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斬撃小説大賞コンビニ作家賞

作者: 東 洋

 斬撃小説大賞、それはライトノベル(以下、便宜上ラノベと略すことも)の賞としては最多の応募数を誇る、ラノベの新人作家小説賞である。主催は丸川グループという団体の子会社である小豆メディアワークスという株式会社で、受賞した新人作家は、丸川斬撃文庫という大手ライトノベル文庫から出版の確約を得られる。賞としては、大賞、金賞、銀賞の他に、メディアワークス賞、斬撃文庫MAGAZINE賞の5つあり、大賞は300万円、金賞とメディアワークス賞は100万円、銀賞とMAGAZINE賞はそれぞれ50万円と30万円が副賞としてもらえる、なんともおいしい賞なのだ。

 私もかれこれ5年間、毎年応募してきたが、端にも棒にもかからない。斬撃め、調子に乗るなともったりもするが、やはり、ここは素直に自分の実力を客観視するべきなのだろう。

 さて、私は今、自分の家で、このくそ暑い7月の半ばに冷房もつけず、4畳半の部屋でちゃぶ台に向かって正座していた。ちゃぶ台の上には先ほど届いた封筒が一部置いてある。差出人は、斬撃小説大賞とある。つまり、選考結果が届いたわけだ。足掛け六年、私は初めて手ごたえを感じていた。というのも、一次選考で落選した場合、通知は出ない。ということは、今回私が応募したいくつかの作品は、二次選考、もしくは三次まで残り、選評コメントを勝ち得たということになる。いやいや、もしかしたらもしかすると、三次選考も通過して、最終選考に行き、賞を受賞したかもしれない。

 膨れ上がる期待に、思わず口元が綻んだ。と、私は慌てて目をきつく閉じる。そう、過度な期待は裏切られるのが常であり、必要以上に気落ちするものだ。

――落ち着け、落ち着け

 私は自分に言い聞かせ、震える指で封筒を手に取り、慌てて先ほど買いに出かけたペーパーナイフで丁寧に封を開けた。中には三つ折に畳まれた紙が一枚入っていた。私はなんだか拍子抜けした気分で、紙を開き、印字された文字を目で追った。一番上に、大きなゴシック体で、黒々と以下のようなことが書いてある。


  祝!斬撃小説大賞、コンビニ作家賞受賞!!


 私は鼻からよくわからない落胆の息を出しながら、眉根を寄せた。

 正直、どういうことだかさっぱり分からなかったのだ。



 斬撃小説大賞には、5つの賞しかない。そして、その中にはコンビニ作家賞などというものは断じてないのだ。それはさっき確認したばかりである。たちの悪いいたずらだろうか、しかし、何の意味がある? とりあえず私は、続きを読むことにした。


  あなたは、第二十回斬撃小説大賞において、すばらしい作品を応募しました。よって厳格な審査の下、ここに斬撃小説大賞コンビニ作家賞をお送りいたします。つきましては、今後の詳細をお話したいので、一度当社にお越しいただきたく存じます。


 その下には丸川グループの所有する丸川第三ビルの住所と、担当責任者の五十嵐安奈という人の名前があった。結局私は、いまいち事情が掴めないままでいた。どういうことなのだろうか、これは。斬撃の何かの賞を受賞したということでよいのだろうか。しかし、いまひとつ胡散臭いためか、なんだか手放しでは喜べない。どうしたものだろう。

 私が通知を持ちながら、あーでもないこーでもないと頭をひねっていたところ、出し抜けに携帯の着信が鳴り響いた。私は不意を突かれた思いで、あたふたと携帯の画面を見る。非通知である。一体、誰だろうか、ずっと長いこと、私に電話をかけてくる人なんていなかった。多少警戒しながら、私は電話に出た。

「はい……」

 少ししわがれ声になってしまったのは、ご愛嬌。

<あ、お忙しいところ失礼します。私、丸川斬撃文庫編集の五十嵐と申します>

 鈴の鳴るようなよく通る声で、電話口の五十嵐さんははきはきとしゃべった。斬撃文庫の編集者だと言っているし、どうやら、あの通知をよこした五十嵐さんのようだ。

「あ、始めまして。私は――」

<早速ですが、もう選考通知のほうはご覧になりましたか?>

 五十嵐さんは私の名乗りにかぶせて本題を切り出した。どうやらかなりのせっかちなようだ。私が面食らっていると、あ、まだご覧になってませんか、どうなんですか、としきりに問いただしてくる。

「あ、拝見させていただき――」

<そうですか、ありがとうございます。では、ご承知のこととは思いますが、一度、こちらに足を運んでいただきたいのです。つきましては、いつ頃がご都合がよろしいでしょうか?>

