no.20
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その日の午後、大じいちゃんの様態が急変。
一晩付き添いをした僕と母さんは、タクシーで家に戻っていたけれど、おじさんからの電話でおばさんの車で、従弟たち、大ばあちゃんで、病院に行くことになった。
大ばあちゃんは、元々体が弱いから、風邪がうつってはと皆が連れて行かなかったのだ。
でももうそう言っていられない状態らしい。
皆がバタバタ身支度をしておばさんの車に乗った。
皆が病院に着いた時、病室からお医者さんが丁度出てくるところだった。
おじさんとおばさんは、お医者さんと行ってしまった。
「横浜じゃ、今晩来るって言ってたんだけんどな」
大じいちゃんのベッドの横の椅子に座りながら、大ばあちゃんが言った。
「もってくれるといいわね」
母さんが静かにそれに答えた。
看護師さんが大じいちゃんの体に繋がる何本かのコードを確認して、頭を下げて病室を出て行った。
ベッドの頭側にある機械が大じいちゃんの心臓の動きを示しているのがわかる。
酸素マスクをした大じいちゃんは、今朝より顔色が黒っぽくなったように思えた。
しばらくしておじさんとおばさんが戻ってきた。
「様態はどうなの?」
母さんが訊ねると、おじさんは静かに首を振った。
「もういつどうなるか、わからねえらしい」
「でも大じいちゃん、こないだまで元気だったよ」
俊之が言った。
僕は黙って、おじさんとおばさんの顔色を見た。
折角休んでもらったのに、また疲れている様子だった。
一時間もすると俊之と和之が落ち着かなくなった。
何もない、ただいるだけの病室がつまらなくなったようだった。
「私、子供達を連れて帰りますね。大ばあちゃんはどうする? ここじゃ、疲れちゃうから、家にいた方がいいんじゃない?」
「そうだな。大ばあちゃんも、うちにいろや。なんかあったら、すぐ連絡すっから」
おじさんに言われて、大ばあちゃんは黙って従った。
「琢磨もうちさ、帰ってろ。お前は昨夜、寝てねえんだろ」
おじさんにそう言われたけれど、僕は大じいちゃんの側にいたかった。
「いたいんか?」
僕が黙っているとおじさんが聞いてきた。
僕はコクリと頷いた。
「いたいんなら、そう言え。お前がいたら大じいちゃんも喜ぶべ」
「いたい」
「そっか。そんじゃ、そうしろ」
おばさんは従弟たちと大ばあちゃんを連れて帰って行った。
おじさんが先に昼食を済ませ、その後、僕と母さんで食事をした。
「琢磨、疲れない? 疲れたら休んでいいんだからね」
「眠くないんだ」
「そう」
母さんは、僕の顔色を窺いながら、向かい側でうどんを食べていた。
こうして二人で食事をするなんて、なんだか息苦しく感じられた。
━━今更なんだよなぁ━━
突然、ボクが現れた。
━━自分の息子の顔色、窺うなんてな。後ろめたいことがあるからだろ━━
僕は、ますます息苦しくなった。
━━だいたいさぁ、今頃来て、すまなかっただの、よくやっただの、言われたって、今までのことがかわるわけじゃないじゃないか。厄介払いしておいて、なんだよって感じだよな━━
勝手なことを捲し立てるボクを無視して立ち上がった。
「もういいの、琢磨」
「ごちそうさま。僕、ちょっと下でジュース飲んでくる」
そう言って食堂を出て、一階のロビーに下りた。
売店の横にある自動販売機でジュースを買って、外来で込み合っているロビーの片隅に立った。
壁に背をもたれて、ジュースを飲む。
しつこく現れたボクが僕の目の前に立っていた。
━━今更、向かい合って飯なんかくえねーよな━━
「うるさいな」
━━なんだよ。お前、自分の気持ち取り戻したんじゃないのかよ。また俺が成長してもいいっていうのか━━
「僕には関係ないね」
━━そうか。俺がお前を乗っ取っても、別にいいってことか━━
ニヤリと笑ったボクの顔が近づく。
━━俺はその方がいい。お前がその体をくれるって言うんなら、さっさと貰っちまうだけさ━━
「誰が君にやるって言ったのさ」
━━お前が今言ったんだろ。関係ないって。そうやって見たくないものから顔を背けてきたことが、俺を生んだんだって何度も言ってきたはずだ。なのにお前は関係ないと言った。俺がどうしようと関係ないってことは、お前自身がどうなっても構わないってことなんだよ━━
「どうせもうおかしくなってきてるんだ。泣いたり喚いたり、馬鹿みたいにコロコロ気持ちが変わって……」
━━それのどこがおかしいんだよ。当たり前のことじゃないか。それもわからなくなっちまったのかよ。……お前の心の中に過去が張り付いている限り、これからも変わらないんだろうな。そうやって自分の心抑え続けるんだ。今何が起こったって過去は変わらない。お前自身が変わらないでいるんだからな━━
「勝手に言っててよ」
僕は、飲み干したジュースの缶を捨てると病室に戻った。
大じいちゃんの意識が戻らないまま、夜になってしまった。
横浜のおばさんが着いて、母さんとおばさんが今夜は、大じいちゃんの付き添いをすることになった。
おじさんと僕は家に帰る。
本当は帰りたくなかった。
朝から感じている何かがまだ消えない。
側にいなきゃという気持ちが、切迫して僕の中にあった。
けれど付き添いは二人までだし、昨夜寝ていなかったせいか、やはりだるかった。
「今晩はなんとかもってくれるべ。明日の朝、早く来ればいい」
車の中で黙り込んでいる僕に、おじさんが言った。
「うん」
僕は、暗くなってしまった外の景色を眺めていた。
時折見えるポツンとした明かりが、今にも消えそうな大じいちゃんに見えた。
ふっと大じいちゃんが言っていた言葉を思い出した。
「桜の花が見てえな」
まだまだ花が咲くのは、先のことだ。
大じいちゃんは、それを見ることができるんだろうか。




