第7話
ようやく物語が動き始めた、という感じです。
これからですね。
書くのが大変になりそうです・・・。
慎はすばやく反応し、様子を見にテラスから身を乗り出した。
双眸が厳しく細まる。さっきまでの気楽さが嘘のように、彼の表情が引き締まった。
「どこだ……」
ビル街の隅から隅まで、目を走らせる。
が、声が反響するせいでその方角すらよく分からない。
おまけに、窓ガラスに反射した光が彼の視界を邪魔する。
「知事!あそこ!」
視力のいい湯口が、いち早く女性を見つけて指をさした。
カフェから北東に位置する商業ビルの屋上で、騒ぎは起こっていた。
「何やってんだ!?」
目を凝らすと、屋上のフェンスを乗り越えて、今まさに飛び降りようとする男に気付いた。そしてその後ろで、何とか思い止まらせようと声を張り上げる女性。
この理想郷において、自殺――。
ライアンは愕然とした。
しかし、それ以上に彼に衝撃を与えたのは、慎の行動だ。
「おい!!そこで飛び降りようとしてるやつ!今すぐにそこから降りろ!」
テラスから、彼は声の限り叫んだのである。
ぐわんぐわんと、周囲の建物の中でその声だけが鮮明に響く。
「俺は前田慎、都知事だ!いいか、飛び降りるなよ!!飛び降りたら逮捕する!!分かったか!!」
支離滅裂な台詞を一息で言い切ると、
「洋三さん!失礼します!!」
ぽかんとしている洋三を押しのけ、テラスから路上に降りた。そして「やめろー!!」と声を上げながら道を全力疾走し、ビルに向かう。午前中ずっと炎天下を歩いていたのに、どこにあれだけの力が残っていたのかと不思議になるほどのスピードだ。
今や、彼の頭には男を救うことしかないのだ。
「また、始まりましたか……」
「…慎!」
湯口の呟きで現実に引き戻されたライアンが、彼を追って走り出した。
ボストンでアメフトの選手をしていた彼は、そのがっしりした大柄の体格が語る通り、かなりスタミナがある。慎に負けないほどの力強さで地面を蹴り、距離を縮めていった。
「僕も行く!」
「別にいい!」
「君に任せとくと、とんでもないことをしそうだから行くんだ!!」
「……ああ」
2人は顔を見合わせ、小さく頷き合った。
そして、同時にビルの中に飛び込む。
降り立った屋上では、必死の表情で説得を試みる女性に向かって、まだ男が騒いでいた。とりあえず、彼が生きていることにほっと胸を撫で下ろす。
男は、新たにやってきた2人を見とめて、ますます声を荒げた。目の焦点が合っていない。慎は舌打ちをした。
「何だ!お前らは!!さっきの都知事か!!」
「ああそうだ」
慎が、凄みを利かせながら一歩男に近寄る。男は、彼を鬼のような形相で睨み返す。
「それ以上近づくなよ!近づいたら俺は飛び降りる!」
男の声は、心の揺れを表しているかのように、震えている。これなら、まだ思い止まらせることができるかもしれない。慎は汗ばむ拳を握り締めた。
「彼…また落第したから、自分に自信が無いからって、自暴自棄になってるのよ!!」
女性が、涙声で叫ぶ。知り合いのようだ。
慎は一言、「分かった」と告げると、静かに彼女を右手で制した。
――もう一歩、歩み寄る。
風が強くなってきた。男と慎の間を、無遠慮にひゅうひゅうと通り過ぎていく。
「お前……」
慎が口を開き、ライアンは固唾を呑んでそれを見守る。
空間も時間も、完全に静止してしまったかと思うほど、辺りに緊張感が立ち込めた。
「何も言うな!!かかわるな!!今すぐ飛び降りる!!」
フェンスにぴったりと体を張り付かせた男を見つめる慎の口元が、一瞬、笑ったように見えた。
「そうか。そんなに死にたいか」
低く、感情を抑えた声に冷たい瞳。
「なら、死ねばいい。好きに飛び降りろよ」
「……!!」
予想外の言葉に、男はぽかんと口を開ける。そのまま、動作が止まってしまった
後ろでライアンが焦りに焦る気配が、背中越しに伝わってきたが、慎は構わず続けた。
「都知事が許可してるんだ。飛び降りていいって」
「ちょ…何言って……!」
これでは、自殺を心理的に幇助するようなものではないか。その発言を聞きかねて、ライアンが声をかけたが、
「黙れ!」
それ以上に鋭い一括が、彼を黙らせた。
そして、地上を見下ろしてただ歯をカチカチと鳴らす男に、慎は追い討ちをかける。
「死ぬ覚悟が無いか。じゃあ…」
先ほどまで冷静を保っていた目を、かっと見開く。
「俺が殺してやるよ!!!」