ノーサービス ★
2013/09/01 スフェイラ挿絵追加。
スフェイラはヒーラリンラックス学園付属病院の退院手続きを済ませて駅へ向かい、エイテネ学園行きの汽車に乗った。
ヒーラリンラックスは回復魔法、治療、医療、薬学に特化した学園である。鱗竜との交戦で負傷したスフェイラは、今日までリハビリテーションを受けていた。
エイテネ学園にも高度な医療施設があるのだが、その特質上、慢性的なベッド不足で、リハビリテーションなど時間のかかる治療はヒーラリンラックス学園で受ける場合が多い。特に万全な体調でなくてはならない勇者候補たちは、念入りなリハビリテーションを受けなくてはいけない。
万が一、中二階での怪我が元で戦いにおいて遅れを取っては一大事である。故に捻挫一つでも完璧に治療させなくてはならない。
魔法で後遺症一つなく全て治せる使い手もいるが、どこの異世界でも最高の治療を受けられるわけでのないので、ヒーラリンラックスでは習得も兼ねて外科医療やリハビリテーションも行われている。
生死を分けるような傷を追えば、精神的にも少なくない負担がある。リハビリテーションを完璧に終える事で、精神的な負担を減らす効果があり、さらに取り除くカウンセリングの土台ともなり、ヒーラリンラックスではそういった治療も受け持っていた。
スフェイラは万全となった腕を軽く回し、客車の窓辺に肘を乗せて独り言を呟いた。
「ラズの奴、しっかり頼んだ事を済ませて置いてくれてるかしら……」
ナナオという名を口にしたエイテネ学園の彪という生徒に、事情を聞くという頼みごとをラズに伝えたのだが、彼女が真面目に従ってくれるかどうか……。
スフェイラは、もしかして自分でやらなければならないのかと、病み上がりの身でげんなりとした。
汽車はエイテネ学下街駅へと辿り着き、荷物を手に下車するスフェイラの心配は、ほどなくして現実の物となった。
夕刻前、エイテネ学園に戻ったスフェイラは、さっそくゲート委員会室へを訪れてドアを開け放った。
そして飛び込んだ光景は……。
委員会室の真ん中で、制服を捲り上げてお腹を見せる晶に、膝を付くラズが抱きついて頬を寄せていた。
「ッ……。何をしているのですか?」
一瞬で動揺を隠したスフェイラの冷ややかな視線を、まっすぐに受けたラズが無表情かつ機械的な動きで、晶の柔らかいお腹に耳を寄せた。
「……ワタシとあきらタンの赤ちゃんが動く音を聞いてる」
「ボクの方が妊娠!」
なされるがまま、晶は衝撃を受けた。
「……名前はもう決めてある。あきらタンの晶とワタシのラズから取って、子供の名前はアキラズ」
「複数形!?」
ガーンとショックを受けている晶だが、ラズのセクハラに抵抗しないところを見ると喜んでいるのかもしれない。内心、晶はMなのではないかとスフェイラは疑いの目を向けた。
疑いに気がついたのかどうかわからないが、晶は気恥かしそうに制服の裾を直して可愛いおへそを隠した。
晶の白い制服の腹部にシミが広がっており、足元にはティーカップが転がっている。スフェイラは状況を確認して、溜息混じりに推論を言った。
「大方、紅茶をこぼして慌てる晶に、ラズがヘソに入った紅茶は危険だからとワタシが舐めて取るとか訳の分からない事を言い出して抱きついたのでしょう」
「見てたの!?」
三回目の驚きを見せる晶。
「……ハァハァ……プレイを見られてた……ん、興奮……する」
正座姿で、いつものように発情するラズ。
大部分当てずっぽうだったのだが、正解だったようだ。ラズの考える事や行動を理解してしまう自分に呆れ、スフェイラは頭を抱えた。
「とにかく委員会室でハレンチな行為は慎むように」
ランクの低いスフェイラが、ランクの高いラズを叱りつける。性格や生活態度を見比べれば、この関係は自然な光景だが、学年相当のランクから見れば、これは異様な光景である。
その異様な光景はまだ続く。
「ラズ。入院中に頼んでおいた件は――」
「……やってない」
「やっぱりですか」
眼鏡の位置を直し、ラズを見下すスフェイラ。見上げるラズは内股をモジモジさせて申し訳なさそうに懇願した。
「……踏んで」
「踏むか!」
馬鹿な事を言うラズの顔を踏むスフェイラ。
「踏んでるし……」
あまりに自然だったので、晶は突っ込むタイミングを失って呆然としてる。
「……まさかの驚きの白さ」
顔面に乗る足を掴み、スフェイラのスカートを覗くラズ。スフェイラの顔が怒りなのか羞恥なのか分からない赤さとなり、興奮するラズを一気に踏み押し倒す。
