それが魔王だ
一部、オカルト的な推論があります。
劇中の話なのでフィクションです。
「最初の異変は、ひとりの若い巫女から始まった」
息苦しそうに、言いにくそうに、そして思い出したくもないという沈痛な面持ちで、チナーはチャリ帝国にあった騒動を語り始めた。
「もう十五年も前の話だ。当時、代替わりしたばかりだった若い最高位の巫女は、突如として別人のようになった。才能に溢れ、幼い時から数々の苦行を重ねた彼女が、豹変するとはとても考えられず、皇帝と神官たちはある判断を下した」
「彼女は我々の神と我々の帝国の敵だと」
「敵ですか?」
「ああ。アンチャ・シャイヤイ・マスパルは、突如として生贄の中止……いや生贄そのものを否定した。その時、十人はいた生贄を逃がそうとしたのだ」
――あれ? っと、晶は首を捻った。
王族であるチナーの目の前なので、あからさまに表情を変えることはなかった。晶は自制しながらラズの念話回線に繋ぐ。
『あの、ラズさん……。その人が生贄に反対なら……』
良いことなのでは? と訪ねようとして止めた。
ラズの世界でも、力を獲得するために儀式的ではなく実用として生贄が行われていた。家族が生贄になり悔やんでいたラズとはいえ、行為そのものに肯定的な世界の出身だ。
公平な意見は求められない。
『……あきらタンの言いたいことはわかる。大多数の世界で生贄とは、野蛮で非科学的で遅れていて馬鹿げた行為だとされている』
自分の世界が関係することながら、ラズは冷静に受け答えしていた。
『……でも、それはある程度人道主義や科学が発展しているからこそ言えること。その世界ではもっとも合理性があり、理性的で崇高であるとされる世界もある。実質、正しい場合もある。科学的にもまったく無意味でない場合もある。あきらタン。この世界に来る前に、エイテネ学園で教わった事を憶えてる?』
『そういえば――』
晶は学園の授業を思いだす。異世界学を講義するマハイノイスが言っていた。
生贄とは神や教義を理由に、非人道的な行為に正当性を持たせている。
時にはその非人道的な行為が、全体の利益となる場合もある。
例の一つとして、神への生贄が口減らしの口実である場合だ。
だが一人や二人がそれほど大きく国の食料事情に関係するわけがない。だが、狭い地域である場合や、生贄の数が多い場合はその限りではない。
晶の世界でも生贄で有名なマヤ文明が滅んだ理由の一つが人口増加だ。もちろん、天候の変動や焼き畑による自然破壊などの理由の方が大きいだろう。
だが人口増加が、焼き畑を邁進させる事になり、反動が人の多さに直撃したことも想像に難くない。
マヤの神官たちが経験則で、口減らしが国家維持の礎となると知っていたならば?
老人などを生贄にして直接的な口減らしするより、若い者を生贄に捧げ、将来的な人口増加を抑制する方が効果的を分かっていたならば?
特に子供を産む若い女性を減らす事で、人為的に少子化が出来るならば?
少子化して労働力と兵力が少なくても、国家が維持できると目論めるならば?
失われた高度な計算技術で統計を出し、それらを秘密裏に証明していたならば?
マヤがある時期を境に人口が増加した理由は、もしかしたら隣国の脅威があり、急遽兵力確保のため人口増加抑制を緩めたからかもしれない。一時、人為的に増やした人口は、以降の抑制が効かなくなった可能性もある。
マヤがそうであった証拠などなに一つないのだが、マハイノイスの授業では「とある世界でそういう国家はあった」と断言していた。
当時の人たちに「掛かる未来、人口増加でこれこれこう理由で国家が破綻するから口減らしする」と言っても受け入れられないだろう。難しい計算で導きだされた数字を見せても理解できるかどうか怪しい。
だが、権威ある神官が「神が生贄を欲している」といえば?