「あ、そうですね、じゃあ――」

<特にご要望がございませんでしたら、急な話ですが、もしよろしければ、明日などはいかがでしょうか? 午後でしたらいつでもよろしいので>

「あ、そうですね――」

<それでは、お待ちしておりますので。失礼いたします>

 そうして、五十嵐さんは電話を切ったのであった。私は、なんだか無性に疲れたので、一眠りすることにした。



 翌日、私は飯田橋にある丸川第三ビルに向かった。受付でへどもどしながらもなんとか五十嵐さんに呼び出されたことを伝えると、程なくして一人の少女が現れた。リクルートのようなレディーススーツを着ており、かつかつとヒールを鳴らしながら大股でこちらに向かってくる。少し広めなおでこを前髪で斜めに隠し、後ろはまとめている。とても小柄で、身長は150センチもなさそうだ。少し見ただけでは、中学生の女の子が一丁前にスーツを着てみたような、とても微笑ましい印象を受ける。職業体験でもしているのだろうか? 最近の中学校は、わざわざ制服ではなくてスーツを着せるものなのだな、と私は感心した。それにしても、五十嵐さん遅いなあ。受付の人に呼び出してもらってから、もう5分以上も経っている。私はあまり社会に出て働いた経験はないのだが、こんなものなのだろうか? もしくは、私のほうから伺うべきだったのかもしれない。

「すみません、ちょっと……」と、やおらスーツの少女が話しかけてきた。

 私が返事をしようとすると、彼女はそれを遮る様に続けた。私は漠然としたデジャヴを感じていた。

「はじめまして。私、五十嵐安奈です」

 そう言って彼女は名刺を差し出した。名刺には丸川グループ小豆メディアワークス編集見習いとの肩書きが狭そうに並べられている。

「この見習いというのは?」

 私が訊ねると、五十嵐さんは何でもなさそうに説明してくれたが、私にとってそれは驚愕に値するものだった。なんでも、彼女の通う私立の中学校では2年生になると指定された会社の中からひとつ選んで、夏休みの間、その職場でインターシップをすることになっているらしい。その職場での活動を日誌に書いて、休み明けに提出しなければならないのだという。五十嵐さんのほかにも、同じ私立中学校の生徒が、今丸川グループで多く職業体験をしているらしい。

 ううむ、まさか五十嵐さんが本当に中学生だとは思わなかった。そして、彼女の通う中学校とその生徒を受け入れている丸川グループのなんとアヴァン・ギャルドなことだろう!

 私が感動に打ち震えていたところ、五十嵐嬢は眉間を寄せてこちらを睨みつけてきた。しかしそんな幼顔で不機嫌さをアピールされても、私としては屁の河童だ。むしろ愛くるしさが増すだけだ。そうさ! 私はロリコンだとも!

 いくら抗議の目を向けても、私がいっそうにやける、いや、喜ぶだけだと悟ったのだろう。五十嵐さんは諦観の嘆息を吐いて、こちらです、とかつかつヒールをリズムよく鳴らしながら、ビルの外へ出た。私は彼女から何の説明も受けていなかったのだが、それは付いていった先で分かるのだろうか。私は何はともあれ、五十嵐さんを追うことにしたのだった。



 私たちは丸川第三ビルのすぐそばにある喫茶店で腰を落ち着けた。店内はあまり空調が効いていなかったが、それでも外との気温差で汗が引いていくのを感じた。五十嵐さんは壁際のソファに陣取り、私は対面の椅子を引いた。彼女は席に着くや否や上着を脱いで、白いブラウスを顕わにした。透けて見えるキャミソールはどうやら子供らしいクリームイエローで、その内側のスポーツブラ(と、私は推測した)に隠されているだろう薄い盛り上がりを想像するだけで私はエレクチオン一歩手前である。

 程なくして店員が水を運んでくれたので、私はアイスコーヒーを注文した。五十嵐さんは電話でのせっかちはどこへ行ったのやら、さんざ悩んだ挙句、私と同じものを注文した。私にも経験があるが、この年頃の子供というのは無駄に成熟している風を演出したくて、大人の真似事をするものなのだ。さっきとは別の店員が私たち二人のアイスコーヒーを持ってきた。果たして五十嵐さん(私のアナベル・リイ! 我がロリータ!)は一度口をつけたあと、顔を顰めて、私の分のシロップとミルクも入れた後、さらにもうひとつずつ注文して、合計三つのシロップとミルクを入れた。その顔はとても恥ずかしそうで、悔しそうでもあり、なんとも微笑ましい。私は思わず鼻の穴を膨らませながら、コーヒーをストローで一口のみ、顔をしかめてミルクとシロップを店員に持ってこさせた。

 ようやく一息ついたところで、彼女は自分のショルダーバック(ここでの描写が始めてであるが、彼女は登場した時からずっと背負っていたのだ。これが一人称の恐ろしさである。つまり、私が述べないだけで、あなた方はこんなことも知らなかったのだ!)から何やらペンや紙やらを広げ始めた。

「それでは、早速打ち合わせを始めましょう」

 彼女は見せ付けるようにこほん、と空咳をひとつしてから言ったのだった。なんて可愛らしい。きゃわわ!

