第十四話 桃子とのデート~中編
二人の行先は流星達の住んでいる所から二駅先の場所に有り、大きなショッピングモールーや若者をターゲットにした娯楽施設が充実した場所であった。
流行のスポットを心得ているであろう流星等の年代であれば、何処に行こうか等と悩む事も無い格好の場所である――筈なのだが。
――ううっ、ど、何処に行けばいいのやら。
目的地に到着した桃子は、オロオロしながら両脇の街道に立ち並ぶ建物を見回す。流星に「買い物に付き合え」と、勢いで言ってみたものの、肝心のコースは全く考えていなかった。ただ、クラスの女子達がたまたまこの場所にあるアクセサリーショップの話をしているのが聞こえたのを覚えていただけに過ぎなかったのだ。
「私にアクセサリーなんて、豚に真珠……いや、私、太っては無いけどさ……」
独り言を言いながら大きな溜息を吐いて、横目で流星を見てから、また溜息を吐いた。助言を求めようにも、無感情の流星に対して、その考えは皆無だからだ。その流星――タブは、下に視線を落とし、小刻みに体を震わせている。何処に入ろうかと必死に悩んでいる桃子の横でタブは「電車」という乗り物に恐怖していた。
「な、何なんだあれは! 扉が開いて乗ろうとした瞬間、中に居た奴らが大軍を迎え撃つ矢の様に一斉に出てきやがって……危うく踏み潰されそうになったじゃねえか!」
タブの大きな独り言はあーでもない、こーでもないと考え中の桃子の耳には聞こえていない。やがてせわしそうに動かす桃子の目に救いの文字が飛び込んで来た。
『お洒落なケーキカフェ、ツイン・リングではカップルでご来店の方に期間限定で特別なコースを提供させて――』
――こっ、これだ! そう言えば何かの雑誌で仲睦まじそうなカップルが大き目なグラスに入った一つの飲み物を二人で仲良く飲んでいる写真を見たことがある!。
落ち着きを取り戻した桃子は「ふふん!」と、どや顔をしながタブに話し掛ける。
「さ、さぁ、行こう天野川、私、最初に行く場所はもう決めてたんだからさ!」
それから少し間を置いて、少し恥ずかしそうに口を噤んでいた桃子が、タブの左腕の方をじいっと見ていたが、やがて「――よしっ!」と、意を決して、自分の右腕を絡めた。
「い、言っておくけど私は『あいつ』に頼まれたから、こうするのであって、決して天野川が、す、好きだからとかという理由じゃないんだからな! って、こんな事を言っても分からないんだっけ。不幸中の幸いなんだか、あいつが居なくて良かったのかも……何でも言えるのが少し楽に思えて来たぜ」
と、ここぞとばかりに本心を漏らす桃子だったが、今居る流星は流星であって流星ではない、中身はタブなのだ。そのタブは今、必死に自分と戦っている最中であった。
――そのあいつだがな、実は直ぐお前の傍にいて、しかも言っている事を直に聞かされてるんだぜ? ……まぁ、そんな事は置いといてだ、さっきから、俺の腕にお前の胸がガンガン当たってる事に気付けよ! そのせいで、急に騒がしくなった鼓動の方を何とかしないと、こちとら非常にまずいんだつーの!。
「あれ? 天野川、もしかして照れちゃってる? なーんてね、あはははは!」
割り切ったのだろうか、桃子はタブが無反応なのを良いことに気軽に話し掛け始めた。
――ああ。お前はそれでいいだろうが、俺にとっては最悪だ! これ以上無い程の拷問だよ!。
感情を表に出さない。それがどんなに難しい事であるか、時折伝わってくる柔らかい感触の狭間の中で、タブは改めて痛感した。
からんころーん。
桃子が扉を開くと銅製のドアベルが心地良い音色を店内に響かせた。
「いらっしゃいませ」
と、同時にメイド服を身に纏った案内係が上品に近寄ってくる。
「おお……テーブルも椅子も、店内が殆ど木製で、まるで山小屋にでも入ったみたいだな」
微かに香る木の匂いを堪能しながら桃子が満足そうに見回すと、案内係は一瞬、品定めするかの様な視線を流し、「……恐れ入ります。当店の期間限定、カップルメニューをご所望ですか?」と確認してきた。
「え? お、おう! その、か、カップルで頼むよ!」
桃子が元気良く返事をすると、今度は案内係が「其方のお方も、それで宜しいでしょうか?」とタブの方へ確認をする。当然タブは「そうだ」とは言えない。直ぐに気付いた桃子が「こ、この人、無口な人なので!」と慌ててフォローをする。
「……左様でございますか……では此方へどうぞ」
少し間を置いてから案内係が二人をテーブル席へ案内し、「少々お待ちください」と奥に下がっていった。
「うう、何か緊張するぜ。いいなあ、天野川はこういうの気にしなくていいから」
椅子に腰掛けた桃子は、両手を行儀良く膝に置くと、苦笑いをした。
――何言ってやがる! 大いに気にしてるよ! こんな物、こっ恥ずかしいに決まってるだろうが!。
とも言えず必死に沈黙を守るタブ。席に案内されてどの位の時間が経過したのだろうか、肝心のカップルメニューの品は今だ一品も運ばれて来ない。
「何か遅いな……」
と、桃子が疲れた声を漏らした時、異変を感じたタブは耳に神経を一気に集中させ、周りの音声を拾い始める。すると木の壁で隔てられた奥の方から先程の案内係の声が聞えて来た。
「ねえ、見た? あの不釣り合いなカップル。 男の方は服装とかまだマシだったけど、どうせブサ面に違いないわね…… それに女の方は最悪、あれは無いわ」
