no.1
僕は北に向かう東北新幹線に乗っていた。
窓の外は防音壁の白とその上に広がる雲一つない空の青の二色があるだけだった。
小さなころの僕は、乗り物が好きだった。
新幹線に乗れるなんて、その頃の僕ならワクワクしたはずなんだ。
だけど今の僕は違う。
時折、聞こえてくる女の人の声にイライラし、白と青の配色しかない景色にうんざりしていた。
そして僕を一番に苛立たせているのは、僕の中に生まれた、僕を支配しようとしているボクの繰り返す言葉だった。
━━とうとう厄介払いされたんだよ━━
*****
それは一本の電話から始まった。
『電車に乗れば来れんだろ。字も読めんだし、口も利けんだから」
そう言い出したのは、田舎の曽祖父だった。
*****
僕は私立の中学に入学したけれど、五月の連休が過ぎた頃から学校を休むようになった。
三回目の無断欠席の後、担任が家にやってきて、母さんと三人で話をすることになった。
「どうして学校に行かないの? 折角入学できたのに」
僕が無断欠席をしていたことを知った母さんが何度も口にした言葉がまた繰り返された。
「学校で何かあったのなら、相談してほしいんだけどな」
担任は、まるで教師である自分に自信がないような話し方をする。
「学校に行くわよね、琢磨?」
僕は返事をしなかった。
しなかったのではなく、できなかった。
自分がなぜ学校を休むのか、自分自身でもわからないのだ。
いじめがあったとか明確な理由がない。
そして学校に行きたいという気持ちもない。
だからこれからどうなるのかもわからない。
結局、話し合いは場が持たれたというだけの結果しか生まなかった。
その後も父さんや母さんにいくら問い詰められても僕は何も話さなかった。
学校へはたまに気が向いた時だけ行った。
でも大抵は二時間目が過ぎる頃には教室を出ていた。
たまにしか行かないから、友達もいない。
だからと言って教室が居心地が悪い場所かというとそうでもない。
僕の机は窓際の一番前だった。
クラスの奴らがどんな目で僕を見ようと、こそこそ何かを話そうと、僕には見えないし、聞こえない。
僕の前には、ただ勉強を教えるだけの教師が一人いるだけだった。
それに大きな窓から見える外の景色は、気に入っていた。
それほど広くはないけれど、グラウンドがあって、その向こうに日吉山公園の緑がこんもりと見えるのだ。
その緑の中から時々鳥が飛び立つ。
そんな時は、目を見開いてしまったりしていた。
学校が嫌いなんじゃない。
だけど二時間目くらいになると僕の中のボクが言うんだ。
帰ろうって。
朝起きて、出かける準備をしても、行くのやめろよって。
まだ僕がボクに完全に支配されていなかった頃は、ボクの言うことを無視したりもできた。
でもいつの間にか僕はボクに完全に支配され、そして抵抗できなくなった。
もうすぐ梅雨明けという頃、曽祖父から電話があった。
何の用があってかけてきたのかは僕は知らない。
けれど母さんが話した後、僕は受話器を持たされた。
「田舎の大じいちゃんが話があるって」
そう言って受話器を渡した母さんは、台所に入ってしまったけれど、多分そこで聞き耳を立てているはずだ。
『着替えだけ持って、こっちさ、こー』
「うーん」
僕は肯定とも否定とも取れる返事をする。
『電車くらい、ひとりで乗れっぺ。もう中学なんだから』
「うん」
なんで僕が田舎に行かなくちゃならないんだ。
その夜、仕事から帰ってきた父さんと、母さんが話しているのを僕は聞いた。
「大じいちゃんが琢磨を預かってくれるって言うの」
「学校はどうするんだ。このまま行かせないつもりか。夏休みまでまだあるだろう」
「でもずっと休んでいて、行ってないみたいなの」
「勤めを辞めたらどうなんだ。家にお前がいれば琢磨も休めないだろう」
「あなたはそんな簡単に言うけど、私なりに責任のある仕事をしているんですから辞められないわ」
「まったく。こっちは仕事で疲れて帰ってきてるんだ。うちにいる時くらいゆっくりしたいね。家の中のゴタゴタなんてまっぴらだ」
「あなた!」
母さんのその声を聞いて、僕はそっと自分の部屋に戻った。
ベッドに倒れこむとボクの声が響いた。
━━結局、二人ともお前を厄介払いしたいんだよな━━
嘲笑にも似た笑いを含んで響くその言葉は、僕の心を震わせた。