マカナに似た娘
――暑い。
相変わらず暑い。
マカナは俯き首筋を太陽に照りつけられ、馬のたてがみを眺めていた。
中二階の穏やかな天候になれていたので、故郷の気候が辛く感じる。
生まれ故郷が間近に迫る中、俯き加減のマカナは頂点に差し掛かる太陽に後頭部を向けている。日射病の恐れがあるので、日よけを首にかけているがそれでもこの体勢は身体によくない。
前を見ていないというのも、危険だ。
この当たりは目を瞑っていても道が分かる。不思議だ。五歳までしかいなかったのに、道を覚えている。毎日、夢に見るからだろうか。
ふと、背中が涼しくなった。雲でも出たのだろうか。影が周囲に落ちている。
視線を少し上に上げると、大きな木の影が目に入った。
「お前か……」
マカナはそう呟き、また目線を落とした。
魔石を手に入れた因縁の木だ。そうか……十年もあれば大木の枝ぶりもさらに広がる。夢の中では全く成長しない木も、こうしてしっかり育ってさらなる日陰を落としてくれている。
あの時、魔石をくれた男――今は義兄に当たる――は、今もこの下に眠っているだろうか?
「え? な、なんでしょうか?」
コサは呼ばれたかと思い、戸惑いつつ返事をした。
「なんでもない」
マカナに言い切られ、コサは目礼して馬を下げた。
目的の町は近い。不整備の街道が続く先に、ぼんやりと家々の影が見え始めた。
荒地の端で、街道に吸い付くように張り付いた小さな町だ。南部の町では大きい方だが、集落がただ大きくなっただけで都市機能は無いに等しい。村の延長線上にある人口が少し多いだけの町だ。
町を囲う城壁も柵も無い赤い町。平時でなければ、住人はいつも外敵に恐れて暮らすようなところだ。
マカナはコサとフィエントスワァたちを従え、王族らしく堂々と町へと入った。庶民は都市内で馬に乗ることは許されない。
コサはもちろん、客人であるフィエントスワァたちも馬を降り牽いて町を進む。
埃っぽく赤く焼けたような路地の町。裸足で歩く子供たちは、誰しも足の裏が土で汚れて真っ赤に汚れている。
舞い上がる赤土が、灰色の石の家を叩いて自然と赤茶けた町並みを作り出している。
そして赤い町を、中程まで進んだころ。
先頭を進むマカナがふと馬の足を止めた。続くフィエントスワァたちも立ち止まる。
――眩しいな。
太陽を見上げたマカナの背に、路地から歩み出た初老の女性が声をかけた。
「稀人様。町の案内などご入用ではありませぬか?」
歳だけではなく苦労まで顔に刻ませた女性は、迷う事なくマカナに声をかける。集団の中ではもっともやんごとなき方であり、もっとも声をかけるには憚れれる風格を持つマカナに……だ。
町の中で馬上にいるというだけで、王族かそれに準じる者と子供でも分かるというのに。
「土地人でありながら無礼だぞ」
当然のようにコサが割って入ろうと、足を踏み出した。
「下がれ!」
マカナは珍しく声を荒らげて、初老の女性ではなくコサを押し留めた。だが、マカナは振り返ろうとはしない。眩しい太陽を見上げたままだ。
コサが引き下がり、代わりに女性が一歩前に出て訴えでる。
「ご案内させていただきたく、この卑しきししむらをお使いいただきたく存じます」
町の案内をさせて駄賃を貰う心づもり……には到底見えない。女性の目は清く澄んでおり、まるで良く眠る赤ん坊を見るかような様子である。
「それには及ばない。故あって町の形、家成りも小道も脇道にも覚えがある……あります」
マカナはきっぱりと断った。以前、目を閉じて太陽を見上げたまま。
なぜか語尾を言い直したマカナに、フィエントスワァたちは首を捻った。
「……」
初老の女は固い表情で黙っている。
「案内は無用です」
マカナは繰り返し言った。
「恐れながら……まことに……大変……無礼かと思いますが」
拒絶された女性は絞り出す声でマカナに訴え出る。
「あなた様の声、とても覚えがあります。卑しきこの耳に忘れたくても忘れられない……聞き覚えのある声」
「誰……の?」
落ち着き払っている女性に反し、マカナの声は震えている。
「十年ほど前に失った幼き娘に良く似ております。太陽に向けられ、わたくしには見えぬその顔も……きっとあの娘に似ておられると……」
事を察したコサが口を挟もうとしたが、フィエントスワァがそれとなく横に立って邪魔をする。コサは憮然としたが、フィエントスワァは涼しい顔でそっぽを向いている。
コサは仕方無いと肩から力を抜いて、マカナと女性の様子を注意深く伺う。
マカナは振り向かず答える。
「年頃と姿かたちが似ていれば誰でもそう思える。心が寂しくしては、誰でもそう見える。存外……面と向かって話せば……似てなどいないでしょう」
「……左様ですか」
女性は目を伏せ、マカナの背に頭を下げる。
「だが……」
立ち去ろうとする女性に、マカナはやはり振り返らずに呼び止めた。
「貴女に娘と似ていると言われ……悪い気はしない。喜ばしくも思える。今は私の声で心寂しさを癒し、明日よりは日々の生業に精を出し、貴女がいつまでも壮健なることを願います」
互いに背を向け合っているというのに、互いが同時に頭を下げた。
――もうおしまい。
去っていく女性の足音に耳を澄ませ、マカナは小さく呟いた。




