深い意味の無い指輪
結果を言えば、初チーム参加は晶に実力不足を再認識させた。
晶は強い。簡潔に言えば無敵だろう。
だが、チーム戦で活躍出来るほど経験が無い。
晶はトリッシュたちと神殿地下を進み、いくつかの戦闘を経験した。その際に気がついたことは、自分の力が味方がいる時は細心の注意を払わなくてはいけないということだ。
距離を無視した移動は、通過点の対象を弾き飛ばしたり破壊する可能性がある。味方にぶつかれば大惨事だ。摩擦を無視していても、僅かに接触しただけで弾き飛ばしたり肉体を抉ってしまう恐れがある。
そして攻撃を振り回し、味方に当たっても危険だ。もちろん、どのような人のどのような武器でも当たれば何でも危ないのだが、晶の通過点を無視する腕に触れれば、前述のような致命傷を与えかねない。
晶は狭い地下通路で、敵と接敵するたびに、周囲を伺い萎縮してしまい、攻撃を繰り出せないで一方的に殴られてばかりいた。
フィエントスワァは囮や盾になるとはいうが、マカナの冷ややかな眼からは、明らかに「役立たず」と言うニュアンスが放たれている。
神殿の地下奥に配置された石巨人を相手にした時は、多少なりとも活躍出来た。
石巨人が自由に行動できるよう、部屋は広い空間だったため、晶は縦横無尽に移動でき、距離を無視して敵の頭上から攻撃を加える事が出来た。
だが、チームで連携が取れていたとは言えない。何度かトリッシュの魔法攻撃を遮ってしまったり、フィエントスワァの視界を横切ったりと失態を犯してしまった。
マカナだけは無軌道な晶の動きに反応出来たようで、特に迷惑を被っていないが、彼女の視線はとても冷たい。
「う、うう……ごめんなさい」
崩れ落ちる石巨人を前にして、晶は三人のチームメンバーに謝った。
「気にしなさんなって。最初から上手く立ち回れたら、あたしらの立つ瀬がナイってーの」
フィエントスワァは剣を収めると分厚い手袋を脱いで、ぽんぽんと軽く晶の頭を叩き、次いでくしゃくしゃと柔らかい髪を撫で乱した。
「おー、なんか手触りいいな。ちょっとマジで暫くこのまま撫でてていい?」
「………………はぃ……」
本当は許可したくなかった晶だが、迷惑をかけた分だけ拒否出来ないと素直に頷いた。
「じゃあ、エンリョ無く」
緩急を付けたフィエントスワァの手が、遠慮無く晶の頭を撫でる。
ナデナデなで撫で撫でなでなでナデなで撫でなで……撫で……撫で…………撫で。
「あ、晶……」
「は、はふぅ……」
撫でなで、撫で……。
「イナズマチョップ! てい!」
トリッシュが急に割り込んで、撫でるフィエントスワァの手をチョップで叩き払った。
「ナ、なにすんだよ! トリッシュ!」
「手……。フィーの手つきが怪しくなってるのー! 何するってのはこっちの台詞ー! あと晶さんもやたらと恍惚とした顔しなーい!」
「え? し、してないです……」
ぽわっとした晶が、弱々しく否定した。
「い~え! してました! あとフィーもニヤニヤしないのーっ!」
ぷぅ~っと頬を膨らませるトリッシュ。
「え!? し、してないヨ」
フィエントスワァは、緩んだ顔で否定した。
「してましたー!」
両手を握り締めて縦に何度も振りながら、トリッシュは抗議の声を上げる。
マカナはじゃれあう三人を尻目に、石巨人の残骸に目星い物が無いかと黙々と探っていた。
「……魔力核発見」
残骸から赤い小さな宝玉を見つけ出し、マカナは当然の様にそれを懐に収めた。
良し悪しはともかく、なんともバラバラなチームである。
*
中二階の空で大きな月が輝く夜。学園都市北口へと続く道を、晶たち四人が静かに南進していた。
月は視界の半天を覆い、まるで幻のような姿で光っている。
ぼんやりと晶は月を眺め、ただただ学園都市へと向かう。
そろそろ見慣れてきた大きな月も、こうして夜に行進しながら見詰めるとまた違った趣がある。決してたどり着けない映画のスクリーンのようでもあり、あまりに幻想的であるあまり、ふと自分が月へ続く道の上を歩いているような錯覚を覚えるときもある。
「せっかくだから、このメンバーでこれからもチームを組まないか?」
中二階の学園都市外縁部に着くと、フィエントスワァが別れ際に提案してきた。
フィエントスワァの発言をきき、トリッシュが同意する。
「そうねー。私もちょうどいまフリーだし、フィーはぼっちだし、マカナはもともともワンマンアーミー状態だしー」
「ぼっちって言うな! ボッチって!]
