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砂月花伝  作者: 季波
2/2

風獅子と義翼

クトゥーガ国 王都マウドーラ 貴族街の一角


 不意に風が肌を撫ぜ、髪や服をはためかせた。

 顔にかかってくる髪を避けるように頭上を見上げれば濃紺の夜空に星と言う銀の煌めきが散っていた。少女はとある貴族宅のドーム状となった屋根に立つ避雷針に手を掛けて、遥か下の地上を見下ろす。眼下に広がる広い貴族の邸宅は賊の侵入でも許したのかザワザワとざわめいている。


「ホンット、馬鹿馬鹿しい。ま、加勢しますよ・・・お頭」


 自分のこれからする事を考え毒づき、避雷針から手を放すと少女は躊躇いなく宙に飛んだ。しかし、その身体は重力に従って落下する事は無くその場に浮いた。

 少女の肌は砂漠に生きる者特有の褐色で大きく波打つ黒髪は頭頂部で結われている。服装は踊り子のような身軽なそれでいて動きやすそうな恰好をしていた。その少女の目は右は月如き黄金(きん)、左は空如き蒼穹(あお)を映していた。


 色違いの瞳で下をまた見た直後、屋敷から人がバラバラと出てくる。飛び出してきた誰も彼も手には高価そうな壺や刀剣、そして宝石などを持っていた。・・・どうやら、今回の仕事は大体終わったらしい。

「待て―――――ッ!この、コソ泥めがぁ―――――」

 先んじて出た賊に続いてカトラスやら槍やら武器を持ち、殺気だった様子の貴族の私兵達が追って来る。状況を見ているとまろぶように賊の一人が遅れて出てくるのを目にして、溜息をついた。呆れと共に右手を振るうと賊と私兵の間で旋風が渦巻く。

「うわぁ、な、なんだ・・・」

「皆さんの御心を頂戴しに参りました」

 私兵の足が止まり、逃げ遅れていた賊が他の人に回収されたのを横目で確認しつつ、艶めいた笑みを浮かべる。同時に中空を滑りながら、宝物庫の屋根の上に移動してみれば兵達全員の目が自分に集中する。

 妖艶と取れる笑みを無言で深めて見せれば、集中した目はさらに釘付けとなる。すると私兵の隊長格らしい男が警戒しつつも何かに気づいたらしく声を上げる。


「・・・・・・まさか、お前は――≪風獅子(アリエル)≫か?!」

「当ったりぃ、哀れな者に皆さんの優しき心を下さいな?」


 唇に立てた人差し指を当てて、笑みを浮かべながらいると――私兵達の前に薔薇のような多花弁の花を模した綺麗な結晶が生まれる。


 盗賊となってまでも自分の探し求めるモノ――≪心花(クローシェアーツ)≫と呼ばれる人の心を具現化したモノが浮かび上がって来る。だが全てを奪うと心を失くす事に繋がるので、求めるのはその欠片――≪花弁(マーツァ)≫だ。


「皆様の一片(ひとひら)の≪心花(クローシェアーツ)≫を我が元に」


 呪文めいた言葉を口ずさむと花を模した結晶から花弁が一つ離れ、手元に集う。様々な色をたたえる花弁を大事に胸に抱え込んで様子を窺えば、私兵達はぼんやりと中空を見つめていた。どうしても心の一部が無くなるため、一時的に呆然自失状態となるがそれは逆にチャンスでもあった。

「それでは、皆様ご機嫌よう」

 この仕事をしている時用に作った笑みを含んだ声で言い放ち、屋敷の倉庫の屋根を蹴りその身を宙に踊らせ姿を消した――。



***



「お頭っ!」

「おお、≪風獅子(アリエル)≫! 何事も無かったか?」

 人目を避けながら、空中を風となって駆け行き、邸宅から離れた小さなオアシスに辿り着くと目的に人物に向かって声を掛ける。砂漠の民特有の褐色の肌に黒髪黒眼の四十過ぎのがっしりとした男性が声に応じるように振り向く。