 しかし、その前に確認しなければならないことがある。私は彼女を制すように片手を突き出した。

「ちょっと待ってください。その前に、私が呼び出された経緯を説明して下さいよ。これじゃあ、何の打ち合わせだかも分かりませんってば」

 私はあくまで低姿勢に振舞うよう勤めた。というのも、この五十嵐嬢が本当にナボコフ、『ロリータ』のニンフェットであるならば、恐らく、かなり気性が荒いのではないかと踏んだからだ。大体、エミリー・ブロンテの『嵐が丘』しかり、コレットの『青い麦』しかり、ニンフェットたちの激しやすいことといったら、私は読書を通して経験しているのだ。私が紳士の嗅覚で五十嵐さんのニンフェット性を嗅ぎつけたからには、彼女もその例に漏れないこと間違いないだろう。

「それはですね――」

 彼女は多少ムキになりながら、以下のようなことを話した。

 まず、彼女が夏休みの間、インターシップとして丸川グループの小豆メディアワークスで働くことになったのは先に述べたとおりだ。そこで彼女達に与えられた仕事は、第二十回斬撃小説大賞に応募されて、惜しくても惜しくなくても落選した多くの作品をもう一度、彼女達の独断で選考し、これはと思ったものを選ぶことだった。その後、各人が選んだ作者と打ち合わせをして、その小説をよりよいものにしていく。最終的にはその昇華された小説を、今度はメディアワークスのプロの編集者が再び精査して、御眼鏡にかなうものがあれば、なんと出版されるかもしれないのだという。

「ということで、私は学校の皆と競い合っているのです」

 彼女はすこぶる気炎を吐いた。

 私は少なからず落胆した。つまり、丸川グループが受け入れた素人の彼女達に無理やり形だけの仕事を与えるために、私は体のいい犠牲として選ばれたわけだ。少なからず期待した私のなんと滑稽なことか! 全くガチしょんぼり沈殿丸とはこのことだろう。しかし、ここで露骨に気落ちしては、我がロリータに申し訳ない。いつだってニンフェットに罪はないのだ。

 それに、私はまだいくつか気になることがあった。

「なるほど。それでは、なぜ私を?」

「一番あなたの応募数が多かったからです」そう答えてから、彼女は続けた。「あなたが今回送った短編は100個、長編は10個。正直、編集者さんもドン引きしてましたよ」

 五十嵐さんは歯に衣着せない女の子らしい。まだ子供だから、相手のことを十分に忖度できないだけかもしれないが。もしくは、この短い間にきっぱりと嫌われたのだろうか。

「私達は、作者を一人決めると、それぞれどうしてその人を選んだのか、理由を答えなければならないんですね。それが、多くの応募者さんの中から、私達だけのコンセプト、つまり、自分だけの大賞を考えるってことだったんです。私の選んだ基準は、ずばり、生産力、だったんです。それで、コンビニ作家賞。たくさん書けるってことはそれだけ幅広いニーズにこたえることが出来るってことでしょう」

 彼女は甘ったるそうなコーヒーをおいしそうに飲んでから、自信に溢れた顔で私を見た。

「ああ、それでたくさん応募した私のことを選んでくれたわけですね」

 彼女はこくりと頷いた。

 なんてやりきれないのだろう。話の設定や内容、文章力といったものではなく、ただただたくさん送ったからというだけで私は選ばれただけだったのだ。正直、もうどうでもよくなっていた。

「それにしても、なぜ生産力なんてコンセプトで選んだのですか」

「んー、ぶっちゃけ、面倒臭かったんですよね。だって、今回応募された作品の総数、知ってますか?」

 私は首を横に振る。

「7,523作品ですよ! 信じられますか! なんでも過去最高なんですって!」

 彼女は気色ばんだ。興奮気味に目を見開いて、気持ち身を乗り出しているところは、思わずこちらも引き込まれてしまう。

「そんなのいちいち読んでいられないじゃないですか」

 五十嵐嬢は打って変わって憂鬱げに背もたれに身を預けた。この感情の起伏の激しさも、彼女のニンフェットたる所以だろう。われわれ紳士は彼女達に翻弄されるしかないのだ。彼女は天井を見上げながら呟くように言った。

「で、私は職場の皆さんに渡された応募作品のリストをボーっと眺めてたんですよ。そしたら、ちょくちょく同じ名前があるじゃないですか。あなたのことですよ。それで、私はふと思いついたんです。この生産力だけで選ぶ理由には十分じゃないかって。なにより選ぶ作家は早い者勝ちでしたし、皆が一つずつ応募作品を読んでる中、私だけさっさと作家を選んだら、私の優秀さがアピールできるじゃないですか。この子すごいって。後は一通りあなたの作品を読んで、それらしい理由をでっち上げて、あなたに連絡を取ったんです」

