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桜の木の下で  作者: 湖森姫綺
8/22

no.8

 食事がすんでしばらくすると、おばさんがお風呂に入るように言った。 

 僕は言われた通り、着替えを持ってお風呂場に行く。

 台所に入る。お風呂場は……。

 僕は立ち尽くした。

 台所は、テレビで見たことのあるカマドというのか、そういうものが土間の台所の中央にあった。

 大きな釜が円錐形の土でできたものの上に乗っていた。

 普通のガス台も流しの横にあるにはある。

 けれどそのカマドも現役なのだ。

 なぜなら、その下にある火を燃やす部分に、焼け焦げた薪があった。

 僕は、もう驚きというより信じられないものを見たような気になっていた。

「風呂はそこだから、入れ」

 冷蔵庫の中を覗いていたおばさんが言った。

 土間に冷蔵庫、妙なものだ。

 僕は、おばさんが指さした方を見た。

 そして固まった。

 台所の左手に三段の土の階段があった。

 その奥にタイルが見える。

 ドアがない。

 壁がない。

 うそ、だろ……。

「風呂から出たら、昼間、ようかん作っといたから、それ食べろ」

 おばさんが声を掛けてくれたので、僕はふっと自分を取り戻した。

 僕は、土の階段を登ってみた。

 そのままタイル張りの洗い場がある。

 どこで服を脱げばいいんだ。

 辺りを見回して、風呂場の手前に籠があるのに気が付いた。

 ここに入れるのか。 

 でも仕切りがなにもないんだ。

 丸見えじゃないか。

 僕は戸惑いながらも、台所を出てしまったおばさんの後ろ姿を見送って、服を脱いだ。

 洗い場に上がって、丸い木製の蓋を開ける。

 そしてぎょっとした。

 鉄でできた大きな鍋のような風呂。

 ━━おい、そこに入るのかよっ━━

 突然、ボクの声が頭の中一杯に響き渡った。

 ━━ホントに入るのかよ━━

 でもこれがお風呂なわけだし……。

 ━━信じらんねーよな。そのうち、煮て食われちまうんじゃねーのか?━━

 まさか……。

 僕は、その鍋のような湯船からお湯を汲んで、体を洗ってからお湯に浸かった。

 大なべの底には板が敷かれていた。

 周りの鉄の部分は、かなり熱くなっている。

 真ん中に静かに座ったまま、動けなかった。

「琢磨、ぬるくないか?」

 大じいちゃんの声がした。

「大丈夫」

 これ以上、熱くされたら、ホントに煮て食べられてしまうような気がした。

 落ち着かず、僕は、すぐにお風呂からあがってしまった。


 着替えを済ませて、茶の間に行くと、炬燵に座ってテレビを見ていたおばさんが

「もう出たんか。そんじゃ、今、ようかん出してきてやっからな」

 そう言って台所に入っていった。

 僕はもう食べる気がしなかったが、それを言う暇もなかった。

 おばさんは、またまた大皿に山盛りのようかんを持ってきた。

 ここじゃ、なんでもこうして大盛りにするんだろうか。

「うまいぞ。この牛乳ようかんは」

 おじさんがそう言って、自分の前の小皿に一つようかんを取った。

 それを僕に渡し、自分は大皿から直接取って食べ始めた。

 僕は目の前にある真っ白でプルンとした、それを見つめた。

 ようかんと言うから、小豆色のものを想像していた。

 でもそれは、牛乳で作られたようかんで、つるんとした面が艶やかに光っている。

 豆腐のようにも見えるし、それよりも、もうちょっと滑らかかもしれない。

 でも牛乳でようかん?

 僕はそれに少々の抵抗を感じた。

「うまいぞ、食え」

 尻上がりに言うおじさんに、僕は小さく頷いて、それを口にした。

 ほのかに牛乳の香りがする。

 買ってきたようかんほど甘くなく、丁度いい甘さだった。

 意外においしい。

「うまいだろ?」

「うん」

 今度はしっかり頷いていた僕だった。

「俊も和も食べねーんだ。買ってきた菓子ばっかし食っててな」

 買ってきたスナック菓子もそれはそれでおいしい。

 けれど僕は、この牛乳ようかんのなんとも滑らかな舌触りと優しい味に惹かれてしまっていた。


 それから一時間ぐらいテレビを見てから、おばさんが敷いてくれた布団に入った。

 土間のある茶の間から二十センチほど高くなった座敷と呼ばれる部屋だ。

 その南側に縁側がある。

 縁側と部屋の仕切りは障子。

 今は真っ暗になった縁側がその向こう側にあるだけだった。

 従弟たちは、縁側の突き当りから渡り廊下を渡って、先にある建物に寝ているらしかった。

 そちらがおじさんとおばさんの家ということか。


 今日一日にいろんなことがあり過ぎた。

 ずっと何もなかった僕には、心の整理がつかないくらい多い。

 田舎に着いて、大じいちゃんと散歩して、墓地を怖いと思ったのも多分初めてだろう。

 いつも食べているマメがあんなふうになっていることを知ったのも今日だ。

 緑の匂いをいい匂いだと感じたのも初めて。

 台所や風呂場に戸惑ったのも今日だ。

 ここに大じいちゃんの家族は、住んでいる。

 全く不思議も感じずに暮らしている。

 おしゃれで働き者の母は、ここで育ったのだろうか……。

 僕は、ゆっくりと降りてきた睡魔に憑りつかれ、いつの間にか眠りについていた。

 静かな夜だった。

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