 弱きを助け、強きを挫くという義賊≪義翼(エセルディア)≫の頭領バルド=エヴァランだ。顔立ちは少々厳めしいが、昔からの知り合いであるので気圧される事も恐怖もない。

 だから、彼の問いに素直に簡潔に答える。

「何も。と、いうよりもまた危なかったのがいたみたい」

「・・・・・・クードだな。スマンな、いつも」

「いいえ、アタシには、アタシの目的があるから」

「・・・・・・・・・・・・目的の達成まで、あとどれくらいだ」

 バルドが周りを気遣うように声を落として尋ねてくる。それに対してアタシはにこ、と笑んで答えた。


「今日の収穫は10個、だから――あと、20です」

「・・・20なら、儂らから貰えば良かろう。それで終いだ」

「それは――したくないんです。知っている人の、」

 義賊の一人が近づいてきたので言葉を切る。自分が何を集めていて、どんな存在であるのかを知っているのは≪義翼(エセルディア)≫ではバルドのみであるため、他の者に聞かれないように言葉を切った。


「どうした?」

「お頭、今日の物の分配はどうします?」

「・・・悪ぃが、先に≪風獅子(アリエル)≫と話しをつけてからでもいいか?」

「・・・・・・。・・・それがお頭の命であるのならば」

 話しかけてきた義賊の一人は重要な事を尋ねてきた割に古参の仲間ではないらしく、苦々しげにアタシを睨みつけてくる。うっとおしいとは思うが、元々同じ団に入っている訳ではない以上部外者だからその視線には素知らぬふりをして流す。

「ッ、・・・貴様ぁっ!」

「下がれ」

 眼光鋭くバルドは血気盛った部下に命じると、部下はビクつき動きを止める。

 部下が固まってしまった事をいい事に、その場を離れるバルドに呆然としているとチョイチョイと手招きをされたので慌てて後を追い、天幕をくぐる。バルドの天幕に入った途端、彼が好んで焚いている香の匂いが鼻をついた。

 そして――――表情を険しいモノに変えたバルドは静かにアタシを呼んだ。


「・・・アルマ=ルーシェン。おめえはいつまで盗賊を続ける気だ?」


 部下に向けていたものと同じ鋭い眼光で射抜き、隠している本名で呼びバルドは真意を見抜こうとする。反射的に動揺して瞳を伏せたがしばらくして答える。

 自分の中にあるたった一つの答えを。

「――――罪を、贖うための儀が終わるまで」

「・・・レイスルからの最後の願いでおめえの面倒を見てきた。だがな、これ以上やってるとおめえ、抜け出せなくなるぞ」

 ずっと親代わりになってくれていた人からの言葉に唇を噛んで俯いた。そんな事、充分に分かっている。全ての事実を知るのはバルドだけだが、古参の仲間たちには昔から可愛がってもらっているし、心配だってしている事も。


 でも、だからこそ利用したくないのだ。

 両親も、そこから与えられる『愛』や『情』も――何よりも力を失った自分を慈しんでくれた≪義翼(エセルディア)≫の人々を。

 それ以上に、彼らはアタシのためなら利用される事を厭わない事も知っているから。


「だから、儂らを利用しろ、と言っておるのにおめえは利用しようとしない」

「・・・」

「アルマよ、一体何がそんなに嫌なんだ?」

 本意を知ろうと促す声に顔を上げて真っ直ぐにバルドを見て、こみ上げる感情に任せるように叫んだ。

「ここの、皆は正体不明のアタシを受け入れてくれたっ! でも、お頭以外は本当にアタシが誰だか知らない。そんな事したら――受け入れて貰えなくなるかもしれない・・・。アタシは、それが怖い。両親以外にアタシを受け入れてくれたのはここだけだから・・・・・・ッッ」

「・・・そうか、ならいい。もう、無理に利用しろとは言わん。だがな、約束しろ」

 隠していた不安を語る内に零れた涙を拭いながら、譲歩してくれたバルドの方を見つめた。そのバルドはほんの少しの苦悩を表情に閃かせてから口を開く。

「罪を償い、力を取り戻したらすぐに盗賊稼業はやめろ。分かったな?」

「・・・はい」

 まだ零れる涙を拭い、返事と共に頷いた。バルドは近づくと大きな手で頭を撫でた。

 忘れてしまっているが、多分男親の手と言うのはこんなものなのかもしれない。なんとなくほっとしていると天幕内の空気も自然と和らぐ。


 だが、それを破るかのように天幕の入口の布が勢いよく開かれ、「お頭っ!!」と声がした。

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