no.2
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車内アナウンスが流れた。
もう目的の駅に着く。
僕は、荷物を持って立ち上がった。
新幹線が速度を落としていくのが体感できた。
新幹線を降りて、ホームに立つと悪寒が走った。
両腕に鳥肌が立つのがわかる。
「涼しいなぁ」
言葉にしてから、本当に外気温度のせいなのだろうかと思う。
新幹線の中はかんかんに冷房が効いていた。
煩い母が新幹線の中は冷えるから持っていきなさいと、ボストンバッグの中に夏用のカーディガンを入れた。
新幹線に乗って、しばらくすると母が言っていた通り、涼しいのを通り越して寒く感じ、カーディガンを羽織った。
それをすっかり忘れて降りてしまったのだ。
僕はカーディガンを脱ぐと丸めてボストンバッグの中に押し込んだ。
Tシャツの袖から出ている腕にもう鳥肌はない。
涼しいとも感じなかった。
新幹線から降りた客は既に改札へ向かったのか、ホームには僕の他に誰もいなかった。
壁に貼り付けてある温泉のポスターの女性だけが僕を見つめている。
それを見つめてまた鳥肌が立つ。
慌てて改札へ向かった。
一体どのくらいの品物が置いてあるのかわからないキヨスクが目に入る。
その店の角に子供のおもちゃが幾つも下がっていた。
━━懐かしいなぁ━━
僕の中のボクの呟きが聞こえた。
何が懐かしいんだろうと一瞬思ったけれど、僕の視線が捉えているものに気付く。
それはパズル。
4×4枚で1から15までの数字が書かれたパネルを移動させて順番を揃える掌に乗るくらいのものだ。
こんなもののどこが懐かしいんだ。
僕には買った記憶もやった記憶もない。
僕の中のボクが懐かしいと思った理由が知りたくて、僕はしばらくそのパズルを見つめていた。
けれどボクはなにも言わなかった。
「おう、よく来たな、琢磨。遅くなってわりーな。牛に餌やってたんで遅くなったんだわ」
迎えに来てくれたのは、母の兄、おじさんだった。
おじさんは、僕からボストンバッグを受け取ると「こっちだ」と言ってスタスタと歩き出した。
おじさんの後ろについて歩く。
駅前の信号が赤から青に変わった。
駅前から出たタクシーが北に延びている広い道路を勢いよく走っていった。
三階建てのビルが幾つか建っていた。
薄汚れた壁、三階のベランダには洗濯物が干してある。
その隣のビルには布団まで干してあった。
そのビルの前を背中の丸まった年寄りが歩いていく。
ベビーカーに似ていて、確か母のショッピングカタログの後ろのほうに出ていたアレだ。
名前なんて知らないけど、年寄りが押して歩いたり、疲れたら物入れにもなっている部分に座って休んだりする。
僕がぼんやりとしているとおじさんが声を掛けてきた。
「琢磨、こっちだ」
おじさんの車は駅の横の空き地に停められていた。
僕の荷物を後部座席に放り込むとおじさんは「乗れや」と助手席を示した。
僕が車に乗り込むとカーラジオから訛りのある女性の声が聞こえてきた。
田舎だからラジオのDJも訛っているのかと僕は思った。
けれどそれは単に地元の主婦へのインタビューだった。
走り出した車の中でカーラジオから聞こえてくる音が大きく感じられる。
「疲れたんか?」
おじさんは、僕のほうをちらっと見て聞いた。
「別に」
「別に、か。そっか」
無口な僕に気を遣っているのか、またしばらくしておじさんは口を開いた。
「まっ、ゆっくりしてけや。俊と和は夕方になんねーと帰ってこねえから大じーちゃんに散歩でも連れてってもらうといい」
俊之は小学六年生、和之は小学四年生、僕の従弟だ。
顔も覚えてはいない。
昔は母に連れられてよく遊びに来たらしいけれど、僕の記憶の中に田舎に結びつくものは一つもなかった。
「大じーちゃんも子供らも琢磨が来んの、楽しみにしてたんだ。俊と和と遊んでやってくれや。琢磨の遊び相手には不足だろうけど」
「うん」
僕は頷いた。
━━そんなメンドーなことしなくていいさ━━
突然、僕の中のボクが言った。
━━そいつら、年下だよ。なんで相手してやらなきゃならないんだ━━
そう言ってからボクは消えていった。
ほっとして車の外に視線を移す。
田畑が広がり、その中に点在する防風林の陰にある大きな家、たまにある大きな工場のような建物、そして僕が乗ったこの車が走る道路。
前にも後ろにも車の姿はない。
しかも流れている景色がやけに早く感じられた。
ちらっと速度を指し示す針を見ると80キロに届きそうだった。
道路に書かれた数字も標識の数字も50となっている。
僕はおじさんの顔を窺った。
いつの間にか煙草を吸っている。
何が可笑しいのか、しばらく笑いを堪えているようだったが、堪り兼ねたらしく大声で笑い出した。
「ばっかだなぁ、このおばちゃん」
ラジオの話らしい。
何が馬鹿だったのかは、僕にはわからないけれど、笑っている場合じゃない気がした。
制限速度を30キロもオーバーしているのだ。
捕まったら大変じゃないか。
でもおじさんは涼しい顔をして、そんなことはまったく頭にない様子だった。
視線を景色に戻すと僕もスピードのことはすぐに気にならなくなった。
前にも後ろにも車はない。
広い道路をまっすぐ走っているせいか、スピードに慣れてきたせいか、間近にあるものを見なければあまり早さを感じなくなった。