アルイネ
ゲーメーテル実験場駅は、十字路線の中央に位置している。
規模は大きいが、ホームの一部に屋根があるだけで、青い空が抜けて見える。周囲一面が農園で、点在する家屋と、アルイネ生徒会長が作った閉鎖世界のドームがいくつか見えるだけだ。
操車場のように八つの仕分け線が並び、東西南北方向から列車を受け入れてる設備になっている。
晶たちが降り立った駅の反対側――二百メートルほど離れているが、そちら側は貨物駅となっており、遠大なほど連結された穀物用の天蓋車や家畜車が停車している。
「やあ、待ってたよ」
改札の向こう側で、作業着姿のアルイネが片手を上げて挨拶してきた。生徒会長自らのお出迎えだ。
アルイネは五人の女子生徒たちを連れてきている。全員、作業着や運動着姿で、よくよく周りを見渡すと、制服姿の女子生徒は一人もいない。
「恐縮です。アルイネ先輩」
ヴァネイが一番に改札を抜け、腰を折ってアルイネに挨拶した。
「なーに、晶くんの顔を早く見たいだけさ。そら、お前ら。この可愛い女の子が有望な晶クンだ」
アルイネは連れて来た女子生徒たちに、晶を紹介した。彼女たちは決して美人ではないが、健康そうで明るく屈託がない。
「よろしくお願いしまーす」
改札を越えた晶に、女子生徒たちは揃って挨拶をした。
「では、晶さん。よろしくお願いしますね」
一人の女子生徒が、晶に紙袋を手渡した。中にはジャージが収まっており、手袋や長靴もある。
「……え?」
「ああ、ここで着替えろってわけじゃないぞ、うわっはっはっ!」
豪快に笑うアルイネに背中を叩かれ、晶はよろめいた。
車内で説明されたが、晶がここに来た理由は、新しい閉鎖世界の開拓のお手伝いだ。多分、野良仕事だろう。
晶は面倒ごとを頼む立場なので、労働を断れない。しかし、力を存分に振るえるならば、それも楽しいかもしれない、と心のどこかで思っていた。
何しろ、日本ではいつも力を抑えて生活していたから、争い以外でめいいっぱい怪力を振るえる機会を望んでいたのも事実だ。
「お、そっちはリューレの嬢ちゃんじゃないか。力持ちが二人も手伝うなら捗るぞぉ」
ヴァネイの後ろに隠れていたリューレスネコアが、ビクリと身体を振るわせた。
「わ、わたしはヴァネイ様と一緒ですの」
リューレスネコアはアルイネの視界から逃れるように、ヴァネイの背にぴたりと付いた。
「リューレ。君は勝手に付いて来たんだろう?」
「だ、だからこそ働く必要はないと思いますの」
ヴァネイは振り向きながら身を屈め、リューレスネコアに耳打ちする。
「……晶くんにまだ謝っていないのだろ? いっしょに行って手伝ってあげるんだ。そうしている内に謝るチャンスもあるだろう」
「う、うう……」
リューレスネコアは、晶の横顔とヴァネイの真摯な顔を見比べて唸る。
「わ、わかりましたの」
しぶしぶヴァネイの提案を受け入れ、リューレスネコアは晶を睨みつけた。
その威圧的な視線に気がつき晶が振り向くと、リューレスネコアは「手伝ってあげますの」と不機嫌そうに、ぷいっと顔を背けた。
そうしている中、スフェイラがアルイネの前に歩み出て目礼をする。
「お久しぶりです。アルイネ会長」
「おー、ハイパティア学園のスフェイラじゃないか。いっしょに来たのかい?」
「はい。今はエイテネ学園のゲート委員をしておりまして、協力のため同行してまいりました」
「……アルイネ先輩。ワタシもあきらタンのお手伝いする」
気配も無くアルイネの横に立ったラズがぼそりと呟く。
「うん? ああ、そうか。それがいいね」
アルイネは事情を知っている。いざというときは、ラズが晶を女性に変化させなくてはいけない。
ラズの能力は本来、土地の開拓にはまったくの役立たずだ。しかし、呪術師や祈祷師は、開墾前に地鎮祭に呼ばれる場合がある。世界によって風習も宗教も違うが、今回の閉鎖世界は、アルイネとラズの出身世界の風土に調節してある。
晶の正体を隠す仕事が主だが、それを隠すためラズが地鎮祭を執り行なっても不自然ではない。
「じゃあ、ラズ。祈祷を頼んだよ」
「……わかった。念入りに準備する」
ラズはなぜか、両腕を頭上に突き上げてサムズアップをして見せた。
*
