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桜の木の下で  作者: 湖森姫綺
22/22

no.22

 ******



 それからお通夜だの、お葬式だのと、近所の人達が取り仕切る中、それらは厳かに進められた。

 九十まで生きた大じいちゃんは、天寿を全うし、穏やかな旅立ちをしたのだった。

 お葬式の翌々日、母さんは、そろそろ仕事に戻らなければならないと帰ることになった。

「琢磨も連れて帰るのか?」

 僕がまだ布団の中にいる時だった。

 おじさんと母さんが縁側で話しているのが聞こえてきた。

「ええ。今はあの子の側にいたいの」

「そっか。大じーちゃんもいなくなって、琢磨までいなくなると寂しくなるな」

「ごめんなさいね。勝手なことばかり」

「いや、いいんだ。琢磨はお前の子だ。しっかりやれや」

「ええ」

 しばらくして僕は、母さんに起こされ、その日の夕方、帰ると聞かされた。

 僕は黙って頷いた。

 帰る用意をしておくように言われたけれど、来た時もバッグ一つだったのだ。

 特別まとめなければならないものなどなにもない。


 朝食が終わって、僕は麦わら帽子を被って外に出た。

 納屋の前から竹の籠を持ってくると畑に行く。 

 思ったほど草は生えていなかったけれど、小さなものがポツリポツリと出てきていた。

「土がいいんだよね、大じいちゃん」

 僕はそう呟いて腰を降ろした。

 地面の感触が気持ちいい。

 抜いた草が放つ匂いもまた心地いい。

 大じいちゃんの畑は、今も生きているんだ。


 僕は、気になる草をすべて抜いた後、笹の枝に絡まっている緑の中を覗いてみた。

 艶やかなマメが幾つも下がっている。

 ずっと採っていなかったから、随分大きなものまである。

 外の流しに置いてあるザルを持ってくるとマメを採り始めた。

 初めてマメの香りを嗅いだのは、いつだったかな。

 なんだか随分前の事のように思えた。

 大じいちゃんが育てたマメだ。

 採って食べなきゃ、もったいないよな。

 僕はザル一杯になったマメと雑草の入った籠を持って、台所に行った。

 お昼の用意をしていたおばさんにザルを差し出す。

「大きくなってたから、採ってきたんだ」

「あれ、そうか。もうこんなに大きくなってたんか。気が付いてくれて助かったわ。あんまり大きくなったんじゃ、うまくなくなる」

 大きくなりすぎてもいけないんだ。

 採ってきてよかった。

「それ、これさ入れて、琢磨、持って帰るといい。そんくらいなら重たくないべ」

 台所に入ってきたおじさんが、引き出しの中から袋を出して言った。

「そうだね。スーパーのよりはおいしいよ。採りたてだから」

「ありがとう」

 僕はおじさんから貰った袋にマメを入れて、自分の荷物と一緒にした。


 それから大じいちゃんの桜の木を見に行った。

 今日はそれほど蝉は鳴いていなかった。 

 夏の暑い日差しを浴びている桜の葉は、時々サラサラと音を立てた。

 僕は、そんな桜の木をしばらく見上げてから家に戻った。

 既に支度を整えていた母が待っていた。

「あなたの荷物も、もう車に乗せたわよ。そろそろ行かないと新幹線に遅れちゃうから」

「うん」


 炬燵に座ったきりの大ばあちゃんが、気掛かりだった。

 お葬式の後、ずっとこうしている。

「心配すんな。だいじだ。いないことに慣れれば元気になる。さぁ、行くぞ」

 僕は大ばあちゃんに挨拶してから外に出た。

 見送りに出てくれたおばさんと従弟たち、そしてまだしばらくいるという横浜のおばさんにさよならを言った。


 車は、まっすぐ駅に向かった。

 ギラギラ照り付ける太陽がアスファルトの道路を歪ませるくらい暑かった。

 駅に着いて僕は、自分の荷物を持つと先に立った歩いた。

 後ろからくるおじさんと母さんの会話が届く。

「琢磨、来た時とは違ったな」

「ええ。ほんの少しだけど表情が違うわ。ここに来た事、よかったみたいね。大じいちゃんに感謝するわ。皆にも。きっとまた元の琢磨に戻ってくれるわね」

 僕は母さんのその言葉を聞いて俯くと笑った。

 違うよ、母さん。

 僕は元の僕に戻るんじゃない。

 変わるんだ。

 本当の僕になるんだよ。

 僕は心の中で呟いた。

 顔を上げた先にキヨスクが見えた。

 僕の視線を捉えたのは、ここに来た時にも目を引いたパズルだった。

 僕はポケットから財布を出してキヨスクのおばさんに声を掛けた。

「これ、ください」

 掌に乗る小さなパズル。

 カラフルなパネルの数字。

「琢磨、行くわよ」

 切符を手にした母さんが呼んでいた。

 僕は、手にしたパズルをジーンズのポケットに入れると、改札にいる母さんのところへ小走りで行った。

「琢磨、また遊びに来いな」

「うん。おじさん、お世話になりました」

「いや、こっちこそ。元気でやれや」

「はい」

 僕はしっかり頷いてから、母さんと改札を入った。



 ******



 大じいちゃんと過ごした夏から六回目の春。

 あの頃と変わらない桜の木を見上げる。 

 爽やかに春の風が満開の花びらを散らす。

 踊り舞う桃色の花びらを見つめて、僕はそこに大じいちゃんがいるのを感じた。

「来たよ、大じいちゃん。一緒に桜の花を見る約束だったもんな」

 ふわりと袖に一枚の花びらが乗った。

 それを手にする。

「綺麗だな。ほんとうに綺麗だ」

『誰のためでもねえ。自分のためにでっかくなったんだ。自分のために生きてっから花も綺麗だって言われて、強いとも言われんだべな』

 大じいちゃんの言葉が蘇る。

『琢磨が桜の木とおんなじだったら、いいのにな』

 答えを見つけたよ。

 僕は僕のためにあるんだ。

 僕は僕の選んだ道を歩き始めたんだ。

 きっと叶えてみせるよ。

 スーッと背中を押すようにして、柔らかな風が吹き抜けた。

 桜の花びらを揺らし、桃色の吹雪が僕の周りを舞った。


                   完                   

このお話はこれで終わりです。

最後まで読んでくださったかた、心から感謝いたします。

ありがとうございましたm(__)m

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