第十三話 桃子とのデート~前編
「――と、言う訳で、よろしく頼んだぜ」
「えっ!? そんな事を急に、頼むって言われても! ち、ちょっと待ってよ!」
ぷつん。
桃子との通話を終え、タブは深いため息を吐いた。「よろしく頼む」そう言ったタブの会話の内容はこうだ。事情があって暫く流星に指示が出来ない。但し、夢空間では通常通り指南は出来るから心配無用。でだ、明日のデートの待ち合わせには「純正」の流星が向かうから、お前がフォローして、流星を覚醒に導いてやってくれ。と、いう訳で――と。
「だが、実際に行くのはこの俺だったりする。とにかく、今の原因がはっきりする旨は桃子に気付かれる訳にはいかねえ。上手く流星になりきらねえと……」
鏡に映る流星――自分の姿を見ながらタブは険しい表情を見せる。
「流星、お前一体何処に消えちまったんだ? 何でこんな事になった? 答えろよ、流星!」
鏡の流星は何も答えない。ただ、苦しそうに見ているだけだった。
次の日。二階から降りてきた流星を見た母が、持っていたトレーを思わず手放して、歓喜の声を上げる。
「……まぁ! まぁ! まぁっ! り、流星、その服!」
母が驚くのも無理は無い。流星が今着ている服は無感情で何にも興味を持たない流星が少しでも改善してくれたらと願い、母が外出用に何着も誂えたものであった。今までは一着も袖さえ通さなかった流星が、目の前でそれを着こなしているのだ。
「素敵! 私の目は確かだったわ! 凄く似合ってるわよ流星! そんなにめかしこんで、何処かに出かけるの?」
「デートに誘われた」
一定の音量で、与えられたデータから演算し、結果を出力する様な感じで、タブは答えた。
「やるじゃない! ああ、なんて今日は素晴らしい日なの! 学生は勉強が本分だけど、たまには息抜きも必要よ! 頑張ってね!」
何処から用意したのだろうか、流星の顔が印刷されたメガホンや、うちわ、所謂「流星応援グッズ」を両手に持って、母は、はしゃいでいた。だが、その姿を面白くない表情を見せながら壁から顔を半分程覗かせている者がいた。
「うう……流兄の浮気者……美月とは一度もお出かけしてくれた事ないのに……」
よよよ、と、その場に崩れ落ちる美月。そこで「で、どなたと今日デートするの?」という母の質問に、崩れ落ちていた美月の耳が急に大きくなった。
「同じクラスの――紗月桃子さん」
この名前を聞いた途端、美月の顔が更に険しくなる。そればかりか乱れた髪の隙間から、歯軋りする音さえ聞こえ出す。
――や、やられた! 男なんかに目もくれなかった武闘派の桃子先輩が、流兄に目をつけるなんて! ま、まさかの伏兵現る、だわっ!。
「り、流兄! そ、その桃子先輩とは、い、今どういった進捗状況なの!?」
意を決して立ち上がり、リポーター口調で美月がタブに詰め寄ろうとした時にはもう、母が目に涙を浮かべ、手に持ったハンカチでタブを送り出した後だった。
「し、しまった! 出遅れた!」
急いでタブの後を追おうとする美月だったが、急に「がくん」と前に進む事が出来なくなった。「何!?」と思った美月はそれが母の手によるものである直ぐに理解した。
「は、離して……お母さん! わ、私、行かない……と!」
足に力を入れるもビクとも動かず。
「駄目。この手を離したら美月、貴方猫まっしぐらで、流星の後を追うつもりでしょ?」
「だ、だってえっ!」
「だってじゃありません。ささ、私達はこれから家の事やりましょうか。まずはお洗濯からかしら?」
力任せにずるずると引っ張られて行く。美月は懸命に両手を差し出して「り、流兄いいっ!」と悲しみの声を上げた。
待ち合わせ場所――駅前。其処は今から何処かに向かうのだろうか、改札口辺りに数組のグループが楽しそうに会話を交わしている。また、せわしそうに携帯を何度も覗き込んでいる者も沢山いて、その周りは楽しそうな雰囲気が漂っていた。但し、ある空間を除いて……だが。
――自分で言ったものの、つ、ついに来てしまった!。 ああ! こんな事になるなら、今直ぐ帰りたいいっ!。
しゃがみ込んで頭を抱えている女――桃子だった。その周りだけ何やら只ならぬ重い空気が流れている。そう、桃子は流星とのデートは、指南役でもあるタブが一緒である事を考慮した上で、口にしたものだった。だが、今から現れる流星は、タブが居ない純正の流星だと、思っているのだ。それを考えてみれば今からのデート、否、デートとは言えない内容になるのは火をみるよりも明らかだった。
「な、何が『よろしく頼んだぜ』よ! あの馬鹿タブっ!」
タブの口真似をして毒を吐いた桃子が、大きな溜息を吐きながら立ち上がると、ひらひらと白いレースのスカートが揺れた。
「……にしても」
桃子は呟くと、目を閉じてタブの事を考えだす。少し大き目な鼠の縫いぐるみの姿をした変な生き物で、口は最悪ときている。だけどどこか憎めず、姿に似合わない男っぷりで、しかも強い。そもそも、あの実戦で得たような体術は何処で学んだのか、いまいち腑に落ちない。何より今までみてきたタブの姿と行動が一致しないのだ。それに最近、何故だかタブの姿の向こう側に、もう一人誰か別の者が存在している様な気がしてならない、と。
