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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

謎の旅人?と偽りの勇者

作者: 暁月さくら

 深く暗い鬱々としたマズルの森。


 ミリシア王国南端に広がるその森に俺は今来ている。

 つい1年程前に起こった魔王復活の余波を受け、民の生活を脅かす魔物退治を頼まれているのだ。

 それが勇者としての俺の役割でもあるからだ。


 勇者――俺は、皆にそう呼ばれている。


 本当は、そう呼ばれる資格など俺にはないのに。



 この世界には、太古の昔、魔の一族と呼ばれる者たちがいた。

 人を襲い、あるいは喰らい、かの種族は俺たち人間とは相反する存在だった。

 魔の一族の強襲に戦く人間は、力あるものの存在を求めた。

 自分たちを救ってくれるものを――


 その時現れたのが、勇者と言われる人物だ。

 彼は、光の女神に祝福された人物とされ、その手に持つ剣は、万物を切り裂くとされていた。

 勇者は、魔の一族の王、魔王を倒し、その一族もろとも一つの大陸に封じ込めたといわれている。


 その魔王が――倒されたはずのその魔王が、なぜか1年程前に復活した。


 その報告を受けた各国の王たちは、すぐに新たな勇者と成り得る者を探しだし魔王討伐に向かわせた。

 しかし、勇者の力を持つ者などそう簡単には見つかるはずはなく、それぞれの国で最強の力を持つ者を勇者としたのだ。いかにも、光の女神の祝福を受けた者として。


 だがそれは、偽りの勇者でしかありえない。

 各国から集められた自称勇者は、ことごとく魔の一族の手にかかり命を落としていく。


 俺も、ミリシア王国最強剣士を名乗ってはいるが、偽りの勇者でしかないのだ。

 共に討伐に来ていた仲間と共に魔王の住む魔大陸に来ては見たが、其のあまりの惨状にしり込みするほどだ。

 死屍累々と横たわる討伐に来たと思しき人の姿。

 その姿に、自らの未来すら予感する。


 ――俺たちも、このなかに仲間入りするのか? と。


 途切れる事のない魔物のとの戦いを繰り返し、命に係わる傷を負いながらも、何とかたどり着いた魔王の玉座で見たものは―――今にも消えそうな、魔王の姿だった。


 その胸には、神々しく虹色に輝く剣が突き刺さっている。


 誰が―――?


 そう思いながら、誰一人声を発することが出来ないでいた。


 その時の俺たちは、ただ、ゆっくりと消えていく魔王の姿を、呆然と見ているだけしかできなかった。




「それで?」


 話の続きを促すように声をかけてきたのは、俺と人ひとり分くらい離れて座る人物からだ。

 頭からすっぽりとフードを被り、黙々と火にあぶられた肉にかぶりついている。

 フードから微かに除く髪の色は珍しい漆黒。顔や性別は判別しにくいが、出会った時からの感じからだと、まだ少年のようでもある。

 この少年とは、マズルの森近くの村で出会った。


 村人から、森に巣食う凶悪な魔物を退治してくれと頼まれたのだ。


 俺は、国からの依頼で仲間と旅をしながら魔物を退治して歩いていたが、今は訳あって仲間とは別行動を取っていた。

 そのとき、偶然立ち寄った村にこの少年がいたのだ。

 少年は、腹をすかせて倒れていたところを助けてくれたからと言って、俺と行動を共にしている。


 そう、少年は村の入り口で倒れていたらしい。

 親切な村人に食べ物を分けてもらい、恩を感じているのだろう。

 森は危険だから付いてくるな、と言っても「大丈夫!」といって、無理やりついてきた。

 何があっても責任持てないぞ、と少し脅しをかけると「大丈夫、お兄さん勇者なんでしょう? 強いんだよね?」守ってくれるよね? と含みを持たせた声で言われてしまったら、さすがにいやとは言えなくなってしまったのだ。


 そこから二人で森には入ってみたが……。


 なぜか、未だに魔物に遭遇しない。

 居ないのか?