 彼女は得意げに捲くし立てた。

「うん、そっか……」

 私は心の中で血の涙を流した。



 私が苦悩をシロップの甘さで和らげて飲み込むと、彼女はやおら手をぽんと叩いて、鞄から分厚い封筒を取り出した。

「何ですか?」

 私が訊ねると、五十嵐さんはさも当然のごとく答えた。

「あなたの原稿ですよ、私が一番面白いと思った。正直、他はあんまりでしたねー」

 全く、ニンフェットというのはいちいち紳士を凹ませないと気がすまないのだろうか。

「へえ、一体なんだろう?『碧眼の竜』とか?」

 『碧眼の竜』とは、私が一番力を入れて書いた長編小説だ。主人公はある日森で迷ったところを碧眼の竜に助けられる。しかし、碧眼の竜が実は――

「いえ、あれは微妙でした」

「ああ、うん、そう……」

「私が選んだのはこれです!」

 そう言って彼女は封筒の中から原稿を取り出した。私の目に『breeze has come up』というタイトルが飛び込んでくる。瞬時に話の筋が蘇ってくる。確か、いろいろ書いているうちに、もう締め切りが間近になってきて、最後にあわてて書いたやつだ。適当に仕上げたやつだ。明治時代の作家「わたし」が零戦を作った堀越二郎に取材をして、その経緯を小説にまとめる話をストーリーにした。「わたし」が堀越二郎から、彼と妻との愛情劇、そして、彼と同じ開発チームとの友情を聴くという二重の構造が、今の私の描写力では難しくて、苦労した覚えがある。

 私には、五十嵐さんがよりにもよってなぜこの作品を選んだのか、納得がいかなかった。自分の実力不足をはっきりと思い知らされたし、正直、あまり面白く書けた気がしない。絶対、『碧眼の竜』の方が面白く書けた自信がある。

「これですか……」

 思わずそっけない反応をとってしまったが、五十嵐嬢は、気づかなかったようだ。

「はい! いやあ、これはよかったですよ!」

 私はやはり納得がいかなかったから、その理由を訊ねた。

「私が特に惹きつけられたのは、やっぱり、堀越二郎とその同僚、特に本庄季郎との絡みですね。もちろん、ほかの仲間とのやり取りも素敵でしたし、それを必死に聴いている「わたし」もよかったです。不憫萌えとは、なかなか分かってるなあ、と」

 彼女は恍惚としていた。その表情のなんと扇情的なこと! しかし、私は彼女の話がいまいち理解できない。

「えっと、つまり、どういうことですか? 彼らの友情が素晴らしかったということですか?」

「違いますよ!」

 彼女は目を剥かんばかりに叫んだ。私の顔に祝福の飛沫が飛ぶ。

「分かってない! あなた、ぜんぜん分かってませんよ!」

 五十嵐嬢は口惜しそうに身悶える。

「いいですか、そもそも、小豆メディアワークスが私たちに編集の仕事をさせるにあたって、なんて言ったと思います?」

 突然話が飛び、私には付いていけない。

「ライトノベルって言うのは、私たち位の年代、つまり、中高生をターゲットにしているんですよ。だから、私たちが面白いと思ったということは、そのまま大ヒットにつながる可能性があるということなんですよ。小豆メディアワークスは、そんな私たち、ラノベを支える読者が本当は何を求めているのか、プロの編集者や作家と読者との距離を埋めるためにも、私たちの気に入った作家を自分で選んでほしい、教えてほしいって言ったんですよ」

 私はとりあえず同意する。

「その中高生の内の一人である私が面白いと感じているのに、あなたときたら、それに共感できないなんて! これじゃあ、面白いライトノベルが書けるわけないじゃないですか」

「し、しかしだな……」

 私は、自分の書いた『breeze has come up』にあまり自信を持てなかった理由を述べた。彼女はうんうんと頷いて、途中から私の話を遮って自分の意見をねじ込んでくる。

「そんなことは、どうだっていいんですよ。あのですね、私たちがライトノベルに何を求めているか、知っていますか?」

 私は答えられなかった。考えてみると、これまで私は自分がどれだけ面白い話を書けるか、ということだけにしか興味がなかった。読者を意識していたつもりだったが、彼らが何を求めているのかなんて考えたことがない。面白い話を書ければ、読者は黙って支持してくれるものだと思っていたのだ。しかし、ライトノベルとは、純文学のように作家の思うことをただ書けばいいというわけではない。読者の読みたい、面白い話を書かなければならないのだ。

 五十嵐嬢はそんな私の心情を察してか、これ見よがしに溜息をついた。

「私たちはもちろん、面白いライトノベルが読みたいんです。でもそれだけじゃありません。そこに、妄想する余地がないとだめなんです」

「妄想……」

 私のオウム返しに、彼女は首肯する。

「魅力的な世界観、魅力的なキャラクター……でも、それで完結しちゃってたら、私たちは誰に共感して、自分を重ねればいいんですか? もっと言ってしまうと、私たちは誰に萌えればいいんですか?」

 私は冷や水を浴びせられた思いだった。そうだ、ライトノベルなのだ。若い読者が人間味のあるキャラクターの誰かと同じ目線に立てたり、魅力的なキャラクターに萌えることができなければ、それは確かにライトノベルではないかもしれない。

「確かに君の言う通りかもしれない。でも、それがどうして妄想に繋がるのだね?」

「そんなの決まってるじゃないですか!」

 彼女はまだ分からないのか、と信じられないような顔をした。なんところころと変わる顔だろう。

「ライトノベルって言うのは、究極的にはキャラクター小説なんですよ。そして、私たちがラノベのキャラクターに求めることは、たった一つなんです。つまり、萌えられる、ということなんです。ハアハアできなければ、それはラノベのキャラとしては失格なんですよ」