やがて、自分の向けられた多数の怪しい視線に気付く桃子。腕を組んで考え事をしていた桃子は片目で「何よ?」とその者達を威嚇すると、蜘蛛の子を散らした様に離れて行った。
くすくす。
そして遠くから投げ掛けられる失笑。その意味が桃子には分からなかったが、このあと現れるタブは直ぐに気付く事になる。
――ちっ、まさかのバス乗り間違いで三十分遅れてしまった! 大体、色んなとこに向かうバスの本数が多いんだよっ!。
怒りは顔に出せない。だが内心は、直ぐ近くに居る髪を金色に染め、チャラチャラした姿をしている男をぶん殴りたい気持ちで一杯だった。その気配を悟ったのだろうか、男が睨みを利かせて肩を風で切りながら、タブの方へと向かって来た。
「おい……お前、さっきから何だ? 俺に向かって生意気な視線くれやがって。 何か文句でもあるのか? ああん?」
下から上へと覗き込むように睨まれるタブ。普段であれば、「あ? 今直ぐお前を上空までぶっ飛ばしてやろうか?」等と言い返す所だが、今それは出来ない立場であった。
――ちっ、男をぶっ飛ばすのは容易だが、それを桃子にでも見られたらまずい。ここは耐えるしかないな。
と、沸き上がる感情を抑え、無表情を維持する。
「けっ、何も言えないビビり君の癖に偉そうに俺を見てるんじゃねえよ! これは社会勉強だと思って、有り難く受け取りなっ!」
拳を振り上げ、タブに殴り掛かろうとしたその時、男の腕は頭上で制止した。
「――なっ、何だっ!?」
「悪いけど、その人私の知り合いなの」
そのまま力任せに腕を下へと下ろされると、男の顔がみるみる内に苦痛に歪んだ。
「いててて! は、離せっ、この馬鹿力女!」
「はいはい、どーせ私は力しか取り柄の無い女ですよー」
男が「このおっ!」と何とか逃れ、桃子を睨んだ瞬間だった。「おっ!?」という表情を見せながら後ろに距離を取ると「いや……悪かったなお前」と、タブの肩をぽんと叩いて、そのまま何処かに行ってしまった。
「やっと来てくれた、結構待ったんだからね!」
「すま……ごめん」
危ない危ないと、自分を戒めながら桃子を見たタブは直ぐに驚きが顔に出そうになった。
――ちょ、ちょっと待て、桃子、お前なんつー恰好してんだ!? どおりで先程から、周りの奴等の嫌な視線を感じた訳だ!。
――桃子の背丈には見合わないと言っていい、袖元と襟元に白の大層なふりふりが付いたピンクのカーディガン。 アクセントのつもりなのだろうか、黒のリボンが胸元で悍ましく揺れていやがる。 中には白のシャツを着込み、紺色のスカートときた。 確かに鎖骨が見えるという所はポイントが高いのかもしれないが、そこに辿りつくまでに、蹴られたら痛そうな両太ももに強引に穿かせたであろうグレーのストッキングが俺の目を釘付けにしてやまねえ!。
――ま、まあそこは二三歩譲ってやる。 だがな桃子、その得体の知れない動物らしき種類が特定出来ねえ、怪しいポシェットは何だ!? それは一体何処で手に入れた!? っていうか、てめえさっきから不気味な顔して俺を見てるんじゃねえよ! 怖ええよ!
桃子の方をじいっと見る。すると桃子は「ん?」いう表情しながら首を傾げたので、タブはこのまま黙ってやり過ごす事にした。
「じゃあ……そろそろ行こうか、天野川」
少し恥ずかしながら改札口の方へ向かう桃子。 この時、タブは一瞬にして桃子の服装から頭を切り離し、精神を改札口に集中させた。 そうタブは今、「電車」という交通機関の乗り物についておさらい中だったのだ。
――落ち着け俺。まずは切符を買うんだ。確かあれが今回のターゲットの駅だった筈。ふっ、この乗り物に関するリサーチは完璧だ、何も恐れる事は無いっ!。
見事に切符を手にしたタブは満足そうに笑った。但し、桃子の見えない所でだ。その桃子は小さなカードを取り出すとそのまま自動改札機へと向かう。
――ま、待て桃子っ! 切符はどうした!? ま、まさかお前、あの機械を飛び越える気じゃないだろうなっ!? や、止めろ! 止めるんだっ! 桃子おおおっ!!。
ぴっ。
桃子は何の問題も無く、自動改札機の向こう側へ辿りつく。「え?」という顔をしそうになったタブだが、必死に無表情を取り繕うと、唾を飲み込んで自動改札機へ挑み始めた。
――近付いて来た! 固く口を閉ざした奴が近付いて来たぜっ! だが、俺にはこの「切符」という切り札がある! 今直ぐこれをお前のケツの穴にぶち込んで、その固い口を開かせてやるぜえっ!。
左手でぴっと切符を翳しながら、速足で自動改札機に突進して行くタブ。が、直ぐに桃子が「あ! 天野川っ!」と制止しようとした。タブが気付き「何だ?」と切符を投入口に入れ様とした瞬間、事件は起こった。
――お、俺の、き、切符を受け入れない……だとおっ!?。
切符は拒否され、勢いのついたタブは閉ざされた扉に体を阻まれると、そのままくの字になった。
――ぐふうっ!。
ぴんぽーん!。
そして、異常を知らす警報が鳴る。
「き、君っ! 大丈夫か!?」
駅員が慌てて駆け寄ってくる。そう、タブは出口専用の自動改札機へと挑んでしまったのだ。
「あ、天野川、何馬鹿な真似してるの!?」
桃子が呆れ顔をして、近寄って来る。その光景を見た者達が「何あれ?」という感じで、失笑していたが、それが、タブだけに向けられている訳では無い事を、この時の桃子はまだ知る由も無かった。