 時間だけが過ぎ、空腹を満たすため休憩がてら食事を取っている最中、思い出したかのように突然少年が訊いてきたのだ。

 魔王をどうやって退治したの? と。

 なんとなく誤魔化す気にもなれず、俺は思ったよりもすんなり自分が偽物勇者であることを少年に告げていた。


「……残ってる魔物たちを倒しながら城に戻って報告したら、なぜか俺が倒したという事にされたんだよ」


 半ばやけになりつつそう告げると、少年は何処かきょとんとした仕草を見せた。

 フードのせいで、その表情までは伺えないが。


「そうなんだ? お兄さん、本物の勇者じゃないの?」


「ああ――偽物の勇者だ」


「偽物でも良いじゃん。勇者が倒したっていうのがみんなには必要だったんでしょう?」


「でもなあ……本物みたいに全部を封じることは出来なかったんだぞ」


 そのせいで、数はだいぶ減ったが、未だにあちらこちらで魔物が出現している。


「それでもさ、魔王が倒されたのは本当なんだろう?」


「俺じゃあないけどな……」


「それでも良いって! お兄さんかっこいいし、勇者は見た目も大事だよ、うん!」


「はぁ〜?」


 なんだ、それは?


「だって、その金色の髪も青い瞳もまるでどこかの王子様みたいだよ」


 …お・王子様!?

 なんなんだ、その発想は?

 ていうか、なんか……こう、ぶつぶつと、鳥肌が立ってきた。


「気色悪いことを言うなよ!」


「ひどいなあ〜」


 腕をさすりながら言う俺に、少年のおどけた声が届く。


「…あのな、そんな事、男に言われたってうれしくもなんともないぞ」


「大丈夫! お兄さんはかっこいいし強いしやさしいし、ご飯はくれるし、愚痴は零すし、うん、立派に勇者だよ。僕が保証する! 自信を持ちなよ」


「なんだそれは! ていうか、明らかにおかしいところがあっただろう!」


 前半はともかく、食事と愚痴は関係ないだろ!


「気にしちゃダメだよ、お兄さん」


「お前が言うな!」


 声を荒げる俺の耳に、微かな笑い声が届く。

 少年の声にしては軽やかな耳触りの良いその声に思わず少年を見つめると、そのフードの隙間から僅かに唇がのぞいていた。


 それは、薄く桃色に色づく小さな唇だった。

 その艶やかな色合いに思わずドキリと胸が高鳴る。


 ―――少年? …なのか?


「でも、その魔王さん、誰が倒したんだろうね」


 不思議そうに問うその口元は、再びフードに隠れ見えなくなってしまった。


「それが分かったら苦労しないよ……」


 ガクッと肩を落とす俺を笑う声が心地よい。


 ――素顔が見たい…。


 本気でそう思った。


 自然と手が動く。

 ゆっくりと手を伸ばし、少年のフードに届こうかという時にそれは起こった。




「来るよ、お兄さん!」


 緊迫した声。


「なんだ!?」


 その声にすぐさま火を消し、少年の側による。

 少年は下を向き静かに辺りの様子を窺っている。


「魔物の気配だ、2、3、4…4体いる。そのうち一体はボスクラスだよ!」


「なんだよ、そのボスクラスって!」


 聞きなれない言葉に驚きの声を上げる。


 なんだそれは?

 ボスクラス?

 聞いたことないぞ、そんな言葉。

 どんな魔物だ?


「えっと、特に強い魔物?」


「はぁ〜?」


 意味が解らん――!


「そんな事いいから! ほら、お兄さん、勇者の出番だよ!」


「そんな事、で済ますのか!? …たくっ!」


 半分呆れながら俺は腰の剣を抜く。


 程なくして現れたのは、魔の一族の中でも上級に位置するネブルと呼ばれる二つ角を持った巨大な魔物だった。

 大きさは軽く俺の3倍近くはある。

 そのネブルが下級の魔物を3体引き連れ姿を現したのだ。


 ――俺一人で殺れるのか?