神が相手なら仕方ないと、納得できないまでも屈服するだろう。もちろんそう思わせるように深い信仰を抱かせる前提がいるが。
生贄で人心を落ち着かせる事も全く無意味でもない。
古代ローマにおいて、鳥や牛などを頻繁に捧げ物として神へ生贄とする事も、消費促進という経済的な効果もあり一概に野蛮などといえない。
一面的に見て野蛮な非科学的な行為も、その当時、その場所では、科学的で洗練されている一つの文化なのだ。
そしてここ。チャリ帝国でも、生贄の儀式がごく自然に執り行われている。周辺諸国でも儀式や頻度に違いはあれ、広く行われている。
やはり、過去の神官たちが人口増加から来る破滅を予測しており、なにかと理由をつけて生贄を大量に捧げる文化がまかり通っている。
まかり通るといえばネガティブに表現されているように思えるが、国家維持がいかに重要といえど強権で行われいるには違いない。弱く事情をしらない下々から思えば、理不尽な嵐に等しい。
『わかりました……。ラズさんありがとうございます』
『……どういたしまして』
生贄にされる人々と同じく、納得はできないが受け入れるしかない晶はラズに礼を言って念話を止めた。
僅かに瞳の光を失わせ、晶はチナーの昔話に耳を傾けた。
「アンチャの称号を奪われ、巫女で無くなったシャイヤイ・マスパルは帝都の地下に幽閉されるはずだった。だがここでも異変が起きた。突如、シャイヤイ・マスパルは倒れ、そのまま息を引き取った。死因は分からない。だが他殺ではなった。多くの目撃者がいて、不審な点は全くなかった」
チナーはそう説明するが、やはり疑問の多い最後だ。もしかしたら毒物により暗殺だったのかもしれないと、晶は話を聞きながら拙い推理をしてみた。
「次の異変はその場にいた一人の王族だった」
チナーの声が沈む。沈痛な面持ちと、深い溜息からその王族が親しい人物かそれに近い人だったのかもしれない。
「シャイヤイ・マスパルの助命と擁護をしていた王族だったのだが、混乱するその場から何も言わず立ち去ると、自分の部族たちまとめあげて帝国に反旗を挙げたのだ。当初、帝国は単なる造反と見ていた。巫女への不当な扱いに耐え兼ねたと見たのだ。だが、時を立たずして、すぐにそれが異常な事態であると思い知らされる事となった」
チナーの目が厳しくなり、とんでもない事を言い出す。
「造反した王族は自分の部族の民間人と、別の王族の私兵が不当交換したのだ」
「え? ど、どういう意味ですか?」
トリッシュが眉間にシワを寄せて、チナーの言っている意味を理解しようとしていた。だが、思わずどういう意味かと訊ねた。あまりにも理解を超えていたからだ。
「王族に忠誠を誓う非戦闘員が、兵隊と交換された。非戦闘員たちは王族から離れ、別の王の庇護下に入ったのだ。だれも疑問を抱かず、別部族を受け入れたのだ。そしてその王の私兵は、反乱部族と合流した。傍目から見れば、後者の王が造反に協力したように思える。だが違う」
「どこの世界に、敵の民間人と自分の兵士を交換して置きながら、敵の民間人とともに自分の兵士相手に戦う王がいる!」
「……意味がわからない」
ラズも呆然としている。
「その時は誰も、その異常な事態に気がつかなかった。続く戦闘でやっと不当交換されていると結論をつけた」
「陣地の不当交換、武器の不当交換、兵の不当交換……。帝国は一気に劣勢へと追いやられた。いつからか造反した王は魔王と呼ばれるようになった」
信じられない魔王の力に、晶とトリッシュは戸惑う。ラズですら渋い顔をしている。
魔王の力を知っているフィエントスワァですら、思いだのも苦々しいという表情をしている。大変な戦いだったのだろう。
「それが……魔王なのですか」
驚きを隠せない晶は、乾いた口で呟いた。
「それが魔王だ」
チナーは晶の言葉を繰り返して肯定した。
「条件と時間さえあればどんな物も概念も交換してくる。魔王テイシ・オクトイテ・ク」




