二人の現地人 ★
草原に少女が一人――。
危険が皆無ということもないだろう。周囲への警戒は怠らない。
それに善意のある誰か通りかかるかもしれない。
だが何事もなく、即席日時計が16分の1回転するころ――。
どこまでも続く草原の先……遠くに二つの人影を見つけた。
晶の視力は高い。しかも無視の力があれば、狭窄物などを無視して見る事ができるため像がぼやけない。
武装した二人の男だ。
だが仮に強盗の類でも、晶には怖くない。
特殊な力を持った魔王の軍団――のようなものなら逃げるが、見えるその姿は普通の人間にしかみえない。
向こうもこちらに気が付いたらしい。速足で彼らは晶のいるほうへ近づいてきている。
晶は特に慌てることなく、彼らを待った。できれば善人であることを望んで。
二人の男は顔はそっくりなのに、体形はまるで違っていた。
先に進む男はやせ形で背がかなり高く、しなやかな動きをする男だ。頬には大きな火傷の跡があり、やや人相が悪くなっている。
後から追いかけてくる男は、丸っこい小ぶりの男だ。顔のパーツは同じなのに、火傷の男より膨らんだ顔のせいでやや印象が柔らかくなっている。
「ひぃ、ひぃ、ふう……、ソゥズのアニキ! こりゃすごい別嬪ですよ! ふう、はあ、ひぃ……」
丸っこい小太りの男が、火傷顔の男に息切れしながらいった。
「お、おう……ど、どうしたんだい? お嬢ちゃん、こんなところで……ふへへ……」
火傷の男も息切れしている。洗い息と火傷の跡。それが歪んだ笑顔と相まって、良からぬ事を考えるまさに悪漢といった様相だ。
晶は少しだけ危険を感じて、思わず身を竦めた。
自分が無敵に近い存在であることを良く知っている晶は、無用に他者を恐れない。だが、ラズの変態的ないたずらのせいで、そのような事が想像されると萎縮してしまう癖ができた。
警戒して退く晶を見て、火傷の男は怪訝な顔を見せた。
「な、なんでい……べ、別に俺は……」
火傷の男は納得いかないといった顔で、不満そうに呟いた。
「ソゥズのアニキィ。きっとこの恰好のせいですよ」
太目の男はそういって粗末な皮鎧をつまんで見せた。火傷の男はボロボロだが体形に合った皮鎧だ。反して、太目の男はサイズがあっておらず、胸パーツと背のパーツがハの字型に広がっていて脇を全く守っていない。
「お、おう。そうだったな!」
諭された火傷の男は、何かに気が付いたのかその瞳に輝きが出た。
「そうですよ、ソゥズのアニキ! さっきの誓いを忘れたんすか!」
太目の男も目が輝いている。
「へへへ、そうか。俺たちの伝説の始まりは、ちょっと子供だが極上の女から……ってことだな。弟のポゥンズよ!」
「そうですよ、ソゥズのアニキ!」
この二人は何を盛り上がっているんだろうか?
晶は身を竦めたまま、二人の様子をうかがった。すぐに逃げなかったのは危機感がないからだ。
彼女……彼は女の子の姿となっていても無敵に近い力を持っている。彼らを取り分けて恐れる必要はない。
だが、それ以上に彼らには危機感を持たせる『何か』がなかった。
火傷の男は失礼だが確かに人相が悪いといえば悪い。だが凶悪さとか暗い影とかそういったモノが一切ない。
火傷の跡が彼の印象を悪くしている。――ただそれだけだ。
太目の男も特に怖いと思わるせる要素も、狂暴さや危険な考えを持つような目をしていない。
訝しがる晶に対して、火傷の男はどこか大げさに剣を抜いて見せようとして……錆びているのか途中で引っかかった。
悪戦苦闘して火傷の男は錆びた剣を抜いて見せた。
「あー、嬢ちゃん。俺たちは見ての通り野盗だ」
「え? そうだったんですか? ぜんぜん、そんな風にみえないですけど」
「うえ? そ、そうかな? や、やっぱもっと毛皮でワイルドに攻めた方がよかったか?」
「ソゥズのアニキィ。それは今の時期、暑苦しいからやめようって置いてきたじゃないですかぁ」
火傷の男は自分の皮鎧をチェックし、太目の男はそれを呆れ顔で眺めていた。
晶も少々呆れた様子で訊ねる。
「あの……野盗なんですか?」
「そ、そうよ! 俺たちゃ泣く子も黙るアンコー三兄弟だ!」
「ソゥズのアニキィ。ワァンズのあんちゃんは実家継いだじゃないですかぁ。巻き込んじゃいけないよ」
「お、おう、そうだったそうだったな。俺たちゃもう実家に迷惑をかけられねぇ。俺とポォンズでアンコー兄弟。そうだったな!」
「そうですよ、ソゥズのアニキィ」
