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桜の木の下で  作者: 湖森姫綺
6/22

no.6

 外の暑さとは裏腹に家の中は涼しかった。

 僕は麦わら帽子を脱いで、それを納屋のもとあった場所に戻してきてから、家に上がった。

 外を歩いたせいか、背中に汗をかいていた。

 それが部屋の涼しさでひんやりしてくる。

 けれど着替える気力もなかった。

 大じいちゃんとおばさんは、また外に行ってしまったのか、声もしないし、物音ひとつしなかった。

 シーンと静まり返った家の中にいると耳が痛いような気がしてきて、僕は外に出た。


 縁側に座る。

 日当たりのいいそこは少し暑かったが、なぜか居心地がよかった。 

 ぼんやり庭を眺めていた。

 名前なんてわからないけれど、いろんな花が咲いている。


 ━━お前、そこで何してるんだよ━━

 突然、僕の中のボクの声がした。

 ━━マメなんか取ってさ。ばっかみてぇ━━

 ボクが僕をなじる。

 僕は何も言えない。

 ━━くっだらねーことしてんなよ━━

 そうかもしれない。


 近くに何も見当たらない。

 お店も本屋も当然ゲーセンもない。

 何をして過ごせばいいのかわからなかった。

 だからと言って帰る気もしない。


 それに学校とは違う。

 ボクがもし帰ろうと言っても、簡単に帰れるわけじゃない。

 お金は持っている。

 電車賃も小遣いも持たされている。

 もっとも小遣いを使う場所もないか。

 とにかく帰るにしてもここから駅まで車で一時間はかかるんだ。

 そんな距離をどうやって帰ればいいのか。


 ━━なんでこんな何もないとこに来たんだよ━━

 僕は答えられなかった。

 別に来たくて来たわけじゃない。

 理由を探すとすれば家にいるのがつまらなかったからだ。

 ━━いつまでこんなとこにいるつもりだよ━━

 そんなことはわからない。

 ━━まっ、どこにいたって同じだけどな。かわんねーよ━━

 変わらないね。


 家にいたって何も楽しいことはない。

 ここと大して変わらないんだ。

 僕はボクの言うことに同調していた。

 こんなところに長居をしたいという気持ちがあったわけじゃない。

 けれど帰る気にもなれなかったのだ。

 ほかにどうしたいという欲求もない。

 なにもしたくない。

 それだけだった。


 ボクはいつの間にか消えていた。

 僕は縁側に座ってぼーっとしている。

「琢磨、何してんだ」

 顔をあげるとおじさんがいた。

「別に」

「また別に、か。もう帰りたくなったんか?」

「ううん」

「そっか。よかった。来て早々、帰りたいって言われたんじゃ、たまんねーからな」

 おじさんはつなぎのポケットから煙草を出して火をつけた。

 ふーっと吐き出された煙は、辺りの空気に吸い込まれて消えた。

「なんにもねーけど、ここはここでいいとこなんだぞ。まぁ、俺も若いころはなんでもありそーな都会に憧れたけどな」

 僕は何も言わなかった。

 確かに都会にはなんでもあるけど、それのどこにも魅力を感じない。

「だけどさ、今じゃ、ここが一番だと思ってんだ。都会にはなんでもあっかもしれんねーけど、俺はここで大切なもん見つけちまったかんな」

 大切なもの?

 それって一体なんだろう。

 おじさんは、目を細めて足元を見た。

「探してるもんなんて、意外と近くにあったりすんだ。それに気づかなかったりする。若いうちはな」

 僕は何か探しているものがあるんだろうかと考えた。

 特別思い当たらない。

 今、欲しいと思うものも何もなかった。

「まっ、わかる時がくればわかる。そんなもんだ」

 おじさんは煙草を足で揉み消した。

「暑いから、うちん中にいたほうがいいぞ」

「うん。でもここでいい」

「んじゃ、麦茶でも持ってきてやっから」

 おじさんはそう言って、すぐに冷えた麦茶を持ってきてくれた。

「腹、空いたら、適当にその辺にあるもん、食えよ。遠慮することないかんな」

「うん」

 おじさんは、納屋のほうに姿を消した。

 僕は麦茶を飲んだ。

 喉を通る冷えた液体が胃に届くがわかった。


 ニャー。

 庭の木々の陰から三毛猫が顔を出した。

 僕の姿を見て、そこで立ち止まっている。

 じっと見つめる目の片方が濁っていた。

 どうしたんだろう。

 普通じゃない。

 三毛猫は、こちらに来るのを諦めたのか、また木々の陰に隠れてしまった。


 はーっ。

 大きく溜め息を着いた。

 何があるわけじゃないけれど、僕はここにいたいのかもしれない。

 少なくとも家に帰るよりはましだと思っている。

 見上げた空がとても遠くに見えた。

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