「うんうん、見た見た! あの女、どの時代から出張ってきたんだよ! って感じでマジ受けるわ。 それよりもあの二人、本当にカップル? もう一度行って確認してきたら?」
もう一人のメイドが相槌を打って、小馬鹿にした笑い声を上げた。
――成程、そういう事かよ!。
「……紗月さん、僕トイレに行ってくる」
「え? あ、ああっ、どっ、どうぞどうぞ存分にやってくれ!」
静かに立ち上がったタブが、声のしていた方向に向かうと、其処には案の定、気を緩めた案内係と先程小馬鹿にしていたであろう、もう一人のメイドが居た。メイドはタブの気配に気付くと慌てて「お、お客様!」と取り繕うも、タブはそのままメイドを壁に挟む格好で、所謂「壁ドン」を実行すると、髪をかき上げながら鋭い視線でメイドの両目を捉えた。
「忙しい所悪いんだけど、そろそろコースの品を持ってきてくれないか? 先程から俺の御姫様が退屈して困ってるんだ」
と、言いながら熱視線を放つと、そのメイドの顔が一瞬にして真っ赤に染まった。
「ひゃっ! ひゃいい! い、今直ぐにお持ちひます!」
「そうか。助かるよ、有難う」
止めに満面の笑顔を投下する。
「ひえっ! ひょんでもないでう!」
メイドはまともに受け応え出来ず、そのままずるずると腰を抜かしてしまった。流星の見た目は一見、ぱっとしないごく普通より更にランク下の男性にしか見えないが、髪を上げた時の顔立ちは恐らく上位ランクに位置するといっても過言ではない。
別の意味で用を足したタブは、再び髪を下ろし、また元の無表情に戻ると、踵を返しながら「馬鹿が……」と一言呟き、自分のテーブルへと戻って行った。
「あ、お帰り。何か長かったね。もしかして大きい方だった?」
桃子は流星が無反応なのをいい事に、何でも言える事にハマりだしていた。
――くそっ! 人の気も知らないで楽しそうな顔しやがって、何が「もしかして大きい方?」だ! 俺が何も答えない事を良い事に、さっきから言いたい放題言いやがって! 少しは遠慮しろってんだ!。
とは言えず、必死に無表情を保つタブ。そこに「た、大変、お待たせしました!」と先程のメイドがコースの品を慌てて運んでくる。 顔を真っ赤にして、震える手でテーブルに皿を並べながら、何故かタブの顔を懸命に覗き込もうとする。 桃子がその事に気付くと手に持っていたトレーで慌てて自分の顔を隠し、素早く奥の方に引っ込んでしまった。
「何あれ? 変な人」
「変な人はお前だよ!」とも言えず、タブはその品にちらりと目をやった。二人分なのにコースの品数は各一品ずつ。そしてフォークとスプーンはなぜか一組だけ。
――ふっ。まさかとは思うが……。
桃子に気付かれない様にゆっくりと回りのカップルを確認すると、当然の如く「はい、あーん」等とやっている。
――こっ、この俺にあんな真似をしろというのかっ!?。
「さーて。じゃあ私達もおっぱじめるとするか」
桃子は悪戯っぽく笑いながら、ショートケーキに乗っている苺をフォークで豪快に刺して「はい、天野川あーんして。あ、恥ずかしいと感じたら遠慮なく恥ずかしがってね!」等と、流星が百パーセント無反応と決め込み、安心して話し掛けてくる。
タブは言われるがまま、口を大きく開けると、そこに苺が問答無用で押し込められ、その後わざとらしく「どう? 美味しい?」と桃子が決め台詞を言い放つ。
――くそっ! くそっ! くそおっ! 死ぬ程恥ずかしいいっ!。 だ、だがしかし! 此処は耐えろ、耐えるんだ!。
その後、その行為が何度も繰り返される事になるが、その度にその様を見ていたメイドが羨む声を上げていたのは言うまでも無い。
「いやあ、ここまでして、天野川がこうも無反応だと、なんか面白くないかも」
最後に運ばれて来たフルーツジュースを互いのストローで飲みながら、桃子は残念そうに呟く。
――お、面白さなんてどうでもいい! とにかく、この最後のドリンクさえ乗り切ればミッション完全制覇だ! 俺は此処から一刻も早く脱出したいんだよ!。
と、タブが内心で突っ込みをかえしながら懸命にジュースを飲んでいた時だった、相手が流星本人だと完全に思い込んでいるのだろう、桃子がつい、本心を口に出し始めた。
「……あのな、本人を目の前にしてこんな事をいうのも何だけど、私実は今此処にいるのが、夢の中のあいつだったら良かったのに――なあんて少し思ってしまったんだ」
――っ!?。
「何だろう? あいつってば口や態度も凄く悪いし、女にも見境の無い位、最低な奴なのに、時々だけどどきっとする一面を覗かせる時があるんだ……それにさ、何かあいつが近くに居ると、安心出来るっていうか、はは、なんかお悩み相談みたいな感じになったな。って、天野川に言っても何も分からないか。ま、だからこそ平気でぶっちゃけてるんだけどね!」
ぶっ、ぶくぶくぶくぶくっ!。
その時、ジュースが勢い良く泡立って溢れ返ると、テーブルに零れ落ちて、グラスを中心に広がった。
「な!? 何で急に逆流させてるんだよっ!? 喉に何か詰まったのか? おい、ちょっと天野川、大丈夫かよ!?」
桃子の本心を直に聞いてしまったタブは、何とか無表情を保つのが精一杯で、他の事まで頭が回らない程、動揺していたのであった。




