no.13
南側の縁側が、開け放たれていた。
庭の木々が燦々と降り注ぐ夏の日差しにも負けず、青々としいてる。
ジージーとどこか遠くで蝉が鳴いている。
家の中は静まり返っていた。
誰もいないのかな。
皆、出掛けてしまったのかと思った時だった。
茶の間のほうから咳が聞こえてきた。
重たい咳だ。
誰だろう。
僕は、茶の間の方に顔だけ向けて、そちらを窺ったけれど、僕が寝ている位置からは誰も見えない。
体を起こして、そっともう一度覗いてみたけれど、やっぱり見えない。
諦めて視線を戻すと、おばさんが持ってきてくれたうどんが目に入った。
うどんに手を伸ばす。
あったかい。
夏の盛りに食べたいなんて、ふつうは思わないだろうな。
でもなんだかあったかくて美味しそうに見えた。
時々聞こえる咳が気になったけれど、うどんを半分くらい食べた。
それまで聞こえていたより酷い咳が聞こえてきた。
「大じーちゃん、やっぱり医者さ、行った方がいいんじゃないけ?」
おじさんの声がした。
「いんや、だいじだ」
咳をしていたのは、大じいちゃんだったのだ。
朝、僕と一緒に畑に出ていた時は、咳なんてしてなかったんだけどな。
「よっ、琢磨。うどん、食えたか?」
おじさんが入ってきた。
「うん」
「そっか。よかったな。一晩中、寝てたんで、だいじかと思ったけどな。うどん食えれば、だいじだべ」
一晩中?
じゃ、僕が山の中に入ったのは、昨日のことなのか。
「風邪、引いてないか。夕立にやられたかんな。でも山ん中にいたから、よかったんだぞ。田んぼの真ん中になんかいてみろ。たちまちライ様にやられちまう。夕立が来たら、さっさと家さ入れな」
「ごめんなさい」
「いや、無事だったんだ、いいさ。もう一人で山なんか入んなや」
「うん」
また大じいちゃんが咳き込んでいるようだった。
おじさんもそれが気になるようだ。
「大じーちゃんも医者が嫌いだかんな。頑固でしゃーねー。まったく」
そう言いながら、出て行った。
皆、何も言わない。
僕は、皆に迷惑を掛けたのに怒りもしない。
なぜ……。
僕は怒られて当然のことをしたんだ。
それなのに。
僕は、布団の端を握りしめた。
その時、表戸が開く音がした。
「よー、琢磨はだいじか?」
「あっ、仁さん。昨日は、すまなかったな。もうだいじだ」
「そっかー。いかったなー。だいじになんなくって」
そこで大じいちゃんの咳が聞こえた。
「なんだ、風邪引いたんか? だから年寄りは、家で待ってろって言ったんべ。雨ん中、ウロウロすっから」
「大したことねーんだ。体だけは、丈夫にできてっから」
大じいちゃんは、そう答えながらも咳き込んでいた。
やっぱり。
僕を雨の中、探したんだ。
「まあ、大したことなくっていかったな。んじゃな」
「ああ、ありがとなー」
おじさんが返事をするのと同時くらいに、表戸が閉まったようだった。
僕のせいか……。
大じいちゃんに風邪を引かせたんだ。
なのにどうして皆、怒らないんだろう。
東の仁さんが来たってことは、きっと一緒に探してくれたってことだろうな。
━━お前のせいだよな━━
夏の日差しを背にボクが立っていた。
━━お前が山になんか入ったからだよな━━
そんんなこと言われなくたって、わかってる。
━━勝手なことして、皆に迷惑かけて━━
わかってるって言ってるじゃないか!
━━そうかな。いつも何考えてるんだかわかんないお前がやらかしたことだよ━━
ボクの表情がはっきりと見える。笑っている。こんな時に。
━━本当は皆、お前を厄介だと思ってんじゃないのか━━
そうなんだろうか。
ただ皆、口にしないだけで、僕は皆の厄介者になっているんだろうか。
━━まあ、どこにいても厄介者なんだろうよ、何考えてんだかわかんないお前なんて、あははははっ━━
ボクは大笑いして、姿を消した。
僕は、ボクが消えて、その向こうに広がった夏の庭に視線を移した。
僕は、どこにいても厄介者なんだろうか……。
僕は、自分でやったことの重大さを知った。




