no.19
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おじさんと病室に戻ると、おばさんが辛そうにベッドの柵に頭を乗せていた。
「どーした?」
「うん、ちょっとクラクラして」
「もう今日は付き添い無理だべ。うちさ、送ってくから。琢磨も帰るべ」
僕も帰ってしまったら、大じいちゃんは一人になってしまう。
こんな時にそんなことはできない。
僕じゃ役に立たないことはわかっている。
だけどいないよりマシかもしれない。
「僕がみてる」
「いや、送ってったら、俺が来っから」
「僕じゃダメ? おばさんもおじさんもすごく疲れてるみたいだよ。僕だって、看護師さんを呼ぶことくらいできる」
おじさんは暫く考えてから頷いた。
「わかった。そんじゃ、頼むな。琢磨ももう中学だもんな。しっかり頼むぞ」
「うん」
深く頷いた。
本当は怖かった。
足がガクガクしていた。
だけど何かしなくてはいられない。
そう思うのなら、やりたいと一言いうことだと思った。
おじさんは、僕に頼むと言ってくれた。
この一言が僕を紅潮させた。
嬉しかったんだ。
病室に一人残されると不安が大きくなってきた。
もし今何かあったら、僕はどうすればいいんだろう。
本当にちゃんと看護師さんを呼びに行けるんだろうか。
その増大する不安を時々抑えるように僕は、「おじさんに頼まれたんだ」と繰り返した。
夜になるとますます静寂が病室を支配した。
隣のベッドにいたおじさんは、いつの間にか退院したらしく空だった。
時々、大じいちゃんが苦しそうに息をする音だけしか耳には入らなかった。
僕は多くのことを考えた。
今までずっと考えることさえなかったことまでもが、僕の頭の中にポツポツと生まれては消えていく。
勉強することだけが楽しいみたいな生活をしていた小学生時代。
本当は参考書を見ているフリをして視線は、外で楽しそうに声をあげるクラスメイトを追っていた。
食事は一人で食べるのは寂しかった。
冷めてしまった夕食、温め方は知っていたけれど、そんなことをする元気もなかった。
次々に蘇ってくる記憶は、鉛筆で描いたいたずら書きのように色もなく、音もなかった。
僕の記憶の中に、鮮やかなものなどなかったのだ。
この夜、僕は一睡もせず、大じいちゃんの横で椅子に座っていた。
時々聞こえる息にビクビクしながらも、なんとか朝を迎えることができた。
朝の見回りに来た看護師さんが元気に挨拶をする。
「おはよう、琢磨君。偉いわね。中学生なんでしょ? ちゃんと一人で付き添いまでしちゃうなんて。よく頑張ったわね。少し休んでいいわよ」
「大丈夫です」
「若いもんね。一晩くらい平気かな? きっとおじさんたちも一晩ゆっくり眠れて、疲れも取れたと思うわ」
そう言って、肩に置かれた手が温かかった。
なんだか頬が緩んでしまう。
場違いだと思うけれど、笑い出しそうなくすぐったさを感じた。
僕にも役に立つことができたんだと思えた。
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十時を過ぎた頃、おじさんがやってきた。
そして驚くことに、おじさんの後ろから顔を出したのは、母さんだった。
「駅からまっすぐ来たんだ。母ちゃん、来てくれたぞ」
僕は、思わず立ち上がってしまった。
来てくれるとは思わなかった。
きっと仕事が優先して、僕の言うことなんて聞いてはくれないと思っていた。
「琢磨が一人で大じいちゃんの付き添いしてくれたんだって? おじさんから聞いたのよ」
「助かったよ。一晩ぐっすり眠れた。さすが中学になると頼もしいな。本当にありがとな。朝飯、まだだろ? 弁当作ってきてやったかんな。おばさんのお手製だ。今、ジュース買ってきてやっから」
おじさんは、そう言って紙袋を僕に手渡すと、病室を出て行った。
「琢磨、ごめんなさいね。一人で怖かったでしょ。よく考えたら、あなたはまだ中学生になったばかりなのよね。慣れない田舎に一人なのに。その上、大じいちゃんがこんなことになって」
「僕のせいだから……」
僕は自分の冷たい口調に驚いた。
心の中では、母さんが来てくれたことを喜んでいるはずなんだ。
なのにそれとは裏腹に笑うこともできなかった。
いつも真っ直ぐな性格の母さんが、この時はちょっと違って見えた。
母さんは、僕の態度に戸惑っている。
ずっとそうだった。
中学に入学してから、僕は母さんが理想としていた息子じゃなくなった。
最初、母さんは僕にどうしてなのかと何度も問いただした。
けれど答えられずにいる僕を、そのうち腫れ物にでも触るように接するようになった。
僕がいくら母さんの理想の息子を演じたとしても、もう母さんの気を引くことはできないんだとわかっていたんだ。
だから……。




