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7月24日の金曜日。

作者: 伊南恭一

 「安全運転で頼むな。あと、あんまり揺らさないでくれよ。こっちは病み上がりなんだから」

 「それはもう。わが社の大事な大事な先生に万が一のことがあったら僕はもう生きてはいけませんし」

  ハンドルを握る春村が神妙な表情で言う。


 「ここで事故ったらたぶんあれですし!アハハハハハハ!」

 大きな声で春村は笑う。

 「アハハハハハハって。なあ、追い越し禁止な。あとこのスピードキープな」 

 「社用車ですからね。ウチのロゴ、両脇に入っちゃってますし、ご安心ください。左車線キープ。みなさん、お先にどうぞ、ですよ。僕の安全運転、ちょっとすごいですよ」

「すごくなくていいから。信じるからな。嘘つくなよ。」

 「つかないですよ。もうちょっとで一ノ瀬だからお昼前、ラクショーですね」

 「安全運転だからな!」


 まったくもう……。虫麻呂はこめかみを人差し指でおさえる。


 なんとかコミケの話をなかったことにするために病み上がりの身体ながらいくつかのイメージボードを描いて春村のところにプレゼンのために持って行ったのが14時。あ、やる気すごいですね、これインパクトありますよ、いいっすねいいっすね、あ、今から東京ビッグサイトに行くんで下見をかねて一緒に行きましょうと車に押し込められたのが14時30分。


 で、今、環状線で東京ビッグサイトに向かう春村の車の助手席に虫麻呂は座っている。


 「しかし」

  と、春村はちら、と助手席の虫麻呂を見る。


 「まさかモニタとタブレット持って乗ってくるとは思いませんでしたけどね。先生、仕事、好きですねえ……。」

 「だ・れ・の・せ・い・だ」

 「ぼ・く・の・せ・い?アハハハハハハ。あ、ガムテープ、もっと強めに貼っちゃってもいいですよ。モニタ、剥がれません?」

 「大丈夫。結構安定してきた」


 モニターをガムテープでフロントガラスに貼り付けてタブレットにペンタブを走らせる。


 最初はとまどったが馴れというのはすごい。気がつけば普段とほぼ同じスピードで虫麻呂は作業していた。ちなみに虫麻呂の座る助手席のサイドボードにはイメージボードがぶらさがっている。


 「先生のそのお姿、映像化したいなー。先生、ちょっと降りて電気屋さん寄っていいですか?追加のバッテリーあったほうがいいんじゃないです?あとカメラもちゃちゃっと買っちゃってそのお姿、撮っちゃいましょうよ。ウケますよw ドローイング・虫麻呂・イン・クルマ 」

 「コミケ出なくていいんならいくらでも録ってくれていいけど」

 「さ、一ノ瀬見えてきましたよ」

 「まったく、もう……」

 虫麻呂は視線をモニターに戻す。


 そう言えば、と春村。


 「今日って金曜日じゃないですか。出ますかね。怪獣」

 「……さあ、でるんじゃないか」

 「怪獣でたらこの先のレインボーブリッジとか封鎖されますかね」

 「封鎖とか、ないだろ。それにここだけ壊してもコストパフォーマンス悪いと思うけどな……。」


 春村はタブレットに向かう虫麻呂を残念そうに見つめる。

 「……先生、たまには映画もいいもんですよ」

 「映画とレインボーブリッジがどう関係ある?」

 「……いや、いいですけど」

 「事件は会議室で起きるもんじゃないんだろ。先週は二度目の佐賀、で、今日はビッグサイト、か。お仕事ごくろうさん」

 「……人が悪いよな、先生は」

 春村は苦笑いする。

 

 しばらくの沈黙が車の中に流れる。


 「金曜日の怪獣は」

 虫麻呂は高速で流れる景色を見ながらつぶやく。


 「渋谷にしか出ないと思う。渋谷が好きなんだよ」

 

 それを聞いた春村は、そりゃ、物好きだ、と楽しそうに笑った。

 

 二人の乗った車は春村が言ったとおり、安全運転でどんどん車に追い越されていく。せまいニッポン、なんですけどね、と春村はハンドルを握りながら苦笑いする。


 「先生、今回も筋肉でいくんです?」

 「どうかな。筋肉好きだけど」

 「その調子でコミケ4日目と5日目、頼みますよー」


 あ。

 忘れてた。


 「それなんだけどさ、春村。やっぱコミケ2日は一人じゃ無理だよ」

 「大丈夫ですよ。売り子さん、たくさんキープしましたから」

 「何売るんだよ……」


 「何、って……。センセのプロマイドとか?」

 思わずタブレットを走らせているペンを折りそうになった。

 春村は視線だけ虫麻呂に移す。


 「半分くらい冗談ですよ」

 「半分……。」


 春村の目が笑っていないことが気になる。そう言えばこの間、木田さんがスマホで僕を撮っていたような。


 「まあ、先生の血と汗と涙と笑いの結晶と、今、大ヒット発売中のものと、今度出すセンセの作品のフィギュアを展示できればいいなって思っているんですがね。今、メーカーさんとご相談させてもらってます。」

 「あ、それはいいかも。笑いってなんだ?」

 「まあまあ。あと、センセにはミスリルゴーレムの着ぐるみに入っていただいて、来てくださったお子様たちに風船をプレゼントしていただくサプライズ企画もありますよ!」

 「ファンタジーな企画でこっちがサプライズだけどこのくっそ暑い中に着ぐるみに入る意味がわかんないな」

 カラカラと春村は笑う。虫麻呂もふたたびペンタブの作業に戻る。


 「コミケ4日目と5日目ってウチの会社って絡んでるの?」

 虫麻呂が訊く。

 「絡ませました」

 春村が答える。


 「……。」

 「いいんですよ、それぐらいやっちゃって」

 「元、とれるの?」

 「そこは先生の頑張り次第、ですかね」

 「頼むからハードル上げないでくれるか」

  渋滞につかまってノロノロ運転だった車が動き出し、春村は視線を前方に戻し、アクセルを軽く踏む。


 「まあ、あんまり言うとまた先生、神経性食中毒になっちゃうから軽めに言いますけど」

 「……。」

 「虫麻呂先生たちの描くイラストの反響って大きいわけですよ。いろいろ的に」

 「……。」

 「だから、僕、社長に言ったんですよ。社長、ここはファン感謝デー、いっといたほうがいいんじゃないですか?って」

 「……。」


 それはあるかもしれない。


 「で、社長がどんなファン感謝デーがいいんだ?とか聞くもんだから教えてあげたんです。アーティストは絵を描くことが喜びなんだって。絵を描いて、お客さんに喜んでもらう、それが最高に好きなんだって」

 「そうだったのか……。」


 わかってる、かもしれない。


 「なるほど、と社長も納得してくれて。で、東京ビッグサイトの4日目と5日目を押さえてもらったってワケで」

 「その流れでどうしてそこいくかあああああああああああ」


 普通、描いて描いての還元祭だろう!


 ポツ。


 「あ、雨、降ってきた」

 春村がフロントガラスの水滴に反応する間もなく。


 雷鳴とともに、叩きつけるような雨が降ってきた。

 ワイパー全開でも、前が見えない。 


 「……。こりゃ、レインボーブリッジ通行止めですね。封鎖です」


 春村は虫麻呂のほうにあきれたように視線を向けて、


 「封鎖、ありましたね。渋谷に引き返しましょう。やりますねえ、はなきん。こりゃ、今夜の渋谷は大変だ」


 と、苦笑いを浮かべて春村は車をUターンさせた。


 【おわり】

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