、とっくの昔に砂漠の土の如く渇き果てましたねえ」
「ひいっ! この、獣っ(けだもの)!」
「ふっ。初心なネンネじゃあるまいし、観念して、私に食われてください、がるるるる」
一方、完全隔離されている美月の部屋。
「……やっぱり、静かすぎる!」
水を打ったような静寂に嫌な予感がしてならない美月は、ようやく部屋の扉を開けようとするが、当然メリッサの魔法によってビクともしない。
「あ、開かない! 何で!?」
何度もレバーを下げようとするが、その度、紫の炎が上がってそれを阻止する。その瞬間、美月の頭の中で電球の光が灯った。
「こうやって私が部屋の中に閉じ込められたって事は、いきなり流兄の前に現れたあの女狐が何か小細工したに違いない! ……ああっ! 流兄の身(色んな意味で)が危ない!」
更にレバーを下げる動作が加速するが、やはり扉はビクともしない。またもや紫の炎に拒まれた。
「ふふふ……そっちがその気ならやってやろうじゃない!」
悍ましいオーラを放ちながら、美月はレバーにゆっくりと手を掛けた。
「流兄を思う……私の愛の重さを、重さを舐めるなああああっ!」
その刹那、レバーが強引に下に下がると、紫の炎が苦しそうに吹き出した後、消滅した。
「今助けに行くよ! 流兄いっ!」
勢い良く扉を開けた美月が、慌てて自室から飛び出す。
「あら……美月さん。そんなに慌ててどうしたの?」
目の前にパジャマ姿のメリッサが驚いた顔をして、声を掛けた。
「え? メリッサさん? え? 流兄は? あれ?」
状況が把握出来ず、混乱する美月にメリッサは優しく微笑んだ。
「明日から色々迷惑をかけると思いますが、よろしくお願いします。それから流星様は既にご就寝されてますから、お静かに願いますね。それではお休みなさい、美月さん」
「お、お休みなさい……メリッサさん」
美月は呆然と空き部屋に入っていくメリッサの背中を見送り、メリッサは扉を開けながら、先程の出来事を思い出して、嬉しそうに目を細める。
「レオ様にあんな風に口説かれてしまっては……ねえ……ふふ」
レオが土壇場で発した言葉、それは「俺は、自分の体に戻って、お前の事をちゃんと思いだしてから、抱きしめてやりたいんだ!」であった。その一言の矢がメリッサの心に深々と突き刺さり、正気へと引き戻していたのだ。
一方、レオの方だが、ベットの上で滝の様に冷や汗を垂れ流しながら、流星の純情を守り切った事を安堵していた。
「あ、危なかった……まさかメリッサの詠唱があんなに早いとは……これからは気をつけないと」
仰向けに寝転んだレオは天井を見つめながら、メリッサが口にした神器――魔喰について思い返す。
「流星が突然消えた事と、膨大な魔力を飲み込む魔喰……何か関係があるんじゃねえか……だとすると……だ……きっ……と」
メリッサに振り回された影響もあって疲れて果て、体中の力が抜けてしまったレオは、次第に深い闇の中へと誘われていった。




