第十六話 消された記憶
「天野川……?」
何やら後ろの方が騒がしい事に気付いた桃子が振り返ったのだが、其処にはもうタブ――レオの姿は無かった。
「まだ、今日のお礼も言ってないのに、急に姿を消すとは……なんて奴なんだ」
桃子は少し寂しそうに呟いきながら溜息を吐いた後、改札口へと消えて行った。
「ムガムガムガ~ッ!」
そのレオであるが、突如現れた銀髪女に抱き付れた後、瞬時に女の口を塞ぐと一気に桃子から距離を取っていたのだった。レオは桃子の気配が完全に消えた事を確認してから、銀髪女の口を解放してやる。
「ぷ、ぷはあっ! れ、レオ様、私と感動の再会だと言うのに、何なのですかこの仕打ちは! 其処は抱き絞め返すところですよねっ!?」
「いいか、銀髪女、良く聞け。まず俺はレオっていう奴でもないし、お前が誰かも分からない。誰と勘違いしてるか知らないが、人違いだ」
涙目ながらに文句を言う銀髪女を引き剥がしたタブが、真顔で言い返す。
「いーえ! レオ様がどんなお姿に成られようとも、この私、メリッサにはちゃんと、分かってるんですからね! 貴方は我がベルム王国で知る人ぞ知る、第一魔空戦機隊所属、SSSランクにして誇り高き隊長、ランフォリン・レオ様なのです!」
「は? ベルム王国? 第一魔くう……てっ、舌噛んじまった」
「またあ。レオ様ったら、何時もそうやって冗談ばかり言うんですよね」
「冗談? 何を言っている? 俺は本気で、お前が何の事を言っているのか全く分からないのだが」
「……え? もしかして最近何処かで、頭部に強い衝撃でも受けました?」
「いや、特には……」
「そうですか。じゃあ、この私、ディモル・メリッサがレオ様と只ならぬ関係である事もお忘れだと言うのですか?」
と、祈る仕草で頬を赤らめ、瞳をうるうるさせながらタブ――レオをじっと上目遣いで見つめる。
「うーん。他の事はどうなのかは不明だが、お前と俺が『只ならぬ関係でない』事は、たった今、確信したな」
タブ――レオに完全否定されたメリッサが額から汗を流し、そのままの状態で固まったところでその横を数人の女が「えー? うそぉ?」、「馬鹿みたーい」等と、雑談しながら通り過ぎる。
「……ちっ」
舌打ちをし、黒い一面を見せるメリッサ。
「さて、気は済んだか? 俺もそこまで暇じゃないんでな。今日は色々あったし疲れてるから、そろそろ行くぜ?」
踵を返し、改札口の方へ向かうレオを見たメリッサは我に返ると、慌てて追いかけてきた。
「レ、レオ様!、ちょ、ちょっと待ってください! まだ伝える事が出来なかった調査結果の報告が!」
――ん? 調査?。
ここでレオの記憶が逆再生し始めた。流星の部屋で説明していた「調査中」の言葉を思い出す。先程のメリッサの質問に合点のいかない返事をしていたレオだが、それもその筈。流星の体に器が変わった時、その影響で自分の記憶が欠けてしまっていたのだった。
「う、うおおおっ!?」
「レオ様、急に叫び出すなんて、一体どうされました!?」
――そうだ、調査だ! 確かに俺は流星の持つ魔力について誰かに調べさせていた気がする!。
「……で、ディモルとやら、お前なんでまた俺にしがみ付いているんだ? なんだか、さっきから馴れ馴れしい奴だな、お前」
「レオ様、そんな他人行儀な。私の事は何時も通りメリッサと呼んでくださいよう」
甘えた声を出しながら、鼻をくんくんさせる。
「あー残念。この様な調査対象の器では無く、私は本来のレオ様の匂いを堪能したかったのに……ところでレオ様、ご自身のお体は何処ですか? あなた程の魔力の持ち主であれば、私同様、この様な異境の環境でもご自身の体で十分対応できる筈なのですが?」
ここでレオは一旦頭の中で状況整理を始める。
――俺の目的は流星の感情――魔力が逆流して暴発し、世界が消滅しない様、感情を取り戻す事だった。その為に俺は流星に会いに来たが、メリッサの口ぶりからして、俺の持つ魔力に初めから問題が無いと言うなら、何故俺は流星と会う為だけにあんなに苦労したのか、いまいち腑に落ちない。