 暴論だとも思うが、私のロリータが言うのだから、一理あるのかもしれない。なんと言っても五十嵐さんは、私にとって中高生を代表する読者なのだから、彼女の意見は傾聴すべきだろう。それに、彼女も曲がりなりにも編集者の卵なわけだ。小豆メディアワークスでインターシップを受けているからには、編集の極意というものを、それなりに学んでいるはずだ。

「はっきり言って、あなたのほかの作品には、あまり萌えられるキャラクターがいなかったですよ。短編小説には、面白いものもいくつかありましたけど、それだって、キャラクターが萌えるというよりは、話とか設定が面白いってだけでした」

 それじゃだめなのだろうか? しかし、私が意見する間もなく、彼女は言葉を重ねる。

「でも、この作品だけは、なんでかキャラクターが素晴らしかったです。特に堀越二郎が、何でもできる優秀で、頭のいい人なのに、性格だって別になよなよしていないのに、受けでしかありえないというのは、ああ! 斬新ですよ! 強気なのに総受けだなんて! あふれ出るビッチ臭! 誘い受け! 思わず涎が出ちゃいますよ」

 一体、私のロリータは何を言っているのだろう?



 五十嵐さんは両手を絡めて握り、しばらく幸せそうな顔で自分の世界に浸っていたが、やがてはっと我に返った。私はとりあえず、間を繋ぐために話を再開した。

「では、コンビニ作家というのは?」

 彼女は可愛らしい薄い唇から垂れた涎を拭きふき、私に答えてくれた。

「コンビニ作家賞はですね、つまりはこういうことなんです」

 つまり、こういうことらしい。

 昨今、ライトノベルは年間1,000冊以上も出版されているらしい。しかも、一つ一つの作品が完結するまでにかかる巻数も長くなってきた。それが人気のある作品ならなおさらだ。そんな中ラノベ作家として生き残るためにはどうすればいいのか、五十嵐さんは考えた。

 いくら年間で発行される作品が増えたとしても、出版社は数えるほどしかない。つまり、出版される時期は限られているのだ。さらに、もし毎月新刊が上梓されるとしても、同じタイトル、シリーズのラノベは毎月出るわけではない。そして、読者だって、自分の好きないくつかのラノベしか買わないのだから、新刊が出るまでの間は待たなければならない。あるラノベの新刊が出るまでには、大体平均して4ヶ月は待たなければならないのだという。

 さて、その4ヶ月の間、かの読者は何をするだろう? ずばり、新しい作品を発掘するのではないだろうか。

 自分の贔屓にしているラノベが出るまでの間、彼らは手慰みとして、本屋へと足を向け、ずらりと並べられているラノベの背表紙を眺め、食指が動いたものを手に取るだろう。ページを繰って、気に入ればレジへと運ぶかもしれない。

「そこで読者に気に入られるために重要なことは何だと思いますか?」

 五十嵐さんは唐突に切り出した。

「うーん、やはり、話題になっているとか?」

「それもあるでしょうね。でもそれは、すでに成功している作家さんということにならないでしょうか。いまどき話題になるラノベって言うのは、賞を受賞しているだとか、有名な作家さんの新しい作品だとか、問題作だとか、有名な絵師が絵を描いてるとか、アニメ化決定だとか……とにかくもう何らかの形で有名になっているってことですよ。ここで問題にしているのは、あなたみたいな何の賞も受賞していない無名新人作家が生き残るにはどうしたらいいかってことですよ」

 私は腕を組んで考えてみた。五十嵐さんが私を選んだ理由は何であれ、こんな私の、それも先のことまで考えてくれてるなんて。感慨もひとしおというものだ。とにかく、彼女は私のことは本気で思っていてくれている、これは間違いないだろう。これは私も彼女の期待に答えなければ、紳士ではない。

「やはり、安定した面白さを供給できないと……」

 五十嵐さんは聞いてるそばから首を振る。

「安定した面白さなんて供給できるなら、あなたはとっくにデビューしてるはずでしょ? 自分にないものを求めないでください」

「ごめん……なさい……」

 きっとこの正直さも、私を思ってのことなのだろう。

「もちろん、それができるのならそれに越したことはありません。ですが、私があなたに求めているのは、また別のことです」

「それは、一体……」

 私は根を上げて、ニンフェットにすがった。

「それが、コンビニ作家ですよ!」

 彼女の理論によれば、私が並み居る他のラノベ作家と唯一勝負できる所、それは、生産力と、それに伴う守備範囲の広さだという。それが面白いか否かを問わず、とにかく、あれだけ手広く作品を書いて応募できるというのはすごいことだという。それはもう、編集者が発狂するくらいに。新刊を待っている読者が手に取るのは、所詮は暇つぶし、手慰みが目的だ。面白い作品に出会えたら重畳、くらいの期待しか持っていない。少なくとも、五十嵐嬢はそうだという。そんな読者の選ぶ基準というのは、シリーズ巻数が少ないものだ。あくまで新刊が出るまでの中継ぎなのだから、やはり、短くて、すっきりとまとまっているものがよい。これでまたぞろ手慰みであったはずの作品も新刊を待つ羽目になるのであれば、それは本末転倒というものだろう。

