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桜の木の下で  作者: 湖森姫綺
9/22

no.9

 ******



 田舎に来て数日が過ぎた。

 僕は傍から見ればここの暮らしに慣れてきているように見えるだろう。

 でも本当のことを言えば、ただなんとなくいるだけに過ぎない。

 年下の従弟たちは、夏休みに入ったというのに、サッカークラブの練習で朝早くからいない。

 おじさんやおばさんも田んぼや畑の仕事で忙しいし、大ばあちゃんも散歩に出かけると夕方まで帰らない。

 そんな中、大じいちゃんだけが僕を連れまわしていた。

 本当はほっといてほしいのだけれど、それを口にすることもできない。

 田んぼの間を歩いたり、畑の仕事を手伝わされたり、近所に行くのに連れて行かれる。

 僕はただそれに従うしかなかった。

 そういう中でボクが頻繁に現れるようになった。

 ━━いい加減にしろよ!━━ 

それまでに何度も、聞かされたセリフ。

 ━━お前、一体何考えてんだよ━━ 

 いつも無視しているうちにボクは、消えていく。

 ━━そっか、そうだよな。何も考えてないんだよな。いつまでそうやってるつもりだよ。俺が生まれた訳くらい考えたらどうだ━━

「そんなこと、どうでもいいよ。どうせ僕の中にだけいるんだし」

 ━━そうだな。他人には見えやしない。誰も何も言わないさ。でもお前がこのまま変わらなければ俺は成長していく。お前の体を乗っ取ることもできる。お前の意識を葬り去れる━━

「僕の意識……」

 ━━楽しみにしてるよ。あっはっはは━━ 

 ボクは、大声で笑いながら消えていった。

 僕の意識を葬るってどういうことだろう。

 こうして考えている僕がいなくなるってことなんだろうか。

 僕の体を乗っ取るって……。

 わからないことばかりだった。

 大体、僕が変わらなければ、ボクが成長していくってなんだろう。

 ボクが生まれた訳なんて、わかるわけないじゃないか。

 いつの間にか現れて、勝手に僕に命令しだして。


 縁側でそんなことをうつらうつら考えていた僕を見つけて、大じいちゃんが声を掛けた。

「琢磨、畑さ、行くぞ」

 またか……。

 今日は、朝早く手伝いしたのになぁ。

 新しく僕用にと、おばさんが買ってくれた帽子を被り、大じいちゃんについて、畑に入った。

「今度はこっちの草むしりだ。今のうちに終わさねーと雨が降ってくっから」

 僕は、カラッと晴れ渡った空を見上げた。

 こんなに天気がいいのに雨が降るんだろうか。

「さっさとやれや」

 大じいちゃんは、煙草に火をつけて、いつもの石に腰を下ろした。

 僕は、野菜の合間をぬって草むしりを始めた。

 ━━そうだ。そうだ。人に言われることをやってればいい。なにも考えずにな。はははっ━━ 

 ボクが顔を出した。

 嘲笑う歪んだ顔が目の前を過る。

 こんな風にボクの顔をしっかり見ることができたのは、初めてだった。

 ━━俺が形になりつつあるってことさ。こうして少しずつ俺は、お前を乗っ取っていくんだ━━ 

 唇の端が微妙に吊り上がり、鋭い二つの瞳が僕を睨み付けている。

 僕を乗っ取るつもりで、ボクは生まれたのだろうか。

 そんな思いが掠めた。

 ━━乗っ取るために生まれた訳じゃないさ。それは結果的に、これから起こることでしかないね。お前がこのまま過ごして、俺は、そんなお前の中で成長していく━━


「琢磨」

 大じいちゃんが声を掛けたので、ボクは消えてしまった。

「琢磨」

「なに?」

 僕は、立ち上がって、大じいゃんを見た。

 大じいちゃんが座った石の下には、何本も吸い殻が落ちていた。

「琢磨は、父ちゃんと母ちゃんが嫌いけ?」

 唐突な質問に、僕は戸惑った。

「嫌いけ?」

 僕か黙っていたので、大じいちゃんは、僕が二人を嫌っていると思ったようだ。

 正直なんとも思っていない。

「父ちゃんのことはわからんが、母ちゃんはな」

 大じいちゃんは、顎をクイッとした。

 草むしりを続けろということらしい。

 僕は、またしゃがみこんで草むしりを始めた。


「母ちゃんは、ちっこいうちに父ちゃんと母ちゃんに死なれたんだ」

 そのことなら僕も知っている。

 だから母方の祖父母がいない。

「わしとばーちゃんで育てたんだ。子供らん中では、一番利口だった。なんでもできたな。手がかからんで。ただ一番心配な子だった」

 あの人が心配?

「がんばり過ぎんだ。一人でなんでもやり過ぎる。人を頼りにするってことができねーんだ」

 母はホテルに勤めている。

 ルーム係とかいうパートとかじゃない。 

 企画部の部長なのだ。

 頑張らなきゃ、そこまで上り詰めることなんて、できなかっただろうな。

「なんでもがんばんのはいいんだ。けどな、一人の人間にできることなんか決まってんべ。それをわかろうとしねえ」

 そこで大じいちゃんは、また煙草に火をつけた。

「母ちゃんは、嫌いけ?」

「別に」

 嫌いでもないし、好きでもない。

「そっか」

 大じいちゃんは、そう言った後は、もう何も言わなかった。

 煙草の煙をゆっくり吐き出して、その行方をのんびり見ているだけだった。

 ━━嫌いだな、俺は━━ 

 ボクの低い声が、ずしんと響いた。

 ━━なんでもできるなんて大嘘じゃないか━━ 

 確かになんでもできるなんてことはないと思うよ。

 だけど仕事しながら、そこそこ頑張っているじゃないか。

 ━━何わかった口、聞いてんだよ。いつもお前を一人にしてたじゃないか━━ 

 そんなことないよ。

 夕食に帰れなければ支度をしていくし、学校のことだって、やってくれていた。

 ━━お前、満足してたのか?━━ 

 満足してたもなにも、僕はあの人がそれなりに頑張ってくれていたと思うだけだよ。

 ━━そうやって歪んでいったんだよな。気づかないうちに━━ 

 えっ?

 ━━お前、本当は嫌いなんだよ。満足なんかしてないんだ。もっと普通の母親でいて欲しかったんだよ━━ 

 普通の母親?

 ━━そうさ。家に帰ればお帰りを言ってくれるような母親さ。義務でお前に接するんじゃなくて、愛情で接して欲しかったんだよ。父親にしてもそうさ。ただ仕事して養うだけが父親かって本当は思ってるんだ━━ 

 僕は、何も言えなくなっていた。

 ━━言えばよかったんだよ。そんな親ならいらないって素直にな━━ 

 そんなこと言えるはずないじゃないか。

 あの人たちが僕を育ててくれたんだ。

 僕の親なんだよ。

 ━━だからなんだってんだよ。お前が一番欲しかったものを与えてくれなかった親なんて、くそくらえっだ━━ 

 そんな風に親に言っちゃいけないんだよ。

 どんなことがあっても親なんだから。

 ━━だからお前は、馬鹿なんだよ。だから俺が生まれたんだよ。そうやって、いい子ぶって親の顔色窺って、本当の心の声を無視して。いつまでも人の言いなりになってろよ。ただの人形でいろよ。そのうち俺が、お前の意識そのものを殺してやる。無意味だからな、お前の意識の存在は━━

 僕の意識の存在が無意味だって?

 意識を殺してやるだって?

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