ぶつぶつ独り言を言ってる最中、メリッサが掌を目の前でひらひらさせて「レオ様、ちゃんと聞いてますか?」と呼び掛けている事に気付いた。
――分からないな。とりあえずこいつの話に乗ってみるか。
「良いだろう。ディモル、報告を始めてくれ」
「うう……いけず。分かりましたよ……我が国の古文書によると、この世界の住人から、強大な魔力を得た――と、記してありました。ちなみに調査対象――今のレオ様、天野川流星の様な特殊な者は希少らしいです。まあ、出会ったのは奇跡に近いのでは無いのでしょうか?」
「そ、それは本当の事か!? それで、力を貰ったその後、その者は抜け殻状態になってしまった……と記されていたか?」
もしかして、解決方法も古文書に記されてるのでは? そう期待しながらレオは唾を飲み込み、次の言葉を待った。
「え? 違います。 再び再開した時、梯子酒をしながら一日中酒を飲み明かしたって楽しそうに記してありましたよ?」
「何だとっ!? じゃあ、その者は平気だったというのか!?」
「ええ、そうです」
――!? それなら、流星の無感情の原因は一体何だって言うんだ!?。
「ところで……あの、レオ様の美味しそうなお体……じゃない、逞しいお体は何処で保管されているのですか? と、いうかレオ様に付き添っていたクロノスは何処に行かれたのでしょうか? レオ様の身を案じ、随時状況報告をして頂く様、お願いしていたのに」
「――クロノス?」
レオがその名を口にした時、不鮮明ではあったが、飛行艇の中でカプセルの中に入ろうとする自分と、もう一人の男が縫いぐるみらしい物を別のカプセルの中に入れる様が脳裏を過った。
「いだだだっ!?」
同時に激しい頭痛に襲われ、頭を抱えその場にしゃがみこむ。
「レオ様!! だ、大丈夫ですか!?」
「いや、大した事は無い。気にするな。で、そのクロノスって何者だ?」
「……本当に記憶喪失状態ですね? もしかしてその器に入る時に転送が不十分ではなかったのではないですか? それならもう一度本体から転送し直さないと駄目ですね。その場合、今までの記憶とか無くなりますけどね。ま、この世界で起きた事なんか消えたとしても得に差支えは無いでしょうけど」
「ちょっと待て。転送が不十分になる障害ってのは頻繁に起きる物なのか?」
「そうですね……パネル操作後は全て自動ですから、まず人為的な原因です――って、あっ、あの野郎! 心中ではレオ様のを疎んでいるから、もしかして途中で転送を中断したんじゃないですか!?」
「……中断された場合はどうなるんだ?」
「今のレオ様みたいになりますよ。酷い場合は魔力不足で、自分の姿が人様に見えないという最悪な状態になると思いますど」
――っ!?。
「クロノスって奴は今、何処にいる!?」
レオは混乱しつつも、その名を何度も口にして、懸命に思い出そうとするが、そんな中「にゃー」とか、「ごろごろ」とか、「すりすり」とか甘い声を出しながらレオに抱き付くメリッサ。
「クロノス……クロノ――ええいっ! 鬱陶しいっ! いい加減、俺から離れんかっ!」
「ああん。 クロノス――ティラノ・クロノス、表面だけは良くて、裏面は真っ黒な嫌な奴ですよ。だからレオ様のお供は、メリッサが行きたかったのに、ちょっと実力があるからと言ってしゃしゃり出できて、レオ様を置いて雲隠れするとは、何て腹立たしい男なの!」
――ティラノ・クロノス……姿をくらました男が、俺に何かしやがったっていうのか?。
「そうだ! レオ様、そんな嫌な奴は忘れて、今から私と食事にでも行きませんか!? その後はムードのある部屋で二人っきりで、うふふ、どーせ記憶リセットされるんだし、何しても構わないし!」
訳の分からない事を口走りながら涎を拭き始めるメリッサ。
「いや……俺は帰る。今はまだ何が本当で嘘なのかも分からねえ状態だ。それに色々確かめたい事もあるしな」
「ええっ!? そ、そんなあっ!?」
踵を返して急いで改札口へ向かったレオの後を、右に左に身を隠しながら、必死に追うメリッサに、急に足を止めたレオが、いきなり振り向くと指を差しながら警告する。
