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中二階の勇者様 (表)  作者: 大恵
歯車の少女と無視する少年
9/106

ILL

 中二階メザニーンで決闘は珍しくない。


 生徒同士のトラブルから起きる場合もあるが、腕試しや友達の間でのじゃれ合いもあるからだ。

 ケガをする事なくダメージが数値化されるため、新しい武器の試し斬りや、新しい技の試し打ちなどに決闘が行われる場合も多い。


 エイテネ第三学生寮も、決闘だからと大騒ぎにならない。

 そろそろ夕刻の時間だから、それまでには終わらせなさいよ。と、軽い雰囲気に包まれている。

 しかし、今日召喚されたばかりの、とびきり可愛い子が決闘を申し込まれたと、多少の騒ぎにはなっていた。

 夕食の配膳などの用が無い暇な生徒たちが、五十人ほど中庭に集まって黄色い声が絶えない。


挿絵(By みてみん)


 リューレスネコアは、第三学生寮でちょっとした人気者のようだ。身長を遥かに凌ぐ棒状の武器を脇に抱えて、中庭の中央に進む愛らしい姿を、寮生たちから微笑ましく見守られている。

 彼女の持つ鉄の棒は六角杖と呼ばれる武器だが、杖というより物干し竿の長さがある。あれを振り回せるとなると、身体に見合わない膂力を持つだろう。

 

 一方、晶の注目度も負けていない。


 可憐で儚そうな幼い美貌は、新たに寮生たちを魅了して止まない。美の化身だとも、天使の光臨とも称され、晶は居た堪れない気持ちで身を竦めた。

 その仕草も素敵だと、寮生たちが色めき立つ。


 二つの歓声を受けつつ、リューレスネコアは六角杖を晶に突きつけた。


「アメンテス様の名において、あなたに決闘を申し込むの!」


「ご、ごめんなさい」

 気圧された晶は思わず謝った。


 寮生たちのあちこちから嘆息が洩れる。


「何この、告白を断られたような空気! 信じられないの! 何で断るの!」


「そ、そんなこと言われても、ボクは決闘だなんて……。武器とか持った事ないし」


『晶クン。ここは受けるのが上策だと思う』

 突如、晶の頭の中で、ヴァネイの声が響いた。ヴァネイは中庭の端に居り、寮生たちに紛れている。

 彼女の声がはっきりと聞こえるはずがない。


『これは念話だ。君は声を出さなくてもいい。超能力だ。強く念じれば私に伝わる。とにかく決闘を受けたまえ』


 ――どうしてですか?


 晶はヴァネイへ意識を向けて、念じてみた。


『それは利点が二つあるからだ。一つ目。負ければ中二階ここでの君へ対する関心が減る。リューレスネコアはランクⅠだ。有望な新人を探しているチームが、君を無理に勧誘する心配が無くなる。そして二つ目。ダメージ判定は服が破ける事で表現されるのはさっき聞いたね?』

 

 ――は、はい。

 

 思わず晶はスカートの裾を押さえた。


『君には災難になるだろうが、呪術で女の子になっている今の君の肌を晒せば』『……女の子人生の初脱ぎが強制脱衣』『よもや男の子であると疑われるような可能性は減るだろう』『……ぺたんこの胸だけじゃダメ』『一度でも女の子の姿を見たら、疑われるような事はまずないだろうしね』『……いっそ下も露出すればハァハァ』『最初に与えた思い込みは、後々まで影響があるからね。一度そうであると思えばなかなか本人も覆せない』『……じっくりはっきりくっきり女の子を見てもらえるように、足を開けばなおいい。公然開脚くぱおごっ!』


「いちいち念話に割り込むな!」

 ヴァネイの鉄拳がラズの天頂に落ちた。急な拳骨に周囲が一瞬、騒然とする。


「お姉様! ヒドいですの!」

 騒動を見たリューレスネコアが、猛然と抗議した。


「そんな変態ちんちくりんとばかりスキンシップを!」

 スキンシップ? あれが? と、集まっていた寮生たちは首を傾げた。


「……ワタシ、ちんちくりんじゃない。背は低いけど胸は大きい。いわゆるロリ巨乳。アナタのように頭からつま先まで、頭の中から胸のサイズ。そしてバックプリントパンツ着用でブラ無し、その上、シャンプーハットをわざわざ異世界から購入して使ってるような真・幼女お子様スタイルに言われたくない。あきらタンはワタシの嫁」