「……あっ、これ……いい。動けなくてなされるがまま……」
座ったままブリッジとなっているラズが、甘い吐息を吐いているので、押し倒したスフェイラも傍らで見ている晶も思わず同時に後ずさった。
「ラ、ラズさん、怖い……」
晶の顔が青ざめる。ラズに好意的な晶も、今の発言は受け入れられないようだ。
「なんで貴方はそう変態なのよ!」
スフェイラは自分の肩を抱いて不快さに震えた。
「……と、いうお芝居をすると足がどけられる。作戦成功。直前のスフェイラパンツの色発言作戦は失敗したけど」
「貴方という人は……。本当にどう扱ったらいいのかしら?」
「……あきらタン。スフェイラは紐パン」
呆れるスフェイラを無視して、ラズが晶に言葉を向ける。
「え? ……えっ?」
戸惑う晶。想像する晶。赤くなる晶。
晶は思わず、隣のスフェイラを見上げる。一顧だにせず、スフェイラは妄想する晶の顔に左手を押し付けて背けさせた。
ペースに流されてはいけない。
スフェイラは主導権を握るべく、ラズたちに零した紅茶を片付けさせて、自らは副委員長席に座った。
委員長はヴァネイであり、スフェイラは副委員長だ。実力ではラズが上だが、実務などではスフェイラの誠実さと優秀さが優っている。委員会なので、ランクや戦闘技術で選ばれているわけではない。
ヴァネイが里帰りしている今、最高責任者はスフェイラだ。
「では、今後の事を話し合いましょう」
掃除を終えた晶が差し出した紅茶で、軽く一息ついたスフェイラがおもむろに言った。
発言を受け、しゅたっと挙手するラズ。
「……ティディたちはいない」
「委員会の話ではありません。沢村 彪の件です」
晶の持つ無視の力。そして同じ力を持つであろうナナオと思わしき人物を知る女子生徒。彼女からナナオの情報を得るよう頼んだのだが、ラズはまったく何もしていないようだ。
「私は発言の場にいませんでしたし、彼女との面識もなく、ヴァネイは帰郷中。寮も違いますのでラズ。貴方に頼んだのですが……」
「……ワタシは、あきらタンとの子作り忙しかった」
ラズの言葉を問いたださず、スフェイラは晶を睨みつけた。
「し、してないです! ボ、ボク妊娠してないです」
「貴方はさせる側でしょう……」
男の子が「ボクは妊娠してません」などと言うとは、目眩いでも起きそうな弁明だ。
呆れ顔のスフェイラが情けないと呟き、眼鏡を取って目頭を抑えた。
「とにかく、今日。寮に戻ったら話を付けておいてください。聞き取りには私も立会います」
眼鏡をかけ直し、毅然と言い放つ。
任せきりはスフェイラの望むところではない。元々、自分で成果を出さないと気がすまない性格であり、労力を厭う事を良しとしないスフェイラである。
例え寮が違えど、手間を惜しまない。
だが次の瞬間、委員会室に飛び込んできた人物により、またしてもスフェイラの計画は狂った。
ティディアが紙の束を持って、委員会室のドアを開けて飛び込み、縦ロールを振り乱して叫んだ。
「ファ! ……ファファンバルクソーツがカテゴリーAに引き上げられました! 限界者の、き、緊急召喚申請が届いてます!」
緊急召喚。
それは世界崩壊の危険性が急激に増した世界から、無選別に限界者を呼び出す事である。
限界者にも、ある程度資質が求められているが、世界が滅ぶ恐れがあるならばその限りではない。滅ぶ前に、余裕のある時間軸から女性を召喚する緊急処置だ。
「ワーナは!? リューレスネコアはどうしたのですか?」
スフェイラですら珍しく動揺して立ち上がり、ティディアの書類を受けて取る。
「ワーナさんのチームは連絡が取れません。送還の打診に反応が無く、リューレスネコアも応答ありません」
「なんて事……」
スフェイラは不安要素ばかり記載された書類をラズに手渡す。
ラズもこのときばかりは神妙そうだ。難しい顔して書類を読んでいる。
「まさかカテゴリーNになる恐れすらあるなんて! 委員会が今の体制になってから始めての事だわ」
召喚に使用する道具や消耗品が入ったバックを机から取り出し、スフェイラたちは委員会室を飛び出して隣のゲート塔へと向かった。晶も事情は分からないが、後を追いかける。
「リューレちゃん……。無事……なのかな?」
幼馴染の面影がある少女を思い起こし、晶はぐっと拳を握り締める。
もしもの時は、覚悟しなくてはならないかもしれない……。そんな表情だった。