アルイネやヴァネイたちと別れた晶たちは、ゲーメーテルの女子生徒に案内され、駅から西、一番近いところに設置された閉鎖世界の前までやって来た。
基本的に、閉鎖世界は二重構造になっている。
先ず、外界と隔絶させるための外壁。特別に丈夫で、魔王イーンフィムスでも破壊できないと言われている。
内側にある内壁は、内部を安定させるための様々な機能が埋め込まれている。
それそのものも非常に頑丈で、通常の衝撃で壊れる事はまずない。
そして、内壁は外壁より二十メートルほど小さく、その分の空間が設けられいる
「今日はよろしくお願いします。ゲーメーテルのヒュースメーヌです」
ヒュースメーヌと名乗った女子生徒は、スコップを片手に自己紹介をした。素朴な顔付きで、筋肉質な身体は褐色に焼けている。どことなく、晶は水泳部の女子部員を連想した。
「内壁と外壁の間をメソスフィアと呼んでいます。中二階での汚れを払い、滅菌する場所です。まず、ここに資材を運び込んで頂きます」
説明しながら三つ編みのヒュースメーヌがタグを外壁に貼り、閉鎖世界に入り口を開けた。
開拓の陣頭指揮を取るのは、彼女のようなゲーメーテルの女子生徒だ。彼女が指揮を取り、晶たちと二十人の限界者が開拓を行う。
「内壁の内側は、異世界同然です。今回の実験場は、内燃機関の無い異世界の環境をコピーしています。よって農業と環境に影響が出るため、内部での内燃機関の使用は禁止。さらに汚染の恐れがある物質の焼却も禁止です。人工物はコピーできないため、人力と人力を利用した倍力装置で、これより内部施設を建築します」
なるほど、それでボクたちの力が必要なのか。と、晶は納得した。
一から開拓する場所でもないかぎり、異世界には本来、家も橋も既にあるはずだ。作ったばかりの閉鎖世界では、それらが無いため、先んじてそういった施設を建築しなくてはならない。
晶は重機代わりだ。
時によっては、晶など具現者の力を借りず、全てを限界者の人力のみで開拓する。開拓のプロセスを学ばせ、習得させる場合などだ。
今回はそのプロセスが無いため、晶の力で効率化を図る。
ヒュースメーヌは、道路脇にうず高く詰まれたレンガを指差した。
「隣の同質閉鎖世界で焼いたレンガです。構築物は同世界なので持ち込み可能です。これを運び込んでもらいます」
作られた閉鎖世界は、手付かずの自然しかない。
中の木々を伐採すれば、燃料や資材になるが、元々小さい世界なので少しのつもりでも大幅な環境変化となってしまう。そこで、別に作った同質の閉鎖世界を資源取りにし、そこで加工して隣の閉鎖世界へ持ち込む。
これにより、農業実験を行う閉鎖世界は最小限の状態変化で済む。
もちろん、時には厳しい実験を行う場合もあり、その場合は一つの閉鎖世界内でできる限り資源を調達して環境と農業の両立に挑戦する場合もある。
今回はそこまでシビアな実験ではないらしく、同質ならば持ち込み可能で、目的は作物の品種改良、農業による環境変化の許容実験だ。
レンガは閉鎖世界内で、農業を行う女子生徒や限界者の家作りに使われる。
作られたばかりの世界には、畑は勿論、家も道路も井戸もない。
まずはそれらを作るところから始める。
晶は持ち前の怪力を活かし、レンガを次々とメソスフィアの中へ運び込む。
リューレスネコアも頑張って手伝うが、晶の規格外れな怪力と体力には敵わない。
晶は汗もかかず、息も切らさず、壁のように積み上げたレンガをバランス良く運び、外壁の門を潜ってメソスフィアに並べて置く。
ここで一端、滅菌してから内部に運び込むので、しばらくはこのままメソスフィア内に保管される。
リューレスネコアも負けじと、一抱えのレンガを運んでは駆け足でもどり、また担ぎ込むが、体力は無尽蔵ではない。
すぐに息が切れて一休みしてしまう。
もっとも、それでも普通の人間の十倍の労力なのだが……。
やがて、晶とリューレスネコアのみで全てのレンガを運び終わり、限界者たちも各々の道具や農業試料をメソスフィアに積み上げた。
外壁を閉じ、ここで休憩を兼ね、メソスフィア内で着替えと滅菌、減圧加圧などの体調調整を行う。