 ラズはスキンシップを否定しなかった。ついでに変態も否定しなかった。後、最後に何か言った。


「こ、こここの言わせておけば! いいですの! この新入りの後はあなたですの! 決闘を」

 再び矛先を向けられた晶だったが、今度は狼狽えなかった。ヴァネイの言うことに一理あると思ったからだ。

 無理に断って禍根を残すより、決闘を受けて負けた方がいい。ケガをしないというなら、鉄の棒に怖れてはいけない。

 

 晶の射抜くような瞳に、リューレスネコアは一瞬たじろいだ。


「ふ、ふん! やる気が出てきたようですの! 改めて決闘を申し込むの!」

 すぐに立て直して六角杖を突き出し、低く、低く構えた。

 左半身ひだりはんみに構え、右手は六角杖の端を持ち、左手は三分の一ほどの辺りに軽く添えて持つ。


 すでに構えた相手に、晶は礼儀正しく頭を下げた。


「よろしくお願いします」

 ふと空気が変わった。

 

 決闘を同意したこの瞬間から、ルールが適用される。お互い傷つける事は出来ず、全てのダメージは数値と服への欠損へと変換される。


「ほう。晶クン、なかなか様になってるじゃないか」

 接近戦や武術に詳しくないヴァネイだが、晶の立ち姿に素人ならぬ何かを感じた。


「……あきらタン、平和な世界から来たけど何かの戦闘技術を持ってるみたい」

 ラズも晶の構えに、感じ入った。


 晶は自宅の近所で古流武術を伝承する知り合いの家で、合気道を習っていた。

 かといって大した練習を重ねているわけでもないし、合気道も実戦向きではない。その知り合いの家の合気道も正道ではない。

 しかし、合気道は彼の『異常な怪力』を誤魔化す効果がある。

 ちょっとしたいさかいで、思わず華奢な晶が相手を突き転がしたり投げ飛ばしたりしても、『合気道だから』と言い訳が出来る。

 常軌を逸脱した怪力より、合気道の技と言うほうが周囲に信用されるし、また納得させる事が出来るからだ。


 一方、リューレスネコアは晶の構えを見て、それほどの技術を習得してるとは思わなかった。ランクⅠとはいえ、リューレスネコアは正式な杖術を修めている。

 晶の戦闘技術は堂に入っていない。

 しかも武器を持つリューレスネコアは圧倒的に有利である。


 素手を相手に、些か後ろめたい気持ちはあったが、相手を傷つける心配が無いと言う事は、攻撃に躊躇もいらないという事である。

 リューレスネコアは右足で地面を蹴り左足を半歩進め、腰を横にスライドさせるような歩法で前に進んだ。同時に右手を左手に向かって滑らせ、手首を捻って六角杖に回転を加える。

 半歩分と両手のストローク分の突き込み。杖術の基本的な突きだ。


 六角杖に回転を加える事で威力を上げ、しかも掴み取り難くする突き。

 晶は右足を下げて半身はんみになり、なんとか左へと避ける。

 鉄の塊が右横を突き抜け、戦いに慣れない晶は少しだけ怯んだ。


 これをリューレスネコアは見逃さない。


 本当ならば武器を取られないよう、ここで素早く右手を引いて突きを戻すところだが、相手が怯んでいるならばその限りではない。

 さらに半歩進みながら右手を少し引き戻し、しっかり構えると右足を背後に回して右肘を後ろへ突くように回す。

 左手は前に突き出し、右手を腰に下げることで払う形となる。体の捻りと腰の捻りと手の捻りと手首の捻り。四つの捻りから生み出される強烈な薙ぎ払いだ。

 鉄の棒が晶の胴を払う……、


「うにゃ~~~っ!」


 はずが、何故か、リューレスネコアが跳ね飛んだ。


 本来ならば、晶の体が吹き飛ぶべきである。

 右脇腹に六角棒が食い込み、九十度を越える円運動に弾かれ、跳ね飛ぶか薙ぎ倒されるか。そのどちらかだ。

 彼女たちには、目の前の異常な光景が理解出来ないでいた。

 クマさんパンツ丸出しで転がるリューレスネコアと、六角棒を脇に抱えたまま微動だにせずその場に立つ晶。

 寮生たちは言葉を失った。

 学生寮の生徒たちは、全員がエイテネ学園の所属である。みな多岐にわたる戦いのエキスパートたちだ。近接戦闘に秀でた者も多い。

 その彼女たちでも、何が起こったか分からない……。と、皆が呆然だ。


 ガランと六角棒を落とし、晶は周囲の視線に居た堪れなくなりながら、それっぽい合気道のポーズを取った。


「え、ええっと……合気道です」


「そんなわけあるかぁああーっ!!!」

 