「最初に断っておくがディモルよ、俺の根城まで絶対に付いてくるんじゃねえぞ! 何となくだが、俺はお前を敬遠してた気がしてならん!」
「あうう……レオ様ったら、前にも増して何て冷たい扱いなのでしょう」
「それから一つだけ言っておいてやる。 お前、その軍服姿でこの世界をうろうろしているとだな――」
その時、リュックを背負った男が一人、ふぅふぅと額の汗を拭いながらメリッサに近寄ってきた。 何かかのポスターなのだろう、そのリュックの隙間からは何本か丸められた長い筒状の紙が伸びている。
「あの……一枚良いですか?」
レオは声を掛けて来た男にメリッサが手厳しい対応を取るだろうと考えたが、その予想は見事に覆される。
「何だ? この世界の男共はさっきから何度も映写機みたいなものを向けてくる。 まぁ、断るのもいちいち面倒臭いし、勝手に撮るがいい」
メリッサの口調がレオ向けから任務――他人向けにガラリと変化する。 男は嬉しそうな笑みを浮かべると携帯を取り出して、そのレンズをメリッサへと向けた。
フラッシュが光った後、男は携帯を覗き込むと「ぐふふふ……」と満足そうな声を漏らし、その場を立ち去って行った。
その刹那、ミイラがミイラを呼んだのだろう、今度は両手に紙袋を抱えた男が先程の男と同様、話し掛けて来た。
「何だ、お前もか……好きにしろ」
男は急いで携帯を掲げると、レンズから閃光を走らせる。 その後、メリッサに何度もお辞儀をした男はスキップをしながら立ち去って行った。
メリッサは不思議そうな顔をしてその男を見送っていたが、直ぐに視線をレオに戻すと、
「全く、何なのでしょうね、あの者達は……レオ様は何か知っています?」
と、嬉しそうに聞いてくる。
「おい……まさかとは思うが、俺に会うまで、そうやって話し掛けてきた奴を全員相手にしてきたのか?」
「え? まぁ……別に私にダメージがある訳でもないですから」
「……お前はノーダメージかもしれないが、それを見せられた俺は大ダメージを食らった」
大きな溜息を吐き、レオは頭を押さえた。 こうしている間にも、今度は礼儀知らずな男が二人、勝手に携帯を掲げ、フラッシュを焚き始めた。 直ぐに気付いたレオは素早くその者達の前に移動すると、「今直ぐ消せ……さもないと」と、拳を固め、鋭い眼光で睨み付けた。
「ひいっ! す、すみませんでした!」と、急いで画像を消去した男達は逃げ去る様にその場を立ち去って行く。 「ふん、馬鹿が……」、怪訝そうに呟いたレオは、呆れた様にメリッサを見た。
「いいか、ディモル、よく聞け。 取り合えずお前はこの場所からすぐ離れろ。 決してさっきの様な男共を相手にせず、真っ直ぐにだ、そしてその軍服を脱いで私服に着替えるんだ。 あと、この世界でその軍服を二度と着るな。 いいか、分かったな?」
「は、はい! レオ様がそうせよとおっしゃるのなら仰せのままに……って、も、もしかしてレオ様、先程の者達に焼きもち等を焼いておられたとか――きゃっ!」
「――ディモル、その場で百八十度反転」
「え? は、はいっ!」
「良し、そのまま前進。 足は止めるなよ、絶対にだ」
「はい? え? ええ? ああ、レオ様がどんどん離れてしまいます! れ、レオ様ああああ!」
命令を忠実に守ったメリッサは、半泣きしながらレオの元から遠ざかって行く。 哀れな姿を見届けたレオは、帰りの乗りなれない電車の中で、先程メリッサが自分に言っていた言葉を思い出していた。
『今までの記憶とか無くなりますけどね。ま、この世界で起きた事なんか消えたとしても得に差支えは無いでしょうけど』
「冗談じゃねえ! もし俺が自分の体に戻ってしまったら、桃子との思い出が無くなるって事じゃねえか!」
言って、我に返ったレオは額に手を当てながら、苦笑する。
「俺は……何を馬鹿な事を口走ってるんだ……それよりも他に考えなければいけない事が沢山あるだろ?」
扉の窓際に立ったレオは、静かに暮れゆく周りの景色を見つめながら、自分を戒めるかの様に問い掛けるのであった。




