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【綿ババアの話】

作者: さくさく

2015年6月7日に書いた三題噺を元にした短編です。

後書きに実際に使ったキーワードを載せています。

 「綿ババアって知ってる?」

 噂好きのフミノが口を開く。日が落ち始め、電信柱の影が長く伸び始める学校の帰り道。家が近所のフミノとはよく一緒に帰る。一緒に帰るのだが……

 「s市の安アパートに住んでたみたいでね、全身に綿を巻き付けているのよ」

 フミノはこういう都市伝説が好きで、その話は毎回とても長くてうんざりする。おもしろいっちゃ、おもしろいんだけど……

 フミノの話によれば、綿ババアは冬でも夏でも一年中、全身に綿を巻き付けていている変わったおばあちゃんらしい。でもある日アパートで火事が起こって、体中の綿に引火して全身やけどで死んでしまったそうだ。そしてその魂は悪霊になって火事の犯人を探し続けている。やけどを覆うように全身に綿を巻き付けて……

 「それでね、その綿はやけどの体液で真っ赤に染まって、夕焼けの赤に紛れて犯人を捜しているんだって……」

 少しだけ気分が悪くなってきたところで分かれ道にさしかかった。

 「あ、じゃ私こっちだから。じゃフミノ、また明日ね!」

 「ああっこれから綿ババアの追い払い方の話なのに!」

 また明日聞くから、と言ってそそくさと逃げるように分かれ道へ駆け込む。本当にうんざりするほど話が長いのだ。



 分かれ道から家まではすぐ着く。夕日が沈んでいくのが遠くに見え、電柱や家が長く影を落とす。家が見える一本道に、見覚えのない影が長く、私の足下まで伸びていた。

 さっきフミノが話していた都市伝説を思い出してしまった。

 それは夕日で逆光になっていたのだが、人の大きさで、何かに包まれているようないびつなシルエットになっていることがわかった。

 きっと綿だ…

 私は家を目の前に動けなくなってしまっていた。いびつなシルエットは小走りでこちらにやってきた。思わず視線を落とす。目を合わせちゃいけない気がした。

 そのいびつなシルエットは私の目の前で立ち止まった。イヤな汗が背中を広がっていった。落とした視線の先に手が見えた。体液で染まった綿と焼けただれた手だ。

 「家を焼いたのはあんたかい?」

 この時フミノの話をちゃんと聞いておけばよかったと後悔した。こういう場合、無闇に答えるのはよくないとフミノから聞いていた。私はぎゅっと目をつぶった。その時、

「金髪の外人が、あっちで「生魚はダメネー」って言ってました!」

 後ろからフミノの声が聞こえた。目を開けると綿ババアがすごい勢いで曲がり角をまがっていくところが見えた。



 「いやー、まさかほんとに出るなんてねー」

 フミノがのんきに言う。分かれ道で別れた後に、やっぱり話し切らないと気持ち悪くて夜寝れない!と私を追いかけて話倒そうとしたらしい。この時ばかりはフミノのその根性に救われた。

 「綿ババアは許せないものが二つあるの。一つは火事の犯人。もう一つは和食嫌いの外国人。」

 綿ババアは昔、板前の嫁で生魚を悪く言う外人が許せなかったそうだ。でもそれは文化が違うのだから仕方ないだろうに……

 板前の夫に先立たれてから、一人の寂しさを埋め合わせるために、全身を綿で包んだんじゃないかという逸話もあるそうだ。

 「その話が本当なら、私は綿ババアかわいそうだと思うな……だってね、」

 フミノの話は止まらない。気がつけば夕日は落ちきって、空には月が登り切って滑り落ちようとしていた。



 終わり。

 

三題噺のキーワード。

綿(わた)】【長屋(アパート)】【和食】

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