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桜の木の下で  作者: 湖森姫綺
7/22

no.7

 ******


 もう外が暗くなった頃、従弟たちが帰ってきた。

 俊之も和之も少年サッカークラブに入っていて、いつもこの頃に帰ってくるという。

「腹減ったー。早く飯!」

 俊之は体が大きかった。

 歳は僕より一つ下なのに、僕より体格がいい。

 その反対に弟の和之はそれほど大きくはなかった。

 二人とも髪を短く切っている。

 スポーツをするせいか。

「ほれ、俊も和もちゃんと琢磨に挨拶しろ」

 炬燵に座っていた大ばあちゃんが言った。

「こんにちは」

「こんにちは」

 二人は、声を合わせて、ペコリと頭を下げた。

「こんにちは」

 僕が挨拶したところに、おじさんが表戸から入ってきた。

「おっ、帰ったのか。さっさと風呂入っちまえ。きったねーぞ」

 確かに二人のユニフォームは泥と埃にまみれていて汚い。

 しかも顔のあちこちに多分、汚れた手で擦ったのだろう跡があった。

「飯、食ってからー」

「腹、減ってんだよー」

「そんな、こきたねーやつには、飯、やんねーぞ」

 おじさんに言われて二人は渋々、台所のほうに行ってしまった。


 すぐに二人がお風呂に入って、騒いでいる声が届く。

 水の音も豪快だ。

「これー、お湯、零すんじゃねー」

 台所のおばさんの声が聞こえた。

 昼間とは打って変わって、随分賑やかだった。

 二人がお風呂からあがって、夕食になった。

「食べろ、琢磨。遠慮すっことねーかんな。こうゆーのは嫌いか?」

 別に嫌いなものなどない。

 ただ食卓、と言っても今まで座っていた炬燵だけれど、そこに並んだものを見て、圧倒されているだけだった。

 食卓の上には、よくラーメンが入れられる丼に山になったお漬物、大皿に多分、僕が採ってきたサンドマメが入った野菜炒め、これも山になっている。

 煮物も大盛りだ。

 そして鮭の塩焼きまでもが、大皿に重なりあって乗っている。

 僕が戸惑っている間にも、目の前で俊之と和之は、大盛りのおかずを、大盛りのご飯の上に取りながら食べ始めていた。

「あっ、皿出してやっからな」

 おばさんがそう言って、小皿を僕の前に置いた。

 要するにここに取って食べろということらしい。

 中華料理なら、わかるけど……。

「和、こぼしてっぞ」

 おじさんが言う。

「まったく和は食い方が下手なんだなあ」

 おばさんが続けて言った。

「うるせー」

 和之は、こぼれたご飯を手で拾うと口に放り込んだ。

 なんだか食欲がない。

 自分の目の前にある、ご飯が山盛りになった茶碗を見つめた。

「琢磨、魚、とってやっか」

 横に座っていたおじさんが鮭を一つ、僕の小皿に取ってくれる。

 食べたくはなかったけれど、僕はそれに箸をつけた。

 出されたものを残すのは失礼になると、僕は母に教えられていた。

 それに従ったまでのことだ。

 ご飯を半分くらい食べるともう満腹だった。

 けれど無理に全部お腹の中に収めた。

 名前なんかわからない葉っぱの入ったみそ汁も飲み干した。

「ごちそうさま」

「もういいんか?」

 おじさんに聞かれた。

 これ以上、もう入らないよ。

 僕は頷いた。


 そんな僕の前で、俊之と和之がお代わりをして食べていた。

 げんなりした。

 皆、僕のわからない近所の話をしている。

 その会話を聞いているうちに、西や東というのが苗字ではなく、単に西の方角、東の方角の誰さんっという使い方をしているのだと理解できた。

 従弟たちもサッカーの話に夢中だった。

 皆が食事を終えて、おばさんが片づけを始める。

 僕は自分で使った食器を持って立ち上がった。

「琢磨、いいよ」

 おばさんが言う。

 僕の家では、自分で使った食器は、自分で流しに運ぶことになっている。

 もっとも父は、別だと思うけれど。

 ハッキリしたことがわからないのは、ここ数年、父と食事をしたことがなかったからだ。

 父はいつも十一時過ぎにしか帰ってこない。

 たまに食事をしているところを見るが、多分片付けなどはしないだろう。

 母も父と同じように仕事を持っているのに、やはり家事は母任せなのだ。

 それを今まで別段、気にも留めなかった。

 けれど僕が登校拒否をはじめて、母だけが僕のことをしているのを見て、疑問に思うようになっていた。

 父ほど夜遅くまで仕事をしていることは少ない。

 けれど母も仕事をしているのは確かだし、夜遅くまで仕事をしてこないのは僕がいて、食事を作ったりしなければならないからだろう。

 なぜ母だけが仕事と家事をしなければならないのか。

 家事だけじゃない。

 家のすべての用事と僕のことも母がやっている。

 父に仕事を休んでまでやってほしいとは思わないけれど、そんなに働いている母を思いやるくらいのことはあっても当然なんじゃないかと思う。

 でもやはりそれは、父と母の間のことで、僕は関係ないのかもしれない。

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