「コンビニって、特に用がなくても、なんとなく見つけたら入っちゃうじゃないですか。それで、ついついお菓子とかジュースとか、買っちゃうでしょう。いいですか、私があなたにラノベ作家として求めるのも、コンビニみたいに、なんとなく買っちゃわれるような作品を書くことです」

 私は胸打ち震えていた。私のロリータは、まるで天使のようではないか。彼女の思慮深さは、私に対する慈しみの表れではないか! 私は是が非でも彼女のためにラノベ作家としてデビューすることを誓った。もう、私がどのような作家になりたかったかは問題ではない。ここまで私のことを考えてくれた、この可愛い少女が求める理想の作家になることこそ、紳士としての私に課せられた義務なのだ。

「ありがとう、こんなにも私のことを考えてくれて」

 今の素直な気持ちが、思わず口に出た。彼女は恥ずかしそうに、嬉しそうにはにかんだ。



「他に質問はありますか?」

 五十嵐さんに聞かれて、私は首を振った。

「これでようやく打ち合わせに入れますよ」

 彼女は意気揚々とシャーペンを持った。

「どんなことを打ち合わせするんですか?」

 「そうですねえ」彼女は顎でシャーペンを数回ノックする。「とりあえず、コンビニ作家としてあなたのこの作品に足りないものや、改善点を挙げていきましょう」

 私は同意した。

「まず、コンビニでどうしてものを買ってしまうかということを考えてみましょう」

「やっぱり、目を引く商品が並んでいるってことじゃないかな、購買意欲をそそるというか」

 私が答えると、彼女は得心を得たように頷いた。

「そこですよ。目を引かれないと、手に取らないですよね。では、ラノベにおいて読者の目を引く部分ってどこでしょう」

 私は背もたれに体を預ける。「そうだな、表紙のイラスト、帯のあおり文句だろ。後はタイトルとかかなあ」

 五十嵐さんはうんうんと神妙に何度も頷いた。

「帯のあおりはこの際忘れましょう。作品が完成してないことには、書けるものでもありませんし。ということで、まずは絵師さんから決めていきましょう」

 そう言うと彼女は再び鞄から茶色い封筒を取り出して、その中身を広げた。三枚の異なる絵柄のイラストが現れた。しかし、私はなにやら違和感を感じた。どれも男二人が手をつないでいたり、抱き合っていたりと、可愛らしい女の子が全くいないからだ。

「これは……」

「はい、私の好きなBL絵師さんのイラストです」

「ん? 今BLって言った?」

 BLとは、ボーイズラブのことだろう。それくらい、私だって知っている。それにしても、我がロリータがホモにお熱でいらっしゃったとは。

 しかし、問題はそこではない。

「なぜライトノベルの挿絵にBLという単語が出てくるのですか」

「そんなの決まってるじゃないですか。これをあなたの売りするからですよ」

 話がよく見えない。要領を得ない私を見かねた五十嵐さんは、やれやれといったご様子。

「今どきのオタク系女子中高生って皆腐ってるんですよ。皆BLが大好きで、お気に入りのカップリングとかあるわけです。もちろん私もBLには一家言あります」

 どうして彼女はこんなことで堂々としているのだろうか。

「まあ、そんなことは置いといて。あなた、BLを書く才能がありますよ。どうですか、ここは、BL作家を目指してみては」

「あのう、私がラノベ作家として生き残る話をしているんですよね?」

「もちろんですよ。でも、最近のラノベって、ホモキャラ枠がいるじゃないですか。まあ、男読者向けの男の娘ってやつですが。だから、あなたはそこからもう一歩踏み込んで、腐女子向けのBL小説にもなれそうなやつを書くんです!」

 両のこぶしを握り締め、力説する五十嵐さんはこんなにも微笑ましいのに、どうしてこんなにも腐っているのか。

 それにしても、一体、どういうことなのだろうか?「BL小説にもなれそうな小説とは……?」私は、彼女に先を促した。

「つまり、そこが妄想の余地があるということですよ。賞を取ったとか、そういった有名になるためのバックボーンがないあなたが、いきなりラノベ読者の過半数を占める男性読者を切り捨てて、がっつりBL小説を書くのはあまりにも危険です。ですから、男性読者が読んだときには熱い友情が、私たちが読んだときにはカップリングが想像しやすい、そんな一度で二度おいしい小説を目指しましょう」

