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桜の木の下で  作者: 湖森姫綺
13/22

no.13

 南側の縁側が、開け放たれていた。

 庭の木々が燦々と降り注ぐ夏の日差しにも負けず、青々としいてる。

 ジージーとどこか遠くで蝉が鳴いている。

 家の中は静まり返っていた。

 誰もいないのかな。

 皆、出掛けてしまったのかと思った時だった。

 茶の間のほうから咳が聞こえてきた。

 重たい咳だ。

 誰だろう。 

 僕は、茶の間の方に顔だけ向けて、そちらを窺ったけれど、僕が寝ている位置からは誰も見えない。

 体を起こして、そっともう一度覗いてみたけれど、やっぱり見えない。 

 諦めて視線を戻すと、おばさんが持ってきてくれたうどんが目に入った。

 うどんに手を伸ばす。

 あったかい。

 夏の盛りに食べたいなんて、ふつうは思わないだろうな。

 でもなんだかあったかくて美味しそうに見えた。

 時々聞こえる咳が気になったけれど、うどんを半分くらい食べた。

 それまで聞こえていたより酷い咳が聞こえてきた。

「大じーちゃん、やっぱり医者さ、行った方がいいんじゃないけ?」

 おじさんの声がした。

「いんや、だいじだ」

 咳をしていたのは、大じいちゃんだったのだ。

 朝、僕と一緒に畑に出ていた時は、咳なんてしてなかったんだけどな。

「よっ、琢磨。うどん、食えたか?」

 おじさんが入ってきた。

「うん」

「そっか。よかったな。一晩中、寝てたんで、だいじかと思ったけどな。うどん食えれば、だいじだべ」

 一晩中?

 じゃ、僕が山の中に入ったのは、昨日のことなのか。

「風邪、引いてないか。夕立にやられたかんな。でも山ん中にいたから、よかったんだぞ。田んぼの真ん中になんかいてみろ。たちまちライ様にやられちまう。夕立が来たら、さっさと家さ入れな」

「ごめんなさい」

「いや、無事だったんだ、いいさ。もう一人で山なんか入んなや」

「うん」

 また大じいちゃんが咳き込んでいるようだった。

 おじさんもそれが気になるようだ。

「大じーちゃんも医者が嫌いだかんな。頑固でしゃーねー。まったく」

 そう言いながら、出て行った。


 皆、何も言わない。

 僕は、皆に迷惑を掛けたのに怒りもしない。

 なぜ……。

 僕は怒られて当然のことをしたんだ。

 それなのに。

 僕は、布団の端を握りしめた。

 その時、表戸が開く音がした。

「よー、琢磨はだいじか?」

「あっ、仁さん。昨日は、すまなかったな。もうだいじだ」

「そっかー。いかったなー。だいじになんなくって」

 そこで大じいちゃんの咳が聞こえた。

「なんだ、風邪引いたんか? だから年寄りは、家で待ってろって言ったんべ。雨ん中、ウロウロすっから」

「大したことねーんだ。体だけは、丈夫にできてっから」

 大じいちゃんは、そう答えながらも咳き込んでいた。

 やっぱり。

 僕を雨の中、探したんだ。

「まあ、大したことなくっていかったな。んじゃな」

「ああ、ありがとなー」

 おじさんが返事をするのと同時くらいに、表戸が閉まったようだった。

 僕のせいか……。

 大じいちゃんに風邪を引かせたんだ。

 なのにどうして皆、怒らないんだろう。

 東の仁さんが来たってことは、きっと一緒に探してくれたってことだろうな。

 ━━お前のせいだよな━━

 夏の日差しを背にボクが立っていた。

 ━━お前が山になんか入ったからだよな━━

 そんんなこと言われなくたって、わかってる。

 ━━勝手なことして、皆に迷惑かけて━━

 わかってるって言ってるじゃないか!

 ━━そうかな。いつも何考えてるんだかわかんないお前がやらかしたことだよ━━

 ボクの表情がはっきりと見える。笑っている。こんな時に。

 ━━本当は皆、お前を厄介だと思ってんじゃないのか━━

 そうなんだろうか。

 ただ皆、口にしないだけで、僕は皆の厄介者になっているんだろうか。

 ━━まあ、どこにいても厄介者なんだろうよ、何考えてんだかわかんないお前なんて、あははははっ━━

 ボクは大笑いして、姿を消した。

 僕は、ボクが消えて、その向こうに広がった夏の庭に視線を移した。

 僕は、どこにいても厄介者なんだろうか……。

 僕は、自分でやったことの重大さを知った。

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