no.12
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重い……。
何かが僕の体にのしかかっているみたいだ。
手を上げることも足を上げることもできない。
がっちりとコンクリートで固められたみたいに指先一つ、動かせない。
そんな僕の目の前に男の子の後ろ姿があった。
ねぇ、助けてよ、ねぇ!
いくら声を掛けようとしても声が出てこないようだった。
男の子は、僕に全く気付かない。
ただポツンとダイニングの椅子に腰掛けている。
テーブルには、男の子用にと用意された食事がある。
けれど手を出そうとしない。
見つめているだけだ。
何をしているんだ、この子は。
僕は声も掛けられず、その男の子を見ていた。
突然、男の子は立ち上がったかと思うと、テーブルの上の料理を思い切り払った。
食器は、大きな音を立て床の上に落ち、料理は無残にも混ざり合って散らばった。
胸の奥が締め付けられた。
なぜ僕がそんな風に感じるのかわからない。
でも息をするのも苦しいくらいだ。
男の子の嗚咽が耳に入る。
声を上げて泣きたいのを堪えているのか、しゃくりあげる声だけが伝わってくる。
どうして泣く。
どうして……。
君の好きなハンバーグじゃないか。
ポテトもある。
なのに……。
僕は自分で今、呟いた言葉に疑問を持った。
なぜこの男の子がハンバーグとポテトを好きだとわかるんだ。
なぜ……。
でもその疑問は、すぐに消えた。
男の子はしばらく泣いてから、シャツの袖で涙を拭くと、床に散らかった料理の片付けを始めたのだった。
「……」
記憶がある。
僕も同じことをした記憶がある。
ひとりで夕食をとる日が数日続いて、ある日とうとう母さんの用意していってくれた料理をひっくり返したんだ。
だけど仕事で忙しい母さんが僕のためにせっかく作ってくれた食事を、こんなふうにしてしまったと辛くなって、母さんに知られないように綺麗に片付けたんだ。
そして遅くなって帰ってきた母さんに「おいしかった」と嘘をついた。
この目の前にいる男の子は僕自身なんだ。
涙を堪えながら、こぼれた料理を手でかき集めてゴミ袋に入れて、皿が欠けていないか確かめながら洗っている。
床は雑巾で何度も拭いて、何度も見つめている。
「もういいんだ。そんなことするなよ。一人の食事がどんなに辛いか僕は知っているんだ。知っているんだよ」
けれどやっぱり小さな僕には届かなかった。
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瞼がピクピクとして、ゆっくりと目を開けた。
板の天井が広がった。
「起きたんか、琢磨」
大じいちゃんが布団の横に座っていた。
僕は自分の手を見つめた。
ちゃんと僕の体は、まだあるようだった。
見つめていた手から力が抜けて、パタリと体の両側に落ちた。
「今日は、寝てっといい。あんなとこまで歩いたんだ。休まにゃ体がもたん。腹減ったべ。今、飯、持ってくっから」
そう言って大じいちゃんは、よっこらしょと立ち上がると座敷を出て行った。
はーっ。
僕は、大きく溜め息を吐いた。
するとどういうわけか、涙が勝手に溢れ出した。
胸の奥から込み上げてくる痛みが喉元で最大になり、締め付ける。
痛い。
けれど懐かしい感覚だった。
そう。
よく独りで泣いたんだ。
部屋の隅で膝小僧抱えて、声を出さずに。
一人の時間が辛かったんだ。
どれくらい前のことだろう。
もう忘れてしまうほど、昔のことだ。
その辛さがさっきの夢で、僕の体に戻ってきたんだろうか。
涙は、なかなか止まらなかった。
「煮込みうどん、作ったけど、食べられるか?」
おばさんが座敷に、入ってきた。
僕は、泣き顔を見られたくなくて、夏掛けの布団を顔まで引き上げた。
「どこか具合、悪いんか?」
おばさんが聞く。
僕は慌てて首を振った。
「具合は悪くないんだね?」
「……うん」
辛うじて返事だけはできた。
「そっか、よかった。どっか痛かったら言うんだよ。うどん、ここさ、置いてくかんね。冷たくなる前に食べて」
おばさんが出て行った。




