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桜の木の下で  作者: 湖森姫綺
4/22

no.4

 大じいちゃんの後について外に出る。

 大じいちゃんは納屋の前に掛かっている古ぼけた麦わら帽子を手に取った。

 一つは自分で被り、もう一つを僕に差し出した。

「被れや」

 所々擦り切れていて、かなり使い込んだものだとわかる。

 僕は首を振った。

 もともと帽子を被るのは好きじゃない。 

 余計に暑く感じるし、うっとおしい。

 それに正直言って、こんな汚い帽子は被りたくなかった。

「こんな日に帽子もなしで歩いたら、病気になっぞ」

 大じいちゃんは僕に有無を言わせず、それを手渡した。

 僕は観念してそれを被る。


 すると大じいちゃんは何も言わずに歩き出した。

 アスファルトの道路を少し歩き、横道に逸れる。

 道といっても砂利道で真ん中にずっと草が生えた筋が出来ていた。

 車のタイヤが通るところだけが砂利になっているようだった。


 そこをしばらく歩くと大じいちゃんはぐるりと木に囲まれた暗い墓地に入った。

 僕も大じいちゃんの後に続いて、入っていく。

「墓だ」

 墓なのは見てわかる。

 なんか薄暗くて、こんな天気がいいのに地面がしっとりと湿気を帯びていた。

「こっちがうちの墓だ」

 尻上がりの独特な話し方で大じいちゃんは西側を指して言った。

「あっちが新宅、そっちが本宅だ」

 シンタクだの、ホンタクだのと言われてもわからない。

 どうして苗字を言わないんだろう。

「ここにご先祖さんが寝とるんだ」

 僕はそれを聞いて鳥肌が立った。

 考えてみれば墓地なのだ。

 しかも墓石は角も丸みを帯びて地面に近いほどひどく苔むしている。

 どうみても何代か前からのものだろう。

 ということはだ。

 火葬されない死体がそのまま埋められているかもしれない。

 三方に五体ずつの墓石、北側に三体のお地蔵様が彫られた石がある。

 この三方の墓石ひとつに一人としても十五体は埋まっていることになる。

 僕はぐるっと見回して、身震いした。

 もし全部そのまま埋められていたとしたら、今、僕が立っているこの地面の下にも、死体があっておかしくない。

 そのくらいのスペースしかないのだから。

「そっちのは水子さんだ」

 ミズコ?

 大じいちゃんはお地蔵様が彫られた石を指して言った。

「生まれてこんかった赤ん坊の墓だ」

 ああ、そういうことか、と僕は納得した。

「一番右のは、お前の母ちゃんの姉ちゃんの墓だ」

 母には生まれてこなかった姉がいたのか。

 大じいちゃんが墓地を出ていった。

 僕も小走りにそこを出た。

 陽のあたる砂利道に出て、ほっとする。

 墓地が陰気なのは珍しいことじゃないとは思う。

 でも木に囲まれたそこだけが空気まで違っていた。

 テレビのCMでもどこかで見かけたパンフレットでも、なんとかメモリアルとか言って、小高い丘陵地に造られた墓地があり、景色として楽しめるくらい明るくて美しい場所というイメージが僕の中にあった。

 ここはそれとは世界がまったく違っていた。

 まるで肝試しをする場所のようだった。


 僕がそんなことを考えているうちに大じいちゃんは、どんどん進んで行ってしまう。

 腰が曲がっている割には歩くのが早い。

 しかも杖もつかずに、この砂利道で。

 僕は小走りになり、大じいちゃんに追いついた。

 右手に真新しい二階建ての家があった。

「ここは新宅の長男坊のうちだ。なんもでっかいうちがあんのにこんなとこさ、建てんでもいかんべな」

 僕には関係のないことだった。

 そこに誰が住んでいようと、どこの誰が家を建てようと。


「ほれ、その木さ、触んな。かせっぞ」

 えっ?

 道の脇に葉の付け根が赤くなっている細い木が何本も立っていた。

「うるしだ。その赤くなってるやつは触んなや」

 うるしって、あの漆塗りとかいうのに使うやつなんだろうか。

 そんなことを考えて眺めた。


 砂利道は右手に緩いカーブを描いていた。

 そこを進んでいくと田んぼの真ん中に出た。 

 田んぼの稲はもう僕の膝のあたりまで伸びている。 

 道の左側に防風林が見えてきた。

 その向こうに家が建っている。

 家の裏手だからか農機具が乱雑に置かれていた。

 見て名前のわかるものがいくつかあるだろうか。

 クワ……だけだ。

 なにかの写真か絵でみたことはあるんだけれど。

 あんなもの今でも使うんだろうか。


「ほれ、あっちにうちが見えっぺ」

 大じいちゃんが右手をあげた。 

 田んぼの向こうに家の垣根が見える。

 道がカーブしているから、いつの間にか家の南側に来ていたんだ。 

 田んぼの真ん中に畦道があって、そこを通れば一直線で家まで行けるようだった。

 でも大じいちゃんはそちらには行かず、また砂利道を進み始めた。 

 どこまで行くんだろう。

 僕はなんだか疲れたなと思いながらも、黙ってついていった。

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