心の猛り -敗者の場合(終)-
またしてもプロローグ追加です。
いや、むしろすでにエピローグというべきか(汗)
「知事、もうやめてください!!」
燃え盛る炎、そして満月を燻らせる、高く上がった煙。禍々しい雰囲気が、このくだらない世界の終焉を告げている。
「……やめねえ」
うず高く積まれた死体の山のてっぺんに、俺は座っている。こっちへまっすぐ走ってくる、敵の集団を眺めながら。
「私たちはもう負けたんです!投降しましょう、知事!」
幾多の雄たけびの中、湯口の涙声だけが鮮明な響きを持って俺の心に届いてくる。
「知事!」
隣を見上げた。
相変わらず華奢で可憐な少女が、火の粉が上がる中、足を震わせながらやっとのことで立っている。
…今更ながら、かなり痩せこけたと思う。昔は可愛かったのに、火傷と土と涙でこんなに顔をぐしゃぐしゃにしてしまって、あまりに気の毒だ。
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
足を失った痛みなんかより、こっちのほうがよほど耐え難い。
「俺のせいで、こんなに苦しめちまって、ごめんな」
もう、すぐに終わらせる。
俺は湯口を抱き寄せた。腕が残っていて良かったと、心からそう思った。
「…知事!?」
「動くんじゃねえぞ…」
鞄に入れておいた、高性能のライフルを取り出す。
懐かしいフォルムだ。
俺は、これまでの記憶をいつくしむように、ライフルを撫でた。
銃弾は残り1発。成功させなければ、俺も湯口も苦しむことになる。いや、俺は構わないが、せめてこいつだけは楽にしてやりたい。しなければならない。
ふと、昔のことを思い出した。自殺を悪と決め付けていたあの頃…純粋で馬鹿で無鉄砲だったあの頃から、どれほどの時間がたったことだろう。
抱き寄せた湯口の背中に、ぴたりと銃口を当てた。
彼女が、怪訝そうに俺を見つめる。
今、気付いた。
体は痩せこけちまっても、ぱっと見、以前の面影をとどめていなくても、目だけは変わっていない。
そして、この目はまだ知らないのだ。投降すれば、連中に拷問を受け、なぶり殺しにされるということを。
「……ありがとう、今まで」
くすんだ空に、銃声が1発、2人の心臓を貫いてこだました。
――こうして、最後の日本人は死んだのだ。
湯口が俺の胸の中で崩れ、屍となり。
これまで綴ってきた、滅びの物語を思い返しながら、俺も……。