フィエントスワァがまるで友達がいないように言われて抗議した。
マカナは別に興味ないといった態度でそっぽを向いている。
晶は曖昧な態度で誤魔化そうとしたが、フィエントスワァとトリッシュはお試し期間などと言い食い下がる。
「ボクは出来ればラズさんと……」
晶が俯き呟くと、フィエントスワァたちは呆れ顔で溜め息をついた。
「はあ、マジでラブラブなのだ、あんたたち」
「うう、女の子同士なんていけませーん」
「い、いえそう言うわけでは」
「いいって隠すなって、分かってるから。恋愛の自由さ」
「でもゲート委員と常時チームは組めませんよ。いくら恋人でもー」
フィエントスワァとトリッシュに、ラズとの仲を公認扱いされて晶は大いに戸惑った。
「ち、違います……。ボクたちそんなんじゃ」
両手を顔の前で振り、必死に否定する晶。
「隠すなって。分かってる。ワカってるよ、おねーさんたち」
如何なる晶の弁明も聞かず、フィエントスワァが両手を拱いて何度も頷く。
「でも、ほら。ラズちゃんってゲート委員でしょ? 常時チームを組めないでしょ? しょうがないわよ」
トリッシュは後ろから晶を抱きしめ、その豊かな胸でがっちりと頭を抑えた。
「あ、あわわわ……」
女の子の身体になっているので露見のおそれはないが、晶は身を竦めてトリッシュの柔らかい圧力から逃げようとする。しかし、無視の力を使わず藻掻く晶は、どう見てもトリッシュの胸の感触に酔っているように見える。
男の子とはそういうモノだ。晶とて例外ではない。
事実、抵抗は弱々しくなり、赤面したままうつむき意識は後頭部と耳に当たる胸の感触へ集中している。
結局、チーム結成の話は先送りにし、晶はトリッシュたちと別れた。
彼女たちは全員、第三エイテネ学生寮で無いため、帰る方角が違う。
晶は一人で、寮へ向かう道を進む。
外壁内へ入り、そこからエイテネ学区へ戻るには、堀を超えなくてはならない。普段は跳ね橋が降りているが、夜になると上げられてしまう。
中二階にいる生徒たちなら、空を飛んだり跳躍で越えたり水面を走ったりできる人たちも多いので、さほど障害としての役目は果たしていない。生徒や限界者の移動を制限するだけならば、跳ね橋を上げる必要はないが、夜間は運搬のための汽船が往来するため、上げたままにする。
晶が距離を無視して越えようかと考えていると、暗がりから誰かが声をかけてきた。
「……お帰りなさい。待ってた」
竿を持ち、暗がりに立っているラズを見つけ、晶は驚くと同時に張り詰めていた緊張の糸が切れた。
ラズのぎこちない笑顔に笑顔で答え、抑揚の少ない声に応じてただいまという。
「……御飯にする? お風呂にする? それともわ・た・し?」
「それは船に乗せて対岸に行く渡しですか?」
「……もちろんそう。あきらタンなんだと思った?」
階段を降りて岸辺につけた船に乗り込み、ラズはスカートを翻して振り返る。
「いえ、なんでもないです……」
からかわれる事が心地よい。別に晶に妙な趣味があるからではない。
普段から姉たちからからかわれているせいか、どういうわけか落ち着いてしまう。自宅にいる気分というか、家族といるかのような気持ちになるからだ。
晶はラズを追って木船に乗り込み、慣れないので横板に腰掛ける。
ラズがわざとらしく船の縁に足をかけ、晶にスカートの中を覗かせようとするが、無視して視線は前へと向ける。
「……出発進行ー」
残念そうにラズは竿で岸辺の石をついて船を漕ぎ出した。
対岸に渡ってもよいはずだが、深夜は路面電車が走ってないので、ラズは寮近くまで船を漕ぐことにしたようだ。船は堀を下り、寮近くの船着場を目指す。
建物に囲まれ月明かりが差し込まない堀を、カンテラの明かりを頼りに進み、船はギシギシと帰路を進む。
「……アンアン」
船が軋んだ音を立てるたびに、ラズが何かを呟く。
ギー……ギシ……ギシ……。
「……アンアン」
突っ込んで欲しいらしいが、晶は振り向かない。もちろん突っ込まない。晶はツッコミ気質だがあえて突っ込まない。しかし、無視し続ければずっと言い続きかねない。
晶がいつ突っ込もうかと思っていると、第三エイテネ寮へ向かう角を船が曲がった時、岸辺の道を歩くリューレスネコアを見つけた。
リューレスネコアの姿を見るのは久しぶりだ。彼女の世界を救ってくれるチームとのミーティングなどで忙しいらしく、数日間ほど寮へは戻っていない。
バァシカ学園へ出向き、召喚士たちにリューレスネコアの世界『ファファンバルクソーツ』についての事情を説明したり、倒すべき魔王の情報を伝えたりしている。異世界学の教師が全ての異世界に精通しているわけではないので、現地人としてリューレスネコアは様々な補填的要素を召喚士チームに教えなくてはいけないからだ。
「リューレちゃん!」