 背中を冷たい汗が流れていくのが分かる。


 引き連れている3体の下級の魔物はまだいい。

 そいつらはゴドコスといい、人よりも家畜や畑を襲う魔物と言われているからだ。

 猪突猛進で凶暴ではあるが、こちらから攻撃を仕掛けなければ去っていく。仮に倒すにしても、村人数人がかりで挑めば倒せないこともない魔物なのだ。

 俺だったら、一人で2、3体は軽い。


 しかし――ネブルは…。


 俺は、剣を握り締める手に力を入れた。




「お兄さん、力んじゃだめだよ」


 俺の服の隅を軽く引きながら少年が告げる。

 緊張感のかけらもないその言葉に俺は力が抜けるのが分かった。


「少年、おまえは隠れていろ!」


「うん、まかせて!」


 軽やかに答えて背後の森に姿を隠す少年を後目に俺は剣を構えなおす。


「やってやろうじゃないか――俺は、勇者だっ!」




 と、意気込んでいったは良いが、なんでこんなになってんだ!?




 今、俺の目の前には、体を綺麗に真っ二つにされたゴドコスと、これでもかあ〜! と思うほど切り付けられ、首を落とされたネブルの屍骸が横たわっていた。




「倒せてよかったね、お兄さん」


「ああ……」


 上機嫌とでもいうような少年の声に力なく答える俺。


「どうしたの、お兄さん。元気ないね?」


「おまえ……何もんだ?」


 そう問いたくなるのも仕方ないだろう?


 結論から言おう――

 確かに俺は魔物を倒した。

 ただし、ゴドコスだけを――


 では、残り一体、ネブルを倒したのは誰か?


 それは俺ではない。

 それは――今、俺の目の前のフードを被ったこの少年が倒したのだ。


 ゴドコスの3体目と対峙しているとき、それまで動きを見せなかったネブルが襲いかかってきたのだ。 口から唾液を出し、巨躯と凶悪な顔で襲い来る様に一瞬、死を覚悟した。


 ――俺一人では倒せない。せめてここにあいつらがいれば殺れるのに!


 俺は、今ここにはいない旅の仲間を思った。

 共に魔王退治へと赴き、今は別行動をしているが旅の仲間でもある彼らを――

 

 こんなところで俺は死ぬのか……。


 唇を強くかみしめる俺は、不意に横切る人の姿に目を見開く。


 ―――少年?


 そこには、風のように俺の脇を通り抜け、ネブルに切りかかる少年がいた。


 ――早い!


 風のように素早く動き、縦横無尽に切りつける。

 軽やかに剣を振るうさまは、その重さすら感じさせない。

 その姿に動揺しながらもなんとか態勢を整え、最後のゴドコスを倒したときには、少年はネブルの首を切り落とす瞬間だった。


「えいっ!」


 なんとも間の抜けたような可愛らしい掛け声とともに、ネブルの首が転がる。

 少年は、剣を軽くふるうと腰の鞘に納めた。

 その仕草は、戦いなれた剣士のようでもあるが、少年の見せた剣技には覚えがない。

 

 俺は、ただ呆然とその様子を見ている事しか出来なかった。

 

「おまえ…いったい何もんだ?」


「うん? ただの旅人?」


 きょとんと首を傾げる少年は何でもないことのようにそう答える。


「ただの旅人がそんなに強いわけあるか!?」


「えぇ〜、僕そんなに強くないよ」


 謙遜しているわけではないのだろう。

 フードの下でポリポリ頬を描く仕草は、少し照れているようにも見える。


「だったら、なんださっきの剣技は!? 見たことないぞ!」


「爺様に教わったんだよ」


「爺様…?」


 爺様…って誰だ?

 そんなすごい剣豪なんていたか?

 首をひねる俺をよそに少年はフードをぴょこぴょこさせながら頷く。


「うん、僕の爺様。やたらと強くて、やたらと怖くて、やたらとおかしな人」


「どんな人だよ、それは!?」


「だから、僕の爺様だよ」


 説明になってないだろう!


 そう問いかける俺に「だって本当なんだもん」と、少しむくれた声が響く。


「んで? そのやたらと強くて、やたらと怖くて、やたらとおかしな爺様にどうやって剣を教えてもらったんだ?」


「えっと…ね。

 とにかく相手を斬りつけて、後は気合じゃあ! って言ってた」


「なんだ、それはっ!」


 無茶苦茶なその指導法で少年は神憑り的な剣技を身に付けたらしい――


 俺には無理だ――絶対に無理だ。

 そんな指導で、強くなれる訳ないだろう!