「異世界召喚ゲートでは、これらをゲート通過時に女神様の造ったシステムで行えるのですが、流石にここでは出来ません。メソスフィア内で着替えと滅菌を徹底し、外界の物質や微生物を持ち込まないように」
内部に入ると食事制限や排泄の制限まであるらしい。今回、晶たちはレンガの運搬程度なので二、三日で済むが、農業を行うとなると環境適応後は、数ヶ月も内部で暮らして一切外に出ないらしい。
時には何年も閉鎖世界で暮らし、上手くいけば閉鎖生態系も完成するらしい。もっともその必要はまったくないので、人員交代もするし休日外出もするし、外部から各種制限はあるが加工食品やアルコールなどの搬入もある。
上手くすれば宇宙開発の実験にも使える、などと晶は考えてみた。
休憩と滅菌を終えた晶たちは、再び作業に戻る。
ヒュースメーヌは内壁を開き、晶たちを内部に招きいれた。
そこは乾燥地帯だった。
照り付ける太陽と、見た目で判るほど痩せた土地。青々と群生する植物はあるが、どれも貧弱で、無論食用になりそうもない。
「環境カテゴリーはC。元は肥沃な大地だったので、有機物は充分にあります。問題は水。強い気象変動はありませんが、とにかく降雨が不安定です」
農業に素人の晶でも、過酷な環境だと思う。
太陽光線の強さは、幸いにして人体に影響を与えるレベルではないらしいが、農業をするとなると、ほぼ無理な環境である。
しかし、見れば二十人の表情は決意に燃えている。
いくらでも失敗できる。いつか成功してみせる。
何度でも挑戦できる。何度でも挑戦してやる。
道具の準備と、農業試料の選別からその気持ちがひしひしと伝わってきた。
確かに、逃げ場の無い自分の世界で、この土地に住めと言われたら絶望するだろう。しかし、いざとなれば閉鎖世界の外に出て、水も食料も手に入る。
自分が餓える心配はない。
しかもこの中二階という世界では、老いることがない。女神様がそういう風に、世界システムを創っているからだ。
と、なればいくらでも再挑戦できる。
幾ばくか、温い決意にも思えるが、この荒涼とした大地を見るとそのくらいの救済処置くらいあってもいいのではないかと思えた。
「あまり作物の世代を進めると、元の世界で栽培した際に深刻な影響が出る場合があります。なので、成功したら数世代ごとに元の世界で栽培し、そちらで数世代重ねた作物をさらに此方で栽培します。これにより、最小限の影響で飛躍的な交配実験を行えます」
ヒュースメーヌの話を聞く限り、満更、温くも無いらしい。ここにいる限界者たちは、元の世界で同じような環境で数年は暮らし、作物の栽培をしなくてはならないらしい。
ゲーメーテル学園が自ら救済する場合も多いが、こうして限界者たちを教育するのも世界を救う一環だ。農業は長い年月がかかるものだし、都合の良い作物を持ち込めばいいというものでもない。
世界を最終的に救うのは、その世界にいる人たちなのだ。
中二階は、救済のお手伝いをしたり、大きな障害を取り除く勇者たちの学校だ。晶は、この世界に来てたった二日目で、その事に気が付いた。
「おーやっとるねー」
アルイネ会長が、のそりと内壁から顔を出した。
「晶くん。数時間で顔付きが変わったねぇ」
中二階の何か――を感じ取った晶。それをアルイネは一目で見抜いた。
「あんたが、力を抑制していたのは聞いている。力を振り回すような事をしなかったのは感心だが、それは褒められた事ではない。隠しているあんたの力が誰かの役に立つならば、その力……。存分に振るって見てはどうだい?」
アルイネは知っている。いや、気が付いている程度なのか。
晶はアルイネの目を見つめ返し、続く言葉を待った。
「どうするべきか良く考えてみるがいい。君の力……、ただの怪力じゃないんだろう?」
アルイネは初めて会ったとき、晶を「ランクⅥ」相当と言っていた。
晶の力を見抜いているに違いない。
「この世界にいる限界者たちは自分の力の無さに嘆き、そして勇者候補の女子生徒たちは自分の力を存分に振るえなかった事を後悔している。そんな奴らばっかりだ。あんたはどうだい? 使ってみたくなっただろう?」
「何を……ですか?」
晶は分かっていながら、とぼけた様子で問いかけた。
「さあ? とにかくそんなもんじゃないんだろ? 晶くんの能力は――」




