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桜の木の下で  作者: 湖森姫綺
18/22

no.18

 電話を前に座り込んでしまった僕の前にボクが現れた。

「こんな時に出てくるなよ」

 彼が何か言う前に消し去ってやりたいと思った。

 けれどボクは消えてくれなかった。

「何しに出てきたんだよ。笑いに来たのか。笑えよ。泣いたりして馬鹿みたいだって笑えよ!」

 ━━今の俺には笑えないな。よく見てみろよ━━

 えっ?

 僕は彼を見上げた。

 不思議なことに今まではっきりしていた彼の体が、ぼんやりと霞んでいる。

 ━━お前が俺を吸収し始めたんだ━━

 吸収し始めたって一体どういうことだ。

 ボクのほうが僕の体を乗っ取るはずだったんじゃないのか。

 ━━俺の負けかもしれないな━━

「訳の分からないことばかり、言わないでくれよ。どうしていいのかわからなくなってるのに、これ以上、もうたくさんだ」

 ━━どうしたらいいのかなんて自分で考えろよ。なんのために頭があるんだ。自分のためにどう行動すればいいのか、その頭で考えろよ!━━

「考えても考えてもわからないんだ。何をしたらいいのか、どうすべきなのか」

 ━━なぜだと思う?━━

 えっ? 

 ━━覚えてこなかったからさ。お前は唯一母親だけに関心を持っていた。いや、関心を引きたかったんだ。自分を見てもらうために必死で母親の言うことをやってきた。だから他の事に目もくれなかった。友達も作らないし、遊びもしなかった。ただ勉強をして褒められて、母親の言う私立に受かることだけを考えてた。ずっとそうだった━━

 確かに僕は、母さんがいいということをしてきた。

 そうすることがいいことだと思っていた。

 ━━それで?━━

「それでって……」

 ━━それでいいことはあったのかよ━━

 母さんが言うように、私立の中学に受かったじゃないか。

 ━━それだけだったよな。それがお前にとって、いいことだったかってことだよ━━

 いいことだったんじゃないのか。

 ━━これだから俺が生まれたんだ。自分をなんだと思ってるんだよ。母親の操り人形じゃないんだぞ。母親を喜ばせるロボットなんかじゃないんだ。お前はお前なんだよ。本当のお前は、今の自分に満足なんかしちゃいないんだ。だから学校にも行かない━━

「それはお前がいるからだろ?」

 ━━そうじゃない。お前が行きたくないんだよ。母親の関心を引くために、お前は母親の言う通りにやってきた。その最終目的が私立中学に入ることだった。やっと入学できた。それで誰が褒めてくれた? 母親はなんと言った?━━

 動悸が激しくなるのを感じた。

 ━━母親はこう言ったんだ。あなたなら当たり前ね。褒めるどころか当たり前だと言ったんだ。ニコリともせずにね━━

 僕は両手で耳を塞いだ。

 そんな言葉は聞きたくなかった。

 ━━本当は友達も作りたかった。一緒に遊びたかったんだ。それを我慢して勉強した結果がこれだよ。お前が期待していたものなんて、ひとつもない━━

「だからなんだって言うんだよ。僕がそうしたかったんだ」

 ━━母親に構ってもらいたくてね━━

「もうやめてくれよ。そうやって僕を苦しめて、なんになるんだよ。僕の体が欲しいなら、さっさと乗っ取ればいいじゃないか。僕はもうどうでもいいんだ」

 ━━……そんな風には思ってないはずだ。お前は自分を取り戻し始めている。自分が自分のためにあるってことを知ってしまったんだ━━

 ボクが今までとは違って静かに言った。

 ━━知ってしまったんだよ━━

 見上げたボクの顔が酷く寂しげに見えた。

 そして初めてボクのほうから僕の視線を避けた。

 僕は、何も変わっていないよ。

 ━━きっともう時間はかからない。俺はお前に吸収されちまう。消えるのは、俺のほうらしいや━━

 そう言ってボクは姿を消した。


「おい、琢磨。どうしたんだ? 具合でも悪くなったんか?」

 おじさんの声が背中から聞こえてきた。

 僕は首を振りながら、立ち上がった。

「母さんに電話したよ。でもなんて言っていいのかわからなくて……すぐに来てって言っておいた」

「そっか」

 おじさんの大きな手が僕の頭の上に置かれた。

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