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世界は自分の想いのままに  作者: 抹茶団子
兄と妹と世界と。
3/13

巡る世界と愉快な友人達。

 ――仕事開始から数時間後。

 余談だが、このコンビニでバイトしているとそれなりに俺の学校の生徒達も来るわけだ。つまり何が言いたいかというと、現在進行形でそれが訪れたわけで。


「おっす恭! 相変わらず暇そうだな!」


 夕方までバイトしてると、多くの生徒がこのコンビニに客として流れ込んで来る。

 知り合いが少ないだけまだマシなんだが、それでも俺の少ない知り合いが偶にこのコンビニに訪れる。今日は不幸にもその日だった。頭を抱えたい。主に目の前のこいつの頭を抱えて締め上げたいところだ。

 せめて学校でくらいなら構わないのだが、流石にバイト先ともなると雑談を交わすわけにもいかない。


「騒ぐなら通報しますよお客様」


 完全に気持ちの篭っていない笑みを顔に貼り付け、言い放つ。


「ちょっ、ひでぇ! まだ何もしてな……ぐぇ」


 最後の奇声は別に彼が精神的にどうのこうのというわけではなく、彼の背後にいた付き添いであろう少女が彼の首に腕を回し、締め上げたからだ。その状態のままカウンターの横、他の客の邪魔にならない位置まで彼を引きずると、こちらに笑顔を向け、ひらひらと手を振った。俺の思った事を行動に移してくれるとはありがたい。


「やー。ごめんね恭、後でしっかり言っておくから」


 このフレンドリーな少女はひいらぎ  あきら。名前が男のようだと言うと怒られる。俺にとっては学校内で最も親しい部類の友達の一人だ。

 ちなみに晶に首を絞められて窒息しかけているのは天見あまみ 竜二りゅうじ。こちらも晶と同様にかなり仲が良い。

 傍から見ているとそれほど仲も良さそうには見えないだろうが、これでも学校内では仲良し三人組という称号が付く程度の仲の良さである。喧嘩するほど仲が良いとでも言えばいいのか、違う気もするが。

 ……まぁ、単純にバイト先まで来られると困るというわけで多少は冷たくも当たるが。


「首を絞めるのも程々にしとけよ、晶。――死にかけてるぞ」


 竜二に助け舟を出すと、晶は猫のようにころころと笑う。

 

「あははっ、大丈夫だよ! 竜二はこれくらいじゃ死なな――あれ、白目剥いてる」


 竜二が気絶しかけていることに気づいてようやく腕を離す晶。

 もう少しで殺人事件が発生するところだった。というかむしろ殺人未遂だ。

 もしも俺が声をかけてなかったらきっと竜二は俺のバイト現場で昇天していたことだろう、死んでなお迷惑をかけようというのかお前らは。って突っ込みたくなる。

 でも、こんな迷惑が少し心地良い。


「げほっ、ごほっ! おいこらアキ! 俺を窒息死させるつもりかぁっ!?」


 先程まで虫の息だった竜二が、早くも回復して騒ぎ出す。終始笑顔の晶が竜二を嗜める。そして俺がそんな二人の様子を眺める。

 そんな今日が楽しくて仕方なかった。


 

 結局、かなりの疲労感と共に俺の時間は過ぎ去っていった。

 俺が帰路についた頃には日は沈みきっており、街灯が俺を照らし出す。

 幽璃は大人しくしてるかな。……そんな心配は多分いらない、あの子はそういう子だから。腹、空かせてないかな。空かせているかもしれない、でもきっと不満すら抱かずに俺の事を待ってくれているのだろう。

 

「ただいまー」


 静まり返った我が家に、その声が響き渡る。声が止めばまた静寂が訪れる。

 幽璃はもう寝ているのだろうか。そう思うと、少しばかり寂しい気もする。

 どこもかしこも真っ暗で、一歩足を踏み入れれば何も見えなくなるような、そんな我が家。

 でもそんなことは無かった。幽璃の部屋から漏れる明かりに、どこか温かみがあるような気がして少し、幸せだった。

 

「幽璃、起きてるかー?」


 寝ている可能性もあることを考慮して、小さめの声で呟きながら軽く二回ノックをする。数秒もしないうちにドアが開かれ、顔を覗かせた幽璃はこちらへ微笑を向けた。

 幽璃はおかえりなさい、と言いたいのだろう。もちろん兄である俺がそれを察しないわけにもいかない。疲れを悟られないように笑顔を作り、優しく頭を撫でる。


「ただいま、もしかして寝るところだったか?」


 幽璃は気持ち良さそうに撫でられながら、ふるふると軽く首を横に振った。これは多分俺を気遣った嘘ではない。幽璃は絶対に俺が帰ってきてからでないと寝ようとしない。特に俺や両親がそういう風に教えたわけでもないのだが、寝たがらない。

 そして撫でていた手を止める。幽璃の少し名残惜しそうな表情を見ると、また撫でたくなってしまうが、そうなるとキリがないので今日はここでおしまい。


「晩御飯はもう食べた?」


 今度は首を縦に振る。彼女の一挙一動に反応して揺れる髪が美しくも可愛らしくて、さっき撫でるのを止めた意思が早速揺らぎ、気づけばまた撫でていた。

 幽璃の嬉しそうな顔を見ていればそんなことどうでもよくなってしまうのはやはり兄バカというやつなのだろうか。ああ、和む和む。

 

「……あぅ」


 幽璃が小動物のような声を漏らす。

 身内のことを言うのもなんだが、幽璃は可愛い。どこか人形のような静かな雰囲気を纏い、その雰囲気に見合うだけのあどけないながらも美しく感じさせる容姿もある。それだけでなく人を気遣う優しさもある。

 自分より一回りも小さい妹は俺の自慢であるが、あまり人に紹介したり見せたりはしたくない。幽璃が人見知りということもあるが、それ以上に誰かに幽璃をそういう目で見られたくなかった。

 ……やっぱり、兄バカかな。


「本当は温かいご飯を食べさせてやりたいんだけどな。ごめん、幽璃」


 一瞬だけ幽璃が表情を曇らせたのだけは分かったが、何を言いたいのかまでは分からなかった。修行不足。

 そう考えると共に、少しばかりの不満をつい口から漏らしてしまう。


「幽璃が話せればもう少しお前の事も分かるんだけどな……あ、いや。ごめん。聞かなかった事にしてくれ」

 

「あ……う、あぁ」


「無理に話そうとしなくていいから……。無理させるようなこと言ってごめんな、ってさっきから謝ってばっかだなぁ」


 健気にも無理に言葉を搾り出そうとする幽璃の頭を最後にくしゃくしゃと髪をかき混ぜるように撫で、少し無理をしてまた笑顔を作った。

 

「体調悪くならないうちにそろそろ寝ろ、な?」


 反射的に幽璃はまた小さく頷くと、軽く手を振っておやすみの挨拶の代わりとした。

 パタリと閉じられた扉の影に、さっきまでの曇った幽璃の表情が映りこんでいる気がして、ちょっと心苦しかった。


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