 憤る俺に、少年は何度も「本当だもん…」と繰り返していた。



 

 村に戻り、魔物を退治したことを報告すると、俺と少年は僅かな食料をもらい村を後にした。依頼料を支払うと言われたが、俺は勇者として――偽物だが――依頼を受けただけと断り、少年はご飯を食べさせてくれたお礼だから要らないといった。


 たった一食の礼がネブル退治?

 こいつ、大丈夫か?


「あっ、分岐が見えてきた」


 余りの人の好さを心配している俺に、少年が話しかけてきた。


 ――分岐?


 聞きなれない言葉に首を傾げる。


 少年の顔の向く方向には二手に分かれた道が見えた。


 分岐というのは、分かれ道の事か――?


 不思議に思いながら少年を見ると、一つの方角を指差していた。


「お兄さんは、ミジカムの町に向かうんだよね? 僕はこっちだ」


 俺は仲間の一人と合流するため、この先にあるミジカムの町へ向かう予定だ。

 少年は俺の向かう方向とは反対の方向を指差す。


 そこには、鬱然とした森が広がっていた。

 フィンティアスの森と呼ばれるそこは、ミリシア王国と隣国カルザムの間に広がる巨大な森だった。

 通称、迷いの森とも呼ばれ、数多の旅人を死に追いやるほどの危険地帯である。


 なんでそんなところへ?


 顔をしかめる俺に少年は何でもないことのように告げた。


「僕、宝探しに行くんだよ」


「はぁ〜!?」


 なんでまたそんな危険地帯へ!

 しかも、宝探し?

 あるのか、そんなもん?


 自問している俺にふと手が差し伸べられた。


 なんだ?


「おりがとう、勇者のお兄さん。楽しかったよ」


 別れの挨拶らしい。

 俺も手を差し出す。


「いや、こっちこそ助かった」


 フードをぴょこぴょこさせながら手を握り締める少年の、その手の小ささに戦く。

 離した後、思わず手と少年を何度も見比べた。


 ――少年…なのか?

 

「なあ少年……おまえ、なんでフードを被っている? 何か、素顔を見られたくない理由でもあるのか?」

 

 ふいにその素顔に興味がわいた。

 魔物との戦いの前にちらりと見えた小さな唇にも――

 俺の唐突とでもとれる今更の問いかけに、少年は困ったかのように首を傾げた。


「爺様の言いつけ」


 ――でたよ、爺様。


「爺様が顔を見せるなって言ったのか?」


「うん」


「で、俺にも見せないつもりか?」


 強引だとも思う。

 だが、見たいものは見たい。

 俺の真剣なまなざしを受けて、少年は苦笑交じりの声で答える。


「見たいの、僕の顔?」


「ああ、見たいね」


「良いもんじゃないよ?」


「醜い傷でもあるのか? そんなもん気にしないぞ俺は」


「そういう訳じゃないけど――」


「じゃあ、見たっていいだろう。

 偶然、またどこかで会うかもしれないんだし、顔くらい知っておきたいからな」


 無理やりなこじつけに少年は諦めたように一つため息をついた。


「爺様には内緒だよ…」


 知らないよ、おまえの爺様は!


「ああ、内緒にしておいてやる」


 はっきり答えた俺に安心したのか、少年はゆっくりとフードに手をかけそれを下した。


「なっ―――おまえっ!」




 そこに現れたのは、長い漆黒の髪と、神秘的な薄紫の瞳をした超絶美少女だった。


「少年じゃなかったのか!?」


「一回も男だなんて言ってないよ僕」


 記憶に残る薄桃色の小さな唇が艶やかさを増して言葉を紡いでいる。

 

 触れたい―――


 むくれ顔の可愛らしい顔にそっと手を伸ばしながら、俺は無性にその唇にふれたい衝動に駆られていた。


「…なに? 黙ってたこと怒ってる? でも、爺様の言いつけだから、仕方ないだろう?」


 無言で見つめる俺が機嫌を損ねていると思っているんだろう。

 少女は、そっぽを向くように口を尖らせた。


 可愛い――


「さっき、ありがとうって言ってたよな?」


「…? 言ったけど?」


 きょとんとした顔で見上げて来る少女の頬を、両手で包むように少し上向かせ、視線を合わせる。


 ―――触れたい。

 

