大歯車を回す小歯車
短いですがスペルベルの世界観です。
スペルベルに夜が訪れ、晶の頭上に歯車の月が昇る。
煌々と輝く大きな歯車の月に、薄暗い小さな歯車の月が噛み合い、ゆっくり、ゆっくりと回っている。
「月が歯車だなんて、本当に異世界って凄いなぁ……。でも歯車って事は、あの月は球型じゃないんですね?」
占技庁からの帰り道、晶はラズに訊ねた。
街が縦に伸び高低が激しいため、エレベーターや転移、階段を幾重にも使用しないと行き来が出来ない。不便極まりない街だが、そのため転移魔法が発展している。得意でもないのにラズが転移を使いこなせるのは、これが理由だ。
特権階級であるラズならば、街の転移施設を使って一瞬で帰宅する事が出来る。だが、異世界好きの晶にスペルベルを見せるため、わざわざ歩いてラズの自宅へと向かっていた。
道中、食事をしたり、商店を覗いたりと、なかなか良い雰囲気で楽しんでいる。
晶があいからわず女の子の姿をしているのでカップルには見えないはずだが、なぜかラズに恋人が出来たと街では噂になっていた。
「……そうあれは丸くて平たい。月だけど月じゃない。遠い昔、神様が大きな歯車の月を創って空に浮かべ、二百年前に魔王が小さな歯車の月を造った。ピニオンは魔王の力の源。畏怖すべき驚異の月」
ラズは月を見上げ、無表情だが重々しい声で語る。
「……歯車は世界を書き換える。スペルベルの全てをあの歯車が支配してる。かつてこの世界には歯車の魔王がいた。勇者ナナオに倒されるまでの百年間。思うがままにスペルベルを支配していた万能なる歯車の月」
「魔王は居ないんですよね? ラズさんの世界は、カテゴリーがFですから」
「……そう。もう魔王は居ない。でも魔王の力は、あの空にぽっかりと浮いている。歯車も生きていて、ああして歯車を回し続けてる」
スペルベルでは、歯車が世界を支配している。
遥か昔、神がこの世界から立ち去る時、スペルベルに住まう人々に恩恵を与えるためギアーを創り出した。
ギアーは人々の願いを聞き入れ、地上を様々な豊かさと幸福で満たしてくれていた。
長い間、楽園が地上を覆い、人は思うがままの人生を謳歌していた。
だが二百年前、悪意を持つバックラッシュと呼ばれる人間がピニオンを造り出し、思うがままにギアーを制御するようになってから、暗黒が地上を満たした。
バックラッシュは万能であるギアーを制御することで、思うがままに世界を蹂躙した。楽園は残らず消え去り、人々はギアーの影響を受けない技術を利用して隠れ住み、辛うじて生きながらえた。
暗黒の時代は百年続き、世界が荒れ果てたとき――
「……英雄ナナオが、バックラッシュを討ち滅ぼした。あきらタンと同じ無視の力を使って」
「ボクと同じ?」
スペルベルの昔話と思って聞いてた晶は、急な話の展開に驚いた。
「……ワタシはあきらタンがナナオである可能性を考えてた。でも、あきらタンがこの時間にこれたということは、あきらタンとナナオは別人。ナナオは百年前に特異点を持っているのだから、この時間にはこれない」
「そういえば、特異点ってそういうものでしたね。でも、ゲートで送喚されるとき、ボクが特異点を無視したら?」
「……あきらタンは無視した?」
「いえ、してませんが……」
「……じゃあ、あきらタンはナナオじゃない。多分、数多とある異世界のことだから、あきらタンと同じ能力を持った存在も居ないとはいえない」
ラズは月から視線を街へ戻し、遥か下方の街へを指差す。晶は指し示された下層街を見下ろした。
坂道の柵に手を掛け下を見ると、目が眩むほど高い。
街の底ともいえるような下の世界には、多くの人が並ぶ行列が見えた。
「……彼らはスペルベルの下級市民。売血のためにああして並んでいる」
「売血? 血を売るんですか?」
地球でも、輸血用の血液を売る時代があったという。晶はぼんやりとした記憶で、日本にもかつて売血が事を思い出す。
「……この世界はもはや、ギアーの恩恵はない。ピニオンがああしてギアーに嵌っている限り、ワタシたちの願いを受け、それに応じてギアーが動くことはない。だから、ギアーと違う力を使う。それが血の力。血は魔力」
ラズは懐から小さなカプセルを取り出し、晶に見せた。
カプセルは半透明で、中には真っ赤な血が封じ込められている。
ラズは鱗竜と出会った時、血で魔法陣を描いていた。晶はその光景を思いだして、ラズがカプセルから血を抜き出して描いていた事に気がつく。
「……自分の血を使うと、魔力も体力も失われる。だから」
ラズは再び、下層の行列を指差した。
「……ワタシたちは彼らの血を買って、力を行使している」
無表情のラズが怖い。
晶は初めて、ラズを怖いと思った。
「……貧しく力の無い者は血を売る。富みかつ力ある者は血を買う。血は力。よりいっそう力の差が出る。さらに貧富の差がでる」
ラズは懐にカプセルをしまった。その時、大量のカプセルが彼女のウプランドに内側に収められているのが見えた。
晶は息を飲んで、ラズの目を見る。
ラズは相変わらず無表情で、何を考えているのか分からない。
「……これがスペルベル。引き算の勇者に救われながら、足し算の失敗した世界」
歯車の月を見上げ、ラズは呟く。
「……あきらタン。覚えておいて。魔王を倒すということは結局のところは引き算。世界から魔王を間引いただけ。世界を本当に救うのはゲーメーテル学園のような足し算のやり方」
そっと晶の手を取り、ラズは彼の瞳を真正面から見据えた。
「……あきらタンなら、足し算の勇者にも慣れると思う。引き算にしか役にたちそうにない力でも、心と努力で足し算で世界が救えるはず。あきらタンはそれを目指してる?」
「いえ……わかりません」
晶は正直に答えた。
まだ世界どころか、誰かを救った事も無い。だから、漠然としか英雄像や勇者像を描けない。
「あの……なんで、急にそんな事を?」
晶は戸惑い、そして不安からラズの手を軽く握り返す。
その不安は少しだけ的中する。
「……ワタシはズルい女。ワタシを助けて欲しい。だから……」
歯車月が煌々とラズと晶を照らす。
「……嘘をついて、あきらタンをこの世界に連れてきた」
かちりと小さい歯車の月が回転し、大きい歯車の月が僅かに回った。
世界観が伝わって頂けたらいいのですが
感想やご意見などお待ちしてます。
ぜひ参考にさせていただきたいので