「だからって、この絵は……」

「そこですよ!」

 彼女が身を乗り出したので、小さな顔が近づいた。

「この小説、一体、何人女の子が出てきます?」

 私は話の内容を思い出してみる。「ええと、メインで出てくるのは2人くらいかな。堀越二郎の奥さんと、開発チームの世話を何かと焼いてくれる給仕の女の子」

 なんということだ。

「そうです。いまどきのラノベにはありえないですよ、ヒロインがたった二人しかいないなんて!」

 五十嵐さんは私の思いを読み取って言った。

「これはもう逆に、全面的に男キャラをプッシュしていくしかないでしょう。そうすることで話題性も生まれるってもんです。何をすれば話題になるか、売れるのかということを常に念頭に置いて下さい」

「分かりました。しかし、それでしたら五十嵐さんの方がより女性の気持ちが分かるでしょう。やはりあなたが選んだほうが良いのでは」

 私は渋々、承諾した。しかし、どうしても自分で絵を選ぶことは気が進まない。

「いいえ、あなたが選んだほうがいいでしょう。これらの絵師さんを選んだ時点で、もう女性の心はつかんだようなものなのです。有名な絵師さん達ですからね。そして男であるあなたが絵を選ぶことで、BL臭さが幾分か中和され、男性読者さんもあまり抵抗がなくなるというものなのです」

 私はげんなりしつつも絵を選んだ。二人の男が肩を組み合って笑っている絵にした。これなら、仲が良いから、というようにも言い訳出来そうだし、なにより、ほかの絵に比べて男たちの顎がそこまで尖っていない。



「よーし、これでまず一つ決まりましたね!」

「うん、そうね……」

 彼女は意気揚々とイラストをしまい、「次はタイトルを変えましょう!」と元気よく言った。

 私はまたぞろ食い下がってみた。

「この『breeze has come up』じゃだめですか?」

 この作品のタイトルには結構苦労した覚えがある。『breeze has come up』は、零戦を作った堀越二郎を主人公に書かれているが、アクセントとして、作家の堀辰雄が実際に書いた小説、『風たちぬ』からも着想を得たのだ。なのでタイトルもそれにちなんだものにしようと考えていた。そこで、この『風たちぬ』を英訳しようと思いつき、必死に辞書を引いて、やっとこさこの『breeze has come up』に落ち着いたのだった。

「だってこれ、明治時代を舞台にした小説ですよね? なのにタイトルが英語って、おかしくないですか?」

「……」

 確かに、意外な盲点と言わざるを得ない。

「なのでここはやはり、日本語に戻してから、さらにいじりましょう。そこで、私、ちょっといくつか考えてきたので、見てください」

 彼女はルーズリーフを一枚、私に見えるように差し出した。そこには、いくつかのタイトル案がずらりと並んでいる。以下――


  ゼロ戦作ったけど、なんか質問ある?

  俺の奥さんと友人が修羅場過ぎる

  やはり俺のゼロ戦は間違っている

  俺のゼロ戦がこんなに可愛いわけがない

  ちょwゼロ戦作った人見つけたったww

  俺はようやく登り始めたばかりだからな、この果てしなく遠いゼロ戦坂をよ

  風勃ったった

  ……


 などという素晴らしいタイトルの案が並んでいる。私は思わず鼻で笑ってしまった。

「ふふっ。いやあ、さすがにこれは……」

 私の失笑に、彼女は溜息を吐く。

「まだまだですね。だからだめなんですよ」

 これ見よがしに首を振りふり、彼女は続ける。「あのですね、あなたはラノベ作家なんですよ。純文学作家とか、大衆作家じゃないんです。ラノベ作家なんです。なのに、タイトルが長い文章じゃないなんて、おかしいでしょう」

「それは偏見じゃないですか。長くないものも……」私が言うそばから、彼女は反駁してくる。

「いやいや、先ほども言いましたけど、ラノベってたくさん出てるんですよ。読者はいちいち内容を確認してから読んでなんか居られないんです。じゃあ、どこで確認してもらうかといったら、これはもう、タイトルでしかないんですよ。特に最近はその流行が顕著なんです。アニメ化するラノベなんか皆そんな感じですよ。いいですか、はっきりあなたに言っておきます。タイトルは長くて何ぼなんですよ!」

 彼女の偏った思想は時々突拍子もない結論に至ることがある。しかし、私は彼女の満足げな顔が見たいので、おおむね彼女の希望に添えるよう努力するつもりだ。さっきそう誓った。ここで私が振るうべき辣腕は、いかに五十嵐さんと私とのかけ離れたセンスの距離を埋めて、折り合いをつけるのかということだ。

「なるほど、確かにそうかもしれません。しかし、やっぱりあんまり長いのは……」

 私が渋ると、五十嵐さんは少しすねた様子で言うのだった。

「あんまり気に入らないみたいですね。でも、もちろんこの私が考えた案からじゃないと選んじゃだめっていうわけではありませんから。もっとも、あなたがこれらよりも優れた案を考え出せるのであればですけど」

 いちいち棘のある言い方をするので私は心が痛んだ。彼女は私のためを思って色々と考えてくれているのに、私は文句を言うばかり。しかし、私にも一応人格がある。私は奴隷ではない。すべてにイエスマンでいたら、この先私の主張は五十嵐さんには通らないだろう。もちろん、五十嵐さんの奴隷になれるというのであれば、それはそれでやぶさかではないのだが、ここは私の紳士としての漢ぶりを見せ付けるべきだと思う。

