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桜の木の下で  作者: 湖森姫綺
5/22

no.5

 砂利道をしばらく歩くとアスファルトの道に出た。

 そこを軽トラックが走ってきて、大じいちゃんの前で停まった。

 窓から顔を出したのは五十くらいのおじさんだった。

「コウさん、散歩かい?」

「ああ。曾孫が来とるんで一緒にな」

「聖美ちゃんとこの孫さんかい?」

「そっだ。あったまええで、私立のがっこさ、行ってんだ」

「ああ、そうだってな。もう夏休みかい?」

 おじさんは僕のほうを見て言った。

 僕はコクンと頷いた。

 別に休みじゃない。 

 でも否定してまで話す気もしなかった。

 大じいちゃんも何も言わなかった。

「んじゃな」

 軽トラックはスーッと走り出して行った。

「東の仁さんだ」

 東の……?

 西だの、東だのと方角そのままの苗字が多いのかなと僕は思った。


 アスファルトの道路を家に戻って行く。

 家の西側にある畑の奥に入った。

 緑のふさふさした木がある。

 木なのか草なのか、僕の胸のあたりまでの高さだ。

 こいつはなんだろうと思っていると大じいちゃんが答えてくれた。

「そりゃ、アスパラだ」

 アスパラ? 

 サラダに入ってるやつ?

 あれがこんなになるのか。

 サヤサヤと風に動くアスパラの木々を眺めながら歩いた。


 家の北側にある防風林の近くに妙な音を立てている小屋があった。

 トタンが被せられた木の小屋。

「ポンプ小屋だ」

 なんのポンプだろう。

「こっから地下水を汲み上げてんだ」

 地下水か。


 大じいちゃんは尻のポケットからビニールの袋を取り出して、僕に差し出した。

「ほれ、これやっからそこのサンドマメ取ってこー」

「えっ?」

 サンドマメって……?

 畑にはいろんな野菜が植えられていた。

 見てわかるものは……プチトマト。

 これだけだ。

 あとはほうれん草のような葉っぱとか、笹を組み合わせたところに絡まっている植物とか、サラダになって出てくるヒラヒラした葉っぱのふちが茶色の奴なんかがある。

 マメなんてどこになってるんだよ。

 僕が戸惑っていると大じいちゃんが先に畑に入っていった。

 笹を組み合わせたところに絡まっている植物の前に来ると立ち止まる。

「これがサンドマメだ。そっちのがインゲン」

 僕は枯れた笹の枝に絡まった緑の中を覗いてみた。

 あっ、なっている。

 こいつはみそ汁や炒め物に入っている奴だ。

 枝豆が平らになってつるんとした奴。

 こいつをサンドマメって言うのか。

 マメは見つかった。

 でもどうやって取ればいいんだ。

「ほれ、これを取ればいいんだ。この袋に半分くらい取ればいい」

 大じいちゃんはマメを三個取って、僕が手にした袋に入れた。

 そっか。

 マメの付け根を手で切ればいいんだな。

 僕は緑の中に手を突っ込んでマメを取った。

 プチンっと音を立ててマメを取る度にいい匂いがする。 

 緑の匂いだ。

 それをいい匂いだと感じる自分が不思議だった。

 いつの間にか袋の半分くらいまでマメが入っていた。

「そんくらいでいいべ。あとはインゲン取れや」

 大じいちゃんは畑の中にある大きな石の上に腰掛けて、煙草を吸っていた。

 僕にやらせて休憩か。

 まっ、いい歳だもんな。


 僕は大じいちゃんに言われた通り、さっきインゲンだと教えてもらった隣の笹に絡まった植物の前に来た。

 インゲンってやつはどれだ。

 僕は緑の中を覗き込む。

 ひょろひょろっと長いものが幾つも下がっている。

 ああ、こいつか。

 よく胡麻和えになって出てくる奴だ。

 僕はそいつを取り始めた。

 サンドマメよりこいつのほうが茎が固い。

 取るのに力がいった。 

 親指と人差し指が痛くなった。

 それでもあっと言う間に袋は一杯になってしまった。


「そんじゃ、行くか」

 大じいちゃんがよっこらしょと掛け声を掛けて立ち上がる。

 僕は黙って、また後を着いていった。

 家の庭に出て、建物をぐるりと回り、台所の外にある水道のところで大じいちゃんが言った。

「そいつはそこに置いとけ」

 僕は下げていたマメの袋を水道の横に置いた。


 納屋の横に繋がれていた犬がのっそり起きてきた。

 ここに着いたときは、全然気がつかなかった。

 茶毛の中型犬。

 人間でいうなら眉のあたりに、こげ茶色の斑点が着いていた。

 僕を見ても吠えない。

 フンっと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。

 こいつ、僕を無視したのかな。

「チビだ」

 チビっていうのか。

 その割にでかい。

 チビの家は、小さな冷凍車の荷台の部分だった。

 こんなものに住んでいるのか。


 その横には鶏小屋がある。

 その小屋の横には牛小屋があった。 

 鉄柵が横に渡してあって、その中に大きな体をした牛が一頭ずつ、三つの部屋にそれぞれ入っている。

 その小屋の奥に入口があって、どうやらその向こうに牛が出られる広場があるらしい。

 牛たちは知らん顔で寝ていた。


 家と牛小屋の間に道があって、それは北側の道路に繋がっているようだった。

「そろそろ子供らも帰ってくんべ。うちさ入って待ってろ」

 僕は表に回り、家に入った。

 おばさんが一人でいた。

「あれ、散歩から帰ったんか?」

「うん」

「大じーちゃんは?」

「まだ外にいた」

 台所のほうから、その大じいちゃんの声がした。

「マメ、採ってきたぞ」

 それを採ったのは僕だよ。

 おばさんは返事をしながら台所に入ってしまった。

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