晶は不安定な小舟の上で立ち上がり、リューレスネコアの後ろ姿に声をかけた。
はっとして振り返ったリューレスネコアの視線が彷徨う。どうやらヴァネイを探しているらしい。
目的のヴァネイが居ないと分かると、彼女の眼から明らかに興味の色が消える。
あっという間に船はリューレスネコアを追い越して、船着場へとたどり着く。寮の裏にあたる船着場には、多くの小舟がつなぎとめられてあり、ラズはその合間をぬって木船を桟橋へとつけた。
縄を取るラズを置いて、晶は階段を駆け上ってリューレスネコアの元へと駆けた。
「な、なんですの?」
リューレスネコアは駆け寄る晶に警戒している。
まだ、鱗竜と対峙した際の礼も、天地返しの謝罪もしていないリューレスネコアは、晶に少なくない後ろめたさを持っていた。それが硬化した態度に現れている。
晶はそんなリューレスネコアに気遣って、努めて優しく、そして不必要に近寄らず、だが決して無視しないで、さらに丁寧に対応する。
「ごめんね。あのね、ヴァネイさんから伝言があるんです」
「お姉さま……から?」
喜びと逡巡の混じった眼差しで、リューレスネコアが晶を見上げる。
「うん。ヴァネイさんは暫く自分の世界に帰る用事が出来たって」
「そ、そうなの!」
愛しのヴァネイが居ないと聞いて、ショックを隠せない。
「い、いつ帰るの!?」
「たしか次が三ヶ月後だったかな?」
「う……そんなに……。あ、でもリューレも来週ファファンバルクソーツに帰るとそれくらい戻ってこれないから……。うー、でも出かける前に会えなかったのは残念ですの」
リューレスネコアは悔しそうに地団駄を踏むと、キッと遅れてきたラズを睨めつける。
「なんであんたがヴァネイ様の代わりにいかなかったのですの?」
「……なにその『トイレに代わりに行ってきて』みたいな理屈」
普段からボケているラズですらツッコミざる得ない。
「……この間の委員会のゲート接続日程を計算したら、ヴァネイが今回帰り損ねると次回の帰還が三ヶ月後になりその後に中二階に戻る日程が半年になる事が分かった。つまりヴァネイは数日のお別れを受け入れて、三ヶ月後にリューレと会う安定した期間を選んだという事。喜べ」
説明を聞いて、リューレスネコアの表情が崩れる。
「え、えへへー。そんなヴァネイ様がリューレとの時間を優先してくれるなんてー」
無邪気に喜ぶリューレスネコアを見下ろし、それならヴァネイが帰らないを選ぶのが一番なのに、と晶は思ったが口に出す事はぐっと堪えた。そして懐のポケットにしっかりと収めた小さな包みを取り出した。
「えっと、リューレちゃん。これヴァネイさんから預かってます」
「ほえ?」
リューレスネコアは緩んだ顔で、反射的に包みを受け取って無意識にバリバリと破って開けた。
「……バリバリやめてー」
無遠慮なリューレスネコアの行為に、ラズがボケを被せる。
些か不機嫌になったリューレスネコアだったが、包みから出てきた物体を見て大いに動揺した。
「ゆ、指輪! ど、どういうことですの! あっきん!?」
「え? ボクのあっきんなの?」
「なんでもいいから指輪ってどういう事ですの!? なんであなたが!」
妙な愛称に狼狽える晶を、シンプルな銀の指輪を握り締めて問い詰めるリューレスネコア。
「い、いえ、ボクは預かっただけで……」
「そういう意味ではなく、こんな重要な物を、なぜおねー様から直接ではなくあなたから!」
「……リューレは勘違いしてる。ヴァネイの世界では指輪に深い意味はない。せいぜいお守り。べ、別にあんたに送る婚約指輪なんかじゃないんだから!」
何故本人でもないのに、ツンデレ風味? ラズの奇行のせいで、リューレスネコアは熱から覚める。
「はあ……。お姉様いつもですの。いくらお姉様の世界では指輪に契約の意味が無いとしても、なんでこう情熱とか雰囲気とかそういうのがないのでしょう?」
「……言われてみればドライ。良く言えばクール。悪く言えば朴念仁」
ラズがふむふむと頷く。
「まあ、それがいいですの。それにお守りとしても嬉しいのに違いはないですの」
リューレスネコアはしたり顔で、銀の指輪を左薬指に嵌めようとした。
「……そこはサイズが合わな」
「うっさいの!」
ラズが突っ込み切る前に、リューレスネコアは指輪を中指に嵌め変えた。
「ほら、サイズはぴったり。お姉様はわかってくれてるですのー」
「……一回、違う指にはめよ」
「うっさいの」
リューレスネコアはラズに突っ込みを入れさせない。突っ込みに慣れていないラズは、「代わりに突っ込んで」と晶に視線を配らせる。
晶は突っ込みキャラじゃないのにボク、といった視線をラズに返した。
指輪を月明かりに翳し浮かれるリューレスネコアを尻目に、突っ込みの押し付けあいをするラズと晶。
なんとも幸せそうである。
そう、今は……。