「あのところで、ソゥズさんにポォンズさんですか? ここってどこなんでしょうか?」
「ん? なんだ、嬢ちゃんは迷子か? ここはナンチャ村近くのノーテン草原だが?」
「村があるんですか? どのあたりに?」
人里が近くにあるのは助かると、晶は可愛らしい笑顔を見せて喜んだ。その顔に太目の男が見惚れている。
「あ、ああ……ほぼ真南だな。ええっとあー、あっちに行くと沢があってそれに沿って道があるからすぐわかるぞ」
「そうなんですか! ありがとうございます」
「なぁに、いいってことよ。村に着いたらワァンズ・アンコーっていう農業やってるアニキがいるから、俺の名前を出して頼ってくれ」
「なにからなにまでありがとうございます。それじゃあ」
晶は笑顔で丁寧に礼をいい、火傷の男が指差した方へ歩きだした。
「おう、気をつけてな……って、おおいっ!!」
笑顔で送り出そうとした火傷の男が、何かを思い出したように大声を上げた。
「わ、えっとなんですか?」
「上手く丸め込んで逃げようとは、小狡いガキだ。言ったろう? お、俺たちはやや、野盗なんだよ!」
火傷の男は錆びた剣を晶に向ける。
「え? すぐ近くに実家があるんですよね? もしかして村中が野盗とか?」
そういう村もあると聞く。一見、普通の村でも時と場合によっては山賊や野盗まがいの事をする。弱者は弱者を襲わない……などということは必ずしもないのだ。
「ワァンズのあんちゃんは真面目な農民だ! あんちゃんをバカにするなよ! 村一番の働き者で頭がいいんだぞ!」
太目の男がこれだけは許せないという顔で怒鳴った。
「こんな近場で野盗なんてしてたら、その真面目なお兄さんに迷惑がかかりませんか? お兄さんは知っているの? それがお二人の望むところなの?」
晶は口元に指を当てて小首を傾げ、疑問を投げかける。その問いは、結果的に野盗の行為が実家の家族になんらかの累が及ぶかを説いていた。
「………………」
兄弟たちは悲しそうな顔で見合わせ押し黙った。
そんな二人を見て、晶は『良い人ではないが悪人ではない』と思った。
普通の人だ。ちょっと背伸びすることもあれば、容易く道を間違う普通の人間。
きっと何をしてもうまくはいかないだろう。だが、真面目にやれば周囲がそこそこ評価して「彼らは良い人だ」といい、不真面目ならば「ろくでなしの兄弟」と呼ぶだろう。そういう「普通の人」だ。
「あの、野盗とかしようとするのやめません?」
まだ野盗として仕事はしていないだろう。晶はそう思って言ってみた。
「う、うるせぇ! 俺たちは伝説を作るんだ!」
少女に説教をされて反発したのだろう。火傷の男の顔は怒りの赤に染まっている。
「ちょっと貧相だが、お、おめーは俺のオンナにしてやる! 俺の隣において俺の伝説をその生意気な目に焼き付けてぱぎょおっ!」
右手で剣を振り上げ、左は怪しい手つきを持って襲いかかる火傷の男。それに貞操の危機を感じた晶は、思わずペットボトルで火傷の男の額を叩いた。
飲みかけの炭酸飲料ペットボトルはかなり強力な武器になる。中で炭酸が満たされて張りがあり、水分は遠心力で重心が移動し反動で強い衝撃を生み出す。
中二階を訪れる前はほとんど素人同然であったが、今の晶はある程度の戦闘訓練を受けている。
そして攻撃を受けても傷を負わない。無視の力は確認するまでもなくしっかりと働いている。
別にアンセルの力は使っていない。
だが、炭酸飲料の入ったペットボトル。しかも残り三分の一だけ残ったコーラのペットボトルは恐ろしい凶器となる。
柔らかい肉を押しつぶし、骨とて悲鳴をあげて時には折れるほどだ。
――ところで貞操の危機を咄嗟に覚えるというのは、男としてどうなのだろうか?
「ソォズのアニキッ!」
太目の男は無防備な背中を晶に向け、咄嗟に倒れた兄に駆け寄った。
額に一撃を受けた火傷の男は、草原の草を押し倒しながらのたうち回っている。
弟に抱き起された男の目には、怒りの感情が渦巻いている。ついでにすこし目も回っている。
人は不意打ちで痛い目に合うと、心が折れたり逆に強い怒りを覚えたりする。彼は後者の感情を抱いたようだ。
立ち上がり剣を構える火傷の男に、晶は静かにペットボトルの首を持って底を向けた。
「……少しお仕置きすれば野盗なんてやる気なくなるよね?」
懲りれば野盗なんてあきらめるだろう。
彼らに少しだけ痛い思いをしてもらうと、晶は無視の力を発動させた。




