no.18
電話を前に座り込んでしまった僕の前にボクが現れた。
「こんな時に出てくるなよ」
彼が何か言う前に消し去ってやりたいと思った。
けれどボクは消えてくれなかった。
「何しに出てきたんだよ。笑いに来たのか。笑えよ。泣いたりして馬鹿みたいだって笑えよ!」
━━今の俺には笑えないな。よく見てみろよ━━
えっ?
僕は彼を見上げた。
不思議なことに今まではっきりしていた彼の体が、ぼんやりと霞んでいる。
━━お前が俺を吸収し始めたんだ━━
吸収し始めたって一体どういうことだ。
ボクのほうが僕の体を乗っ取るはずだったんじゃないのか。
━━俺の負けかもしれないな━━
「訳の分からないことばかり、言わないでくれよ。どうしていいのかわからなくなってるのに、これ以上、もうたくさんだ」
━━どうしたらいいのかなんて自分で考えろよ。なんのために頭があるんだ。自分のためにどう行動すればいいのか、その頭で考えろよ!━━
「考えても考えてもわからないんだ。何をしたらいいのか、どうすべきなのか」
━━なぜだと思う?━━
えっ?
━━覚えてこなかったからさ。お前は唯一母親だけに関心を持っていた。いや、関心を引きたかったんだ。自分を見てもらうために必死で母親の言うことをやってきた。だから他の事に目もくれなかった。友達も作らないし、遊びもしなかった。ただ勉強をして褒められて、母親の言う私立に受かることだけを考えてた。ずっとそうだった━━
確かに僕は、母さんがいいということをしてきた。
そうすることがいいことだと思っていた。
━━それで?━━
「それでって……」
━━それでいいことはあったのかよ━━
母さんが言うように、私立の中学に受かったじゃないか。
━━それだけだったよな。それがお前にとって、いいことだったかってことだよ━━
いいことだったんじゃないのか。
━━これだから俺が生まれたんだ。自分をなんだと思ってるんだよ。母親の操り人形じゃないんだぞ。母親を喜ばせるロボットなんかじゃないんだ。お前はお前なんだよ。本当のお前は、今の自分に満足なんかしちゃいないんだ。だから学校にも行かない━━
「それはお前がいるからだろ?」
━━そうじゃない。お前が行きたくないんだよ。母親の関心を引くために、お前は母親の言う通りにやってきた。その最終目的が私立中学に入ることだった。やっと入学できた。それで誰が褒めてくれた? 母親はなんと言った?━━
動悸が激しくなるのを感じた。
━━母親はこう言ったんだ。あなたなら当たり前ね。褒めるどころか当たり前だと言ったんだ。ニコリともせずにね━━
僕は両手で耳を塞いだ。
そんな言葉は聞きたくなかった。
━━本当は友達も作りたかった。一緒に遊びたかったんだ。それを我慢して勉強した結果がこれだよ。お前が期待していたものなんて、ひとつもない━━
「だからなんだって言うんだよ。僕がそうしたかったんだ」
━━母親に構ってもらいたくてね━━
「もうやめてくれよ。そうやって僕を苦しめて、なんになるんだよ。僕の体が欲しいなら、さっさと乗っ取ればいいじゃないか。僕はもうどうでもいいんだ」
━━……そんな風には思ってないはずだ。お前は自分を取り戻し始めている。自分が自分のためにあるってことを知ってしまったんだ━━
ボクが今までとは違って静かに言った。
━━知ってしまったんだよ━━
見上げたボクの顔が酷く寂しげに見えた。
そして初めてボクのほうから僕の視線を避けた。
僕は、何も変わっていないよ。
━━きっともう時間はかからない。俺はお前に吸収されちまう。消えるのは、俺のほうらしいや━━
そう言ってボクは姿を消した。
「おい、琢磨。どうしたんだ? 具合でも悪くなったんか?」
おじさんの声が背中から聞こえてきた。
僕は首を振りながら、立ち上がった。
「母さんに電話したよ。でもなんて言っていいのかわからなくて……すぐに来てって言っておいた」
「そっか」
おじさんの大きな手が僕の頭の上に置かれた。