 全観客の声を、リューレスネコアが大声で代弁した。

 リューレスネコアはガバッと起き上がると、晶へと詰め寄った。


「完全に物理法則無視してたのっ! 捻りが全部こっちに跳ね返ってきてたの! 反射なら武器が弾かれるはずなの! 今のは完全に武器が停止して、回転力が私の手元で弾けたの! 意味分かんない!」

 あえて説明がつく推測をするならば、晶が脇に六角棒を受けた時、それを挟んで力を込めて動きを抑え、リューレスネコアに打ち勝った。それならば納得が出来る。


 しかし、リューレスネコアも怪力の持ち主である。

 具体的には鉄の棒を曲げたり、庭石を持ち上げられるくらいの怪力だ。

 その彼女に一方的、それどころか一瞬で打ち勝つほどの力の差が出るとなると、いったいどれほどの力なのだろうか。

 幼児がボディビルダーに挑むほどだろうか?

 リューレスネコアの怪力が幼児ほどとなるならば、相対的に晶の怪力はどれほどなのか……。


 見物人の寮生たちは、推測を口にしつつざわめいた。


「力の制御か?」「反重力を使ったとか?」「魔法で力の流れを変えたんじゃない?」「気当たりでリューネをびっくりさせて跳ね飛ばしたとか?」「ベクトルなんちゃら?」「超馬鹿力なんじゃない?」「未知の武術かもしれない」


 寮生たちは、観客として決闘に参加している。GPカードに戦闘のログが残っているはずだ。

 彼女たちはカードを確認した。

 魔法ならばMagと、なんらかの技ならばSklと出るはずだ。

 ヴァネイとラズも懐からカードを取り出して、ログを確認した。


『ILL』


 全てのカードに、そう表記されていた。


「……イル?」

 見慣れぬ表記に、ラズは首を捻った。

「イリと読むのかな? 三文字とも大文字というのは珍しいね」

 ヴァネイも見たことがない。誰か知っている人がいないかと、周囲を見回したが寮生たちの誰もが同じ仕草をしていた。


「ええい! なんでもいいの! 続行なのっ!」

 騒然となる中、一番最初に状況を思い出したのはリューレスネコアだった。

 とはいえあまり冷静ではなさそうだ。


 六角棒を拾いあげると、真横に持ち、足を広げて低い体勢を取る。悪く言うと、相撲取りが立会うような、可愛い女の子には似合わない構えだ。

 しかし、それは低い位置から上に向けてタックルをするには、もっとも適した構えである。

 リューレスネコアは小さな体躯を活かし、低空タックルから両手で横に持った六角杖を晶へ向けて突き放った。

 左右にかわすのは、棒が横向きなので無理。下から迫るので、屈んで避けるのも無理。後ろに下がるには体位が悪い。

 そして、そもそも晶はリューレスネコアの攻撃に反応できていない!


 ガンッ! と、鉄が固い物にぶつかる耳障り音。


 実戦経験の無さから、晶は攻撃をまともに顎へと受けた。


「うにゃぁ……」

 リューレスネコアは痺れる手を押さえ、その場に蹲る。

 足元に落ちる、くの字型の物体……。

 六角棒の成れの果てだ。

  

 晶も何が起こったか分からない。そんな顔で、なんのダメージも受けず立ち尽くしている。


「こ、こんなの無理ですの……」

 折れ曲がった自慢の六角棒を見下ろし、リューレスネコアは戦意を消失した。

 戦意消失により、決闘は晶の勝利となったが、見物人たちも呆然と立ち尽くし、何があったのか分からないといった様子だ。


 ヴァネイは改めてGPカードのログを見た。

 

『ILL』


 再び表示されている晶の使用した能力の分類。

 如何なる能力なのか。そもそも能力なのか?

 晶が決闘で負け、生徒たちの興味を失わせる計画と女性であると思い込ませる目論見が失敗した事などより、この『ILL』という能力が何であるかが重要だ。

 まったく悩ましい。

 ヴァネイはGPカードを片手に、額へと手をあてて首を振った。



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