「ありがとうございます。ではこういうのはどうでしょうか――」

 その後の喧々諤々の論争の末、私たちは結局、『ちょww風勃ったったwww』というタイトルに着陸した。彼女のアイデアのハイブリッドとして生まれたのだが、より悲惨なことになってしまった感は拭えない。全く、どうしてこうなった。しかし、五十嵐嬢は思いのほか気に入った様子なので、よしとしよう。



 その後も私と五十嵐さんはさまざまなことを話し合った。コンビニ作家としての心得だとか、シリーズとして続刊を出すとしても、最高で4巻までには完結できるようにということなどだ。また、『ちょww風勃ったったwww』以外にも、コンビニ小説として出版できそうな作品の打ち合わせも行った。

 もはや、私と五十嵐さんは、私がコンビニ作家としてデビューできることを疑わなかった。

 というのも、五十嵐嬢の話では、丸川斬撃文庫の編集者も、私の頑張り次第ではデビューさせても良いということらしいのだ。というのも、小豆メディアワークスでの『ちょww風勃ったったwww』の人気は、女性社員を中心に元からそこそこあったのだという。しかし、やはり依然として男性読者が中核を占めるライトノベル業界でデビューさせることを考え、斬撃小説大賞の審査員は難色を示したのだという。そんな折に中学生である五十嵐さんが私に着目し、そこにメディアワークスの女性社員の多くが賛同したため、丸川斬撃文庫の編集幹部もこれを無視できなくなった。そこで、私が『ちょww風勃ったったwww』を始め(もちろん、これが出版されるかどうかはまだ分からないが)、今後もコンビニ作家として定期的に安定したホモホモしい小説を書けるのであれば、私の本を刊行しても良いとの許可が下りたらしい。だから、挿絵を描く絵師の人も選ぶことが出来たらしい。本来ならば、出版も決まっていない作品に絵師を付けるなんてありえないことである。しかし、もし絵師さんを選べるようなことがあれば、私がきっとやる気を出すだろうからという、五十嵐さんの計らいで、そんな打ち合わせも出来たのだという。

 つまり、五十嵐さんが私を見出してくれなければ、こんなチャンスは得られなかったわけだ。そう考えてみると、彼女は本当に私の天使であった。彼女には感謝してもしきれない。わたしは、なんとしてもデビューできるように、打ち合わせの後、一から『ちょww風勃ったったwww』を読み直し、推敲に推敲を重ねたのだった。



 今、私はライトノベル界における正統派純BL小説作家として不動の地位を築いた。もちろん、男同士の熱い友情をテーマに書いているだけなので、一定数の男性ファンもいる。以前はコンビニ作家として長くても4巻までしかシリーズ物も出せないでいたが、最近はより長い作品も書かせてもらえるようになった。アニメ化だっていくつか成功している。

 私の部屋は、メディアミックスの一環で発売された商品で埋め尽くされるようになった。商品が出る度に皆がサンプルとして送ってくれるのだ。ちなみに、その多くがホモっぽさを意識して作られている。

 いま、私は自室のパソコンに向かって、原稿を書いている。グッズの置き場に困ったので、それを機会にあの4畳半の部屋から引っ越した。新しい部屋の壁では、頬を赤らめた上裸の堀越二郎が私を見下ろしている。

 出し抜けに電話が鳴った。今ではそこまで驚くこともない。電話がかかってくることなど、もはや日常茶飯事だ。

 私は携帯の画面を見て、発信元を確認した。見慣れた名前が、そこにはあった。

「はい――」

<あ、もしもし、五十嵐ですけど。もう原稿出来ましたか?>

 鈴の鳴るようなよく通る声に、凛々しさが加わっていた。私が答えないでいると、あ、出来てないんですか、どうなんですか、とせっかちなところは相変わらずだ。

「たった今出来ま――」

<そうですか! でしたら、また打ち合わせを兼ねて、あの喫茶店で落ち合いましょう。それでは>

 そう言って、彼女は電話を切った。私は思わず頬が緩む。

 五十嵐さんは、あれから大学一年生になり、もうすでに小豆メディアワークスからの内定も貰っている。今はバイトがてら、私の担当編集者になっている。というか、あの日から彼女はずっと私の担当編集者として、忌憚ない意見で私を励ましてくれていた。私は彼女を喜ばせるためだけに、これまでずっと小説を書いてきたといっても過言ではない。なぜなら、彼女は私にとって特別な存在、そう、一番最初の読者なのだから。私は彼女がホモの妄想をしやすいように、男同士の、あるいはそうとも取れそうなやり取りを書き続けている。

 本当に、どこで道を誤ったのだろうか?


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― 新着の感想 ―
[一言] 絶笑の連続でしたww 面白かったです。言い回しや、言葉の選びかたにセンスを感じました。オチはちょっと予想できてしまったけど、そこへ至るまでのアプローチの仕方をじゅうぶんに楽しめましたし、色々…
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