「やっぱり、お礼もらっていいかな?」


「はぁ〜! 僕、お金ないよ! 食べるもんだってさっき貰ったものしかなっ「そんなものはいらない、これでいい」――!」


 少女の言葉を遮るように、俺は薄桃色の小さな唇に自らの唇を重ねていた。


 離れようともがく少女を抱きしめ、俺はその唇を心ゆくまで堪能した。






「何するんだっ!」


 俺から解放された少女は、顔を真っ赤に染め怒鳴りつけてくる。

 その顔も可愛いと思う俺の心は既に彼女に囚われかけているんだろう。


「だから、お礼をもらったんだよ」


「こんなお礼があるか!? おまえ、勇者だろう!? 勇者がこんなことするな!」


「偽物だけどな」


 憤慨する少女が可愛らしくて笑みを浮かべる俺に、少女はますます顔を赤く染める。


「知るか! ったく! やっぱり爺様のいう事は本当だったよ!」


 また出たよ、爺様――


「お前の爺様が何を言ってたんだ?」


「男は危険だって……女だと襲ってくるって言ってた!」


 ――それは同感だ。


 爺様もそれを思ってフードで隠させていたのか?


「確かに危険だな。その素顔は確かに凶器だ、男の理性を根こそぎ持っていく。

 だから、ほらフードで隠しとけ」


 フードを少女にかぶせてやると、少女は抑えるように手を添え俺を睨みつけてきた。


「お前が言うな!」


 少女の叫びに俺の笑い声が重なった。




 分かれ道にたどり着いた俺は、少女に自分の名をまだ告げていないことに気が付く。


「セラン…セランフィートだ」


 唐突な俺の声に少女が見上げる。

 フードに隠れて表情は見えないが、胡乱な目で見ている事だろう。


「なに?」


「俺の名前」


「あっ、そう」


「覚えておけ。いずれまた会う男の名だ」


「……もう忘れた」


「セランフィートだ」


「知らない」


「セ ラ ン フィ ー トだ」


「あ〜もう! しつこい!」


 少女は、俺に指を突き付け怒鳴りつける。


「これだけ言ったら忘れないだろう?」


「しつこい男は嫌われるって知ってる?」


 見上げて来る少女のフードの隙間から微かに見える頬が、微かに朱に染まっている。

 言葉とは裏腹に、少し照れているように見えるから不思議だ。


「俺は、あきらめが悪いんだよ」


「あっ、そう。じゃあ僕は行くよ」


 くるっと踵を返す少女の背に告げる。


「おまえの実力だとまあ大丈夫だとは思うが、気を付けて行け」


 俺の言葉に、少女は少し戸惑った後「……ありがとう、セラン」と呟いた。


 小さく――本当に小さく呟かれた俺の名前。

 不意にもたらされたその声に、俺はうれしさに笑みがこぼれるのを抑えきれなかった。

 



 走り去る少女を満面の笑みで見送っていると、ふと立ち止まる姿が映る。


「―――リアン!」


 そう叫ぶ少女は振り向きながらフードを下し、俺を見ていた。


「僕の名前、リアティナって言うんだ!」


 輝くような笑みを浮かべ叫ぶ少女は、大きく手を振りフィンティアスの森へと駆けていった。

 あっけにとられた俺は、次の瞬間、爆笑した。

 笑いすぎて、涙目になりながらも、小さくなる少女の姿を見つめる。


「リアン…リアティナね。覚えたよ、決して忘れない」


 ――次に会えた時は、必ず君の心をもらう。


「なんといっても、俺は君が認めた勇者だからね」


 ――偽物だけど。


 必ず来るだろう再会に胸躍らせながら、俺は目的の町へと歩き出した。







「あっ! そういえば、あいつは今フィンティアスの森にいるんだった!」


 突然思い出した合流するべき相手の一人。

 その相手の顔を思い浮かべ、俺は頭を抱えた。

 何事もなければいい。

 そうだ、必ずしも出会うとは限らない―――しかし…。


 いやな予感に苛まれながら俺は、願わくば少女とあいつが出会わないことを女神に祈りながら―――――町へと向かった。


ありがとうございました!

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