no.6
外の暑さとは裏腹に家の中は涼しかった。
僕は麦わら帽子を脱いで、それを納屋のもとあった場所に戻してきてから、家に上がった。
外を歩いたせいか、背中に汗をかいていた。
それが部屋の涼しさでひんやりしてくる。
けれど着替える気力もなかった。
大じいちゃんとおばさんは、また外に行ってしまったのか、声もしないし、物音ひとつしなかった。
シーンと静まり返った家の中にいると耳が痛いような気がしてきて、僕は外に出た。
縁側に座る。
日当たりのいいそこは少し暑かったが、なぜか居心地がよかった。
ぼんやり庭を眺めていた。
名前なんてわからないけれど、いろんな花が咲いている。
━━お前、そこで何してるんだよ━━
突然、僕の中のボクの声がした。
━━マメなんか取ってさ。ばっかみてぇ━━
ボクが僕をなじる。
僕は何も言えない。
━━くっだらねーことしてんなよ━━
そうかもしれない。
近くに何も見当たらない。
お店も本屋も当然ゲーセンもない。
何をして過ごせばいいのかわからなかった。
だからと言って帰る気もしない。
それに学校とは違う。
ボクがもし帰ろうと言っても、簡単に帰れるわけじゃない。
お金は持っている。
電車賃も小遣いも持たされている。
もっとも小遣いを使う場所もないか。
とにかく帰るにしてもここから駅まで車で一時間はかかるんだ。
そんな距離をどうやって帰ればいいのか。
━━なんでこんな何もないとこに来たんだよ━━
僕は答えられなかった。
別に来たくて来たわけじゃない。
理由を探すとすれば家にいるのがつまらなかったからだ。
━━いつまでこんなとこにいるつもりだよ━━
そんなことはわからない。
━━まっ、どこにいたって同じだけどな。かわんねーよ━━
変わらないね。
家にいたって何も楽しいことはない。
ここと大して変わらないんだ。
僕はボクの言うことに同調していた。
こんなところに長居をしたいという気持ちがあったわけじゃない。
けれど帰る気にもなれなかったのだ。
ほかにどうしたいという欲求もない。
なにもしたくない。
それだけだった。
ボクはいつの間にか消えていた。
僕は縁側に座ってぼーっとしている。
「琢磨、何してんだ」
顔をあげるとおじさんがいた。
「別に」
「また別に、か。もう帰りたくなったんか?」
「ううん」
「そっか。よかった。来て早々、帰りたいって言われたんじゃ、たまんねーからな」
おじさんはつなぎのポケットから煙草を出して火をつけた。
ふーっと吐き出された煙は、辺りの空気に吸い込まれて消えた。
「なんにもねーけど、ここはここでいいとこなんだぞ。まぁ、俺も若いころはなんでもありそーな都会に憧れたけどな」
僕は何も言わなかった。
確かに都会にはなんでもあるけど、それのどこにも魅力を感じない。
「だけどさ、今じゃ、ここが一番だと思ってんだ。都会にはなんでもあっかもしれんねーけど、俺はここで大切なもん見つけちまったかんな」
大切なもの?
それって一体なんだろう。
おじさんは、目を細めて足元を見た。
「探してるもんなんて、意外と近くにあったりすんだ。それに気づかなかったりする。若いうちはな」
僕は何か探しているものがあるんだろうかと考えた。
特別思い当たらない。
今、欲しいと思うものも何もなかった。
「まっ、わかる時がくればわかる。そんなもんだ」
おじさんは煙草を足で揉み消した。
「暑いから、うちん中にいたほうがいいぞ」
「うん。でもここでいい」
「んじゃ、麦茶でも持ってきてやっから」
おじさんはそう言って、すぐに冷えた麦茶を持ってきてくれた。
「腹、空いたら、適当にその辺にあるもん、食えよ。遠慮することないかんな」
「うん」
おじさんは、納屋のほうに姿を消した。
僕は麦茶を飲んだ。
喉を通る冷えた液体が胃に届くがわかった。
ニャー。
庭の木々の陰から三毛猫が顔を出した。
僕の姿を見て、そこで立ち止まっている。
じっと見つめる目の片方が濁っていた。
どうしたんだろう。
普通じゃない。
三毛猫は、こちらに来るのを諦めたのか、また木々の陰に隠れてしまった。
はーっ。
大きく溜め息を着いた。
何があるわけじゃないけれど、僕はここにいたいのかもしれない。
少なくとも家に帰るよりはましだと思っている。
見上げた空がとても遠くに見えた。